第三話 会い難きは友
― 王国歴1024年-1025年
― サンレオナール王都
十四の歳で王宮侍臣養成学院に入学したアメリは、とにかく生涯安定した職に将来就くことを目指す。侍女、料理人、看護師、一般文官等の選択肢があった。
アメリは王宮侍女を志望、日々勉学に努めた。建前では身分に関係なく成績が考慮されると言われているが、実は子爵令嬢という肩書は王宮での就職に有利になる。
「世の中所詮財力と爵位なのよね」
アメリの入学後しばらくして珍しく学期途中に宿舎に新入生が入ってきた。遥か南部の地から来たビアンカ・ボション男爵令嬢である。二人はすぐに打ち解け仲良くなった。
アメリは同年代の子供に比べてませたところがあり、常に世の中に対して斜に構えている。ゆえに昔行っていた平民の学校でも、祖父に入れられた貴族初等科でも、あまり周りに馴染めず友人と言える存在もまず出来なかった。
そんなアメリもビアンカとは妙に気が合った。ビアンカはただの田舎娘でなく、何か深い事情を抱えているのがアメリには何となく分かったのである。
本来世話好きなアメリは南部から出てきたばかりのビアンカに王都を色々と見せてまわるのが純粋に楽しかった。
ビアンカが入学して間もなく、サンレオナール国王ガブリエルの齢三十の誕生祝いが王都で盛大に行われた。その際の国王一家のパレードを二人は一緒に見に行った。
昔住んでいた借家の近く、パン屋のデュプレさん宅の二階から見させてもらい、アメリはビアンカに分かる範囲で説明していた。
まずは近衛騎士団を先頭にパレードは始まった。リュックは今年22歳になるはずで、アメリはもしパレードに居たらと思うとドキドキしながら待っていた。
「先頭はもちろん近衛騎士団の団長ね。それから副団長、お名前は存じ上げないわ。ああ、それからもう少し後ろ、あの栗毛に乗っていらっしゃるのがジェレミー・ルクレール次期侯爵で王妃さまの弟にあたられる方ね」
近衛の白を基調とした騎士服を身に纏った馬上の騎士たちに、沿道の歓声もひと際大きくなった。
「その後ろ……まあ、もう近衛まで出世しちゃったんだ……アレはリュック・サヴァン、伯爵家の長男よ」
歓声に手を挙げて笑顔で応えているリュックが居た。
逞しい青年になった彼の姿はため息が出るほど美しく、アメリは脳裏に焼き付けておいて今後の励みにしようと思った。
彼が努力の人だということはアメリは誰よりも知っている。これからも陰ながらリュックを応援しようと心に誓った。
「さあ、国王一家がいらっしゃるわよ。歓声がますます大きくなってきたでしょう?」
アメリには魔力はないが、時々使われている魔法が光のように見えることがある。とは言っても今までの人生で強い魔術とはあまり関わりはなかったので、彼女自身はそう気にしていない。
今日は国王一家の馬車の周りの魔法の防御壁が良く見えた。それは透明なガラス状の膜として彼女の目には映っていた。そしてその後行列の最後に数名の魔術師が続いた。何人かの魔術師の名前をビアンカに教えた。
「まあ近衛騎士も魔術師も王宮職のエリート中のエリートよねー」
自分に言い聞かせるように呟いたアメリは、ビアンカが王宮魔術院副総裁のジャン=クロード・テネーブル公爵を見て涙を流し始めたのに大層驚いた。
そんなビアンカをそっと見守りながら公爵とビアンカの繋がりが一体何なのか、これが彼女の事情なのか、不思議に思うアメリだった。
パレードの後は教会に寄ってお祈りを捧げたいというビアンカと別々に宿舎に戻った。二人はそれぞれの想いを抱え、この日を終えたのだった。
学院の夏休みがやってきた。長い休みの間、宿舎住まいの学生はほとんどが帰省するが、ビアンカのように家があまりに遠方にある者は宿舎に残っていた。
アメリは月に一度ほど祖父に手紙を書いていたが、顔を見せに子爵家に帰ることもなくいつも宿舎にいる。夏の間は例のパン屋で働かせてもらったり、繕い物等の内職をしたりで生活費の足しにすることにした。
ビアンカも実家は男爵家と言えど質素な生活をしているそうで、アメリの紹介で仕事を入れていた。
夏の間は宿舎の食堂も閉まっているので二人の食事はパン屋の残り物か、自炊でまかなっている。二人とも小さい頃から家事をしないといけない環境だったので、料理はお手のものだった。
しかし、アメリは厨房である日誤って右手に傷を負ってしまう。
医者にちゃんと診てもらわないと、と言うビアンカにアメリは反論した。
「大丈夫よ、自然に治るわ。休み中に稼いだお金を治療費に充てたくないもの」
しかし、アメリの怪我は痛みで眠れない程ひどかった。ここで治療費をケチって手が不自由になったら、将来まともな仕事にも就けないという不安と後悔にさいなまれていた。
そして真夜中うとうとしていた時である、隣のベッドで寝ていたビアンカが枕元にやって来た。
「アメリの頑固者! しょうがないわね」
そして傷を負った右手を取ったかと思うと、ビアンカの両手からぼんやりと白い光が発せられ、ひんやりとした気持ちいい感覚がアメリの手を包んだのだった。
「ビアンカ、ありがとう。痛みが少し引いたわ……」
アメリはぼそぼそ呟いて深い眠りに落ちていった。
翌日の朝、まるで何事も無かったようにアメリはすっきりした気分で目覚めた。昨日の厨房での出来事か、それとも夜中のビアンカの奇妙な光が夢だったのか、何度も瞬きしながら右手を眺めていた。
痛みもあまりないし、恐る恐る包帯を取ってみようとしているところへ着替えを済ませたビアンカがやって来る。
「お早う、アメリ。気分はどう?」
「狐につままれた様な気分よ。ビアンカ、貴女の昨夜のあれはやっぱり夢じゃなかったのね。こんな魔術なんて見たことも聞いたことさえもないわ」
「あのね、アメリ。傷が治っていても包帯はしばらく巻いたままにして、誰にも私の力のことは言わないで欲しいのよ。だいたい魔術かどうかも分からないし、小さい頃から家族しか知らないし、人前で使うなと言われて育ったわ」
「もちろんよ。私のこんなひどい傷がほぼ塞がるくらいまで治療してもらったのですもの。昨日貴女が私の手を握った時に、白いきれいな光が出ていたわね」
「え、アメリ、私の力が見えていたの?」
「私、魔力は無いのに魔術が使われているのは見えるのよね。とにかく、その力でお金儲けとか考えずに隠しておこうというのは正しいと思うわよ」
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