親友の結婚
第七話 恋は思案の外
翌日アメリは出勤して驚いた。ビアンカが王妃の部屋で働いていて、いつもの彼女の物憂げな遠くを見ているような表情ではなく、迷いが晴れた満面の笑みをアメリに見せたからである。
「ビアンカ、私が休みの間に何があったの? とっても良い事でしょう?」
「えっ、どうして分かるの?」
「何年友達やっていると思うのよ。ああ、仕事なんてしている場合じゃないって言いたいところなのだけど。今晩私の仕事が終わったら報告会よ! 分かった?」
その日の仕事後にビアンカは全てを説明してくれた……と言うよりも報告会と称したアメリが吐かせたと言った方が正しい。
ビアンカは十歳の頃からずっと魔術院副総裁であるジャン=クロード・テネーブル公爵のことを想っていた。ビアンカの実家、ボション領近くで隣国との小競り合いがあった時に兵と共に魔術師も出陣し、その一団にクロードも加わっていたのである。その時にビアンカは彼の魔力を強く感じ、どうしようもなく強く惹かれ、少しでも彼の側に居たいがために王都に出てくる決心をした。
十五で上京、十八で侍女として王宮に勤め始めた彼女はついに昨日闘技場で偶然クロードと目が合った。それだけで彼の方もビアンカが運命の相手だと悟ったらしい。
今朝遅出のアメリの出勤前に、ここ王妃の部屋にビアンカは呼ばれ、クロードと対面しお互いの気持ちを確かめ合ったとのことである。
そして、翌日からビアンカは午後だけクロードの補佐として魔術塔の副総裁室に勤務することになり、その代わりにアメリが午後王太子に仕えるようになった。
アメリはおかげで同じく王太子の警護にあたることの多いリュックと度々顔を合わせることになる。彼に笑顔を向けられると胸の奥が切なく
彼は自分だけじゃなく、誰にでもこんな笑顔を向けているのだと分かっていてもどうしようもなかった。
一方ビアンカは副総裁室に勤めるようになってから、蕾が開くように奇麗になった。貧血気味で顔色が悪かった彼女だが、最近は頬に赤みを帯びて健康的にもなった。
彼女の持つ不思議な力とは白魔術と呼ばれるもので、クロードの魔力とは正反対の性質なのだそうだ。
だからお互い強く惹かれ合い、余剰な魔力が相殺できて体が随分楽になったとのことである。
ビアンカが語るクロードは優しくて、ビアンカを必要以上に甘やかして、照れたお顔や笑顔が可愛い!? とのことで、アメリは混乱してしまった。
噂ではいつも仏頂面で、仕事の出来ない部下を容赦なく怒鳴り、縁談をゴリ押ししてくる人間に雷を落とし、言い寄って来る
アメリはクロードに会ったことはなく、遠くから見かけたことが何度かあるだけだった。しかし超有名人である彼の噂は良く耳にしていて、それが全くの嘘とも思えないのだ。
それでもビアンカが幸せそうだからいいか、と自分に言い聞かせるアメリだった。
そして来月の王妃の生誕祝いの舞踏会が近づくにつれ、ビアンカは午前中も王太子に仕えることが出来なくなってきた。
というのも、朝の間ビアンカは王妃の企みに何やら付き合わされているようなのだ。リゼット女官長に言われ、アメリは一日中王太子付きになった。
リゼットとビアンカによると、王妃はクロードに内緒でビアンカを舞踏会に招待して驚かせるつもりなので、彼にばれないように午前中にドレスの準備等をしているとのことだ。
どっちみち舞踏会後ビアンカは魔術塔勤務、アメリは王太子付きとして正式に辞令が下される予定だった。
アメリはついでに、リゼットにその舞踏会での給仕係の仕事を入れてもらえるように頼んだ。ビアンカのドレス姿を見逃す手はない。
アメリは今まで給仕をした舞踏会で母親のフランソワーズ・テリエン伯爵夫人を見かけることは度々あった。彼女は時には夫テリエン伯爵と思われる老人と、また時には若い男性と共に舞踏会へしばしば顔を出している。
アメリは最初彼女を見かけた時は驚き、向こうからもし声を掛けられたりしたらどうしよう、何と言おう、などと複雑な心境で仕事に集中できなかった。
しかし、フランソワーズは給仕係に目をくれるような人間ではないのだろう。
例え自分に目が留まったとしても母親が気付くわけない、何せ六歳の時以来会ってないから、とアメリは半分やけっぱちな気持ちになった。
祖父への手紙へももちろん母親のことは書けなかった。
王妃の生誕祝いの舞踏会の日がやって来た。会場の王宮大広間は着飾った男女で大層賑わっていた。
アメリは母親とテリエン伯爵も会場に居るのを確認していた。それでも今日はそれどころではなかったのだ、彼女は忙しく飲み物を注いだりしながら周りに目を配っていた。
クロードが彼の母親らしき貴婦人を連れて大広間に入ってきた時は一部の参加者がざわめいた。
「あら珍しい方がお見えになって」
そんな言葉まで聞こえてきた。
そしてクロードは一曲目を母親のテネーブル前公爵夫人と踊り、二曲目は王妃と踊っていた。
(ビアンカはまだのようね、この調子だと)
参加者たちはクロードが舞踏会に出てきた上に相手は母親や王妃とはいえダンスまでしているのは驚きだ、などとひそひそと話していた。
是非近づいて彼と言葉を交わしたいと思っている者もいた。
(確かにこの手の舞踏会で副総裁さまを見るのは初めてだわ)
さて、王妃と踊り終えたクロードはそそくさと大広間の正面入口の方向へ向かっている。アメリが国王夫妻に目をやると二人はニヤニヤしている。
その後ろには騎士服姿のリュックが控えていた。リュックは今晩仕事中なら彼が美しく着飾った令嬢たちに愛想よくしているのを横目に見ながら給仕しなくても済む、などとアメリはぼんやり考えていた。
その時入口付近がざわついた。
ブルーグレーのドレスに身を包んだビアンカがクロードと一緒に入場してきたのである。
ビアンカは普段かけている眼鏡も外していて、彼女本来の姿である銀髪と灰色の眼に透けるような白い肌だった。
この姿は余りにも目立ちすぎるので、普段は魔力で地味な茶髪茶眼に肌の色も少し濃く変幻しているのだ、とアメリはビアンカから以前聞いていた。
招待客の中にはダンスのステップも止めて二人に注目している者も居た。
クロードのことを良く知らないアメリでさえ、彼のビアンカに向ける優しそうな眼差しは特別だということが分かった。
二人は踊る人々をよけて広間の端を通って玉座に向かっていた。そしてクロードはふと足を止め、ビアンカに向き合うと何と微笑みながら彼女の額に軽くキスを落とした。
これには大広間中が一瞬シーンとなり固まった。
(キャー! デコチュー!!! ちょっとビアンカ、半端なく目立っているじゃないの!)
アメリも固まった。
(あっでも侍女のビアンカとしてではなく謎の令嬢だからいいのかしらね。髪と肌の色が違うだけであんなに印象が変わるなんて。でも良く見れば彼女と分かるのに。ま、ここに招待されている輩はまずビアンカと面識ないし)
飲み物を準備する手も止まってしまうアメリだった。
(それにしてもあの素敵なドレス、あの副総裁さまのにやけた顔、報告会が楽しみだわ!)
***ひとこと***
最近アメリさんの『報告会』は開催頻度が高くなってきています。
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