繋がる思い


 



 …………。


「ん~~」

 気だるい体をモゾモゾしながら、目蓋の門番に開門のお伺いを立てる。あと三つ数えたら開けてくださいまし……


 いち・にのっ・さん!


「ふぁあああああぅ〜ああ!ちくしょい!!」

 大きく欠伸をしながら、天井をぼんやりと眺める。

「……朝か」

 トップライトから朝の陽射しが差し込んでいる。頭がぼーっとして、こめ髪に鈍い痛みが残っている。昨日は色々有り過ぎて夢を見ていたのかと思う。だけど現実だ。こんなにも哀しみで満ち溢れてる気持ちを否定は出来ない。


 でも、ちょっぴり救われたんだ……アクシアが一緒に泣いてくれた。彼女なりに責任を感じていたけれど、本を正せばきっかけは俺にある。だから彼女のやさしさが…… ただただ嬉しかった。

 ―――― 二人で観たテレビに映し出された故郷の絶望的な光景は、無事を祈る俺達の甘過ぎる考えをあざ笑った。何時も当たり前の様に接していた父や母と妹、幼馴染みや友人達は消えてしまった。バビロニアが放った残虐かつ無慈悲な核の炎は、一瞬にして俺の大切なものを奪ってしまった。そして間接的にきっかけを与えてしまった罪の意識が俺を押し潰そうとしていたのだ。そんな俺にアクシアは一緒に罪を背負って行こうと言ってくれた。ずっとずっと味方で居たいと。


 だいぶ頭も冴えてきた。

「しっかしなぁ…… どうしよう?」

 独り言のように呟く。


 ――『だって私、貴方の恋人なんだもん』

「はぁ……!?恋人っ?」

『そ、возлюбленный《ヴァズリュブリェンヌイ》ね!』

「いやいや、ごめん、解んないよ」

『Steady、ステディ〜だよ!』

「ステディって、あのラブラブの?」

『そうです!ラブラブのデス!』

「…………。あ、あの…… なんて言っていいか……」

『ふぇっ!………… むむぅ、私まで恥ずかしくなってきたよぉ』

「………………」

『………………』

「こ、今夜はもう休もうかな……」

『そ!そうだね!私も眠くて眠くてしかたがなかったみたいなぁー』

「じ、じゃ、おやすみ」

『オ、オヤスミナサイマセー』

 俺もアクシアも、その場が居た堪らなくなって別れたんだよな。

 なのに……


 さて、ある有名な、かの偉人はこう言った。

「どの様な境遇にあろうと新しい朝は等しく訪れる。求められることは、それを受け入れるかどうかだ」ハヤッセ・カトー


 …………。嘘です、俺が今思い付きました。…………ちょっと思考がフリーズしています。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………………


 ベッドから這い出た隼勢はやせは、自分が寝ていたベッドを眺めながら頭を抱える。

(どうしてこうなった?)

 そこには艶かしい姿で熟睡中のアクシアが居た。目を引き付けて離さない色っぽいうなじ。とても形の美しい鎖骨に華奢な肩。そして胸の辺りからかかるシーツの上からでも少年の理性には破壊力バツグンのシルエット。出るとこは出て、絞れる所はキューっと美しい柔らかなラインを描いている。パイロットスーツの上からでもスタイルの良さは解っていたが、結構着痩せしているようだ。思ってたよりも”ふくよか”なのだ。

「うっ!」

 隼勢は慌ててティッシュを手に取る。

(マジかよっ!鼻血ってホントに出るんだ)

 両鼻にこよりをつめて、天井を眺めつつ後頭部をトントンする。そして段々鼓動が大きく鳴っていく。次第に意識が落ち着いてくると、思い出すのは自分の首に巻き付いていたアクシアの両腕。そして己の身体に触れる軟らかなアクシアの身体。甘くて良い匂い……

「むぅうー!むぅうぅ~」

 真っ赤な顔でクネクネと身悶える高校生の姿があった。

(なんで俺のベッドにアクシアが居るんだよォー!これは何かの間違い……)

『うう~ん……』

 寝言と共に少し苦しそうに寝返りをうつアクシア。少しシーツがめくれて、あどけない少女の寝顔とは釣り合わない双丘の麓辺りが……

(ぬぉおおー!俺は……もしかしてもしかして、もしかしなくてもアクシアと”シテ”しまったのか!?相手はヒューマノイドだぞ!ある意味”偉人”になってしまったのか)

 すやすやと眠るアクシアの寝顔を見て、隼勢は生唾を飲み込む。

(こいつかなりの美少女だよな。普通に生活している限り、人間と全く変わらないって博士も言ってたっけ)

『ああん……』

(いったいどんな夢見てんだよぉー!…………ふぅ、落ち着け隼勢。起きてしまった事は仕方がない。「上げ膳据え膳食わぬが恥」って、何かの教科書で書いてあったじゃないか。ヒューマノイド…………だとしてもッ!こんな美少女と一夜を共に出来るなんて男子の本懐ではないかッ!)


 ちょうどその時である。プシュっと圧縮空気が扉のロックが解放された事を告げる。


「隼勢ぇ~、おっはよ~♪」

 元気な声で突入してきたのは、健康美が眩しい藤井ふじい明日香あすかだった。

「一緒に朝ごはん食べに……ひぇっ!?」

 Tシャツにトランクスのみの隼勢を見て明日香は顔を赤らめる。たまらず目線を下に向けると、シーツにくるまれたアクシアの姿が。

「えっ!ウソッ!?」

 二度三度見直す明日香が、ふるふると震えてうつ向く。

「ちっ、違うんだ!」

「嫌ァ、来ないで!不潔ぅ!!」

 明日香の細くしなやかな腕がしなって、隼勢の頬を捉える。パンッ!と乾いた音が部屋に響いた。彼女の瞳が潤んでいたのが見えた。明日香はきびすを返すと、部屋の外へと飛び出して行った。

「待ってくれ!誤解だぁー!」


 走り去って行く明日香の足音が遠ざかると共に、部屋に一瞬の静寂が訪れる。

『なにが……誤解ですって?』

「ハッ!?」

 部屋の雰囲気が凍った。緊張感のある声に、隼勢は背筋がゾクゾクと冷えていく。ゆっくりベットの方へ振り返ると、シーツを胸元まで手繰り寄せ、ふるふると震えてうつ向くアクシアが。

(あれ?デジャブってない)

『こぉんのぉ、変態野郎!』

 ベットから自分に向かって一直線に飛びかかって来るアクシアを見ながら、隼勢は思った。

(あ、これ死んだ……)



 小一時間が経った頃、隼勢は床の上で目を覚ました。頭がぐらんぐらんするので動けない。両頬がジンジンと痛んでたまらないし、血の味もする。口の中が切れたのだろう。ゆっくりと身体を起こすと、ベットの向こう側でフー!フー!と睨み付けるツインテ猫がいた。


『酷いわ!いくら”元”恋人だったからって、いきなり”手篭”にしるなんて!不潔よ、不潔!』

「ちょっと待ってよ!記憶が……記憶が無いんだ……」

 ――手篭めって……

 そうなのだ。残念な事に記憶が全くないのだ。そんなゲフンゲフンな情事……なんで思い出せぬ!不覚!一生の不覚!…………じゃなかった、でも記憶が全く無いので仕方がない。


『はぁああ!?この期に及んでまだしらを切るか、三河屋ぁ!わかったわ!証拠を見せてあげる!』

「三河屋って……ずいぶんマニアックだな!」

 ――高性能AI様は時代劇もお好きなようだ。

 アクシアは勢いよく立ち上がると、部屋に備え付けのコンソールを操作し始めた。なんでも部屋の中の映像が記憶されてるらしい……って!?うぉーい!俺の!プ・ラ・イ・バ・シィー!


 はて?三分程経過しただろうか。最初はシャカシャカとキーボードを打つ姿が、流石最新鋭のAIヒューマノイドだと思った。が、時折聴こえる変な警告音と画面の[ERROR!]の文字。どんどんアクシアが苛立っていく。

『うりゃあ!』

 とうとうキーボードを殴ってしまった。

(おいおい!)心の中でツッこむ隼勢。

『あ、映った』

「映るんかいー!」思わずツッコミにも力が入る。

『隼勢、何でハアハア息を切らしてるの?ハッ!このスケベ、変態、ハゲ、チビ、虫!』

「ちがうわい!お前が変な事をしてるからじゃ!」

『お前じゃありマセーン。ア・ク・シ・アですぅ。それに何よ?変な事って?うわぁ、何を想像してるの。マジ、キモ~い』

「ぐぬぬぬ……」

『それより、ほら見て!』

 録画されたと思われる映像には、ベットに横たわる人影が見えるが薄暗くてよく分からない。

『これが私よ』

「ちょっと待て!何で俺のベッドに寝ている?おかしくないか?」

『うわぁ〜ぁぁん!そんなの決まってるじゃない!”事後”よ……。きっと薬的なアレで眠らされたんだわ』

 あざとい嘘泣きをしながらそう言い切ると、アクシアは何かを悟ったような目で自分の下腹の辺りを手で擦る。

『ごめんね~。お父さんがこんな奴で』

「ヤメロー」

 冗談抜きで、ドキドキする。

 その時、映像に変化があった。

「ん、ちょっと待て?誰か入って来た」

『きゃああ!”これから”だったんだわ。止めて、停めてよ。これから私が隼勢に”あんなこと”や”こんなこと”を天井の染みを数えている間にやられてしまうんだわ』

「何処で仕入れた、そんな知識!」

 二人でワーワー言ってる間にも映像が進んで行く。少しずつ露になる来訪者のその姿は、ツインテールの少女……

『あれ~???』

「『あれ~?』じゃない!」


 よく見れば足取りもあやふやで、どうやらアクシアは寝惚けている様だ。目的地?に到着すると自分で下着を脱ぎ始め、おそらく俺が寝ている?ベッドの中へ潜りこんだ。

 アクシアと二人で、息を飲みながら”その後”の映像を注視したが何も起こらなかった。

「ふぅ~。助かったぁ、何も無かったんじゃないか」

『神様、助けてくれてありがとうございます。危なくこの虫と”つがい”になるところでした』

「うるへー!黙れ、ポンコツエロマノイド!でこぴん、でこぴん、デコピーン!」

 良かった。犯罪者?にはなっていなかったようだ。安心してデコピンにも力が入る。


『痛い、痛いわよ。バカ、バカ、ばぁ~かぁ!』

 その時だった。悪態をつくアクシアが、ふと画面に釘付けになった。

『…………ねぇ、隼勢!』

「何だよ」

『これ、どうするの?』

 映像は朝になっていた。狼狽える俺に見事なビンタを見舞って駆け出していく明日香の姿が映っていた。

「そうだよ!はぁ〜、忘れてたぁー」

 まだ問題の解決はしていなかった。


 その後、明日香の誤解と、明日香が広めた噂を消すのには滅茶苦茶苦労したのは言うまでもない。

















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