一 犬が去ってまた一猫①




 悪戦苦闘の末、敵のコッファーシュ部隊を殲滅した高遠中佐とAI戦闘機アクシアであったが、手負いの傷もまた深かった。


「──しまった!」

『どうしました? 中佐』

彼奴きゃつに少し無理をかけすぎた」

『えっ…………』

「事態は急を要する。後は任せたぞ、アカシヤ」


 そう言い残すと高遠中佐は、隼勢の意識の中へと消えて行った。一切、飛行訓練を受けていない高校生の隼勢にとって、たとえ火星が地球の三分の一の重力だとしても、そのダメージは計り知れない。敵、無人戦闘機との格闘戦は、瞬間にて最大、九Gにまで達し、対Gスーツを着用していてもなお隼勢の限界を超えていた。

 高遠は、自分が隼勢の意識を占有している事や慣れない戦闘機動が、彼の体力の消耗に繋がっている事を危惧していた。そして想定よりも深刻な事態になりつつあった。


 ※バイタルサインの低下を確認_

 ※搭乗者ID 該当なし_

 _

 _

 _

 ※心停止を確認_

 ※生命維持装置を作動_


『隼勢!? …… 隼勢、ねぇ隼勢起きてよ…… 隼勢ってばぁ!!』

 悲痛な叫び声をあげるアクシア。コクピット内に虚しく響きわたる。


 だが…… 返事は帰ってこない。


『嫌っ…… 嫌ぁあ!』


 隼勢の手は力無くぶらりと垂れ下がっていた。


『はやせぇえええええーーーー!!』





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ここは何処だ?」

 真っ暗な空間。隼勢は一人きりで佇んでいた。音も光も無い。ただただ漆黒の闇と言うべきか。


「夢…… 夢なのか?」


 しかし夢にしてはやけにリアルな感じがする。五感がとてもクリアーなのだ。何処か遠くで風が流れる音が聞こえた。

 ふと中学生の頃を思い出す。家族で話題になっていたアトラクションに行った時の事だ。それはドイツ発祥の体験プログラムで、真っ暗闇に誘われ、ガイドの人に助けて貰いながら色々体験するというものだ。地面を踏みしめる感覚や、水が流れる音、草木の匂いなど普段の生活では気づかなかった事が視覚を奪われることによってダイレクトに飛び込んでくる。本来動物として備えていた五感をフル活用し、感じるもの全てがとても尊い物だと思えた。


 だが、あの時とは違うと思った。


 闇の深さが違う。奥行があり、何処までも続いていそうな闇の中に吸い込まれそうな感覚さえ出てきた。

 少し歩いてみることにした。歩くとは言っても、明確な目的地などある筈も無く、何処に向かって歩いているのか、登ってるのか降ってるのか、進んでいるのか、戻っているのか、さっぱり解らなかった。


 どのくらい歩いただろうか? 隼勢は背後から呼ばれた様な気がして振り返る。そして驚いた。そこには坊主頭に口髭を蓄え、サングラスをかけた軍服姿の男が立っていた。光が照らしている訳では無いが、くっきりと姿、形が浮上がっている。そこに佇んでいたのは帝国陸軍の軍服に身を包んだ高遠 駿、その人であった。


「ゆ、幽霊!?」

「ふむ。間違ってはおらんが、正しくはない」

「しゃ、喋った!?」

「俺だ、俺、俺!」

「えっ、御先祖様!?」

「違うわ! 」

「じゃあ誰ですか? その姿からして軍人さんですよね?」

「如何にも。帝国陸軍、第百二十八飛行戦隊・隊長、高遠 駿だ。階級は中佐を拝命しておる。貴様は?」

「貴様?…… あっ、加藤 隼勢です。高一です」

「コウイチ?」

「高校一年生と言う意味です」

「おお、そうか。まあ名前は聞いておったが。高校生とはなかなかの秀才なんだな。

 …… いや、そういえば俺の知ってる時代とは制度が違ってるのだったな」

「あのぅ…… 帝国陸軍って事は遥か昔の日本だった頃の軍隊ですよね?」

「貴様の言う昔がどれ程かは解らんが、日本の陸軍で合ってはおる。俺が戦死した後の知識は少々心得てるつもりだが……」

「やっぱり幽霊じゃないですか」

「ええぃ! 話の腰を折るな。後で説明してやる。それよりとはどういう意味だ?」

「えー、そうですね…… 大まかに説明しますと、今から五十年くらい前に地球から、ここ火星に人類が移住したんです。その時に日本も領地を獲得できたので、『新しい時代には新しい国名を付けようじゃないか』と言う事になりました。で、新日本」

「新日本? プロレスリングのか?」

「違います! てか、良く知ってますね。あちらは【新・新日本……】になりましたけど」

「なぁに、時々情報は集めておるのでな。しかし、百年程前は日本だったのにな。新日本……、ひねりがないのぅ。そんなの国民が許さんかっただろ?」

「いえ、国民投票をしてですね……」

「…………ほう。そうか、まあ良い。そうかそうか、火星に国を作ったのか。ほぅ…… 時代も変わるもんだ」


 何処か遠くを見ている高遠。無理矢理納得しようとしている。



「それでその…… 僕の質問も良いですか?」

 高遠が頷く。

「いったい此処は何処なのでしょうか?」

「此処か? 此処は貴様の意識の中と言った所か」

「……やっぱり夢とは違うんですよね?」

「違うな。これは今、確かに貴様の中で起きている事柄だ。そして俺は言うならば、貴様の中に”間借り”している者だ」

「僕の中に!? 取り憑いたって事ですか」

「だから幽霊とは少し違うと言っておるだろ。俺はな、貴様が生まれた時から共に過ごしてきたんだぞ」

「ええっ! じゃあ僕が見聞きしてきたとも一緒に……」

「安心せい、目覚めたのは先程だ。貴様がアカシヤと一緒になったのがきっかけでな」

「アカシヤ? あぁ、アクシアの事ですか」

「そう呼ばれておるのか。そのアカ…… アクシアは俺が現役だった頃の相棒…… 一式戦闘機・隼の生まれ変わり、……は適切ではないな。彼奴は隼から生まれた憑藻神つくもがみよ」

「憑藻神ぃ!? アイツがですか? あの茶碗とか鍋とかに宿ってるアレですか?」

「別に憑藻神は小物限定では無いぞ。八百万やおよろずの神と言ってな、時々宿っている物も有るのだ」

「はぁ。でも僕の知るアクシアはアンドロイドですよ?」

「アンドロイドとは何だ?」

「人型のロボットと言えば解りますか?とは言っても、彼女は一見人間とは見分けがつきませんが」

「本当か? それは是非見てみたいものだ」



「それよりも、僕に間借りしているってどういう事か教えてくれてください」

「うむ、先程の続きだな。…………と行きたいところだが、すまんな。時間が無いようだ」

「時間ですか?」

「ああ。貴様に謝らなくてはならん。少しばかり貴様の身体に無理をかけてしまった。俺達が此処に居るのもそのためだ。だが、どうやら貴様の意識が戻るみたいなのでな」


 そう言うと高遠は「スマンな」と苦笑いしきびすを返した。


「そんな……」

「これだけは言っておく。また会えるから心配するな。よろしくな」

 そう言い残すと高遠は消えていった。そして隼勢の視界も急に明るくなってきた。

「ま……眩しい……」


 静かに隼勢の意識も遠ざかっていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 …………すごくいい匂いがする……


 あったかい…………


 柔らかな光に包まれているようだ…………



「こ…… ここは天国か?」


 目を覚ますと、白い天井と備え付けられた照明が並んでいた。正確に言えば右側の視界がやや不良だ。何か柔らかい物が覆い被さっていると、まだはっきりしない意識の中で隼勢は気付いた。

 それにしても身体が鉛のように重たく、力が全く入らない。アクシアの機内で記憶が途切れているので、何かあったのだと隼勢は思った。兎に角、状況を把握しようと目を動かしてみる。ゆっくりと右側の”障害物”を確認した隼勢は息を呑んだ。

 そこにはアクシアの小ぶりながら形の良い双丘が…………

(な……なななな!何なんだこれわぁ!)

 アクシアの胸の中に飛び込んだ……と言うより包囲されたこの状況。男としては興奮しない訳が無い。胸の鼓動がどんどん大きくなり、ドキドキが鳴り止まない。そして凄くいい匂いがする。


(これか、これなのか、遥か昔のサブカルチャー【ラノベ】でお約束のシチュエーション!【ラッキースケベ】と言うやつか!)

 無意識にどんどん鼻の呼吸が荒くなる。隼勢は見苦しい言い訳を考える。

(別に、アクシアのオイニーを嗅ぎたいわけじゃないんだからなっ!!)


 興奮しながら匂いを嗅いでいる、ごく普通の男子高校生の姿がそこにはあった。あったのだが……


「へぶしっ!!」

(やべぇーー!)

 思わずくしゃみをしてしまった。どうやら上半身が裸のようだ。

『むにゃむにゃ…… おはぁよぅ……… 』

 眠そうな顔でアクシアが目を覚ました。そして胸元に抱えた隼勢と目が合った。

「よ、よう」

 頭が真っ白になった隼勢は相槌を打つだけで精一杯だった。

『えっ…… は、隼勢!?』

「お、おはよう……」

『隼勢が…… 隼勢がぁいぎがぇぅたぁ〜』

 再度、隼勢の首に両腕を回し抱きついたアクシア。力いっぱい抱き寄せて子供のように泣きじゃくった。


「どうしたのっ!?」

 慌てて明日香とヨアンが部屋の中に飛び込んで来た。

「よ…… よう」


 唖然とする隼勢が力無く返事を返す。

 それを見た明日香は両目に涙を潤ませて……


「は…… 隼勢、心配したんだからね」

「へぐしっ!」

 明日香が駆け寄って来て勢いよく飛び乗ってきた。タックルを受けて呼吸が止まりそうになり、思わず声を荒らげそうになった。

 だが、思いとどめた。

 彼の目前で…… 胸元で明日香が泣きじゃくっていた。


 時同じくして医師と看護師が病室に入ってきた。


「おはよう、色男くん。美女二人に抱きつかれて目覚めは最高だったろう」

 主治医と名乗る男が隼勢を見てニタニタとからかっている。


「ここはサヌーキー郊外にある軍の医療施設だ。君はかなり重篤だったんだよ」

 隼勢が少しづつ戻ったきた力を振り絞り、周りを見渡した。確かに自分が横たわっているベッドの周りには、色々な機械が所狭しと並んでいる。恐らく此処は集中治療室の類なのだろうと素人目にも理解出来た。

 そんな状況でだ。アクシアは添い寝をしていたのかと思うと、隼勢は嬉しい反面、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。



 診察も終わり主治医より、急激な過度の身体的ストレスによる心筋梗塞だと告げられた。

 この救命医療センターに運び込まれた時、隼勢は瀕死の状態だった。しかも搭乗中に急性心筋梗塞を発症し、一時的に心肺停止まで追い込まれたらしい。しかしアクシアに備え付けられた救命維持装置のお陰で、まる二日間意識不明だったにもかかわらず、後遺症も残らないとのこと。

 三日ほどで退院出来ると医師から隼勢に伝えられた。


 それから少し時が経って。

 医師達が立ち去った隼勢の病室。治療の為に電子音を奏でていた医療機器も片付けられ、がらんとした室内は静まり返っていた。

 隼勢のベッドの両脇には、備え付けられた椅子にうつむいて腰掛ける表情の冴えないアクシア。かたや対面に脚を組んで座る明日香は、厳しい表情でアクシアを見詰めていた。一緒に訪れていたヨアンは、冷え切った空気にいたたまれなくなり病室からの脱出を試みたが……


「何処に行くの?」

『えっ…… あぁ…… 外の空気を吸いに行こうかなぁ…… なんて』

「止めときなさい。外は未だ放射能のクリーニングが済んでないから」

『でっ、ですよね〜』

 明日香より放たれた氷の様な静止の文言に凍り付いていた。


「ウォホン!! よ、ヨアン君…… ちょっといいかな」

 隼勢は出入り口の前で”たたずむヨアンを呼び寄せ、小声で話しかける。


「ヨアン、いったい何が起きてるんだ?」

『ドックの次はキャットファイトだった、それだけだよ』

 疲れた目でヨアンは語り始めるのだった。





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