ドッグファイト②



「うぉぉぉぉぉ!!」

 恐ろしい勢いで機体が海面へと落下して行く。身体が浮いている様な物凄く気持ち悪い違和感に襲われる。エンジンの推進力が身体を押さえつけていた時には感じなかったが、これはこれでとても怖い。隼勢は何処でどう耐えれば良いのか踏ん張り所が解らず、無駄に全身が強ばっている。ふと小さい頃に乗った遊園地の絶叫マシンが脳裏をよぎった。


 その時だった。目の前を数本の白い筋が横切っていった。相手が放ったミサイルは辺りに舞っているチャフの中を突き進み、デコイとして漂っているフレアの炎を熱源と錯覚して起爆した。


『やった!上手くいったわ』

「そ、それよりアクシア、何処まで落ちるんだっ?海っ、海にっ、海に落ちるぅ!」

 どんどん機体は落下速度を増している。どす黒い海面がみるみる迫っていた。このまま海面に突き刺されば無事では済まない。

『しっかり掴まっててね。海面スレスレで機首を引き上げて、相手のレーダーの死角に入るわ』

「わっ、わかった」


 矢のように雲を突き抜けて落下している機体が機首を起こし始めた。どんどん、どんどん海面が近ずいてくる。もう駄目だと隼勢が

 覚悟を決めかけた時、グンと機体が起き上がった。

「うぐぐぐっ……」

 今迄とは比べ物にならない強烈な重力が隼勢に襲い掛かる。火星の重力は地球の三分の一というのが定説であり、出発前に耐圧スーツを着ていれば何とか耐えられるとは聞いていた。しかし何も訓練を受けていない素人の隼勢には耐え難い負荷だった。

「はぁはぁはぁ……」

『…………大丈夫?』

「ああ…… なんとか」

『これで何とか敵機を巻けると良いんだけど……』


 モニターに映し出された敵のコッファーシュの編隊は、進路を変えずに真っ直ぐ向かって来る。アクシアが使っているハイパーステルスは機体の下部を超高機能カメラで撮影し、機体上面に映し出す事によって隠れ蓑を作り出す。それで視覚作用は誤魔化せる。そしてレーダーは従来のステルスがそれは完璧に機能してると思われた。


 突如耳を劈くアラーム音が鳴り響く。


「何だっ!?」

『えぇっ? 如何どうして?』


 アクシアの狼狽え方が尋常ではなかった。

「どうしたんだよ?アクシア?」

『ロックオンされたわ! 振り切れないッ!』


 確かに遥か上空ですれ違えられると思っていたコッファーシュ編隊は、 突如反転し隼勢達の真後ろにつけた。ジェットエンジンが唸りを上げて暴力的な加速が始まる。風圧で後方の海面に水の壁が立ち上がる。

 しかしアクシア機の後方、遥か上空から高度を下げてきたコッファーシュ編隊には、相手の動向が手に取るようにわかった。獲物を刈る猛獣(コウモリ)の様に群がりながら、アクシア機へ向けて機銃の一斉放射を始めた。

 機体のすぐ横をコッファーシュが放った銃弾が掠めていく。アクシアは右に旋回・逆噴射を併せて急減速したかと思いきや急加速からの左旋回等、首の皮一枚で何とか交わしているが、一発、また一発と被弾した。白い煙の筋を引いて飛ぶ姿は、まるで手負いの鳥のように……


「くっ! このままじゃ…… 何か無いのかっ! アクシア!!」

『駄目っ…… 反撃しようにも後ろを取られているし、あっちは八機。火力は大した事は無いけど、機動性は無人機のコッファーシュが遥かに上よ。囲まれたら……』


 撃墜されるのも時間の問題だった。


「くそっ! またお荷物なのかっ!」

 両手をコンソールに叩きつける。隼勢は己の無力を嘆いて項垂れる。


『………… 隼勢、ごめん。苦しいだろうけど、耐えてくれる?』

「はっ、何か手が有るのか? 」

『ひとつだけ手があるわ…… でも隼勢が無事では済まないかも』

「今更だなっ! 何でもいい、 俺にかまうな!」

『…… わかった』

 するとモニターに警告メッセージが現れた。



 ───────────────────

【警告】


 リミッター解除により、搭乗者の身体に重度の意識障害、及び生命への危機的状況が予想されます。


 ▼リミッター解除を施行▼


 ▷YES NO


 ──────────────────



「どのみち選択肢なんてッ!」


 隼勢は迷わずイエスのカーソルををタッチした。


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