ドッグファイト③


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 警告


 リミッターが解除されました。


 ERROR CODE 212

 搭乗員のヘルメット着用が確認されませんでした。


 搭乗員は至急ヘルメットを着用してください。


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 けたたましく鳴り響く電子音のブザー。

 警告表示がブザー併せて点滅を繰り返している。

 アクシアの機内は、通常は適度な室温で管理され、しっかりと与圧もコントロールされている。分にはヘルメットの着用義務も無いとアクシアも言っていた。隼勢は慌てて左後部から迫り出してきたヘルメットを手に取ると、少し躊躇しつつも一気に被った。


「うわっ、結構重いぞコレ。サイズも大き過ぎるじゃねーか。ブカブカだよ」

 不満を訴える隼勢だったが、ヘルメットのアジャストが瞬時に機能して不快な違和感が消える。同時にヘルメットの重さが軽くなった。

「すげぇ、あっという間に軽くなった。……んっ!?」


 感動に浸る間もなく、目の前に色々な情報がみえる。モニターに写る情報とは違った、様々な数字の羅列やメッセージ文書が、刻一刻と変化する状況を生々しく表している。

 隼勢はモニター越しでは解らなかったが、自分達が置かれている状況は極めて悪かった。


『隼勢、深呼吸して。そして落ち着いたら画面を注視してみて』


 焦る気持ちを抑えて、隼勢は何度も深呼吸をした。

 こめかみに汗が滴る。

 何時落とされても不思議では無い状況に、極度の緊張と、うなじから背中にかけて支配する悪寒を必死に堪えて、目の前に集中する。


【synchrolink】


 様々な情報が映し出されている中で、少し前まで無かったアイコンの存在に、隼勢は気がついた。

「シンクロリンク?」

『隼勢、そのアイコンが……』

「えっ?」

 アクシアが隼勢に声を掛けた丁度その矢先には、隼勢は既にアイコンへと手を伸ばしていた。


「うわっ、はわわっ!?」

 その刹那、隼勢を謎のジャーキング現象が襲う。この現象は身体が極度に疲労、もしくは重度のストレスがかかった状況で、睡眠が浅い時に起こる、あのストンと落下したような感覚だ。そして畳み掛けるように視界が真横にグニュっと引き伸ばされた。かと思うと、その視界から置いて行かれる様に、見えている風景が遠ざかり、百メートル程離れたかと思うとすごい勢いで追いついた。


 この間、わずか数秒。


『キャッ、……初めてだったのに……』


 後ろから変な声が聞こえたが、隼勢はそれどころではなかった。

 夢を見ているようだった。色んな方向に伸びたり縮んだり、回ったり止まったり、そして今度は逆に回って止まったり。

 やがてどんどん視界が狭まって暗闇に塗りつぶされる…………


「おい……」


「おい、貴様」


「おい、起きろ!……ったく、堕ちっぱなしとは情けない。この主は身体も精神もモヤシかっ!」

 突如意識を取り戻した隼勢は、口調も仕草もまるで別人だった。

 アクシアはハッと異変に気がついた。


『その語り口は、高遠中佐!』

「むむっ! アカシヤ号か。やはり貴様と一緒だったか。ん? 貴様、何処から声を出しとるんだ? 」

 高遠中佐が周りを見渡して首を傾げる。


『良かったぁ。……ハッ!! じゃない!中佐、事態は急を要します、説明は後で』


「なんじゃなんじゃ!……くっ! ……まあ良い、この状況を説明せよ」

 アクシアは対峙するコッファーシュ編隊と遭遇した経緯や、今置かれている状況などを掻い摘んで話した。


「おぅ、おぅ、それで…… はぁ!? 逃げようとして? これがか? 敵機に囲まれてるじゃないか! 」

 呆れる高遠中佐。モニターに映るアクシアの機体を見て更に激昴する。


「だいたい貴様、この機体の色は何だ?こんな派手な青色、思いっきり目立ってるじゃないか! はんかくさい!あほらしい何故、以前と同じ色に塗らん!?」

『以前と同じ色ですか?…… 前に中佐が現れたのがF-2戦闘機の時だから…… あっ!? 洋上迷彩!』

 アクシアは慌てて機体色を専用色の”アクシア・ブルー”から洋上迷彩色に変更した。


 ────現代の戦闘機は、旧世代のそれとは違い機体色を設定一つで変えられる。但し機能の維持には電力を使っているので、通常時はエネルギーを必要としない機体専用色を用いている。


「おおっ!? 色を変えられるのか。 これまた面妖な。じゃが遅いわい!」

『すいません……』

「……」

 厳しい目つきで高遠中佐がモニター越しの空域を全方位見渡している。そして一通り確認が終わると訝しげな表情で首を捻る。


「ところで誰が操縦してるのだ?前田か? 吉本かっ? ……いや違うな、こんな……」

 まるで一貫性の無い、危なっかしい回避行動に苦虫を噛み潰したような表情をする高遠。


「奴等がこんな下手糞な訳がない」

 ガタンと機体が小さく揺れる。


『すっ、すいません!……』

 慌ててアクシアが機体の姿勢を取り戻す。


「アカシヤ号、貴様が操縦しとるのか?」

『そ、そうでありま…… きゃあ!?』

 左翼にコッファーシュの機銃から放たれたビーム弾が掠めた。軽い衝撃を伴って火花と白煙がたなびく。


「イヤイヤイヤイヤイヤ…… 何をやっとる! このっ、惚け茄子がっ!」

 必死にコッファーシュからの攻撃をかわそうと回避行動をとるアクシアだが、何処かワンテンポ遅い。


『こっ、このままでは堕とされます』

「嗚呼っ、この下手糞め! 心中は御免だぞ! おい、操縦を儂とばくれ代われ、操縦桿は何処だ!」

 高遠は我慢ならぬと、しきりに両手で操縦桿を握る仕草を見せる。早く出せと言わんばかりに。


『うぅ〜、お願いします』

 突如目の前に迫り出してくる操縦桿と、足元のペダルに高遠が驚く。


「おおっ、自動で格納する操縦桿か?今度もまた、奇天烈な機体だな。どんな原理か解らんが、後で高嶋にでも聞いてみるか」

 高嶋とは、高遠中佐が率いる部隊の整備班長である。高遠中佐はサッと操縦桿を手に取り周りを見渡す。


「アカシヤよ、この目の前にチラチラと鬱陶しいのはレェダァとか言ったかのう。消せんのか?」

『消せません』

「やりもせんで出来ぬとは、無能の言う事だぞ」

『お言葉ですが、中佐の当てずっぽうな勘繰り よりずっと頼りになりますよ』

 アクシアが高遠中佐に関わるのは今回が初めてでは無い。


「相変わらず、きかん口ばかりききおって!」

『ちゃんと中佐の解るように変更します』

 そう言うと、アクシアはモニターの言語表示を英数字を多様した物から、漢字・漢数字・カタカナを使った物へ変更をかけた。


「おおっ、気が利くではないか。これなら我慢してやるわい。どれ、お前の力を見せてもらうぞ」

 機嫌を直した高遠は、心機一転、スロットルレバーを握る左手に力を込めた。それと同時にアクシアから高遠へと機体の操縦権が移り、ずしりとレバーに荷重がかかる。

 それを知ってか知らずか、後方ではコッファーシュの機関銃からビーム弾が放たれる。

 高遠はそれを知覚したのか、咄嗟に反応し操縦桿を倒すと、右のフットバーをおもいっきり踏み込んだ。

 ガクンと機首が下がり、右に旋回を始める。余りの機動の鋭さに高遠は舌をまいた。


「ぬおおっ!こいつは厄介だな!出鱈目な機動性をしとる。だが…… 悪くない!」


 高遠は常に愛機の機動性を、機体の限界まで調整させる。整備員が難色を示しても、聞かず押し通してきた。彼のじゃじゃ馬好きは帝国陸軍でも有名だった。

 とは言え機体が変われば性能も癖も全く別物だ。慣れない操作に苦戦する高遠ではあったが、何時しかその表情に少しずつ笑みが戻って来る。


「よし、此奴の勝手が解ってきたわ。なんとか目も慣れてきたぞ」


 鬼神と呼ばれた高遠 駿、此処に有り。


 アクシアも気持ちの昂りを覚える。戦闘姫としての矜恃か。


『中佐、操縦と、射撃に注力してください。その他の助力は私が担います』

「おう、そうか。貴様に任せる!」


 その時だった。コッファーシュ編隊より八発のミサイルが発射される。


『四時、五時、七時、八時の各方角より、噴進弾、八!』

「おうおう、噴進弾か。つまらん手を使いよる。アカシヤ号、アルミ箔撒いとけ!」

『了解』

 高遠が急上昇に急旋回、かと思えば錐揉みからの緩急を付けた左旋回に右旋回。一見、デタラメな回避の様で、そうでは無い。それは歴戦の猛者たる彼の真骨頂。


「おりゃあ!屁の河童じゃわい!」

 操縦桿を力一杯引き付けて、機首を持ち上げ大きく宙返り。チャフとフレアを放っても、かわし切れなかったミサイル数発から見事逃げ切った。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…… にしても軟弱な身体じゃのう。もう息があがっとる。さっさ終わらせんとな」


 隼勢の身体は既に悲鳴をあげていた。


『中佐、敵機は無人機特有の高速機動を得意としています』

「アレが無人機とな? そんな物まで出て来ておるのか。だが……」

 コッファーシュ獲物を睨む高遠の目は、正に獲物を狩る鷹そのものとなる。


「奴等は動きが単純だ。見切った」

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