第十話 侯爵家のお宅訪問

 採寸日当日、彼女にとっては一張羅のドレスでも侯爵家に訪ねて行くにはみすぼらしいだろう、と思いながらも他に着ていくものはなく、アメリは落ち着いた赤色のドレスを着た。騎士道大会の時にも着たドレスだ。


 こんな格好ではルクレール侯爵夫妻だけでなく屋敷の使用人達にまで馬鹿にされたりしないだろうか、ビアンカに恥をかかせるのではないか、と心配には事欠かなかった。


 迎えの馬車で侯爵家に到着したアメリは侯爵夫人、テレーズに暖かく迎え入れられ、今までの心配事は杞憂であったと知った。


 失礼だが、あの王妃の母親とは思えないような可愛らしい方である。


「まあ、なんてお美しいお嬢さまなのでしょう。ビアンカから良く貴女のお話は伺っておりますのよ。彼女は今採寸中ですから、次はアメリさん、貴女ね。その次は私」


 そしてよく喋る。


「もう私たち夫婦はミラとフロレンスを嫁がせてしまったでしょう。ジェレミーはあの調子だからいつ結婚するかも分からないし、今回の養女の件はとてもありがたくお受けしたのですよ」


 アメリはテレーズと共に二階に上がった。


「婚姻の準備は大変ですけれども、その分楽しいですしね。それにあのクロードがやっとお相手を見つけて、もうその溺愛ぶりったら何とも微笑ましいばかり」


「私もビアンカから、副総裁さまが彼女に対しては如何にお優しいか聞いております」


 そこで二人はビアンカの部屋に着いた。


「アメリ、いらっしゃい。最近貴女に会えなくなって寂しいわ」


「私もです、侯爵令嬢さま」


「まあやめてよ、そんな呼び方」


「ビアンカ、また綺麗になったわね。髪と肌の色もだいぶ薄くなって」


 ビアンカは婚約が決まってからというもの、今まで変幻魔法で変えていた髪や目を少しずつ色素を抜いていき、本来の姿である銀髪に灰色の目に戻しているのだった。


「さあ、私たちも採寸を済ませましょうか」


 午前中で終わるものだとばかり思っていたのに、結局アメリはお昼までいただいて昼過ぎまで生地を選んだりした。


「貴族の方々のドレス作りって大変なのね。結婚式だからかしら、それとも舞踏会の度にこうなのかしら」


「どうなのかしらね。アメリ、これからお茶する時間はある?」


「ええ、もちろん。ご迷惑でなければ」


 侯爵家のテラスからは見事に手入れされた庭が見渡せられる。特に立派な生垣は剪定も大変だろうな、庭師さんも大仕事だわ、なんてアメリは庶民的な考えを捨てきれない。


 美味しいお茶を二人で飲みながら、庭園の眺めや小鳥のさえずりを楽しみ、ビアンカと久しぶりのお喋りも大いに弾んだ。


「侯爵家の暮らしはどう?」


「皆さまとてもいい方ばかりで、良くしてもらっているのよ。快適に過ごせているわ。それに……」


 ビアンカは少し言い淀んだ。


「なあに? 私で良ければ何でも聞くわよ」



「ぽっと出の私がいきなり公爵家に嫁ぐ、というのが気に入らない人々もいるのね。怪しい妖術でクロードさまを陥れた、なんて言われたりもしたわ! だから、魔術塔の外を一人で歩くことは禁止されてしまって」



「やっぱりね。気にしてはだめよ、そんな戯言ざれごと。宿舎を出て侯爵家から王宮に通えるようになって良かったじゃない? この方が安全だわ」


「ええ、そうなの。実は身分差や貴族の格式を一番気にしていないのはクロードさま自身なのだけど。高位の貴族も大変よね」


「給仕の仕事で鼻持ちならない貴族の連中はいくらでも見ているけど、テレーズさまなんて身分が高すぎるからか、かえって余裕があって大らかとでも言うのかしら」


「ルクレール侯爵さまも気さくな方なの。事あるごとに子供の頃の王妃さまに如何に手を焼いたかということを話してくださるのよ」


「うわ、聞きたいような気もするけど、聞くのも怖いわ。あ、結局付添人は私とジェレミーさまが務めることになったでしょう? 彼はどんな方なの? 私王宮や騎士道大会でお見かけしたことはあるけれど。大層な女嫌いという噂よね」


「実は食事をご一緒することもあまりなくて、必要最低限のご挨拶くらいしかしたことないの。確かに彼はどんな女性にも素っ気ない態度だけど……うーん、女嫌い? それはちょっと違うと思うのよ……だって……」


 そこで噂をすれば何とやら、テレーズがジェレミーを連れてテラスにやって来た。彼は今帰宅したばかりのようである。


「ちょっと失礼して息子のジェレミーを紹介させてね。こちらが貴方と付添人を務めるアメリ・デジャルダン子爵令嬢よ」


「ルクレール中佐さま、お目にかかれて光栄です。よろしくお願い致します」


 アメリはそう言い、立ち上がり膝を折って頭を下げた。普通なら男性がここで女性の手を取り、軽く握手するものだが、手も差し出されないのでしょうがなくアメリはそろそろと頭を上げる。


「ああ」


 ジェレミーは無表情で突っ立ったままである。


「ごめんなさいね、アメリさん。この子ったらいつもこんな仏頂面で無口で。ちょっと二人並んでごらんなさい。まあ長身の美男美女で見栄えがするわねえ。アメリさんのドレス、出来上がってくるのが待てないわ! 式当日がとても楽しみね」


 はしゃぐテレーズとは裏腹に、隣に立つジェレミーの不機嫌度がぐんと上がったような感じをアメリは受けた。


「丁度良かった、デジャルダン嬢にお話があります。少し庭へ出てもよろしいでしょうか? 母上、ビアンカさん、失礼します」


 ジェレミーはアメリの返事も待たずすたすたとテラスの階段を下り出した。


「ちょっと、お待ちなさい、ジェレミーったら」


 テレーズが声を掛けても振り向きもしない。アメリも二人の女性に軽く会釈をして慌てて彼の後を追った。


(やだわ、この人と二人っきりにされるなんて……何だか嫌な予感……)

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