第2話
寝ても覚めても銃声と悲鳴が耳を離れない。軍服は泥と血と汗と雨で生臭い。もう何日も風呂に入っていなく体中かゆいはずなのに、まったくそれらを感じない。
――集中しなければ。すこしでも油断すると、頭を打ち抜かれてしまう。
オリヴィエは死ねない。大切な人が城で待っている。戦わなければ。
――戦わないと。じゃないと帰れない。あの儚い笑顔をもう一度見るために!
「あたしは死ねないッ!」
タコができた右手で刀を握り締める。マメは何回もできては潰れてを繰り返したけど、いちいち痛がっていたら殺されてしまう。同じ孤児院の子も一緒に来たけど、もう十日ぐらい顔を見ていない。生きていることを願って、今は、敵軍に鉛玉を飛ばす日々だ。
最初の月は怯えてばかりで何もできなかった。銃は重く狙いが定められず足でまといだった。
それからどんどん戦場の空気に慣れてくると、今度は怒りを感じはじめた。どうして自分は戦わなければいけないんだ。エミリオの横顔が恋しい。怒号に任せて敵か味方かもわからず人を斬りつけていた。
疲れ果てると今度は狂ったように笑うようになる。オリヴィエはもう、自分が人の姿でいるのか怖くなった。ちゃんと、人のままでいるだろうか。怪物なんかに、なってはいないだろうか。それは困る。化物になってエミリオに自分がわからなかったら。わかったとしても、怯えられたら。泣かれたら。逃げられたら。
友達を、やめられたら。
野太い雄叫びをあげて銃を撃つ。二人が後ろに落ち、もう一人が大げさに腕を振り回して倒れていった。
敵軍のなかには宗教の信仰者もいて、そういった類の兵はとても厄介だった。死んだ仲間の肉を食べだしたり、敵(この場合はオリヴィエ側の兵)の目をえぐったり、挙句の果てには死んだにもかかわらず撃ち続けたり。
――狂っている。
でも、狂わなければ生きられない。
平衡感覚を失いつつある足で敵陣へ乗り込む。
夜がきてキャンプ場で寝床を整えたオリヴィエは、気分転換にすこし離れた場所で星を眺めていた。
浮かぶ顔はエミリオだけ。親の顔は覚えていない。生まれたときから孤児院にいたのだから。
すると、足元に一羽の鳥がとまった。不思議そうに首をかしげながらオリヴィエを見上げる真っ白な小鳥は、以前エミリオの城でよく見かけた鳥だった。
―ーああ、この鳥は、エミリオから伝言を預かってきたんだ。
「もうすぐ帰るよ、って、伝えてきてくれる?」
オリヴィエは疲れがたまった顔で笑ってみせた。
――もうすぐ帰れるよう、これからもっと身を引き締めていかないと。
夜の奇襲に警戒して眠れない晩も、君のことを考えているよ。
水と鉄 愛川きむら @soraga35
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