出会い




西暦 二千百十五年四月。


「ちぃくしょぉおおお!」


やっちまった。わかってた、こうなる事はわかっていたんだけどねぇ。仕方なかったんだよ……


俺は往年のコンシュマーゲームの超大作【ドラクレIV】に熱中していた。



まさかメタルタマネギが合体するなんて誰が想像しようか。一匹でさえ美味し過ぎる経験値が手に入るというのに、そいつらが複数体並んでるときたもんだ! これに興奮しないなんて男じゃ無い!


しかもだ…… 黙って倒されていればいいものを、あろう事か彼奴等は…… 合体しやがった。【キングメタルタマネギ】アレにはたまげたね。ああ勿論、必死で奴らの弱点のハラペーニョソースをかけまくったさ。激闘だった…… 逃げられないかとヒヤヒヤしたけど倒せて良かった。盛りに盛り上がって気が付けば深夜の二時を超えてたもんな。得がたい経験を得る為には、無茶だってするさ。ドラクレⅣ、名作の名に恥じない逸品だ。


「だがしかし……」


此処ここは首都エドラルドから遠く離れたサヌーキーの郊外。新緑のなだらかな丘陵地帯を切り分ける様に一本の道路が続いている。

趣味のレトロゲームに明け暮れた加藤隼勢はやせは寝坊をしていた。後悔しつつも無責任な言い訳を口ずさみながら、愛車の【ロドリゲス二世号】のペダルを我武者羅に漕ぎまくる。しかし無情にも左手首に巻いた腕時計が最後通告を告げていた。


「やっべぇ!間に合わないかも」

 

新学期早々から遅刻なんてめちゃくちゃ目立つな。あれ、かなり恥ずかしくね? こんなのナオに知れたら怒るだろうなぁ。ホームルームまであと十分を切ってるし…… 仕方がない、何時いつもの、やるか!


「よっと!」


通いなれた通学路の横にある斜面を勢いよく登り、その先の廃墟の飛行場をショートカットする。フェンスが所々壊れた飛行場、錆びた立ち入り禁止の看板が少年の罪悪感を消し去る。敷地内を横切り、大きな倉庫の角を曲がった少年は青っぽい”壁の様なもの”にぶつかって転倒した。

「いてて……なんで壁があるんだ?」

何度も近道として使っている。この飛行場は使われなくなって久しい。昨日はこんな物無かったと少年は思う。


『失礼な!私は壁ではありません。貴方の目は節穴ですか』

そこに横たわっていた物は、青く塗られた戦闘機だった。少年は実物を初めて見たが、かなり大きく感じられた。コクピットの下辺りからタラップの様な物が降りているが、キャノピー自体は閉まっている。

「戦闘機……何故此処に?」

倒れたマウンテンバイクを起し、色々と機体を眺めてみる。

『何をしているのです。さっさと何処かへ行きなさい』

「どっか行けって言われてもさぁ、チャリンコ壊れたし、学校は遅刻確定だもん。話のネタに少し見るぐらい良いだろ?」


そう言って少年は機体に触れてみたり、写真を撮ってみたりと時間をかけて思う存分満喫した。

『早く立ち去りなさい』

戦闘機から発せられる警告にも聞く耳を貸さず、周囲から一通り眺めた後、やっと満足したのか納得した表情でその場を離れようとする。

「ありがとう。大体わかったから、もう行くよ」


だが……


『……お待ちなさい!少し……遅かった様です』

「えっ………?」


俺が首をかしげて立ちすくんでいると、遠く離れた空の彼方から何かが飛んでくるのが見える。空を割るような轟音を響かせ向かってきた物は、真っ黒い戦闘機だった。



『早く機体の下に隠れて!』

 言われるがままに機体の下に潜り込む。目と鼻の先まで近寄って来た黒い戦闘機は有無を言わさず機銃掃射をしてきた。マウンテンバイクや倉庫の壁、周りにあった使われなくなった資材が砕け散る。

「うわあぁ!」

 恐怖でその場にうずくまる少年。機体を挟んだ真上で何か発射した音が響いた。

(このまま殺されてしまうのか……)そう脳裏に浮かんだその時、青色の戦闘機が警告音を発してきた。



『警告!警告!未確認の戦闘機から、攻撃を確認しました。直ちに回避行動に移ってください。……そこの貴方の事です!さっさと蜂の巣になりたいのですか?それともボロネーゼに転生するおつもりですか?』

「冗談じゃない!痛いのは御免だ。死にたくない」

『なら、避難することをお勧めします。敵機と識別された戦闘機は、今のところ私が放ったデコイに釣られて離れています。しかし、それも時間の問題ですから……』

「逃げろったって何処に?回りの建物は攻撃されて燃えているし、飛行場の回りなんて隠れる所は無いよ。上から狙われて終わりだよ」

『はぁ~あ、ダメダメですね……この下等生物は』

「なんだと!誰が下等生物だ。テメェ!表に出ろ!」

『表に出ていますが?バカなんですか?貴方は』

「違う、そこに乗っているお前だ!マジックミラーの影で隠れてるつもりか!」



 戦闘機のコクピット部分は、マジックミラー加工がしてあるかのような、まるで鏡その物だった。少年と戦闘機が睨み合いを続けていると、遠くの方で何かが爆発したような音が響く。

『どうやら時間切れのようです。仕方がないですね、逃げ場を失ったミジンコ風情ふぜいに助け船を出してあげましょう』

「おう、助けられるもんなら助けてみろ。期待させといて、どうせお前だけ逃げ出すんだろ」

 強がる少年だが、その手は恐怖で震えていた。戦闘機に喧嘩を吹っ掛けているような態度も、滑稽こっけいに見えるが迫り来る死の恐怖から逃れたい一心でのことだった。辺りに破裂音を響かせコクピットが開く。中には誰も乗っていない様だ。

『急いで乗って下さい。貴方を此処から救い出してあげます』


 耳をつんざく爆音がどんどん迫って来るのが解る。いつ攻撃されてもおかしくはない。首筋から背中一体を襲う強烈な寒気を感じながら、少年は無我夢中で戦闘機に乗り込んだ。

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