第九話 じぇらしーめらめら作戦

 舞踏会後はビアンカの周りで大きな変化が訪れた。まず完全に魔術塔勤務になり、今まではクロードの身の回りの世話と補佐の仕事だけだったのが、魔術師としての業務も少しずつ行うようになったのだ。


 ビアンカの持つ白魔術は非常に珍しいもので、王国ではほぼ前例がないに等しいらしい。ビアンカは軽い傷や病に対しては治癒魔法が使え、動植物と意思疎通できる。そして時には人の感情を感じたり、未来を予知できたりもする。


 ビアンカという運命の相手に巡り合ったクロードは、彼女を正式に妻として迎えるために王妃の協力を得て、諸々の面倒な手続きの為に奔走していた。


 王族に次ぐ身分の公爵に嫁ぐということは中々簡単にはいかない。


 まずはビアンカを王妃の実家、ルクレール侯爵家に養女として迎える為の申請書類にやっと司法院の許可が下り、それからは話がとんとん拍子に進んだ。


 ビアンカはルクレール家に入り、クロードと婚約、婚姻の儀は秋に行われることになった。というのも、来年の春まで待てるわけがないという彼のゴリ押しだった。


 ビアンカは王宮の宿舎を引き払い、婚姻まではルクレール侯爵家に滞在することになる。アメリは寂しくなるが、彼女が幸せを掴んだことは誰よりも嬉しかった。


 何せ学院時代からビアンカの片思いを見てきたのである。




「アメリ、貴女には婚姻の儀で是非私の付添人をして欲しいわ。貴女しか考えられないもの」


「ええ、もちろん。光栄だわ」


「男性の付添人は誰でもいいってクロードさまがおっしゃるのね。どなたか一緒に務めたい方いらっしゃる?」


「まさか、とんでもないわ! テネーブル家とルクレール家で決定することでしょう?」


 アメリはそう答えたものの、花婿側の付添人を選ぶ以前に公爵家の結婚式などという格式の高い場に自分が招待されるのだろうか疑問だった。


(ビアンカはああ言っているけれど公爵家と侯爵家の縁組よ、花嫁一人の一存じゃ何も決められないわよね。だいたいそんなお式に着て行けるドレスなんて侍女の給与の何か月分よ?)


 式当日は大聖堂の前の沿道からでもビアンカの花嫁姿を見に行こうかとアメリは考えていたのだった。


(ビアンカに恥をかかせるわけにはいかないものね)




 そんなある日、アメリはリゼット女官長のところへ呼ばれた。


 丁度いい、最近は王太子付きの仕事にも慣れてきたから、今日はついでに副業の方も少し増やしてもらおう、と考えながら勧められるままにリゼットの執務机の前に座った。


 彼女はアメリに封書を渡した。紙の質が見るからに高級で、金の装飾までついている。


「リゼットさま、これってもしかして……」


「ええ、そのもしかですよ。私もご招待いただきました」


「無理です、公爵家の婚姻の儀なんて」


 リゼットはアメリが何の心配をしているのか直ぐに分かった。



「まあそう言わず、中をあらためてごらんなさい。貴女と同じように侍女として働いていたビアンカ、今はもう侯爵令嬢とお呼びすべきなのでしょうね、彼女が無理を言うはずがありません」



 アメリが封を開けてみると案の定、婚姻の儀への招待状と共にビアンカからの手紙が入っていた。




『親愛なるアメリへ。 


 前も言ったように、私の付添人は貴女以外には考えられません。私からお願いして付き添っていただくので衣装やその他の費用は侯爵家でもちます。


 ついては来週の火曜日に侯爵家で貴女の採寸と生地選びをさせて頂くので、どうかいらしてください。


 朝、迎えの馬車が参ります。リゼット女官長には許可を取っておりますのでご心配なく。


 これから仮縫い等、時々屋敷に来ていただくことになると思いますが、それもリゼットさまの了承済みです。


 来週会えるのを楽しみにしています。 ビアンカより』




 ビアンカの丁寧な字で書かれたそれを読み終えて、アメリが顔を上げるとリゼットは大きく頷きながら言った。


「そういうことです。何も心配することはありません」


「リゼットさま、お取り計らい、ありがとうございます」




 そして、その日の午後、アメリは仕事の合間に今度は王妃の部屋に呼ばれた。


「アメリ、貴女ビアンカの付添人の役を頼まれたのよね。花婿側の付添人はまだ決まっていない様なのだけど、誰か貴女自身が一緒に付添人を務めたい男性とか居ないの?」


「副総裁さまが相応しいお方をお選びになるのではないのですか? 私の希望などございません」


「それがね、アイツ部下や崇拝者は多いくせに、普通の友人が少なくてね。あんな奴だから分かると思うけど。その上周りの同年代はほぼ既婚者で、独り身の適任者が居ないのよ。うちの弟でいい、なんて言いだす始末よ」


「では、ジェレミー・ルクレール中佐でよろしいのではないですか?」


「あの二人、女嫌い同士だからか気が合うのよね。でもあの堅物ジェレミーだと面白くないわ。役不足よ」


「そういうものでしょうか」


(人の結婚式は面白がるものではないと思うけど……何か嫌な予感がするわ……)


「アメリ、貴女は将来を誓い合った相手とか、想いを寄せている方は居ないの? ねえ、友人の結婚式で付添人を務めた二人は、その後間もなく関係が発展しやすいって言うじゃない?」


(嫌な予感的中……仮にも公爵家の婚姻の儀で何か企みになるおつもりだなんて……)


 王妃の後ろに控えるレベッカはあきれ顔で首を横に振っている。


「王妃さま、そのようなお方は残念ながら私にはいらっしゃいませんわ」


 アメリは一瞬、騎士の正装をしたリュックの隣に美しいドレスを纏った自分が寄り添って立っている姿を想像してしまった。


(ないないー)


 王妃に悟られないようにアメリはそっとため息をついた。


(公爵家の婚姻に私が出席すること自体まずあり得なかったのだけど)


「そんな、隠さなくてもいいじゃない? ねえ、その方も式には招待されているの?」


「王妃さま、私存じません!」


「貴女も頑固ね、吐くまでくすぐりの刑に処すわよ!」


「な、何ですかそれは! お、お許しください」


 しょうがなく王妃はアメリを開放したが、彼女が退室してからレベッカを相手に好き勝手なことを言っていた。


「ビアンカもアメリも中々口を割らないわね。私の情報網によるとアメリには想い人が居て、その人も招待客の中に居るらしいということだけど」


「レベッカ、貴女も本当に心当たりないの?」


「ございません。王妃さま、男女の間のことですからあまり第三者がおせっかいを焼くのは……」


「だって、クロードとビアンカがあっという間にくっついちゃったから、次の楽しみにと思って。身籠ってから公務も大幅に減らされて、退屈でしょうがないの」


「(退屈しのぎに振り回される身にもなってください!)そうして面白がる類の事ではないと思います」


「よし、作戦変更よ! 付添人はジェレミーのままでね、あの子をアメリとなるべく親密にさせて、アメリの相手の男を嫉妬させましょう。名付けて『じぇらしーめらめら作戦』よ」


「王妃さま、そんなに物事がうまく進むわけございません!」


(人の進言なんて聞いちゃいねぇし……それに作戦名そのまんまやん……センス無さすぎ……)

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