残された者と、ノコシテキタ・オモイ






 平和な街を襲ったバビロニアの核攻撃は、サヌーキーに留まらず世界の各地で実行された。ニューアメリカ州ヴィーナスポート、ノイエス・ドイチェラント、英領コリンビーグルなど、火星の開拓期から栄えてきた都市が標的となり、甚大な被害と多数の死傷者を出した。



「フッ…… フハハハハハハハハァ~アハハハハ……」

隼勢はやせねぇ、隼勢はやせ!?』(隼勢がおかしくなっちゃった!)


 その場を凍りつかせるには十分だった。テレビの画面を指差し、半狂乱している隼勢。アクシアはどうしていいのか解らず、ただ狼狽えるしかなかった。


 ――――こちらが、ドローンカメラで撮影したサヌーキー市と現地の映像です。どす黒い煙と、所々に真っ赤な炎が確認出来ます。大量の瓦礫が散乱している模様で――――


壊滅的な被害となったサヌーキー。次々とあらわになる現状を新日本国民は固唾を飲んで見つめていた。取り乱すまいとアナウンサーも必死になっている。だが隼勢には到底受け入れられなかった。

「ははっ…… 何言ってるんだよ…… このアナウンサー。いくらサヌーキーが田舎だからってさぁ、こんな何も無いところ映したって誰も騙されないって……」

『隼勢?』

 アクシアが隼勢の肩を揺する。しかし隼勢は気に止める事もなく笑っているだけだった。

『ちょっと、隼勢!しっかりして!』

「何言ってるんだよアクシア、何時も冷静だし、今だって普段と変わらないよ。……このアナウンサー、ちょっと調子に乗ってねーか?さっきから”廃墟”だの”焼け野原”だのテキトーなこと言いやがって!抗議してやる!」


 テレビ画面に向かって罵声を浴びせながら、隼勢は徐ろにスマートフォンを取り出しテレビ局を検索し始める。それを見たアクシアは隼勢の右腕を掴み止めるよう説得を試みるが……


『ねぇ隼勢、落ち着いて。まだサヌーキーだと断定した訳じゃないんだよね……』

「五月蠅い!放せっ!」

『キャッ!』

 隼勢はアクシアの手を払いのけようとして、結果的にアクシアを突き飛ばす形になった。突き飛ばされたアクシアはソファーの脇に倒れ混むが、すぐに立ち上がろうとする。一方、隼勢はスマートフォンを操作している。彼の目先には3Dホログラムで映し出されたテレビ局の案内画面と、受付らしい女性の姿が現れた。会話設定を通話者オンリーに設定してあるのだろう、相手の音声は隼勢にしか聞こえていない。アクシアは黙って見守るしかなかった。


「あ、もしもし、お宅で今放送してる報道番組…… おう、そう、そうだよ。サヌーキーの街があんな焼け野原なわけ……あん?、だからサヌーキーの街だって確認したのか聞いてんだよ?……おう、……おう、ちゃんと見てたのか?だから其処んところをハッキリと……おい?、おい聞いてるか!待てコラッ……チクショウ!切りやがった」


 スマートフォンを壁に向かって投げつける。”クシャッ!”と鈍い音を立てて、壊れたスマホが床に落ちる。

「あー!クソッ!スマホ投げちまったじゃねえかよ!」辺りを見渡して隼勢は壁に備え付けの通信端末に気付き、それを使って文句を言ってやろうと歩き出した。

『ねぇ、隼勢ってば!』


その時、テレビ画面の向こう側で動きが慌ただしくなった。隼勢とアクシアは動きを止めて注視する。テレビの映像は被災地の風景から一転、スタジオの様子が映し出される。アシスタント・ディレクターと思われる青年が、アナウンサーにカンペをかざしているのが映っている。スタジオが騒然となっているのだ。


――――只今、犯行グループと名乗る組織から、犯行声明が出された模様です。――――


慌てるアナウンサーの映像が、謎の男性へと変わる


――――全世界に告ぐ!私はアザム・ザイード・ディーン。私はこの記念すべき日にニューオセアニア島にて、”帝政バビロニア”の建国を宣言する!――――――


アザムは建国を宣言すると、これまでの建国に至る経緯、バビロニアの規模、そして世界各地で起きた災厄は核攻撃であると言った。さらに攻撃に至った理由、(サヌーキーに関しては裏切り者への制裁と、自分達の攻撃機が何者かに落とされた事に対しての報復措置であること)そしてそれは世界に対しての宣戦布告なのだと言い放った。


「……」

 無言で歩き出す隼勢をアクシアが隼勢を押さえ付けようとする。が、再び突き飛ばされた。何度も何度も制止を試みるアクシアだが、その度に突き飛ばされた。彼女の自慢のツインテールは乱れ、揉み合った末に反動で服も破けた。それでもアクシアはなんとか背後から、隼勢の胴にしがみつき離れようとしない。

「放せよ」

『もう止めて』


 うなだれながらも歩き出そうとする隼勢は、アクシアを振り払おうとする……

「いいから放せ!」

『放さない……』


 ただ一点、壁の電話へ視線を向けつつ、一歩踏み出した形で固まる隼勢。アクシアを見ようとはせず、右手に握り拳を造り、静かに振り上げる。

「殴られたいのか……」

『…………』


 アクシアは無言で、いっそう強くしがみついた。隼勢の右手に造られた拳が、ワナワナと力なく震え解かれていく。ぶらりと腕を下げると、うつ向く隼勢の頬から静かに涙がながれた。

「……頼むから放せよ……」

『嫌だ……』

 ずっと彼にしがみつき、がぶりをふって拒否をするアクシア。『絶対に嫌だぁー!』必至になって叫ぶ。眼を潤ませて右の頬を彼の背中に圧し当てている。力なく隼勢が呟く。「何でだよ……」

 とうとう膝から崩れ落ちた隼勢は、両手を床に突き、涙声で吐き捨てるしかなかった。

「放せって言ってんだよぉ!……」

『絶対に放さない!しっかりしてよ、隼勢。だからサヌーキーの街と決まった訳じゃ……』

「…………ヌーキーだよ……」

『えっ……』

「間違いない…… サヌーキーだ……」う

 両目を真っ赤に染めて、見上げる隼勢の目には…… テレビに映し出された真っ黒な瓦礫の町並み。彼には瓦礫と化したそれが、勝手知った故郷の風景と重なってしまう。絶対に間違いだと思いたいのに、頭の中の”もう一人の”自分が受け入れたくない現実を悟っていた。


「父さん…… 母さん…… 美奈…… 嘘だろ……なぁ?」


 伸ばした右手は何に差しのべているのか……


「………… 俊哉、暁美、カズ、真琴……」


 カッと見開かれた双眼には何が映るのか……


なお……みぃ……」


 隼勢は力なく崩れ落ちた。


「うぐっ…… ひっく…… ヒック……ヒッヒク……」


 隼勢は肩を上下に大きく震わせ、言葉にならず…… ひたすら嗚咽を漏らしている。アクシアはしがみついていた両腕を解いて、隼勢の正面に向き合い、優しく抱き寄せた。


『隼勢…… 悲しい時は泣いても良いんだよ』

 アクシアが隼勢の頭を優しく撫でた。途端に隼勢の心の中に、大切な家族や友人達の思い出が込み上げてきて……

「うわああああーん」

 アクシアの胸の中で隼勢は泣き崩れた。


 たとえヒューマノイドだもしても、アクシアは女の子だ。隼勢は泣き顔を見せたくなかった。男のプライドがそれを許さない。だが、もう限界だった。

 あの日の朝、寝坊した隼勢は母親の小言に口答えしたことを後悔していた。

 父親とは週末に釣りをする約束だった。フライフイッシングを教えて欲しいと頼んだら、父は嬉しそうに準備をしていると母から聞いた。

 妹の美奈子から彼氏を紹介されたときは、色々と難癖をつけて相手を困らせ、美奈子と大喧嘩になった。でもほんとはお似合いだと思っていたし、性格も良く気配りが出来て信頼できるいい奴だった。がさつな妹には勿体無いと思ったし、それを”捕まえてきた”美奈子には正直驚いた。ちょっぴり寂しかったのかもしれない。

(尚美には…… 何時も怒られてたっけ)時には母親の様に叱咤激励し、またある時は、姉の様に小言を浴びせかけてくる。でもその素顔は優しく友達思いの少女だ。彼女とは何度も喧嘩をし、何度も仲直りをし、何度も励まし合ってきた。もうあの笑顔は見れない。

 家族や友人や思い出が、湧いては消えていく。その都度、悲しみが胸を締めつけ涙が零れ落ちる。

「会いたいよ……」苦しくてたまらなかった想いを吐き出した。

 アクシアはずっと無言で抱き締めて居てくれる。触れる肌から体温は感じられない。しかし言葉では言い表せない”温もり”を隼勢は確かに感じられた。何かの感情が溶けて崩れて、もうどうでも良くなった。側にいるのはアクシアだけなのだから。


 どれだけ時が経ったのだろう。アクシアは泣き疲れて静かに震える隼勢の気持ちを考えると、胸が張り裂けそうだった。

『隼勢……少し…… いいかな?』

 無言で隼勢が、がぶりをあげる。とても悲しげな目をしている。

『ごっ……ごめんなさい……』

アクシアの大きな眼にも大粒の涙が…… 静かに頭を垂れて謝る事だけが、今の自分に出来ることだと彼女は思ったのだ。

『あの時、私があの黒い戦闘機を撃ち落としたからこんな事に』

「………」

『私と貴方が出会わなければ……』

「……だとしたら俺は死んでたよね……」

『…………』

「……やめなよ……自分を責めるのは」

『だって!私のせいで隼勢の大切な人達を……失った……』

「違うよ。アクシアは俺を助ける為に戦ったんじゃないか。元はと言えば、立ち入り禁止エリアに勝手に入った俺の方が悪いんだし」

『……』

「それにね、物凄く悲しいんだけど、やっぱり実感が沸かないんだよね……」

『……実感?』

「俺…… 独りになっちゃったのかな………………」

『ううん…… 独りじゃないよ……』

「信じられないけど……誰も居なくなっちゃったよ。家族も友人も何もかも。それでも?」

『それでも。……私が居るじゃない……』

「ハハハ……ありがとう。でもさ、そういうんじゃなくて……身内って言うかさ、家族は勿論だけど……俺の事をよく知ってて、苦楽を共にした仲間や知り合いも居なくなっちゃったよ」

『まだ私が残ってる』

「……だって君とは出会って間もないじゃないか。同情なんて要らないよ」

『同情なんかじゃないよ』

「…………止してくれ、君は無理しなくてもいいんだから……」

 静かにがぶりを振ると、アクシアは隼勢の唇に指を当て黙らせた。すぅっと息を吸ったような素振りをして、大きな声で語り始めた。


『加藤 隼勢、十五才、二千百年・六月二十九日生まれ、サヌーキー州立・ウエストカーガワ・ハイスクールに今年入学』


「…………」


『血液型・A型、家族構成は…… 父・加藤 政義・四十歳、サヌーキー州立理科大学・教授、母・小夜子・四十二歳、専業主婦、妹・美奈子・十四歳、ウエストカーガワ・ミッドスクール三年』


「んん……?」


『身長百七十三センチ、体重……』


「アクシア……」


『私、なーんでも知ってるよ。隼勢の好きな食べ物、嫌いな食べ物。好きなミュージシャンはベーシストのマミーオ・パストリアスだとか』


「ねぇ、アクシアってば」


『びっくりした?でも私の知識はこんなものじゃないよ!服のサイズだとか、靴のサイズとか。そうそう、ペットの黒猫・ブラッキーにメロメロで一緒に寝てるとか……』


「どうしたんだよ、アクシア!」


『いい?私、隼勢の事だったら何でも知ってる!誰にも負けない、絶対に負けない!』


「……アクシア……」


『貴方は独りぼっちになってしまったと言うけれど、私は隼勢を見棄てたりなんかしない。だって……やっと逢えたんだもの…… ずっと逢える日を待ち続けてきたんだもの』


「えっ!…… どういうこと?」


『それはね……』

 アクシアが静かに立ち上がった。後ろへ振り返って背を向けたアクシアは、大きく息を吐いて再び正面に振り返る。

彼女は顔を赤らめて隼勢を優しく見つめていた。


『だって私、貴方の恋人なんだもん』

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