ドックファイト④
駿は幼い頃から兄達と、両親や大人達の手伝いをするのが日課だった。鬱蒼と繁る大木に幾度も挫けそうになりながらも、大人達は開拓を進めた。薮を開き、大木を切り倒し、切り株は、大事な家族でもあり、戦力として頼りになる道産子に引かせ、更に大人数人がかりで加勢して梃子を使って引き抜いた。
その周りで子供達は、大人達が狩り残した下草の刈り取りや、道産子に餌をやって世話をしたり等していたのだが、小さい駿は頭数に入れてもらえず、もっぱら動物達を見つけては遊んでばかりいた。その中で駿は、厳しい大自然や”教師役”の動物達と触れ合う事によって、彼特有の”動物的カン”というものを磨いていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
高遠中佐は敵のコッファーシュを睨み付けながら、何とも言えない既視感を覚えていた。
「おい、敵の機体、コッフ………… 」
『コッファーシュ、です。中佐』
「それはどう言う意味だ? 日本では何に当たる?」
──── コッファーシュ(イ)のビームバルカン砲の攻撃を左に機体を傾けてかわす。高遠は攻撃を仕掛けてきた相手から順にイロハ…… と呼ぶ事にした。
『
「やはりそうか。あのちょこまかした動き、よく兵舎に飛び込んで来るコウモリそっくりだ。 ……ゴルァ!…… ヨシ、その蝙蝠野郎を退治と行きたいが…… ソイヤァ!…… アカシヤよ、この機体は速度は出るが動きが鈍い。予備タンクでも付けているのか」
──── コッファーシュ(ロ)の攻撃を予測していたかの様に、高遠は右旋回で難を逃れる。
『いえ、標準仕様です。外付けタンクは有りません』
「無い!? 無いときたか。そうか…… 前に乗った…… 何と言ったか? え、えぞ…… おいアカシヤ、銀紙撒け! ……えぞえぞ……
──── 奥歯に何か引っかかったかの様な表情で、コッファーシュ(ハ)・(ニ)のミサイル攻撃を察知する高遠。チャフの使用を指示しながら、急上昇を開始。間髪入れずアクシアがフレアを独断で発射。ミサイルの回避に成功した。
そして高遠はコッファーシュ(ハ)を視界に捉えロックオン。アクシアに搭載される、ダブリュエム社製・二十五ミリレーザー機関砲で撃墜した。
「ヨシ! この目の前に映る照準は狙いやすくて良いな。隼にも欲しかったわい。しかしこの機関砲は静か過ぎて撃った気がせんな」
『文句を言わないでください』
「褒めておるのだ。ところで……」
『F-2B(エフニ)支援戦闘機の事ですか?』
「おう、それだ! あの機体もそうだったが、どうも現代の機体は鈍重で困る」
『はぁっ!? 鈍重ぅ!? ありえない……
ありえない、ありえない! 中佐、今、重いって言いました? 言いましたよね!』
──── コッファーシュ(ホ)と(ヘ)が戦列に加わってきた。コッファーシュ(イ)と(ロ)と(ニ)も一旦体制を整えて、銃撃を再開する。間一髪のところで被弾を避ける高遠だが、焦りの色が浮かんで来た。
「あぁっ!! 言ったぞ? だからどうした、何故、口答えする?」
『重いって、レディには失礼にあたるんです!』
──── 高遠がコッファーシュ編隊に向けて機関砲を連射! しかしコッファーシュ編隊は散り散りになってこれをかわし、各個、機銃の一斉掃射で応戦。高遠も流石にかわしきれず数発が被弾。幸い致命傷にはならなかった。
「ほれ、変な事言ってるから被弾したべや!
”れぇでぃ”だと? 別にお前の事など言ってねぇっしょ! この機体が重いと言っておるんだぁ! 馬鹿たれがぁ!」
『また重いって!…… 私は
それに中佐、お国言葉…… 出てますよ』
「はぁあっ! なまら腹立つのぅ! チッ! ……だから何訳わからんこと言っとるんだ! 戦闘中だぞ 」
『
「バカタレ! 喧嘩してる場合じゃねぇべや!」
────コッファーシュ(イ)・(ロ)と(ニ)・(ホ)が二手に分かれて左右から挟み撃ちにしようと距離をとる。
『中佐、このままでは挟まれます。敵の編隊と距離を取りましょう』
「何だと!」
『二十秒間だけですが、高圧噴射で倍の速度まで出せます』
「何っ、わかった。
『スロットルレバーが赤く光りだしたと思います。それを更に奥まで押し込んでください』
「これだな」
高遠がスロットルレバーを押し込むと、メインモニターに【SONIC BOOST】(ソニック・ブースト)と標示が出て、二十秒のカウントダウンが始まった。同時に機体後方では、エンジンカウルが上下に別れて拡大し、 今迄とはまったく次元の違う超高音の金属音と共に大量の炎を噴射した。
「ぬぅっ!? ぬぬぬぬ!」
みるみる小さくなっていくコッファーシュ編隊を後目に、強大な加速Gによりシートに押し付けられた高遠が、驚きと歓喜の声で応えた。
「 やっ、やったべさ! …………ゴホン、アカシヤよ、奥の手が有るんなら早目に教えろ」
『はぁー…… 別に隠してなどいませんが。とりあえず、これだけ離せば体勢を立て直せますね』
「ああ、充分だ」
一気に上機嫌になった高遠。今迄言い争いをしていたのに勝手な奴だとアクシアは思ったが、外見は隼勢である。愛する男の屈託のない笑顔にアクシアも毒気を抜かれてしまった。
『やれやれ……』
メインモニターの片隅に手描きの下手くそなピンク色の兎が現れた。チラチラと高遠の方を覗き見ている。怪訝な表情をする高遠を他所に、ピンク色の兎は、たたたたと走り出してモニターの真ん中で派手に転んだ。そして横にフキダシが現れ『ごめんね』とギャル文字が現れた。それを見た高遠は呆れて一瞬死んだ目をする。
だが、それがアクシアなりの誠意なのだと思うと、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきて思わず笑ってしまった。そして何時の間にか不思議と落ち着く事ができた。
「アカシヤ、がなってすまんかった」
『こちらこそ……』
『ところでどのくらい軽くなれば満足なんですか?』
「ん?」
「どのくらいって、そりゃあ一式戦が理想だが」
『………… 中佐、この機体を見て思いませんか? 無茶です。一式戦? ”隼”ですか! この機体は倍の大きさが有るんですよ』
「倍だと!? 道理で扱いにくい訳だ」
『でも中佐なら、扱えるんですよね?』
「解ってるじゃないか! 大概の奴ならちょつと見れば動かせられる。 ま、他の奴らなら乗りこなせんがな。しかし面白くないぞ。これじゃあ、爆撃機に乗っとるのと変わらんわい」
『これでも軽量素材を惜しげも無く使って、軽いんですけど』
「だが隼のような機動性は無いだろ。これであのコウモリとやりあうと思うと、骨が折れるわい」
『誰が出来ないって言いました?』
「なぬ?」
『軽くは出来ませんが、”軽いよう”には出来ます。それこそ”隼”並みには』
「おおっ。本当に軽くなったぞ。どんな手品を使ったんだ?」
『機体の一部を変形し、空気抵抗の大幅な低減と共に、主翼の幅を拡大しました。そして重心を限りなくコントロールし、旋回時に重心移動を瞬時に行います。とりあえずこれぐらいで”隼”にかなり近くなりましたよ』
高遠が半信半疑で右旋回から急降下を始める。
「なんと! 今迄と操縦感覚が別物では無いか! ……確かに慣れ親しんだ一式戦の軌道だ 」
高遠はスロットルレバーを更に押し込んでいく。
『気をつけてください。旋回から加速まで隼とは全くの別物です』
「おおっ! …………うっ! くうっ! …… 恐ろしく速いわ」
思わず高遠はスロットルレバーを引き戻した。彼はアクシアが未知の音速に達した瞬間、恐怖心に負けてしまったのだ。
それは高遠 駿が初めて味わった屈辱でもある。
『中佐、これでご満足して頂けましたか?
』
「ここまでお膳立てされたら、文句も言えんな」
『そろそろ この局面、何とかしませんか』
「そうだな、蝙蝠狩りといこうか」
こうしている間にもコッファーシュ編隊との差はみるみる縮まっている。高遠は右へ、シャンデルを試みた。
────機体が水平飛行の状態から四十五度バンクする。そしてそのまま斜めに上方宙返りし速度を使って高度を変える。開始時と終了時で進行方向が真逆になり、速度が減少する代わりに高度が上昇する。
見事に進行方向を百八十度変え、コッファーシュと対峙する事になった。今度は此方が相手を見下ろす態勢となり、数的不利な状況から、僅かばかりの光明が見えてきたと高遠はほくそ笑む。
『間もなく敵編隊の噴進弾の有効射程に入ります。残弾の予測、残り八発』
「あいつら機械仕掛けだと言ってたな。機動がワンパターンなのが助かる。それで…… だ、アカシヤ」
『中佐、 その切り出し方に覚えが有ります。主に嫌な方で……』
「まあ、そう言うな。アカシヤよ。もし俺がこれから奴らの真正面に突っ込むと言ったら、止めるか?」
『ほら来たァ!中佐、無謀な策を企てた時は何時もそんな感じですよね。そりゃあ、止めますよ。一式戦の頃なら、無茶な作戦でも中佐がやるから良かったでしょうけど』
「あの頃は御前にも無茶をした。最期は土手っ腹を蜂の巣にされてしまったがな」
高遠は懐かしみながら苦笑いをする。
『今、中佐は加藤 隼勢とゆう少年に間借りしているのをお忘れなく。中佐は良くても、隼勢には傷一つ付けさせませんからね』
「さり気無く俺をどうでもいいとか言いおったな。少し哀しいぞ」
『それで、何をお考えで?』
「例えばだが…… 奴らの真正面に飛び込んで行ったら、”撃って”くるよな?」
『確実に撃ってきますね。噴進弾が間違い無く発射されますね。向かって来て黙って見ているお馬鹿さんはいませんよ』
「ま、そうだよなぁ。せめてその噴進弾さえどうにか出来ればなぁ」
『出来れば良いのですか?』
「なぬ!?」
『噴進弾さえ無力化出来れば勝てるということですよね?』
「出来るのか!」
『手は有ります』
アクシアは高遠に、何があっても自分を信じて欲しいと進言する。その含みのある物言いに高遠は賭けることにした。
「あい、わかった」
スロットルレバーを全開まで押し込んで、コッファーシュの真正面に突っ込んで行く。再び唸りを上げるタービンに呼応するかの様に、ジェットエンジンがショックコーンを二つ、三つと造ったかと思えば、炎を伴って高温かつ高圧な噴射ガスを吹き出した。カタカタと揺れる機体を抑えながら、コッファーシュとの距離を縮めて行く。
コッファーシュ編隊と接触迄あと十五キロ。高遠のこめかみに、緊張の為か汗が流れる。
残り十キロ。相手も進路を変えた様子は無い。あと数秒で敵の空対空ミサイルの射程に入る。バイザー越しに写るモニターには、アクシアの計算によってもたらされた敵の射程エリアが、薄いピンク色で塗り分けられている。
残り五キロ。アラームが鳴り響く。敵からロックオンを受けた警報音だ。
『中佐、噴進弾の発射を確認。数、
「アカシヤ! 頼む」
『ジャミングウェーブ展開、チャフ、フレア発射』
アクシアよりチャフがばら撒かれ、発射されたフレアが火花の帯を伸ばしていく。高遠は大きく左へエルロンロールを展開し真正面から向かって来るミサイルを交わした。八発のミサイルはチャフやフレアをアクシアと誤認して向かって行ったが、続けて六発のミサイルが向かって来る。しかし高遠が反応するまでもなく、勝手にミサイルが上下左右ちりじりになって進路から離れていった。そしてあろう事かコッファーシュ編隊に向かって行くではないか。狐につままれた気持ちで、反転してくミサイルの後方に付けた高遠とアクシア。コッファーシュ編隊は自分等が放ったミサイルが戻って来たので、慌てて回避しようとする。
『やはり誘導弾でしたか。中佐、戦域から離れて行く敵機は任せてください。乗っ取った噴進弾で追わせます』
「応っ!!」
まさかのミサイルの転回に、コッファーシュ
も回避を試みるが、(イ)と(ニ)が互いに交差しようとして衝突。(チ)が戦域より離脱した。残りの(ロ)・(ホ)・(ヘ)・(ト)は何とかミサイルを振り切ったようだ。
『申し訳ありません。追い切れませんでした。残り四!』
「上出来だ。後で何をやったか教えてくれ。残りは俺が仕留める!」
高遠の目は散り散りになってしまったコッファーシュ達を追っていた。彼等には一定の距離で編隊を組んで作戦を遂行するようにプログラミングされている。彼等の人工知能には、状況に臨機応変に対処することは出来るが、命令に背く事は無い。どんな局面だろうと、再び編隊を組んで攻撃を行なう事しか選択肢は無い。
その僅かな綻びを高遠は見逃さなかった。
「動きが解れば、只の的だべや!」
かくして高遠中佐とAI戦闘機(
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