第十五話 華燭の典
付添人のアメリの為に仕立てられた淡いレモン色のドレスは、すっきりとした細いラインで長身の彼女に良く似合っていた。挙式当日の朝、アメリはルクレール侯爵家からビアンカの家族、ボション一家の皆と共に大聖堂に向かった。
白い婚礼衣装の花嫁と黒に金の装飾がなされた魔術師正装の花婿は目がさめるほど美しかった。それに初めて入る大聖堂の内装は特に色とりどりのステンドグラスが素晴らしく、アメリは思わずため息をこぼす。
「まるでおとぎ話の世界だわ。こんな素敵な大聖堂での式に招待されて、私はなんて幸運なの!(私には最初で最後の機会よね)」
「金さえ払えば誰でも冠婚葬祭に使えるぞ、ここは。知らないのか?」
隣のジェレミーはアメリの興奮ぶりにやや呆れているようだった。
「恥ずかしながら存じませんでした」
式は厳かに滞りなく進み、司祭により花婿と花嫁は結婚の誓いを立てていた。ビアンカのベールを上げたクロードが彼女に軽く口付ける。
「ほら見ろ、あのクロードが感極まって泣いているぞ」
「ええ。長年求め続けていた運命の相手との結婚ですもの、無理もありません」
感動で涙ぐんでいるクロードが新婦をしっかりと抱き寄せ再び口付けていた。
式の後は夕方から晩餐会がテネーブル公爵家で行われた。アメリは落ち着かない気持ちをジェレミーとのお喋りでそらせようとしていた。
付添人といっても式の間新郎新婦の傍に控えているだけで、花束を渡したりドレスの裾やベールを直したりする以外には特に重要な役目はなかった。後は晩餐会で主役の後にダンスを踊るだけである。
「食事の後は王宮の超有名人二人と踊らないといけないので緊張しています。貴方さまはともかく、もうお一方とのダンスが」
「クロードはアンタの親友の夫になった人だろうが」
「とはおっしゃいますが、ほぼ初対面でお話したこともございません。ああ、私とのダンスなんてお忘れになって下さらないかしら? ジェレミーさまはどうですか、ビアンカと踊ってもじんましんなど出なければいいですね」
「ビアンカさんは大丈夫なんだよな。どうせ彼女はクロードしか見えてないし。ところでアンタ気付いてたか? 姉上が式に来てたんだよ、変幻して。あの人変幻魔術だけは得意でさ」
「えっ、本当ですか? 確かに『クロードの晴れ舞台を見逃す訳にはいかないわ! こっそり式には行くわよ!』なんておっしゃっていたような気がしますが」
「レベッカを連れて大聖堂の中ほどに座ってたのを見かけた。地味な年配の女の姿に化けてな。父上はビアンカさんと入場して来た時に気づいたみたいだ、胃の辺りを抑えてなんともいえない表情をしていたんだよな」
「お気の毒な侯爵さまとレベッカさん……」
今朝の式へは王都とその付近の貴族がほとんど招待されていたようだが、晩餐会へは一部の親しい付き合いのある者たちだけが来ているようだった。
アメリは招待客の中に祖父デジャルダン子爵を見つけ、意外に思った。
(公爵家と何か繋がりがあるのかしら?)
クロードの父親が昔騎士だった子爵に大層世話になったということを、彼女は後になってから聞いたのだった。
リュックも両親のサヴァン伯爵夫妻と文官になったという弟の四人で出席していた。
晩餐はアメリが一生に一度口に出来るか出来ないかというほどのご馳走だったが、この後のダンスのことで頭がいっぱいのアメリはろくに味わえもしなかった。
「駄目だわ、心臓が口から出てきそう」
「ドレスの裾を踏んづけて転びそうになったらな、」
「支えて下さいますよね」
「自分で持ち直せ」
「あ、そうでございますか。でもジェレミーさまとは少し練習したから多分大丈夫だと思うんですよ。問題はその後です」
「クロードなら心配するな。有頂天だから少々足踏んだりしても気づきゃしないさ。あの顔見てみろよ。ヤツは初夜のことしか頭にないぞ、もう。今日の式が終わるまで律義に花嫁に手出してないらしい」
「確かにそうで……って、はい? これ以上露骨な内容に入る前にお止めします! だいたい、ビアンカの家族が私たちのすぐ目の前に座っているのに何てこと言い出すのですか!」
小声でジェレミーをたしなめたものの、彼が饒舌になってしかもこの手の話を始めるときは機嫌が非常に良いということが、何度か接しているうちに分かってきたアメリだった。
食事が済み、アメリの恐れているダンスが始まった。まず新郎新婦が広間の中央に進み出て踊り出し、一曲終わるとアメリにジェレミーやクロードの両親など皆が加わった。
その次は花嫁とジェレミー、花婿とアメリの組み合わせの予定だった。アメリはジェレミーとのダンスはそつ無くこなし、緊張した面持ちでクロードとのペアに臨んだ。
クロードにしてもジェレミーにしても舞踏会に出ることなどまず無いにも関わらず、以外にもダンスが上手でアメリは難なくステップが踏めた。
(流石に高貴な方々は違うのね、普段踊ってなくても身のこなしが優雅だわ)
アメリは妙に感心していた。そしてそのクロードが、曲が終わってアメリに話しかけてくるのでびっくりしてしまった。
「デジャルダン嬢、これからもビアンカと仲良くしてやってください。大変お世話になっているといつも聞いている。それに貴女には借りもあるしな」
「そんな、もったいないお言葉……ところで、借りとは何のことでございますか?」
「学院時代に虫除けの為に、ビアンカに伊達眼鏡を勧めてくれたらしいな」
「まあ、そんなこともございましたわ。どっちみち奥さまはあの頃から、いいえもっと前から貴方さまだけを想っていらっしゃいましたから」
「そうか、奥様か、これからはそう呼ばれるようになるんだよなあ」
そこでクロードは照れ笑いをしニヤニヤブツブツ言っているのでアメリは呆れてしまった。
(うわ、幸せオーラ全開ね……)
その後ジェレミーは騎士仲間たちと広間の隅で飲み出したので、アメリはそろそろお役目も終わりだろうと引き上げることにした。
付添人に選ばれたお陰で、今日一日美しい衣装をまとい、まるでおとぎ話のような経験が出来た。それももう終わりを告げ、また明日からは侍女としてあくせく働く日々に戻るだけだ。
明日は遅出だがビアンカが今晩は遅くなるからと公爵家に泊まれるように手配してくれ、荷物も既に与えられた部屋に運ばれている。
デジャルダン子爵にだけでも挨拶してから部屋に行こうと彼の姿を探した。広間の隣のサロンに子爵の姿を見つけて近づくと、なんと意外な人物と歓談中だった。
「あの、お話し中失礼いたします。サヴァン中佐、デジャルダン子爵」
「おお、丁度いい、二人で踊ってきたらどうだ?」
何がどう丁度いいのか、アメリには分からなかったが子爵が珍しくにこやかだったので何か二人で楽しく会話できていたのだろうと思った。
騎士団副団長まで務めた子爵とリュックには共通の話題も多いのだろう。
「アメリ・デジャルダン嬢、私と踊って頂けますか?」
今日のリュックは紺の礼服姿だった。いつもは無造作に束ねている髪も、綺麗に結われていて素敵だった。彼からダンスを申し込まれるなんて、アメリのおとぎ話はまだ終わっていなかった。
「はい、喜んで」
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