水と鉄

愛川きむら

第1話

 王国エリオの中心・水都エリオラには城が建っている。そこ住むひとりの娘は次期女王が生まれたときからすでに決まっていたが、今は姫としての作法や知識を身に付ける毎日をおくっている。彼女の名はエミリオ。小さい頃はよく笑い、よく寝る子どもだった。しかし、唯一無二の親友と離れ離れになってから心を閉ざすようになってしまう。

 朝食の時間になっても何も口に運ばないエミリオを見て、母が心配そうに眉を寄せる。

「エミリオ、どうしたの。お腹が痛いの?」

「ううん」

 まだ十三歳のエミリオは、固い絆がまだ忘れないでいる。

 彼女には、たったひとりだけ仲のいい友達がいた。オリヴィエと名乗った少女は孤児だった。貧困民とは目も合わせてはいけないと耳にタコができるくらい父に言われていたが、当時オリヴィエの身分は知らず、身分など気にせず、ふたりは友達になった。

 二年が経ち十三歳になったふたりは別れなければならなくなる。孤児であるオリヴィエは親がいないため、徴兵として戦場に駆り出されたのだ。そのとき初めてオリヴィエが孤児であることを知り、そして貧困民であることを知った。それでもエミリオは友達をやめなかった。いくら立場が違っていても二年ともに過ごした思い出は本物だから、と言ってふたりは胸が張り裂ける想いで涙を流した。

「いかないで」

「いきたくない」

「ずっと一緒にいたい」

「うん……」

 父にお願いしようとした。せめてオリヴィエだけでも免除してくれないか、と。だけど、そう言ってしまえばあれだけ禁止されていた約束を破ってしまうことになる。厳格な父のことだから、どんな罰が下されるかわからない。

 だけど――。

「私はどうなってもいい。髪の毛をむしられようが、血が出るくらい叩かれようがかまわない。オリヴィエを、徴兵免除してください」


 親友は今、戦場にいる。敵国の兵たちと同じ立場で戦っている。子どもだろうが手加減されない。あそこに、神は宿らない。死ぬまで自分の家に帰ってこられないなんてどうかしている。

 中庭に出て、すっかり老いぼれた大樹のあしもとに座る。手を合わせて、指を絡ませ、瞼を閉じる。オリヴィエが連れて行かれてから四ヶ月、ずっとこうして祈りを捧げている。

 ――オリヴィエ、はやく戻ってきて。生きて帰ってきて。会いたい、会いたいわ。

 あなたの声、温もり、呼吸、言葉、笑顔、すべて忘れたりなんかしない。いつだってあなたのことを考えてる。あなたに恋焦がれているみたい。だけど、それよりももっと強い気持ちでいつもあなたの帰りを待っているの。

 かたわらに小鳥が羽根を休めにやってきた。

「あの子は生きてるって言ってよ」

 涙で視界がぼやけ、目の前の白い鳥の輪郭がみるみる溶けていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る