サヌーキーの悪夢




 乾いた銃の音、砂埃が舞う灼熱の市街地。奴と出逢ったのは、街角の壊れた民家の影だった。奴は相手が同志だと気付くと、気さくに話しかけてきた。名はナダルと言い俺の二歳歳上だったと思う。はっきりしないのは、俺が歳も誕生日も故郷も…… 親の顔さえ知らないからだ。


「俺はここから半日程、車を走らせた所にある村の出だ。アザム、お前さんはこの街の出か?」

「さあな……。物心付いた時には、こいつを担いで戦場を走り回ってた。何処かも覚えちゃいねぇな」

 ライフルを睨みながら物思いに更ける俺に、南の村から来たというナダルは、頭に巻くスカーフの間から目を爛々とさせ、「俺はこの戦いが落ち着いたら、村に帰れるんだ。娘が学校に行きたがっててな。だからたんまり金をもって帰るんだ」と息巻いて去って行った。「神の御心のままに」そう言い残して。


 奴と再開したのは二日後だったと思う。仲間達と敵の輸送部隊の車列を襲った帰り道だ。俺はマーケット跡の通路の途中で”何か”に脚を取られ転んだ。それは頭が吹き飛んだナダルの亡骸だった。どうやら奴の散らばった脳漿のうしょうを踏んだらしい。恐らくヒットマンに撃ち抜かれたんだろう。即死だったことがせめてもの救いだ。餞別せんべつにウイスキーの残ったスキットルを手向けて、その場を去った。

戦場はそんなものだ……


 それから何とか戦争を生き延びた俺は、生きる希望を見失い酒浸りの毎日を送っていた。何も無い。帰る場所も、帰りを待つ者もいない。だから火星で傭兵を集めてると聞いて、すぐに飛び付いた。


「あれから何年経ったのか……」


 ここは新日本国しんにほんこくより、南に約三千八百キロ程離れたニューオセアニア島。その内陸部にある”ジャディード”という街の中心部に、そびえ立つ巨大な建物。その最上階のBARに彼は居た。眼下に広がるのは破壊されたビルが立ち並ぶゴーストタウンだ。ここは十年程前まで資本主義連合と共産主義同盟の紛争地帯だった。


 アザムは一気にバーボンをあおり、物思いにふけながら静かにグラスを置く。


「あれから三十年です。そしてあの紛争が終結して十年ですか」バーテンダーの男がグラスを磨きながら笑いかけた。


 この島はかつて豊かな資源を目当てに、強力な経済力を持つた列強がこぞって入植した地である。新発見に次ぐ新発見の連続、尽きることのない欲望が巨万の富を生み、まるでゴールドラッシュのように人々を熱狂させた。島中には栄華を極めた大都市が無数に繁栄していたという。


 だが人間の愚かさは宇宙そらに昇っても変わらなかった。

 枯渇し始めた資源を巡り、最初はささいな小競合いだったが、報復の連鎖が都市間の暴動につながり、国際問題へと発展する。やがて資本主義を唱える陣営と、共産主義を推し進める陣営に別れての紛争が起きてしまった。巨万の富の象徴だった都市は、略奪と戦闘でことごとく破壊され、民は島を離れるしかなかった。


「あの紛争から十年か。長くもあり、短くもあった十年だ」

 アザムは静かに、しかし良く通るような声で、自らに言い聞かせるかのように言い放つと……

「カリーファよ、各部隊長を召集せよ。聖戦の時が近いとな」


 アザムは冷淡無情な表情で、バーテンダーをこなしていた、最も信頼を寄せる有能な”右腕”に指示を出した。”カリーファ”と呼ばれた白髪の老紳士は丁寧に御辞儀をして応える。


「仰せのままに……」


 アザムの招集命令に幹部達が直ぐに応えた。頭にそれぞれスカーフを巻いた勇猛果敢な戦士達だ。幹部達の顔を見渡し満足気なアザムは、表情を一変させると力強く宣言した!


「諸君、遂に立ち上がる時が来たようだ。長く苦しい戦乱を乗り越え、傍若無人な列強を我々は見てきた。地球、そしてこの火星ほしでもだ。そして我々に何時ものこされたものは鉄屑と、同志の肉片と、そして屈辱だ……」


 アザムはぐっと歯を食い縛り、背後に設けられた窓の外を睨み付ける。そこには破壊の限りを尽くされた街の姿があった。彼の背後では、すすり泣きや、無言で机を叩く音、さらには何かに祈りを捧げる声も聞こえてきた。

そして……やがて辺りは静寂になり、幹部達が席から立ち上がる。気配を感じ取ったアザムは一同の前に振り返ると、腰に携えた刀剣を抜いて天に掲げる。


「これより我はこの地にバビロニアの建国を宣言する。刃向かう者達には死を!頭を垂れる者達には安寧を。この聖戦をバビロニアの栄光の為に捧げるとする!」


「神の御心は我等と共に!」


『神の御心は我等と共に!!!』


 アザムの宣言に応える幹部達。のちにニューオセアニア島はバビロニア帝国と呼ばれることになる。島中には列強から”見棄てられた”都市国家が少なからず存在している。アザムは先日まで、辛抱強く残された都市国家に根回しをしていたのだ。島中の隅から隅まで脚を伸ばし、”彼等”の悲痛な叫びを受け止め救いの手を差しのべた。

そんな彼の演説は、現実に疲れ果てて、生きる希望を失い、渇ききった国民達から熱狂的に支持された。



 ◇ ◇ ◇



 同日 二十一時 新日本国エゾリア中央部 西山重工 居住区 


「ちょっと、隼勢聞いてる~?」

「んあっ?聞こえてるよ」


 隼勢は気不味い思いをしながらシャワーを浴びていた。隼勢の後ろは、ドア一枚挟んでアクシアが居座っていた。


「なんで部屋に入って来れるんだよ!」

(さっきから俺、混乱しっぱなしだ!)鼓動が激しく脈を打っている。異様なテンションが腹の奥底から込み上げてきて、今にも叫び出しそうだ。無理もない、確かに隼勢はを閉めたのだ。しっかりとゲスト用のパスを使い、電子キーをロックしたと思い出していたところで……「あっ!!」隼勢は何かに気づいた。


「アクシア~、もしかしてさぁ~、電子ロック……解除出来ちゃったりする…………?」

『……何よ隼勢、私を疑ってるの』

「ごめん、そんなつもりは……」

『電子ロックなんて子供騙しだわ。南京錠からメガバンクの大金庫、遥か古代のからくり金庫だって御手の物よ!』

「やっぱり不法侵入かよ!さっさと出ていけー!」

『嫌よ。まだまだんだから』


 そうなのである。このヒューマノイド、とても面倒臭い性格だったのである。きっかけはダイニングルームで夕食を終えた隼勢の元に、明日香がやって来た事から始まる。明日香は隼勢の向い側の席に座り、横に座るアクシアを無視して身の上話を始めた。それが思いがけず盛り上がってしまい、独り茅の外にされ機嫌を損ねたアクシアと明日香が口喧嘩を初めてしまった。

売り言葉に買い言葉のジャブの応酬が、やがてガチンコの殴り合いへと発展し、やがてグダグダの泥試合へと堕ちていき、最後はノーサイドで仮りそめの仲直りをした。なんだこれ。


 しかし明日香が去った後、やさぐれたアクシアの愚痴に付き合わされたのだ。ネチネチと三十分は愚痴を聞かされたところで、隙を見つけて隼勢は自分の部屋に逃げ帰った。これで一安心かと思っていた隼勢だが、インターフォンが来客を告げた。もしやと思いつつ耳をすませてみると、ドアの向こう側で愚痴が聞こえるではないか……。(うわぁ、面倒臭い)”女性は愚痴を聞いてもらいたい生き物”とテレビの特集番組で観たが、そんな所まで律儀に機能を実装しなくても良いのにと博士を恨む隼勢。どうせシャワーを浴びている内に帰るだろうと思っていたのだが、どうやら甘かったと後悔…………、イヤイヤイヤイヤ! なぜ居る!?

 とまあ、そんなわけで、ちょっとした軟禁状態なのだ。アクシアは軟禁するつもりはないのだろうが、仮にも女の子である…… ヒューマノイドであっても。


『だいたい何なの、あの牛女!ちょっとスタイル良いからって見下したあの態度。私だって次のフォームチェンジの時には、バインバインのキュインキュインのナイスバディになってやるんだから!』

「ちょっと!アクシア~、そろそろバスルームから出たいんだけど」

『その為にも、どうやって脅そうかしら』

「博士が気にしているだろうから、ハゲと呼ぶのは止めて差し上げろ。てか、脅すって物騒だなオイ、あ~外に出たいなぁ……聞いてるのか? アクシア!」

『聞こえてるわよ、水浴びは終わったの?虫っ!』

「じゃかしいわ!さっさとリビングでテレビでも観てろ」

『わかったわよ、隼勢のケチ!ハゲ!チビッ子侍!』

「まさかのハゲ認定が飛び火してきた!?しかもチビッ子侍だと?おのれ、手打ちにしてくれるわっ!」


 ぶつくさ言いつつ服を着る隼勢。気を取り直してドライヤーで髪を乾かしていると、アクシアが声を荒げた。


『隼勢!ちょっとこっち来て!テレビ、テレビ観て!』




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ――同日、時系列は少々さかのぼること二時間前。新日本国、南西部、サヌーキー郊外 上空三万三千フィート



「艦長、目標地点に到着しました。攻撃目標をモニターに表示します。距離、二十キロメートル」


『当艦隊のステルス浸透率八十五パーセント。敵基地に察知された模様。現空域での猶予は五分程度と思われます』


「……それだけあれば十分だ。閣下、御判断を!」


 ここはバビロニア帝国の誇る超弩級ちょうどきゅう戦艦〔グニック〕の船内。旗艦グニック艦長、カール・リンデマン大佐からの報告を受けた、バビロニア空軍第三機動艦隊の艦隊司令、ユリウス・シュトリベルグ中将は、映し出されたサヌーキーの市街地に注目した。


(ここがサヌーキーか……。たかが裏切り者一人の為に過剰ではあるが、見せしめと言われては是非もない)

「これより、本国からの命令により攻撃を行う。艦長っ!」


「ハッ!総員、攻撃体制に移れ!一番、三番、五番、攻撃準備!」


「一番、三番、五番、核反応弾、発射準備!」


(人口は十五万人か…… 住民に恨みはないが、悪く思うなよ……)


『一番、三番、五番、発射準備完了。発射口開きました!』


 ユリウス中将は艦内放送で船員達を鼓舞する。


「諸君、我々は遂に正義の剣を振りかざす時が来た!あの街に住む十五万人の民は、我々を裏切った愚か者と、長く苦しみを与えてきた列強諸国を血で染め上げるための人柱となる。この戦いで勝利し自由と誇りを取り戻すのだ!裏切り者と敵には死を!私はこの一撃に、伝説の聖弓”ガランゾルト”の名を与える。神の御心は我等と共に」


「『神の御心は我等と共に!!!!』」


「ガランゾルト、発射!」


 サヌーキーへ向けてグニックより、三本の”矢”ガランゾルトが発射された。扇状に等間隔で離れたミサイルはサヌーキー市街の東地区・中央地区・西地区の上空五百メートルに到達し……






 同時刻 イーストヒルズ地区


 小高い丘の住宅街へ続く坂道を、二人の女子高生が歩いていた。


「ちょっとナオ、まだ怒ってるの?」

「別に怒ってなんかいないわよ。ただ、あのバカが二日も無断で学校休んだから、けしからんなと思って」

「それが怒ってるんだって言ってるじゃない!」

「だってさぁ、どんだけ苦労して受験勉強したと思っているの?あいつ、それでもギリギリで合格出来たのにさ」

「あんた、隼勢クンにべったりで受験勉強助けてたもんねぇ」

「ちっ、違うわよ!私は推薦決まってて暇だったってゆーか。お、幼なじみだしね、隼勢のお母さんから監視を頼まれてるから仕方が無いって言うか……」

「なになに? ナオあんた、もう”お義母さん”の点数稼ぎしているわけぇ?」

暁美あけみぃ~!許さんぞぉ……って、あれ? どうしたの?」

「あれ……なにかな?流れ星…… じゃ無いよね………………」


 ―― 放たれた一本の矢は閃光と共に、少女達の明日を奪い去った……







 同時刻 西地区 ウエストリバー地区


 とある民家の光景。男の子を連れた母親と、初老の男が和気あいあいとしている。


「……さあ拓也、おじいちゃんに見せてあげなさい」

「うん、じぃじ~」

「コラッ!拓也、”お爺ちゃん”でしょ!すみません、お義父さん」

「あーあ、いいの、いいの。佳乃さんさんやぁ、拓の顔見せに来てくれてありがとうね。ほぉ、拓や…… 格好いい服着させてもらって良かったのう」

「じぃじ~、じぃじ~、ベ○ブ●ード・⭐️ースト買って~。」

「▼イ◎レー□じゃと!?こりゃまた懐かしいのう。ワシの子供の頃に第二次ブームが来てなぁ。拓、じぃじは近所でも無敵のブレーダーじゃったん………………」



 ―― 放たれた一本の矢は衝撃波と共に、祖父と孫の日常を叩き潰していった…………








 同時刻 中央地区 ミッドランドアベニュー地区 


 最近グランドオープンした複合ビル【ハーモニースクウェア】の地下一階、首都圏で有名な中華料理店の支店がオープンした。開店前から長い行列が出来るほどの大盛況である。


「……お母さん、エビチリ食べようよ、良いでしょ?あっ、すいませーん、追加良いですか!」

「美奈ったら、今日からダイエットするって言ってなかったっけ!」

「うーん、よくよく考えたらさ、シーズンじゃなかった!それにタイミング的にも」

「なにそれ。まあいいわ。あなたダイエットしなくたって大丈夫だとは思ってたけど。でも、そのいい加減さは誰に似たのかしら?」

「おーう、俺に似たっていうのか?まあ、当たらなくとも遠からずってとこかな」

「お父さんは黙ってて!はぁ~あ、お兄ちゃんも居たら良かったのになぁ。有名中華料理店でのディナーなんて滅多に無いのにさ。一番楽しみにしてたのお兄ちゃんだよ!」

「ホント美奈は隼勢が好きねぇ。仕方がないじゃない。尚美なおみちゃんの家にお招ばれしたって言うんだから。後で尚美ちゃんのお母さんにも御礼言っておかないと……」

「はぁ~。お母さんったら何かと”尚ちゃん、尚ちゃん”って!ちょろすぎるんだよ!」

「あら?お母さん、尚美ちゃんのこと好きよ!」

「……んん?隼勢と尚美ちゃんがどうなってるって?美奈、そこんとこ父さんにも詳しく!」

「嗚呼っ!五月蠅い、五月蠅い!くっそぉ、あのドロボウ猫めぇー。外堀から埋めようったって、そうは行かないんだから!」

「……だから美奈、父さんにもそこんとこkwskくわしくだな……………………」




 ―― 放たれた一本の矢は太陽をも溶かす灼熱と共に、兄を心配する妹と、気さくな両親との団欒だんらんを飲み込んでいった…………




 サヌーキー市の上空で放たれた三つの白い火球は、やがて一つへまとまり街を焦土へと変えた。



 時に、西暦二千百十五年 四月二十日 十八時五十八分二十秒。”サヌーキーの悪夢”と呼ばれた歴史上類を見ないこの核攻撃で、死者・行方不明者=十八万三千人以上、重軽傷者=不明、という未曾有の大惨事へと発展した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る