旅立ち



空気が抜ける様な音を響かせながらキャノピーが降りてくる。閉じられたコクピットの中は気密され、無音と暗闇に支配されていた。


「うわぁ、暗いし誰も居ない。どうなって……」

 軽くパニックを起こす少年。その目に小さなランプの灯りが点っていくのが見える。赤色にオレンジ色、黄色に白色などの大小様々なスイッチ類やランプの光がまるで宝石箱の様だ。


「かっ、勝手に動きだした」

呆気に取られているうちに宝石箱は目映い光を放ち始める。


「うぉおおお」

そしてエメラルドの様なグリーンのランプが点ったその刹那、轟音と共に戦闘機が目覚めた。


(welcome to artificial intelligence jet fighter

 -1 )


( AI FIGHTER 〖AXIA〗…… )


「え、AI戦闘機?! アクシア?!」


 モニターに映し出された情報を理解する間も無く、凄まじいジェットタービン音を響かせ”AIJF-1”AXIAが動き出す。


「おっ、おい!待てって、おおおおお」

少年は体験したことの無い強烈な加速Gで、シートに押し付けられ身動きが全く取れない。ただうなることしかできなかった。


「なっ、ななな!うぐぐぐっ……」

 凄い加速が数秒続いたかと思うと、全体がフワッとした。そして今度は機体が縦に起き上がり身動きが全く取れない。まるでロケットの打ち上げかと思わせる急激な上昇。


「うわっ、痛でででっ」

そして息もつかせぬ急旋回、ロールをしながらのハイレートクライムで敵のミサイルを間一髪で回避した。

九死に一生を手にした少年ではあるが、カクテルシェイカーよろしく上下左右に転げ回ったいる。


「ううう……助けて」

『何をやってるんですか。シートベルトを締めるぐらい出来ないんですか。その姿、虫ケラみたいですね』

 悪態を尽きつつ、モニターにはシートベルトの着用マニュアルが映し出されている。少年はもたつきながらもシートベルトを着用して一息ついた。

「なんとか助かった……のか?」

『安心するのは早すぎますよ。敵機がこちらを狙って追ってきています』

「何とか出来ないの?てゆうか、何処に居るんだよ?お前」

『”お前”じゃありません!私には”AXIA”という立派な名前が有ります。それに……この機体には貴方しか乗っていません』

「え、どういうこと?」

『まだ解らないんですか?馬鹿じゃないんですか!無人の戦闘機だって言ってるんですよ』

「ええ!!無人…… ど、どうやって動いているんだよ?お、お前が飛ばしているのか?」

『だから”AXIA”だって言ってるでしょ!この虫野郎!そうだ、貴方のこと虫って呼びます。私が飛ばしているのですよ、文句ありますか!』

「無いよ!あと、虫言うな!じゃあ、上手く逃げてくれよ」

『簡単に言わないで下さい、虫!』

「虫、虫、五月蝿いなあ!俺には隼勢はやせって名前が有るんだよ。それよりも、お願いします、助けて下さい」

『……何度も言わせないで下さい。”逃げるのは”無理だって言ってるんです』

「”逃げるのは”無理?」

『だから、やっつけちゃえばいいんです!』

「やっつける!? ……あの黒い奴を!?」

『あちらも無人戦闘機です。問題有りません……多分』

「多分って何だよ?たぶんって!」


 次から次へと驚かされる隼勢はやせ。焦りと戸惑いで、どうにかなりそうになりながら必死に考える。けたたましく警告音が鳴り響いた!

『警告!警告!敵機よりミサイルと思われる飛翔体三発の発射を確認。約十秒ほどで本機に到達、緊急回避行動に移行します』

 そして警告音が鳴り止むと、急激な縦Gと共に機体が急上昇を始めた。

「ぐわっ!……ぐぎぎぎぎ……」

『チャフ散布』

 ロール回転をし、左右に急旋回をしてミサイルが追尾してくる方角にチャフをばらまく。それでも一発は反れていったが、二発は変わらず追尾してくる。

『IRフレア発射』

 大きな炎の塊が左右に開く。その遥か上空、急上昇したAXIAアクシアの機内。朦朧もうろうとした意識の中で、フレアに引き寄せられる二発のミサイルを眺めながら隼勢はやせは安堵の息を漏らした。


『安心してられませんよ、すぐに次の攻撃が来ます。敵機への攻撃の許可を求めます』

「……な、なんで僕に許可を?ただの高校生だぞ……」

『私には攻撃を判断することは出来ても、”決断”する権限は与えられていないのです。最終判断はパイロットに一任されています。攻撃命令を……』

「僕はパイロットじゃないし、そんな責任負えないよ」

『どうせこのままだと撃墜されて死ぬんです、責任なんてどうでもいい!撃つの?撃たないの?』

「そんなこと言われたって……」


 敵機が接近してきた事を伝える電子音の警報が、すでに猶予が無くなった事を知らせる。


『チッ!……はっきりしろぉ!虫ぃ!!』


「うぉおおお!!撃てぇ!!!!!」


 その刹那、目映い光が隼勢を包んだ。モニターには物凄いスピードで隼勢の角膜の画像や、身体的特徴、血液型から、脈拍数やバイタルまでありとあらゆる情報が流れている。そして……

『生体認証、確認。登録完了!健康状態、良好。攻撃命令を確認!実行します』


 ジェットタービンの音がよりいっそう高音を奏で、アクシアが右に大きく急旋回を始めた。モニターの映像が全方位レーダーに変わり、左後方の離れたところから敵機が追ってきているのが解る。その敵機の黄色の表示に大きな四角が、焦点を合わすかのように小さくなって重なる。そして赤色に色が変わり[Attack!]表示された。二発の発射音と共に大きく白い弧を画いて飛んでいくミサイル。隼勢は祈るような気持ちでモニターを見つめた。二発のミサイルの影は、敵機のカーソルに吸い込まれ……一緒に消滅したのだった。

『敵機、撃墜』

「や……やった」

 戦闘機の強烈なGと生死を賭けた緊張が解け、安心した隼勢は意識を失った。

『よく頑張りましたね、隼勢……』



 それからしばらく時が流れ…… 隼勢が意識を取り戻して見たものは晴れ渡った空と、キラキラと煌めく海だった。

「綺麗だ……え、海?」

『気がつきましたか、隼勢』

「どれくらい気を失ってた?ここ何処?」

 意識がぼーっとしていたのだが、景色を見て一気に冴える。隼勢が住む街は内陸部にあり、海なんて見るのは久しぶりだ。そして、隼勢の真下には何処までも青い海が広がっていた。


『これからエゾリアへ向かいます。そこに私の基地があります』

「エゾリア?!海の向こうじゃん!僕も行くの?ちょっと待って、学校あるんだけど……親も心配するし」

『二、三日の辛抱です。緊急事態だったとはいえ貴方は私と契約しましたから、このまま解放することは出来ません』

「そ、そうなの?確かに助けてもらった訳だし……でも帰れるんだよね?何もされないよね?」

『……基地に戻れば解ります。命の危険は有りません』

「そう……と、とりあえず、助かったって事で良いんだよね。うへぇ…… なんか安心したら急に気持ち悪くなってきた。汗だくでベトベトだぁ」

 安心したのか、隼勢は制服の上着を脱ぎ、汗をたっぷり含んだ黒いインナーを後ろに脱ぎ捨てて、上半身をあらわにした。


『きゃああ!!』

「……きゃああ?」

『何してるんですか!スケベ!変態!破廉恥!!』

「何だよ?女みたいな声出しやがって。気持ち悪いから、インナーを替えるだけだろ」

『五月蠅い!五月蠅い!馬鹿、阿呆、虫ぃ!!』

「ええぃ、黙れ!機械の癖に。そうだ、さっきもどさくさに紛れて”虫”とか言ってたな!謝れ、謝罪しろォ」

『機械言うな!”虫”を虫と呼んで何が悪いですか?それより、この汚い布切れを片付けてください』

「なんだと…………ん!!…… そうか!”そこ”に何か有るんだな」


 ニヤリとした隼勢は、シートの上から中腰になって反転し……インナーが無造作に載っている”妙に張出した部分”に汗だくのインナーを擦り付けた。

「うりゃ、うりゃ、うりゃ♪」

『ぎゃああ!!やめて、やめて、ばっちぃ!くさい!カメムシ!!…………もう、……駄目……………』


「あれ?もしも~し、アクシアさ~ん?」


『Danger!Danger!』

 急に警告音が鳴り出して機体がガタガタと揺れ始める。モニター画面は真っ赤に染まり[Danger!]の白抜き文字がくっきりと……


『危険です。当機は姿勢制御機能の八十五パーセントをロスト。海面への到達まであと十五秒……』

「うわぁあああ!ごめん、許して、助けてぇ~」


 切り揉み状態で回転し、アクシアと隼勢は海に向かって落ちていくのであった。

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