第五話 予期せぬ再会

― 王国歴1027年-1028年春


― サンレオナール王宮



 学院卒業と同時に、成績も良いアメリは子爵令嬢という肩書も手伝って晴れて王妃付きの侍女として王宮に就職出来ることとなった。


 分かってはいたが予想通り、女ばかりの職場である。アメリは気を引き締めた。最初は大先輩のレベッカに仕事を教わった。


 彼女は元々王妃の実家ルクレール侯爵家の侍女で、王妃の輿入れの際に王宮に上がってきた。王妃からは一番信頼されている侍女である。


 ミラ王妃は時々貴族としても王族としても全く相応しくない破天荒な言動で周囲を振り回すが、根は優しく下々の者への気遣いも忘れない人なのでアメリは仕事がし易かった。




 一か月ほど経って仕事にも慣れてきた頃、一部の同僚達のように仕事後や休みの日に他の部署などで副業を入れてもらうことが可能かどうか、アメリはリゼット女官長に申請してみた。


 リゼットは少し驚いた様子で何か言いかけたが結局は許可してくれた。


「でも貴女は子爵家の……まあ良いでしょう。人それぞれ事情もあるのでしょうから。今のところ夜間の掃除と舞踏会等の給仕などがあります。早速勤務表を書き直しましょう」


「はい、ありがとうございます」


「あくまでも侍女の仕事に支障をきたさないよう、週三回が限度ですよ」




 そしてアメリは少しでも貯えを増やすために副業として掃除婦をすることになった。時々は臨時の給仕係もした。しばらくすると親友のビアンカも王宮勤務が決まり、彼女は王太子付きの侍女として配属された。


 アメリは再び彼女に会えるようになったのが嬉しかった。そしてビアンカも決して裕福ではない実家を助けるために副業を入れたのだった。


「ビアンカ、貴女あまり体が丈夫じゃないのに無理したら駄目じゃない」


「心配しないで。何故か王宮に来てからすこぶる体調がいいのよ。実は私小さい頃はもっと体が弱かったのよ」


「本当に? ビアンカが倒れたりしたらご家族が悲しむわよ。気を付けてね」




 ある夜、アメリとビアンカは本宮の回廊を掃除していた。掃除の仕事中は紺色の侍女の制服ではなく、下女の茶色のドレスを着なければならない。


 アメリが脚立に上って灯篭の火を付け、ビアンカが床掃除をしているところにこの時間帯にしては珍しく人が通った。


 身分が高い人々の通行を妨げてはいけなかったが、時間が時間だけに二人ともその人には気づかず、作業の手も止めることなくビアンカなどアメリに話しかけているところだった。


「アメリ、あの角まで行ったら交代しない?」


「そうね、あと少しで終わりね」


 二人の会話にふと振り向いたその騎士服の人はアメリを見てハッと目を見開く。


「もしかしてアメリ・ガニエか?」


「あ、リュック……」



 リュックは白い正装ではなく、紺色の騎士服を着ていた。灯篭に照らされただけの薄暗い回廊だというのに、彼の姿はアメリの瞳には眩しすぎた。三年前のパレードで見た時よりもずっと逞しく凛々しくなった彼に思わず見惚れ、脚立から下りるのも忘れてしまっていた。



 再会に驚いた二人が固まっているところ、ビアンカはにっこりと笑い、肘でアメリをつつきながらリュックに頭を下げる。


「サヴァンさま、失礼いたしました。アメリ、後はやっておくから」


 そして彼女は箒とちりとりを持って廊下の角を曲がって行ってしまう。


 薄汚れた下女姿の自分が近衛騎士の彼を脚立の上から見下ろしていることにやっと気付き、慌ててアメリは脚立から下りて頭を下げた。


「あの、サヴァン中佐……」


「アメリ……」


 二人は同時に口を開く。


「リュックでいいよ。今、王宮で働いているのか? 今の彼女、王太子の侍女だろ?」


 リュックは最近よく王太子の警護にあたっているのでビアンカとは面識があるようだった。


「リュック、あの、下女の私に言葉をかけているところを誰かに見咎められるとまずいことになりますから……」


「じゃあ、こっち」


 リュックはアメリの手を引いて回廊から王宮の庭に出た。アメリが引っこめかけた荒れた手を彼は有無を言わさずしっかりと握ったのだ。剣だこが出来たリュックの手から温もりが伝わってきた。


 そして茂みの後ろに二人で腰を下ろす。


「私、今は母の旧姓を名乗っていてアメリ・デジャルダンです。父と兄は海の事故で亡くなって、母方の祖父デジャルダン子爵に引き取られましたから。私は去年から王妃様の侍女として働き始めて、時々こうして下女の仕事も入れています」


「えっ、お父さんとフェリックスは亡くなられたのか? 知らなかった……お悔み申し上げる。随分寂しくなったろう」


「ええ、私が十二の時でした……」


 湿っぽい雰囲気になりそうなところをアメリは慌てて話題を変えた。折角こうしてリュックと再会できて、二人で話せているのだ。


「あの、リュックは見事、念願の近衛に配属になったのでしょう。陛下の誕生祝いのパレードで貴方の姿をお見かけして、私感動しました」


「なあ、そんな他人行儀な口の利き方やめてくれよ。昔馴染みだろ。なんか調子狂うし」


 それはそうだが、以前も今も自分とリュックの間には大きな壁が立ちはだかっている。しかし首をかしげてアメリを覗き込んだリュックに、一瞬少年の頃の面影が見えた。


「リュックが……そう言うなら」


「そうだ、今度の騎士道大会見に来ないか? 入場券持っているからあげるよ。一緒に行きたい人がいるのだったらその分もあるからさ」


「まあ、是非行きたいです、いえ行きたいわ。券は一枚でいいの。リュックが剣を振るのを見るのは何年ぶりかしらね」


「券はデジャルダン家に送ればいいか?」


「いえ、私子爵家を出て王宮の宿舎に住んでいるから、女官長室に私宛でお願いできる? ありがとう、リュック」


 リュックはまだ何か言いたげだったが、そこで二人は別れた。アメリは自分が卑屈になりすぎず自然に笑えていたかどうか不安だった。


 いつもは超現実的なアメリだったが、何故かリュックとの再会だけはどこかの舞踏会でドレス姿の大人になった彼女にリュックが驚く、という淡い夢を描いていた。


 情けないことに実際は埃をかぶった下女姿だった。その夜、ビアンカと後片付けをしながらアメリは呟いた。


「まあ、現実は甘くないわよね。本当に埃と煤まみれの下女だもの」




 それでもリュックが自分のことを今でも覚えていてくれたのが何より嬉しかった。八年の歳月が経って、立派な青年になったリュックでもアメリに向けられるあの碧い瞳は以前と変わっていなかった。

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