第十一話 もう一人の中佐

 生垣の反対側に回り、庭の中ほどまで来てジェレミーは立ち止まった。そしてアメリに振り向くと横柄な態度で言い放つ。


「最初にはっきりさせておきたいんだけど、付添人はクロードに頼まれてしょうがなく引き受けたんだよなぁ」


(うわ、態度がますます悪くなってるよう、この人! 嫌な予感的中!)


「はい、承知しております」


「その上姉上にはアンタとベタベタと仲良く、まるでアンタに惚れているかのように振る舞えって命令されたんだけどさ、勘違いすんなよ」


 アメリはカチンときたが、こんな扱いよりひどいのは給仕の仕事で慣れきっている。いちいち怒るより軽く受け流すに限る。



「勘違い、とおっしゃるのは私がジェレミー・ルクレール中佐さまに少々優しくされたくらいで恋に落ちてしまったり、ましてや私のような下賤な身分にもかかわらず侯爵家に嫁げるのではないかとバカらしい夢を抱いたり、付添人の役目が終わった後も中佐さまに付きまとったりする行為のことを指しておられるのでしょうか?」



 ジェレミーは片眉を少し上げ、鼻をフンとならした。おや驚きだ、なかなか言うなお前、という表情をアメリは読み取った。


「正にその通り、アンタ良く分かっているな。話が早くて助かる。俺は女嫌いだが、感情的にならず理路整然と考えられる女はそこまで嫌いじゃない」


 毒舌だが、ジェレミーを知る人間が聞くとこれは彼にとってはかなりの褒め言葉なのである。


 ルクレール家の姉弟はどうしてここまで強烈な個性の持ち主なのだろうか、とアメリは考えた。彼女が数回王宮で見かけたことがあるだけの一番下のフロレンスはテレーズのような可愛らしい感じだった。彼女も例外ではないのだろうか、ともアメリは思う。


「そう言えば王妃さまが副総裁さまと中佐さまは硬派で女嫌い同士、気が合うのかしらとおっしゃっていました」


「クロードなんかと一緒にすんじゃねぇ。ビアンカさんに出会って以来、アイツは骨抜きになってしまって。今じゃ完全に尻に敷かれてるぞ」


「尻に……その通りですね」


「姉上は昔っから奴はドSだって言ってたけど、俺が思うにMだぞ絶対」


「えっ? まあ、嗜好は人それぞれでしょうから……」


 何か会話の方向がずれてきている、と思わずにはいられないアメリだった。


「この間なんか『ビアンカに叱られるのが嬉しい』なんてニタニタしてたんだよな。それに彼女とヤる時なんてさぁ絶対……」


 テレーズによると無口なジェレミーのはずが、今は能弁になっている。表情も少しは和らいできた。


「ちょ、ちょっとやめて下さい! そんな露骨で生々しいこと。ご、ご本人の前でおっしゃってないですよね」


「部分的にだけな。俺も命は惜しい」


 とりあえず先程よりはジェレミーの機嫌も良くなったようである。


「ところで王妃さまが何を企んでいらっしゃるか存じませんが、どうして私と無理に仲良くするという茶番をお断りにならなかったのです? 何か弱みでも握られているのですか、それとも目の前に餌でもぶら下げられましたか?」


「まあその両方だ、それにあの姉上には逆らわない方がいいのは生まれた時から身に染みている」


(家族が言うとやたら説得力あるわー)


「全くそうでございますわね。私も侍女として仕えておりますから良く分かります」


「特に今はな、姉上妊娠中だしさ。機嫌とって言う事ちゃんと聞いてた方が身の為だ」



「とにかく、私はルクレール中佐さまのおっしゃるような勘違いをするほど世間知らずでも能天気でもお目出たいわけでもありませんのでご安心ください。身の程は良くわきまえております」



「なんでアンタそこまで自虐的でやけっぱちなわけ?」


「現実的だとおっしゃってください。それにルクレール中佐さまですよ、私が恋愛や結婚を夢見る夢子じゃない方が良いのは」


「それもそうだ。どうやらアンタは近づいても、じんましんや吐き気が起こらない珍しい部類の女らしい」


「希少種の動物ですか、私は。まあ光栄ですわ、と申し上げておきましょう」


「それにアンタとだったら目をつむってればヤれそうだ」


「な、何ですか、それ? NG! セクハラ発言! 退場勧告!」


「さっきから女に対しては俺なりに最高級の褒め言葉で讃えてやってるんじゃないか」


(はあ、疲れるわ、この人……ある意味王妃さまより激烈と言うか……)


「それでも周りの人々は大いに勘違いしますよね、私たちが親しいふりをしていると。それは構わないのですか?」



「ああ、かえって都合がいい。他のウザい女どもや、娘を嫁がせたい親どもが寄って来るのを防げて牽制になると思わないか?」


「そうかもしれませんね。副総裁さまも望みもしない縁談を次から次へとしつこく勧められて大変だったようです」


 そこでアメリはリュックもきっと結婚相手として超優良物件だから縁談なんて降るように持ちかけられているのだろうな、とぼんやり思った。


「爵位の高い家に生まれて何の不自由なく贅沢な暮らしが出来ても、庶民とはまた別の苦労がつきまとうものですね。子供は親を選べないって本当です」


 リュックは今のところ独身を楽しんでいるみたいだが、そのうち伯爵家に相応しいしかるべき令嬢をめとるに違いないとアメリは考えている。彼女はそんな日がすぐにやってこないことを祈るのみだった。


「はっ、アンタ俺よりも世の中を達観しているよな。これならクロードの婚姻まで問題なく一緒に大芝居うてそうだ」


 そこでジェレミーは右手を差し出し、アメリと軽く握手した。そしてこの二人の間には奇妙な友情が芽生えたのだった。




 庭から戻ってきた二人を見てテレーズは喜んだ。


「あら、二人仲良く打ち解けたようで何よりだわ」


(仲良く? それは何か違う……和気藹々わきあいあいには程遠いのですけど……)


 ビアンカはそこまで短絡的ではないようだったが、やはりニコニコと二人を見守っていた。




 その後アルノー・ルクレール侯爵も帰宅し、アメリは一家と夕食までよばれた。食事の席では主にアルノーが嫁ぐ前のミラ王妃の武勇伝を色々と語ってくれた。


 帰る前のアメリに、テレーズはフロレンスが娘時代に着ていたというドレスを何着か持たせた。


「もう誰も着ないし、貴女とフロレンスとは体型が似ているから是非もらってくれると嬉しいわ。どれも良くお似合いよ、アメリさん」


 テレーズがはしゃいであれもこれもと色々出してくるものだからアメリは恐縮してしまう。


 その後侯爵家の馬車で王宮に送ってもらい、盛りだくさんの休日は終わった。



***ひとこと***

前作「世界」では台詞も出番も少なかった王妃の弟ジェレミー・ルクレール氏でした。今作では王妃さまを差し置いて大活躍の予定です!?

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