蒼のアクシア

たて あきお

エピローグ



西暦 二千百三年。


 五歳の誕生日を翌日に控えたジーナは、小さく区切られた宇宙船の窓にじっとかじりつき、外の景色を見ながら出発を今か今かと心待ちにしていた。彼女の乗る宇宙船は満員の様で、駆け込んできた乗客が着席しようと船内を慌ただしく往来している。マクシミリアン・ヴォルコフは窓側を占領して離さない可愛らしい娘に、にこやかに問いかけてみた。



「ジーナ、何か面白いものでも見つけたのかい?」

「ん〜ん、なにもないよ」


「パパ、あたらしいおうちは、おにわにでてもいいんだよね?」


「ああ、好きなだけ走り回っても良いぞ」


「おはなもいっぱい、い〜っぱいさいてるんだよね?」


「いっぱい咲いているかは解らないが、ママと一緒にお花で一杯にすると良い」


「うん」

そんな二人のやり取りを、父親の隣から通路側に座った母親が優しい笑顔で見詰めている。そしてソワソワ落ち着かない娘に釘を刺すことも忘れない。


「うふふ。でもジーナ、ちゃんとママのお手伝いをしないと駄目よ。ジーナが良い子で頑張ってくれたらお花の種をいっぱい買ってあげる」


「うん、がんばる」


────『間もなく当機は【ヴィーナスポート】へ向けて出発致します。ご搭乗のお客様は着席の上シートベルトを着用してください。

業務連絡、業務連絡、搭乗員はお客様の確認をお願いします。続いて避難口についてご案内申し上げ………』────

機内アナウンスと共に扉が閉められ機密が上がったのであろう、船内の物音の響き方が変わった。腹の底から響き渡る振動と、エンジンの野太い重低音が客室の緊張感を釣り上げていく。


「ほらジーナ、地球とはそろそろバイバイだよ」

何年も待ってやっと移民船団への搭乗チケットを確保出来た父親が誇らしげに笑う。


「バイバ~イ。ねぇ、はやくかせいにつかないかな?」


家族の乗った船が、他の移民船団と共に轟音を響かせ宇宙へと舞い上がって行った。



人口増加と地球温暖化、そして度重なる汚染で地球は手の施しようがない死の惑星へと変わりつつあった。


森林は切り倒され粗末な畑作地帯へと変わり、汚れた水により満足な収穫さえ望めない。頼みの綱の日光にいたっては、大気汚染により日射量に陰りが見えた。


だからと言って風雨により大気が浄化されても、待っているのは暖かい陽射しではない。呼吸困難を引き起こす程の激しい咳や、強烈な眼の疾患をもたらす光化学オキシダント、殺人的な紫外線を浴びれば軽度の火傷と水膨れ、皮膚癌の発症も避けられなかった。

有害なダストを含む灰色の酸性雨は人類を蝕むのに充分であった。


そんな世界を憂いてだろうか。日本に在住していた老紳士、オフ・ミッター卿が世界を震撼させる。世界最高齢となった百二十五歳の誕生日、ギネス新記録を祝したテレビの取材陣の前で、自分は遥か昔に地球を訪れた宇宙人の生き残りであると明かしたのだ。


最初は誰もまともに取り合わなかった。家族はとうとう痴呆症が発症してしまったかと困惑した表情をみせる。取材陣も、たまには変わった取材で撮り高が稼げるかもと面白半分に話を合わせる。


しかし取材が進むにつれ、場がざわつき始めた。与太話にしては出来すぎている内容に、老人が提示した証拠の資料の数々。更に関係者を驚かせたのは、富士の樹海に隠されたオーパーツの存在を語ったことだった。

そして最後に、もう生きるのは疲れた、そのオーパーツはくれてやるからワシを後世まで崇めよと語ると、布団に横になって眠るようにその生涯を閉じた。


テレビカメラの前で死亡するというショッキングな話題性と、連日繰り広げられる有識者の仮説に世間も大いに盛り上がった。そしてそのムーブメントは留まることを知らず、国連規模の調査団が組織された。

やがて惑星のテラフォーミングを可能とさせるオーパーツが発見される。



人類は新たな惑星への移住計画にわいた。各国が競うように研究開発に取組んで約半世紀が過ぎた頃、幾つかの惑星にてテラフォーミングの実現に目処がたった。

その中で火星が最初に移住可能な状態にまで到達した。


そしていざ受け入れが始まるや否や、裕福な者達らは逃げるように地球を後にしたという。それらを庶民は白い目で嘲笑いつつ、抽選で選ばれた恵まれている者達から大規模な移民船団に乗り未知の新天地へと旅立って行った。


テラフォーミングによって莫大な量の氷河を溶かし、地表面を覆う水と空気を含んだ大気を得る事に成功した火星。その青みがかった火星を見て人々は………


この|惑星を”あお惑星ほし”と呼んだ。

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