第二十八章
第二十八章
一方、南方の桜の居住地にいた杉三たちは、とりあえず客用寝室を与えられていた。
杉三「いやあ、すごい雨だったなあ。恐ろしいくらいだったよ。」
みわ「私は寝れなかったわ。」
かぴばら「た、多分外はすごいことになっているのではないですかね。」
みわ「被害がでないといいんですけど。」
かぴばら「い、いや、みわさん。被害がでないとという考えをするからだめなんですよ。た、橘の間では、被害がでるのは当たり前で、ぶっ壊れたら直せばいいが、美徳だったじゃないですか。」
みわ「そうね。刑務所にいると、そういうことは忘れるように仕向けられるのよ。」
杉三「そんな話はしなくていい。とにかく外へ出よう。」
みわ「ええ。」
かぴばらが、玄関の戸をあける。
外は、雨のせいで水浸しになり、中には、全壊している家も多数ある。屋根が吹き飛んだり、流木が突き刺さっていたり。ある意味では、前述した橘の村よりひどい。
杉三「ああ、こりゃあひどいな。建物が小さいからすぐ殺られるんだねえ。」
みわ「確かに、大は小をかねるけど、小は大を兼ねないわ。」
杉三「ちょっと待て!」
みわ「なに?」
杉三「おとがする。」
みわ「何の?」
杉三「犬笛みたいな。」
みわたちもよく聞いてみると、確かにかすかではあるけれど、ピーピーというおとが聞こえてくるのである。
杉三「と、いうことはつまり、救助をまってるんだよ。」
みわ「生きている人がいるんだわ。」
かぴばら「よし、す、すぐいこう!」
みわ「かぴばらさんどこいくの!かえって危ないわよ。」
かぴばら「いや、慣れてますから!」
かぴばらは、玄関から飛び出して、音のする方へ向かった。そして、つぶれた瓦礫たちを一つ一つ片付け始めた。すると、瓦礫の中から人のてが見えたので、それを引っ張り出すと、顔中を涙だらけにした小さな子供がいた。
かぴばら「こ、怖かったかい?多分これで大丈夫だからね。」
桜の身長は基本的に大人であっても四尺を越すことはない。だから、子供となると、かぴばらにとってはずいぶん小さなものであった。
その子は、かぴばらの大きな手を少し怖がったが、かぴばらはにこりと笑った。
少年「おじさんはどこの人?」
かぴばら「ぼ、僕は橘からきたんだよ。ど、どうせ向こうでは吃音の貧乏たれだ。だから、なんにも気にしないでくれ。」
なるほど、体の大きな分、おじさんにみえてしまうのか。この少年も幼児ではないようだ。
少年「おじさんはどこからきたの?」
かぴばら「ほ、北方から。」
と、そこで別の方から、犬笛が聞こえてきた。かぴばらは、急いでそちらに向かった。とにかく瓦礫を動かしていけば出るわ出るわ、たくさんの遺体が現れる。みな四尺もない人たちだから、瓦礫から、出してやるのは簡単だった。その中にはまだ意識のある者も多く、彼らは感激してまた別の涙を流した。歩けるものたちは、かぴばらの作業を手伝った。
かぴばら「で、でも不思議。」
少年「何で?」
かぴばら「いや、ここの人は、う、うちとは違うなあと思って。」
少年「何が?」
かぴばら「い、いや、何で僕だけ生き残ったのか、という言葉を口にする人がいないなあと思いまして。」
住民「そんなわがままは、通用するもんか。俺たちは俺たちのやることがあるんだ。それを全うするのが、俺たちの使命なんだから、生き残るなんて、贅沢なもんよ。」
かぴばら「え、偉いですね。」
住民「当たり前だ。そんな贅沢は、許されるもんか。いきるのを要らないなんて口にしたら、恐ろしい天罰が下るもんだ。」
かぴばら「じゃあ、自分で逝くことは、」
住民「そんな馬鹿なことをやっている暇はない。ただでさえ少ない人数、一人一人がしっかり自分の役目を持たなくちゃ。そうしなければ、桜を維持できなくなると、ずっと言われているからな。」
かぴばら「だ、誰がそれを言ったんですか?」
住民「むらさまだよ。ていうか、いわれなくとも、桜の男はみんな知ってらあ。」
かぴばら「そ、それ、僕たちにも教えてほしいですね。」
住民「教えることじゃないよ。当たり前のことだもん。それを教えるなんて、世の中終わりだよ。そんなこと、教えなくても、手本さえ示しておけばそれでいいさね。俺たちは、そう信じているから、自然にそういうことができてしまうわけだ。」
かぴばら「す、すごい!」
住民「あれえ、あんたらの指導者もそうするように指導したのではなかったの?当たり前のことは当たり前とはっきりするのが、幸せと言うもんじゃないのかよ。」
かぴばら「いや、そ、それは過去のものになってます。」
住民「だったら、はやくやり直せ。でないと、取り返しがつかなくなるぞ。やり過ぎると後ろへ進めなくなって、結局行き着く先は滅亡ということになるから。後ろへ進めるというのは、すごいことでもあるんだぜ!ぶっ壊れたら直せばいいが、通じなくなれば世の中はおしまいだ。」
かぴばら「は、はい、わかりました!肝に命じておきますよ!」
住民「それにしても、うちの畑は全滅だし、家もだめだ。」
住民「うちにおいてやるから、気にしないでいいぞ。」
かぴばら「そ、そんなことが平気で口に出していえるんですか。」
住民「言わないでどうするんだ。このまま道路で寝起きするわけにはいかないから、もし、家がつぶれたものが出たら、誰かの家に住まわせてもらう。これも当たり前だ。」
住民「君の、お父ちゃんやお母ちゃんは?」
少年「わからない。外へ畑を見に行って、帰ってこない。」
住民「よし、俺のうちで暮らしなよ。一人増えたって大して変わらないよ。子供は未来の宝だから、捨てるわけにはいかん。」
少年「本当?」
住民「そうだよ。俺たちは、自分だけ良くて、他人の子はかまわないという思想にはどうしてもついていけない。だって、子供を粗末にしてみろ。重大な報復が出て、損をするのは、結局俺たちの方だ。それを考えたら、何とかという女のやり方は、根本的な間違いだ。」
住民「むら様が文句言っても、何も聞かなかったそうで、俺たちの文化はもうおしまいになると、むら様はおっしゃっていたぞ。」
住民「いや、それでも俺たちは、これまで通りの生活を続けていくさ。それ以外に生活する手段は、俺たちには用意されてないんだからな!これだって、いくらはずせと言われても、絶対に外さないからな!」
そう言ってその住民は首に着けている桜の花型のリングに手をやった。
かぴばら「あ、あの、すみません!」
住民「なんですか、吃音の大きい方。」
かぴばら「お、お願いがあるのですが!」
思い切っていってみた。
かぴばら「ど、どうしても、手伝ってほしいことがあるんです!」
北方。
こちらでは、住民たちが、大型の建物に移って、集団生活をしている。
ところが。
住民「あなたたち。」
住民「なんですか。」
住民「こちらから出て行ってくださらない?」
住民「出ていけって、私たちも、避難して生活していいと思うんですけど。」
住民「そうだけど、あなたたちの子供さんが、私たちのものを盗んだりしたらどうするの?」
住民「うちの子がそんなことをしたというのですか?」
住民「ええ、だって、長年目時の一人として働いていると聞きましたわよ。更生途中の人が、果たして正常な人と一緒に生活する権利はあるかしら。それって、ある意味不公平だわ。」
住民「何が不公平だというのです?」
住民「だって、親のありがたみを知らない子供に、避難者として、手厚く保護する必要はないわ。これまで、ありがたみを知らないでわがままに生きてきたものが、そのありがたさを知る貴重な機会なのかもしれないのに、私たちが、その子たちと一緒に生活するようでは、教えることができませんでしょう?むしろ、さらに厳しい処遇を与えるべきだと思うわよ。ねえ、皆さん、そうは思いません?」
すると、周りの住民たちが一斉に口を開いた。
住民「そうよ。もともと、家庭内暴力をふるって、わがままを通してきた子が、なぜ、私たちと同じ食事を与えられるのか、我慢できない!」
住民「ええ。言われてみればそうよねえ。私たちは被害者よ。それがなんで加害者である人たちと同じ避難所で暮らさなきゃならないわけ?」
住民「そもそも、こうして同じところにいなければいけないっていうのが私はおかしいと思う。だって、そういう事をする子供ってのはさ、もともと誰のおかげで生かされてきたのかを全く知らないで育った子でしょう。それを知らないでただただ自分が苦しいとしか主張しない、そして、他人がどれだけ迷惑をしているか、考えない。そういう子たちと一緒に生活なんか、これっぽっちもしたくないわね。そして、私たちが、他の避難所に移れというのなら、これほどおかしなことはないわ!だったら、そういう人たちに出て行ってもらうのが、常識というもんでしょう!そうよねえ!」
住民「でも、私たちだって、家も何もみんな鉄砲水で流されてしまったんだから、」
住民「それは、あんたたちが、近所に迷惑をかけてきたから!天罰が下ったとおもいなさいな!」
住民「まあ、生かされただけでもありがたく思いなさいよ。そういうわけだから、あんたたちは、この避難所から出て行ってもらう!」
住民「待ってください!私たちだって行くところがないんですから!」
住民「じゃあ、作ってあげましょうか!」
住民「作る?」
住民「こういう事よ!ねえ、ちょっと外に出てさ、大きな石か、太い木の枝を取ってきて。」
住民「わかったわ!」
彼女は、一度外へ出て、流れついた流木の枝をへし折ってくる。まるで木刀そっくりだ。
住民「い、一体何をするんです!」
住民「ありがたみを教えてあげるのよ!」
彼女は、持ってきた木刀でその住民の後頭部を殴った。他の住民たちが待ってましたとばかりに殴られた住民の頭や背を踏みつけ、これでもかとばかり蹴りつけた。
数分後に、殴られた住民は動かなくなった。彼女たちは、その遺体を、まるでごみを捨てるように建物の外へ放り出してしまった。
一方会議場近くの六角形の建物では、水穂が横になったままでもせき込んでいた。千鶴子は、そのような彼のそばを離れることができなかった。
声「会長、開けてくれませんか!」
千鶴子「何よ!この大事な時に!」
水穂「明美さんだ。」
声「はい、確かに大事な時ですが、それよりもっと大事なことをお伝えしにまいりました。」
千鶴子「入ってもかまわないけど、変なことはしないでよ!弱い人がいるのだから!」
明美「はい。少なくとも、そのようなことは致しません。」
と、戸を開けて、どんどん入ってくる。
千鶴子「明美、その髪型は、」
明美の髪は黒い巻き毛であった。以前であれば、彼もほかの目時会幹部と同じように肩に着くまでの長さにはせず、耳も隠していたが、今の明美は髪をポニーテール様に縛り、耳を大っぴらに見せびらかしていて、まさしく、腰まで届いていたら、てんがよくやっている髪型にそっくりになりそうだった。
千鶴子「すぐにほどきなさい!目時の幹部は、髪を肩より長くしてはいけないと定めたはずよ!」
明美「いや、もういいのです!もう、幹部の職を辞したいと思いまして、今日こちらに馳せ参じた次第なのですから!」
千鶴子「何を言っているの!あなたは、目時の大事な幹部でしょう!それに製鉄のことだって、まだ終わってはいないのよ!」
明美「いえ、このような状態では鉄など制作しても何も意味は持ちませんよ。今日、ここに来るときに、桜の木に奇妙な果実がなっているのを発見しました。どういう物なのか、教えましょうか!」
千鶴子「奇妙な果実?」
明美「はい。とても奇妙な形をしておりまして、形そのものは人間そっくりです。それが、首にひもをつけられて、桜の木についています。人間の形をした実をつける桜など果たしてあるのでしょうか。ないでしょう。その桜の木は、避難所の前に生えておりましたので、事情がはっきり分かりましたよ。つまり、洗脳された住民が、障害のある住民を殺害し、見せしめのつもりでああしたのではないですか!僕は、それを見て、会長のやり方は間違いだとはっきりわかりました!」
千鶴子「間違い?馬鹿も休み休み言いなさい。あなただって、もともとは、親御さんに暴力をふるって、こっちへ来たわけでしょう。そして私の側近になって、ここまで来れたのよ。それをしてあげたのはわたしなのに、なぜ、それを自らいらないと?だって、それがなくなったら、あなたは生活の場がなくなるのよ!あなたのご家族だって、すでに逝っているでしょうよ。確か、お母様は、あなたが暴力をふるうせいで自殺して、お父様だって年を取っていて、もうどうしようもないから、あなたは私のところへ来たんじゃないの!その恩を忘れたの!」
明美「はい。そうかもしれませんが、僕はありがたみをわからせるとか、建物疎開などと口実を作り、殺人を平気で行うところに行った覚えはありません!」
千鶴子「全く、あなたも変なほうに行ってしまったのね。じゃあ、家庭内暴力や引きこもりに悩むお母さんたちを救うには何か手立てがある?ないでしょう?そうするしか!やっぱり私の勝ちよ!早くその間違った髪をほどいて、今度こそノロではなくきちんとした鉄が制作できるように研究を続けなさいな!」
明美「会長も、この人に夢中になってないで、早く奇妙な果実を増やさないように対策を考えることを始めてください!でないと、犠牲者はさらに増えることになります!」
千鶴子「犠牲者なんて、そんなかっこいい名前を付けられるほどの、価値なんかないわよ!彼らには!」
明美「そうですか。では、印刷屋のしんぺいさんは、二度と印刷屋を継いでくれる後継者がなく、困ってしまいますね!」
千鶴子「それは、ダメな人間を作ってしまった印刷屋のほうが悪いのよ!ついでくれるどころか、印刷屋自体がだめになるのが落ちだわ。少なくとも、子供を殺したほうが、子供の暴力に悩まないで仕事も続けられるし、変な評判を付けられることもないし、何よりも、家族が安泰に暮らしていける生活が再び得られるじゃない!それとどちらが幸せなのか、よく考えてから物を言いなさいよ!」
明美「そうですけどね、会長。だったら言わせてもらいますけど、そこにいる綺麗な人を、手厚く保護したのはなぜですか?何も社会的に役に立たない人間を、徹底的に嫌ってきた会長が、なぜ彼だけを自室に入れるまで寵愛したのです?それは、理屈では言えないでしょう。印刷屋さんだって、同じことなんですよ。あの本にも書いてあったけど、人間には、誰にも動かせない特別な感情という物があって、どんなにひどい相手であっても、無条件に愛してしまうことがあるんです。その対象となるのは子供という物なんですよ。いいですか、多くの親御さんが会長の下へ子供をやったのは、間違っても自分たちが生活を楽にするためではなく、子供さんが将来を生きていけるようにという願いを込めたからですよ。その存在を消すとなれば、その悲しみは計り知れないと思いますね。事実、本にもそういう言葉が多数記述されました!印刷屋さんだけではなく、子供を亡くしてしまった親御さんの多くが、そう考えていることを、僕は嫌というほど聞かされましたよ!」
千鶴子「いつから負け犬になったのかしらね。あなたって人は。まあ、私が男性を幹部にしたのが間違いだったかしら。どうせ、女はと思っているでしょうよ!女は穢れるとか、そのような言葉が流布しているけれど、人間を作り出したのは女で、男はその作品に過ぎないのに、なぜ作り出されたものに、従わなければいけないのかしら!それが、そもそもおかしなことだわ。そこをかえていこうとしているだけなのに!」
明美「変なほうに逃げないでください。会長。確かに女性の働きは偉大なことかもしれないですけど、殺人まで認めてしまうのは、あまりにもひどすぎます!そんなもの、更生と言えるでしょうか?」
千鶴子「当り前よ!人間にとって、一番怖いのは死ぬことでしょう!常に殺される覚悟を持たされない限り、暴力の根絶はできないのではないかしら!」
水穂「会長、会長は変なところを間違えましたね。」
千鶴子「私は間違ってはいないわ!女が男の暴力に従うしかない、親が子供に恨みつらみをぶつけられて苦しむしかない、それを救出しようとしたのがなぜいけないのよ!それをするには、私たちには力では到底負けるわ!だったらどうしようというの?殺すしかないでしょう!」
水穂「そうなんですけどね、僕は明美さんのほうが正しいと思いますね。僕がここまで来た理由だって、明美さんに言われたとおりだったのではないですか?きっと、口では説明できないのではないですか?どう考えても、今までの態度から判断して、僕が刑務所に送られなかったのはそれしかありません。そういう感情が善悪関係なく、世界を大きく変えた例は本当にたくさんありますよ。」
千鶴子「世界を変える?」
水穂「はい。そうです。いい例では政治改革のきっかけになったということもありますけど、悪い例では戦争の原因になったこともあります。そういう感情は、絶対に、誰にも操作なんてできるものではないから、、、。」
そういって、水穂は、激しくせき込んでしまう。
千鶴子「明美!引き出しから、、、。」
明美「会長、今の言葉で軍配がどちらに上がったか、お分かりになりました?」
千鶴子「え、、、?」
明美「その色に、君も心を
動かされ、一人のほかは」
千鶴子「歌なんか詠んでいるときじゃないわ!」
明美「何もみず、愚かになりし
君はただ、一人の女子
愛ゆえに、人は動くを
無視をして、政すも
その色に、ただ惑わされる、女子のみなり。」
千鶴子「明美!」
明美「彼の色に、理性失う主に使え
われの心は、梅妃のごとく。」
明美は、水穂の下へ近寄ると、彼を持ち上げて抱え上げた。
千鶴子「待ちなさい!何をするの!」
明美は無視して水穂を抱えたまま部屋を出て行ってしまった。千鶴子は追いかけたが、上がり框に躓いて転んでしまい、追いつくことはできなかった。
物音を聞きつけて、女中が六角堂のほうへ行ってみると、部屋の中は、引き出しの中身が散乱し、金切り声で、こう聞こえてきた。
千鶴子「探してやる!探してやる!必ずあの人は見つけ出して私のものにしてやる!だって、あの人をこんなに好きだったんだから!」
と言って千鶴子は引き出しをバン!と畳の上に投げつけた。
女中は、怖くなって、部屋の外へ逃げた。
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