第四話 血より濃きは

― 王国歴1026年夏


― 王国南部ボション男爵領



 次の夏休みはビアンカの両親であるボション男爵夫妻のたっての勧めで、アメリも一緒にビアンカの故郷に滞在させてもらった。


 乗合馬車でまる一日かかる距離なので旅費も馬鹿にならないが、アメリも長い夏休みの間一人宿舎で仕事三昧の日々を過ごすのは嫌だった。


 生まれてこの方王都を出たことのないアメリには、馬車に揺られて見る風景も新鮮で退屈しなかった。ボション男爵の屋敷に着くなり、家族全員からアメリは暖かい歓迎を受けた。


 母親のスザンヌはアメリが着くなり彼女をギュッと抱きしめた。


「ビアンカからいつも貴女のこと、聞いているわ。娘が大変お世話になっているみたいね。遠いところを来てくれてありがとう。何もないところだけどゆっくりくつろいでね」


 六歳の時に別れたきりの実の母親にこんな風に抱きしめられたことがあったかどうか、思い出せなかったアメリだった。


 ボション領での生活は質素だったが家族全員が笑顔で楽しい毎日だった。海で泳ぎ、魚を釣り、ポールの畑仕事を手伝い、スザンヌとパンを焼き、夜は皆で夕食後に団らんをする。


 時々ポールのギターとスザンヌのオルガンを囲み子供たちは歌を歌うこともあった。素朴な、愛情に溢れたアメリにとっての理想の家族だった。




 ある日アメリはビアンカの弟セドリックと二人で出かけた時に彼の横顔を見ながら思わず口に出してしまう。


「リナとジュリアと貴方たち三人は良く似ているわよね。でも……」


 セドリックは少し間をおいて答えた。


「ビアンカお姉さまは養女で僕たちとは血が繋がっていないのですよ。この地の者は皆知っていて別に秘密にしているわけじゃありませんが」


「えっ、そうだったの。あの子は色々事情があるのは察していたけど、知らなかったわ」


「でもお姉さまも大事な家族の一員です」


「もちろんそうよね。あなたたちはこんなに愛し合っていて深い絆で繋がっているものね」


 そしてアメリはますますこの一家が好きになった。


(血が繋がっていても私の母はまるで他人、大違いね)




 ある夜アメリとビアンカは二人でバルコニーから星を眺めながらおしゃべりしていた。


「ビアンカ、ありがとう。貴女の家に連れて来てくれて。毎日楽しくて楽しくて、新学期に王都に帰りたくなくなっちゃったわ、私」


「そうね。私も貴女と二人で帰って来て良かったわ。次に来られるのはいつになるかしらね」


 ビアンカはそうは言いながらも王都のある北方向の空を切なそうに見つめている。


(この愛すべき家族と離れてまで遥か遠くの王都へ一人で出て来るなんてよっぽどの事情があるのね、この子は)


 アメリは何も言わず黙って一緒に星空を見ていた。




 ボションの屋敷では部屋数がないためにアメリはビアンカの部屋で一緒に寝ていたが、夜中にビアンカが良くうなされているのを知っていた。


「副総裁さま、お待ちください!」


 ビアンカはそんな寝言を言いながら涙を流している。しかし、アメリは何故ビアンカが副総裁で公爵であるクロードのことをここまで想っているのか疑問だった。彼女の知る限りでは共通点の全くない二人である。




 アメリとビアンカが王都に戻る日、アメリは不覚にもボション一家との別れが辛くて号泣してしまった。



 ポールもスザンヌも遠いけれどいつでも来てくれていいと言ってくれた。自分をこうして家族同然に可愛がってくれる人々がいると思うとただ嬉しかった。そして何となく、王都に戻ったら祖父に手紙を書こうと思った。



 あんな祖父でも今となってはアメリのたった一人の家族と呼べる人だったし、彼なりに自分のことを気にかけてくれているということは痛いほど分かっていた。

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