遭遇




「アクシア! ねぇ、アクシア! 大丈夫なのっ!」


 明日香は焦っていた。隼勢達が飛行している空域は最も在ってはならない場所、戦闘空域の真っ只中だったからだ。


 一号機が隊列を離れて行くのを勿論黙って見ていた訳ではなく、再三にわたって通信を試みた。だがアクシアの…… 一号機からの返答は無くみるみる距離が離れていった。操縦桿に思わず右手が伸びる。が、しかしその手は力なくぶらりと下がった。操縦権はヨアンが譲る筈が無いのだから。


 ヨアン達AIが任務遂行を最優先に考えている事は至極当然であるし、自分だってそれが当たり前だと思っている。作戦命令を反故にする事は組織に身を置く者として看過できない。たとえ私情が間違っていると訴えかけてもだ。

 何があったのか今すぐにでも追って行きたかったが、自分達が曳航してきた戦闘機は国防軍が首を長くして待っている。いずれ戦地に赴き沢山の犠牲者と共に味方の生命を救っていくのだろう。そして輸送機は傷付いた沢山の一般市民の医薬品や救援物資で満載なのだ。遅れは許されない。


「お願い、早くその場から離脱して。隼勢、アクシア……」


 明日香は心の中で祈りながら、そっと呟くのだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ア、アクシア、どうしたんだ? 何が起きているんだ」

『モニターで解るでしょ!戦闘地帯で前後に機影が映っているって事は……』

「巻き込まれた……」

『多分ね。今識別信号を送ってるけど………… 前方の部隊からは何も識別反応が無いわ。後方は…… うん、国防軍のサヌーキー基地所属で間違いないわね』

「よ、良かった。助けてくれるんだよね?」

『無理に決まってるじゃない!あっちも作戦行動中よ。私達が此処に来ている事なんて情報は無かっただろうし、今のサヌーキーの部隊に援護出来るほど余裕はない筈よ』

「そんな馬鹿なっ……」

『それにね、私達……』

「えっ?」

とは仲が悪いのよ!』


「ひぐっ!!」

 突如アクシアが機首を持ち上げ急上昇を始めた。猛烈な縦Gと慣性力に襲われ、くの字に前のめりになった隼勢は、目の前にが自分の足元だとは気付かなかった。そしてすぐに襲って来た新たな縦Gにより、隼勢の上半身はシートに叩き付けられた。途切れそうな意識を必死に手繰り寄せる隼勢。その刹那、彼が目にしたものはモニターに映った空の映像。恐らく今居たであろうを通過していく二本の白線が、自分達を狙ったミサイルだと気付いた。


『はぁああ!!』


 アクシアの気合いと共に機体が錐揉み回転を始めた。バーティカルクライムロールを試みた機体のすぐ脇を下から追ってきたミサイルが破裂音を響かせ追い抜いて行った。そして間髪入れずにチャフをばら撒きながら機体は縦ロールをして急降下を始めた。

「うわぁぁぁ!!」

 隼勢は目の前が真っ赤になりパニックになった。激しい重力と慣性力で頭に血が溜まってしまうレッドアウト現象だ。

『落ち着いて、隼勢! 私がついているから』

「そ…… そんな事…… 言ったって……」

 今にも意識を失いそうになりながら、隼勢は何とか踏ん張っていた。そのまま意識を失えば楽だろうと思えたが、何故か耐えなくてはいけないという使命感があった。

『くっ、振り切れないわ』

「な、何とか…… ならないのか?」

『逃げ切れないなら、やるしかないわ。でも……』

「俺に…… 出来る事は無いか?」

 隼勢は覚悟を決めた。今、自分が足枷になっているのが解っているからだ。

 あの時だって…… 初めてアクシアと出会った時も助けられた。また御荷物になるなんて嫌だ。今度は一緒に乗り越えたい…… どうして苦しい思いをして耐えていたのかわかった気がした。


『ありがとう…… お願いするわ!』

 機内にモーター音を響かせて隼勢の目の前に有るモニターが反転する。そして同時にコクピット内が真っ暗になったかと思うと、ハッチ全面が機体を中心に全方位を映し出すモニターへと様変わりした。呆気にとられていると、反転するモニターの裏からステックの様な物が迫り出してきた。


『私はミサイルからの回避運動に九割のリソースを割いているわ。だから隼勢は迎撃ミサイルの狙いを定めて撃って!』

「わかった!」


 隼勢には何故か不思議と不安は無かった。むしろ腹の底から滾る熱いものに満たされていくのが心地好くもあった。ステックを右手で握ると大きく息を吐く。追ってくるミサイルに四角のマーキングが重なって、緑から赤へと変化する事でロックオン完了を告げる。


『隼勢、行っけぇー!』

「うぉおおお!!」


 ウエポンベイのハッチが開き、アクシアから二発のミサイルが放たれた。



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