未知との遭遇
『ほんとっ!信じらんない』
『バカ!アホ!サイテー!』
「…………」
『シネ、シネ、シネ、シネ……』
なんとか間一髪、海への墜落は回避出来た。高度を飛行高度まで戻した機内では、
「ごめん。調子に乗りすぎた」
『……本当に反省してる?』
従来の有人機では有り得ない光景だが、
『(ごめん)ってさぁ、なんか上からだよねぇ。誠意が足りないんじゃないの!』
「すいませんでしたぁー!」
『次やったら、海に落とすからね!』
「はいっ!」
操縦席の後方から隼勢がインナーを擦り付けた突起部分に、二本のマジックハンドが器用に消臭スプレーの様なものを吹き掛けている。三度往復し、今度は別のマジックハンドがアルコール消臭をしているようだ。隼勢は地味に傷ついている。
『……そろそろ、みっともない土下座止めてください。あと……早く着替えて下さい』
「はい、ありがとうございます」
やっと土下座から解放され、通学用バックから替えのインナーを取り出す隼勢。機内では換気の為の空調がMAXになっている事を、これ見よがしにモニターに映し出している。
『あ~あ、汗臭いですねぇ』
「申し訳ない、しばらく我慢してくれ」
『……反省の態度が見受けられないなぁ……』
圧縮空気が抜けるような音が聞こえ始め、キャノピーが”ゆ~っくり”と開きだす。緯度が上がっているのか、明らかに気温が下がっている。
『この季節は少~し海水浴には早いけど……』
「わぁあ!ごめんなさい、僕泳げないんです。寒い、寒い」
慌てて座席にしがみつく隼勢。”追い出される”時は座席も一緒に飛んでいく事を知ったのは、これよりもう少し先のことだ。キャノピーがゆっくりと元に戻り隼勢は安堵の息をつく。
「アクシアさん、さっき消臭スプレー使ってましたよね。あのブランドだったら僕にも使えませんか?」
マジックハンドはスプレー缶を器用に持っていて、ラベルは市販のデオドラントスプレーだった。
『使えるよ~』
そう言うと後方から二本のマジックハンドがスプレー缶を握って伸びてくる……ラベルは馴染み深い雄鶏マークの……
「 殺虫剤かよ!」
『へへへっ……』
アクシアの声色が急に楽しげになる。
『えいっ!えいっ!』
隼勢のツッコミも虚しく、マジックハンドが微妙な距離で殺虫剤をプッシュしては止め、プッシュしては止め…… やっぱり楽しそうだ。
「やぁ~めぇ~ろぉ~よぉ~」
必死に”殺虫”されまいと避けまくる隼勢。
『逃げ出すなら今だよ』
そして換気の為にキャノピーが再度開く。
「だから、寒いって!!」
それから、わずかばかりの時が流れた。悪ふざけに満足したのか、アクシアもやっと機嫌を直したようだ。隼勢はモニターに、もたれ掛かってぐったりしていた。
『もうすぐ陸地が見えてくるよ』
アクシアの呼掛けに反応した隼勢が前方に視線を向けると……
「あ、光が見える……」
灯台らしき光が確認できた。
『ようこそエゾリアへ。もう少しで街の夜景も見えてくるから』
地図やテレビでしか見たことの無かったエゾリア。同じ国とはいえ、高校生がおいそれとは来れない場所だった。サヌーキーからは飛行機で、時間も費用も馬鹿にならない。大きな海を越えなくてはならなかったからだ。
「おおー、初エゾリアだよ。やっぱり遠いなぁ、夜になっちゃったし」
『色々有りましたからね、誰かさんのせいで……』
「もう許してよ」
『貸しだからね。ほら、あそこに見えるのが私の基地……』
眼下に誘導灯に照らされた滑走路と、大きな建物が無数に建っているのがみえた。基地と言うより街に近い。
「大きいなぁ」
『今見えているのは全部、関係施設だよ。聞いたことないかな?NHI社』
「NHI? 聞いたことない……」
『西山重工業(通称)NHI (英)NISHIYAMA HEAVY INDUSTRIES,LTD. 火星で創業した軍需産業に強みを持つと言われる新興の総合機械メーカーよ』
幾つものモニターが並ぶ部屋の中。ここは西山重工の航空管制室。大勢のスタッフが緊張しつつ、一際大きなモニターを注視する。
「NHI-1、間も無く着陸体制に移行します」
「どうやら無事に帰ってこられたようだな」
そこは正規の空港顔負けの管制室の機能を有しており、もうすぐ着陸しようとするアクシアを誘導すべく動いている。そして部屋の中央で落ち着き払うこの男こそNHI社のトップ、西山健一である。
(あんな事があったというのに、どういうつもりだ)
管制モニターは二分割に変わり、滑走路に滑り込むアクシアの姿と、機内で顔を強張らせる隼勢の姿を映し出していた。
「NHI-1を第一格納庫へ誘導、各自警戒体制をとれ。私も向かう」
何事も無くスムーズに滑走路に降り立ったアクシア。機内では乗せられるがまま、キョロキョロと周りを見渡す隼勢の姿が。そこは彼が生まれて始めて見る物で溢れ、まさに異世界である。本当に帰れるのだろうか……、そんな彼の不安は的中する。格納庫の中で待っていたもの、それは小銃を構えた兵士達だった。
「うわっうわっうわ!熱烈大歓迎なんて期待はしていなかったけど、予想通りで笑えない!」
『あらっ?当然の反応だと思うけど』
「そりゃ、勝手に戦闘機に乗って来たら…… だけど緊急事態だったしアクシアも乗れって……」
『公然わいせつ罪。六ヶ月の懲役または三十万円以下の罰金……』
「そっちかよ!!」
『そっちかよ?こっちは何?あっ!わいせつ物陳列罪ね。さらに重い罪を背負おうなんて、見上げた根性だわ』
「どっちも違う!ほら、もっと他に有るだろう?軍法会議的なアレとか……」
『なお、黙秘権は認められない』
「厳しっ!!人権侵害だ」
『虫に人権などない。しかも変態だ。ドヤァ~』
「機械の癖にどや顔するな!上手いこと言っても座布団はやらんぞ」
『ふっふっふ。我々は甘くないぞ。生爪がいいか?それとも石抱き?』
「やだやだ!何も悪い事なんてしていないじゃないか!」
隼勢とアクシアが揉めている間も作業は続いていて、エンジンがゆっくりと止まっていく。キャノピーが開き乗降用のステップが設置された。
『さあ、さっさと降りて頂戴』
「えっ?……」
突然、アクシアの声色ががらりと変わった。それは認めたくない現実を、受け止めざるをえない時が来たのだ。二本のマジックハンドが隼勢の背中に銃口を押し付ける。隼勢は後がないことを悟った。
「アクシア……そんな、嘘だろ……」
『ごめんなさい、早く終わりにしたいの……』
失意の隼勢はアクシアを降り、兵士達の前で両手を挙げた。
「……抵抗はしません。でも信じて下さい、僕はたまたま巻き込まれただけで……」
目の前の兵士が小銃を構えながら顎を縦に振った。隼勢は悲壮な表情をしながら、そのまま床の上にうつ伏せになり頭の後で手を組んだ。ニュースで見る、投降した兵士が敵兵士に銃を向けられてしているアレだ。
「お、お願いいたします。命……命だけは」
頬に触れた床の冷たさ、大勢の人の前で命乞いをする惨めさ、そして僅かな間でも共に過ごしたアクシアの裏切り……人工知能だと解っていても、隼勢はそれを”一人の”人格として受け入れていたのかもしれない。だから余計に悲しかった……
「アクシア、教えてくれ!何故……僕を助けた?こうなることを解ってて連れてきたのか!教えてくれよ……」
隼勢の頬に涙が流れた。
『………………あわわわっ!……』
誰も”それ”に気付いていなかったのだが、アクシアが謎の悲鳴をあげた。
そんなこととは露知らず、あたりが静まり返った頃と時を同じくして、西山博士が到着した。そこで彼は驚愕することとなる。
「な、何をしているんだ?」
隼勢の悲しげな視線が西山に向けられる……(助けて下さいと……)
兵士達の慌てた視線が西山に注がれる……[何とかしてくださいと……]
居たたまれなくなった西山ではあるが、組織のトップとしてそれは許されない。
「何故、その少年がうつ伏せで泣いているのか理由を聞かせて欲しい」
「……えっ?!」
隼勢は耳を疑った。そう……何かがおかしい。自分はこれから拘束されるのではないか、そう思ってあたのだが。何か重大な勘違いなのではないか、隼勢の疑問は兵士の証言によって確信に変わった。
「実は……NHI-1が到着して警戒体制をとって待って居たのですが…… あちらの少年が降りて来て早々、投降する旨を伝えてきたものでして。私達の方では少年の保護としか聞いておらず、敵のスパイの可能性を考慮した次第です」
兵士長らしき人物が困惑した表情で事情を話す。何かしばらくの間思案した西山は、今度は隼勢の方に問い掛けた。
「……そうか。では、君の方も事情を聞かせてくれないか?」
何が起きているのか解らないまま、隼勢は自分が怪しい者ではない、偶然助けられただけだと訴える。そしてこのあと待っている……
「尋問なんてやらないよ、君!」
「そんな!だってアクシアが……それに軍の最高機密なんじゃないですか?その機体に関わって……」
「ほう、どうやら話が見えたぞ」
そう呟くと西山博士は、アクシアの方へ視線を移した。
「君、申し訳ない。うちのバカ娘が脅かしていたようだ。出てきなさいアクシア!」
『とっ、父さん。ち、違うから』
すると……さっきまで座っていたコクピットの座席が跳ね上がり、後ろの”謎の突起”の部分から空間が現れた。中から現れたのは……銀髪が綺麗なツインテールの女の子だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます