第十六話 秋の夜の夢
「では子爵、失礼いたします。まだこちらにいらっしゃいますよね。二、三曲踊ったらアメリさんと戻ってきます」
リュックはデジャルダン子爵に一言残し、アメリの腕を取って広間に向かった。
「ルクレールの奴はお前をほったらかして何やってるんだ?」
広間の隅で友人達と飲んでいる彼に気づいたリュックが聞いた。
「私たち、付添人の務めも終えたことだから」
その時二人に目がとまったジェレミーがニヤニヤしながら杯を上げてみせるのが見えた。しかもウィンクまでしている。
「何だあれは、お前が他の男と踊っても気にならないのか?」
「そうみたいね。元々気の乗らなかった付添人役が済んで、清々しているのではなくって?」
「じゃあ遠慮なくお前とダンスができる」
リュックは安心してアメリをリードして踊り始める。アメリのドレスのスカートが曲に合わせてひらひらと揺れては広がっていた。
一曲だけでは物足りないと思ったのはアメリだけではなくリュックも同じ気持ちだったようだ。結局二人はそのまま三曲も踊り続けた。
曲もゆっくりなテンポでロマンチックなものに変わり、アメリはリュックの腕の中でこの時間がいつまでも続けばいいのに、と幸せ気分に浸っていた。
踊った後二人はテラスに出る。夜中の公爵家の庭園はたいまつの光で柔らかく照らされていた。そして二人はそのまま庭に下りた。先に沈黙を破ったのはリュックだった。
「なあ、来週から国王一家が離宮に滞在されるのにお前もお供で行くだろう? その後王都に帰ってきたら年末の市に一緒に行かないか?」
「うん、行きたいわ。毎年ビアンカと行っていたのだけど、今年からは誘うのを遠慮した方がいいかな、と思っていたの。嬉しい」
「そうだよなー。庶民が大勢集まるような市なんて、まず出かけさせてもらえそうにないな。あの副総裁、超過保護になりそうだ」
「もしビアンカがどうしても、って言うなら絶対ついて来るわよ。一人だけでも人の目を引くのに、あの二人一緒に居ると大目立ちするわね、街になんか出ると」
そして二人でくすくすと笑った後、再び向かい合って沈黙してしまう。
アメリは再びリュックと普通に話せるようになっただけでも十分満足だった。リュックは少し真面目な顔で聞いた。
「あのさ、」
「なあに?」
「えっとその、またキスしてもいいか?」
アメリは返事をする代わりに右手で軽く彼の頬に触れ、少し背伸びをして自ら彼の唇に自分のを重ねた。
アメリからの行動に一瞬驚いたリュックだったが彼女への愛おしさが溢れ、ギュッと彼女を抱きしめてキスを返し始める。
二人が抱き合っていた時間はたった数秒だったが、キスが深くなりだすとリュックは理性を振り絞ってアメリの体をそっと離した。
「これ以上続けるとキスだけじゃ済まなくなるから……子爵には戻ると約束したことだし」
「うん……」
のぼせてぼぅーっとしていたアメリは他に何も言えない。このまま彼の目の
「そんな顔するなよ」
リュックはにっこり笑って一度軽いキスを彼女の唇に落とした。
(嫌だ、どんな顔してるのかしら、私。あまりはしたない女だと思われたくないわ……)
そしてリュックに手を引かれてまだサロンに居た子爵の所へ二人で戻った。リュックは明日も仕事なのでそろそろ家族と帰宅する、と子爵に挨拶した。
「じゃあまた王宮で」
彼はアメリの頬に軽くキスをし、そう耳元に囁いて去って行った。リュックの後姿を名残惜しそうに見送るアメリに子爵が言った。
「感じのいい青年だな、彼は」
「ええ。ルクレール中佐と女性の人気を二分しているくらいなのですが、かと言って奢るわけでもなく私のような者にも親切にして下さいます」
「今年の騎士道大会での準決勝は見応えがあった」
「まあ、会場にいらっしゃっていたのですね。今年は私も運良く入場券を頂けたので観戦しに行きました」
「私は元副団長ということで毎年招待券が送られてくる。来年は一緒に観戦するか?」
「はい、是非! ありがとうございます」
その後アメリは帰宅するデジャルダン子爵を正面玄関まで送り、自分も今晩与えられた客用寝室に行こうとしていた。そこへ後ろから声をかけられる。
「おいおい、チューどまりかよ。あれだけいい雰囲気で盛り上がっていたのに」
「きゃ、み、見ていらしたのですか、ジェレミーさま? 趣味悪っ!」
「当たり前だ。あんな面白そうな見世物を見逃す手はない。アンタ見た目によらず奥手だな」
「それ、どういう意味ですか?」
「だからそのまんまの意味。『イヤ、やめないで。もっとシて』とか上目遣いでお願いすればあれは陥落間違いなしだったのにさ。部屋に連れ込んでも良かったし、あのまま庭でサクッと……」
「ストップ! 私、見た目によらずいたいけな乙女なのでそれ以上聞きたくありません!」
「まあいい。あれだけでも充分楽しませてもらったよ。じゃあな」
「はぁ、私もそろそろ部屋で休みます。失礼いたします」
(やっぱり相手はサヴァンだったか。姉上にいい報告ができそうだ)
広間ではまだ新郎新婦は大勢の人に囲まれていた。
(夜はまだまだ長いわね)
アメリは二階への階段を上り、与えられた部屋に入った。
翌日仕事は昼からだったので、アメリはゆっくり朝食を取り、同じく昨夜公爵家に泊まったビアンカの家族や、クロードの両親とお喋りをしていた。
「ビアンカに一言お礼を言ってから出かけたいけど、昨日の今日くらいゆっくりしたいですわよね」
などとアメリがスザンヌに言っている時に丁度ビアンカとクロードが下りてきた。
「あ、お早うございます。どう、ビアンカ? 晴れて公爵夫人になった気分は?」
「もう、アメリったら……その、とっても幸せよ」
ビアンカはそう言うなり真っ赤になってしまった。
「ちょっとちょっと、そんな反応されたらこちらの方が照れるのですけど。あのね、ビアンカさん、私ごくごく一般的な意味で聞いたのよ」
しかも、ビアンカとしっかり手をつないでいるクロードの方をアメリがちら、と見ると彼の方がよっぽど照れてしまっている。いつも束ねられている長い黒髪も今朝はそのまま下ろされていて、シャツのボタンは二つ三つはめられてない。
(うわっ、副総裁さま……気だるい雰囲気の美男子が無駄に色気をまき散らしている、新婦の手は離そうともせず、二人とも真っ赤になって。しかも家族の前でよ……サンレオナール王都テネーブル公爵家付近に局所的に胸やけ警報発令!)
「私、そろそろ失礼します。皆さまお世話になりました。私のために色々ありがとうございました。ビアンカ、またね」
アメリはビアンカと軽く抱擁を交わした時に、何故か彼女の表情が一瞬陰ったように見えた。そして玄関から出ようとしているとビアンカが一人で追いかけてきた。
「アメリ、次はいつ会えるかしら? 私は来週から仕事に戻るのだけど」
「そうね、その頃私は国王一家の離宮滞在のお供だわ」
「そう、離宮へ。ああ、そうだったわね。くれぐれも気を付けて行ってきてね」
ビアンカはますます不安そうな表情になった。
「ええ、滞在は一週間だけの予定よ。すぐに帰って来るわ。ビアンカは愛しい旦那さまやご家族とごゆっくり」
「ありがとう……」
未だ不安そうな顔のビアンカに見送られてアメリは公爵家を後にした。
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