第六話 騎士道は一日にしてならず
騎士道大会当日、アメリはリゼット女官長に申請して昼間の侍女の仕事は休みをもらい、その夕方は大会祝賀会での給仕の仕事を入れてもらった。祝賀会の会場で例えリュックが多くの令嬢や貴婦人たちに囲まれていても、彼の正装姿は見たかったのである。
近衛の中でも断トツの実力と人気を誇っているのが、リュック・サヴァン中佐とジェレミー・ルクレール中佐の二人ということは王宮では有名だった。
無口で不愛想なジェレミーに比べて、リュックの方が誰に対しても愛想良く社交的だった。特に女性に対しては来るもの拒まずだとかで、その点ではリュックの人気が上と言えなくもなかった。
毎年この時期に開かれる騎士道大会の入場券など、高価すぎてアメリには到底手が届かなかった。大会は一般公開だが案の定、闘技場は貴族や裕福な平民で占められていた。
アメリは一張羅を着てきて良かったと思ったが、それでも周りに比べるとあまりにみすぼらしい格好だった。リュックの勇姿が見られるなら何も気にならない彼女だった。しかも前から三列目といういい席である。
午後の勝ち抜き戦が始まった。アメリは剣術など全然分からないながらも、子供の頃リュックの鍛錬をずっと見てきたので、剣の振り方で何となく彼の調子が分かった。
毎年好成績のリュックは一回戦免除で二回戦から登場し、彼の本日の初戦は何と一分もかからず決着がついた。
八年ぶりの空白も関係なくリュックの剣に目が慣れていたアメリには、他者の剣の振りがやたら緩慢に感じられる。
闘技場は熱気に包まれており、女性たちの黄色い声の音量も相当なものである。
(ああ、ピーピーキャーキャー
今日のリュックの調子は上々のようである。
(八年見なかった間に剣のキレがますます鋭くなったのは、経験を積んだからかしら。でも気のせいかしら、リュック少し焦っている?)
アメリのほぼ向かい側には王族桟敷席があり、国王夫妻が座っている。そしてその真下、闘技場と同じ高さの主審判席にはジャン=クロード・テネーブル副総裁を含め魔術師が何人か居る。
騎士道大会では魔術は一切使用禁止なので、四人の審判員の一人が必ず魔術師で形成されている。それから観客の安全の為に魔法防御壁を張り巡らせる魔術師もいるのだ。
(ここからだと良く見えないけど、エティエン殿下はもういらしているのかしら? でもビアンカが殿下のお供で来ても桟敷の真下が主審判席だと、彼女からは副総裁さまが見えないじゃないの!)
アメリはビアンカの為に残念がった。
準々決勝で思わず魔術を発動してしまった騎士がおり、一旦試合は中止になった。そして副総裁のクロードが闘技場の真ん中に出てきた時、魔法防御壁が一瞬消えたのがアメリには見えた。
(今、魔法の壁がなくなったわよね……何だったのかしら……)
魔法防御壁は再びすぐに現れ、その騎士は魔術を使ったため反則で即退場になり、その後は大会は滞りなく進む。
その後準決勝のリュック・サヴァン対ジェレミー・ルクレール戦が行われようとしていた。お互いこの試合が今日一番の苦戦になりそうだった。観客の声援にもますます力が入った。
入場してきたリュックは客席をぐるっと見回し、アメリの方向を見て微笑んだように彼女には見えた。
入場券をリュックに譲ってもらったからと言っても、アメリがどこに座るかなんていくら何でも彼には分からないだろう。もしかしたらこの一角はリュックが買い占めて家族友人を全て座らせているのかもしれない。
準決勝リュック対ジェレミー戦は幕を切って落とされた。両者腕の立つ者同士、目にも止まらぬ速さで次々と剣を繰り出していた。
(リュック、やっぱり焦っているのね。緊張しすぎないで落ち着いて、貴方なら大丈夫よ)
戦いは長引き、観客は固唾を飲んで見守っていた。そしてリュックが少しバランスを崩し片膝と左手を地面についたところにすかさずジェレミーの突きが入りそうになった。
そこでジェレミーは少し油断したのか、一瞬のうちにジェレミーの脇から後ろに回ったリュックに背後を取られてしまい、そこで勝敗が決まった。
(今のあの動き、かなり無理があったのではないかしら。うまく相手の突きをかわせたから成功したものの。精神的に重圧も相当なものでしょうね)
場内どっと歓声に沸き、騎士二人は握手をした。それからリュックは再びアメリの座席方面を向き、ほっと
(まさか私に? そんなわけないわよね)
アメリは幼馴染がここまで上り詰めたことが誇らしかったと同時に、少し寂しさも感じていた。昔と違ってもうリュックを応援しているのは彼女だけではないのだ。
(これだけ多くの人の声援を受けていたら私の応援なんて必要なさそうね……)
さて、一番手強い対戦相手を倒したリュックは決勝では楽勝、見事優勝を果たした。
アメリは表彰式まで残っていられなかった。祝賀会の給仕をするために一旦宿舎に戻って着替えなければならなかったからだ。
祝賀会の会場は王宮の小広間だった。持ち場についたアメリは何となくほっとした。
というのも今日のこの会は大会出場者とその配偶者、騎士団関係者だけで出席者はほとんど男性で、数少ない女性はみな既婚者だった。舞踏会のような華やいだ雰囲気ではなく、むしろ男同士の打ち上げと言った感じである。
「表彰式まで残っていなかったのはこの為だったのか?」
アメリは飲み物を取りに来たリュックに話しかけられる。騎士の正装にメダルをかけた彼にアメリは思わず見惚れた。ただの幼馴染の自分まで鼻高々と誇らしくなってしまうくらい彼の姿は立派だ。
「リュック、優勝おめでとう。久しぶりに貴方の剣が見られて良かったわ。あの、今日はすごく調子良さそうだったわね。でもほんの少しだけ余裕がなかったりした?」
それを聞いたリュックは驚いたように目を大きく見開き、そして無邪気な笑顔になった。
「参ったな……」
その瞬間アメリは胸の奥をギュッとつかまれたような感覚に陥り、八年もの時を経て改めてリュックに恋をしていると認めざるを得なかった。
(な、何よ、参ったのはこっちよ! 丸腰のリュックにやられた!)
***ひとこと***
女性を攻略するには剣などいらないリュック氏です。
ところでこの回は前作「世界」の『第六話 邂逅』にあたります。この時ビアンカはエティエン王太子のお供で王族桟敷にいました。王太子は王妃の弟、自らの叔父にあたるジェレミー・ルクレール中佐をいつも応援しています。叔父さまが負けてしまって残念でしたね、殿下。
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