第二十五章

第二十五章

杉三「どうやって来たって、歩いてきたに決まってるじゃないか。そっちこそ、誰だよ。」

みわ「杉ちゃん。」

杉三「何!」

みわ「囲まれてる!」

杉三「は?」

と、周りを見ると、何人かの男性たちが、石でできた槍をもって、立っている。身長は皆四尺くらいの小さい人たちで、首に桜の花をかたどった首輪を巻いている。その顔は明らかに警戒している様子が見て取れ、決して友好的な顔ではない。

杉三「なるほど。イノシシを狩るわけだから、武器くらい持ってるよな。君たちは、いわゆる桜の人だよね。」

それを聞くと、男性たちは、さらに警戒心を強めた顔をした。

杉三「黙るということはそうなんだね。違ってたら、違うとはっきり言うもんね。」

かぴばら「あ、あのですね。ぼ、僕らは、北方から来たものです。み、皆さんにさんざん迷惑をかけている、目時のものではございません。だ、大事なお願いがあって、こっちまで来させてもらったわけです。」

杉三「君たちも、大事なイノシシがこのままだと盗られちゃうんでしょう。実は僕らも、似たような被害を受けて困っているので、協力してもらいたくて、こっちまでやってきた。大事なお願いというのはそういう事だ。協力してもらえないだろうか。」

みわ「お願いできませんか。私たちでは、とてもあの人たちに、向き合えないのです。」

男性たちは顔を見合わせる。

杉三「頼むよ!僕らも、目時帝国のせいで、非常に困っているんだから!このままだと、善良きわまりない人たちが、磔台にかかってしまうことになるんだからな!」

男性「しかし、」

杉三「しかしなんだよ!」

男性「北方の人には文字があり、それを使って、嘘をついたり、だましたりすることもある。そういう物を持っている人は、簡単に信用などするべきではない。」

杉三「安心しな。僕も、平仮名もカタカナも漢字も何も書けないんだ。」

男性たちに、動揺が生まれる。

杉三「本当だよ。だって、自分の名前さえも、口では言えるが、書くことはできないから。」

男性「しかし、北方の人は、学校があり、嫌でも習いに行かなければいけないと聞いたぞ。それを守らないと、磔台が待っていると。」

杉三「学校なんか大嫌いだ。学校の先生も、政治家も嫌い。それよりも、馬鹿をきわめて自由に行きたい。それに、いくら習おうと思っても、どうしてもかけないんだよね。そういうの、きっと、別の名前があるんだろうな。いくら、練習してもかけないのをさ。」

かぴばら「は、はい。こ、この人は、失読症というのでしょうか。そういうもんなんだと思います。だ、だから、文字なんて、一生かかっても書けませんよ。」

男性「なるほど。北方にも、書けない人がいたのか。」

男性「よく磔にならなかったな。それで。」

杉三「そうだろう。馬鹿は馬鹿だから、磔にはならないよ。馬鹿は逃げるのだけは得意だよ。」

男性「変わったやつがいるものだ。」

杉三「変わったやつのお願いを聞いてくれないだろうか。」

男性「そうだなあ、、、。とりあえず、素人である俺たちがどうのこうのと判断してしまうのは、きわめて難しい。首領のむら様に聞いてみろ。」

男性「しかし、あとの二人は、どうすれば?」

男性「あとの二人、正直に答えてみろ。二人とも文字を持っているかどうか。」

かぴばら「ひ、平仮名だけは何とかかけます。」

みわ「私も。」

男性「よしわかった。後の二人は手鎖にして、筆を握らせないようにさせろ。」

男性「わかりました。」

と、持っていた巾着の中から手錠を取り出して、かぴばらとみわの手にかける。手錠は完全に金でできている。

杉三「しかしおかしなところだな。手錠に金なんか使うものだろうか。」

確かに、犯罪者を捕まえるための道具に、金という高級な金属を利用するのは、なんとなく違和感があった。しかも、それは純金に近い、貨幣にでもなりそうなものであった。

男性「まあ、金という物は、一番蔑視すべき金属だと思っている。桜であれば、ほとんどの住民は、そう考えている。」

杉三「じゃあ、その首に着けているものは?」

男性「真鍮さ。こっちのほうが加工もしやすく、金よりもよほど使いやすいとして、より高尚な金属に設定されているんだよ。」

杉三「なるほどね。金は、使いにくいとみなしてしまうのね。ある意味すごいよ、それ。よほど欲がないんだね。」

男性「まあいい、これから、村の中心部に来てもらい、首領のむら様に謁見してもらう。決して、文字を用いてだまそうとは思うなよ。」

杉三「はい。わかりました。大丈夫。そのようなことは絶対にしないから安心して。僕は、さっきも言った通り、文字という物は全くかけないんだからね。」

男性「よし、こっちへ来い!」

杉三「はい!」

みわ「よろしくお願いします!」

かぴばら「お、お願いします!」

全員、男性たちの後について、草ぼうぼうの道を移動していく。杉三は、全く怖がらず、好きな小唄をいい声で歌ったりしている。

かぴばら「す、杉ちゃん、歌なんか歌って、、、。」

杉三「いいじゃないの。これから大事な話が待っている。その前に力くらい抜いておかなきゃね。海は荒海向こうは佐渡よ、雀泣けなけもう日は暮れた、みんな呼べ呼べ、お星さま出たぞ。」

かぴばら「ほ、ほんとにのんきなんですね。」

みわ「このくらい度胸があったほうがいいかもよ。」

男性「なかなか歌がうまいじゃないか。」

杉三「誉め言葉と受け取っておくよ。」

男性「歌のうまい奴は、結構かわいがられるぜ。」

杉三「そうなの?」

男性「そうさ。ここでは、歌というものも大事な道具の一つなんだからね。」

杉三「なるほどね。歌もそういう物なのか。確かに歌の中に歴史の一部が入っていることは結構あるよね。」

男性「うん、確かにそうだ。しかしよくそうやって、次々に言葉が出るな。もう、歩きながらずっとしゃべっている。話すことがなくなることはないのかい。」

杉三「ないよ。馬鹿には話題は尽きない。」

男性「面白い奴だ。」

杉三「ありがとな。まあ、馬鹿には歌うネタは尽きないさ。」

男性「さあ着いた、到着だ。」

周りの景色が、草ぼうぼうの道から、急に開けた住宅地に変わる。竹でできた小さな住宅が、ちらほらと立っている。しかし、それは杉三たちが見かける住宅とはどこか違っている。

杉三「へえ、なんか変わった住宅だね。」

みわ「そんなこと言わないの!」

杉三「いや、いくらバカにも目に見えることだけはわかる。なんでどの家も同じ緑色であって、みんなおんなじ大きさなんだろう。」

男性「桜の共通している規定でそのようになっている。」

杉三「だってさ、家族の人数だって、一戸一戸違うんじゃないの?親と子供だけの家族もあれば、おじいちゃんとおばあちゃんと同居している家族もあるだろ。それに応じて家の大きさも違うのでは。」

男性「いや、ここでは規定により、家族は五人までしか持てないことになっている。」

杉三「はあ、なんでだ。」

男性「周りの目を気にさせないためだ。各家庭において、人数がばらばらだったら、隣の家がうらやましいとか、危険な事態が発生する可能性もある。それなら、初めからそう設定したほうがいい。」

みわ「ああ、隣の芝生が青いなどの気持ちにならないようにするためですか。」

男性「その通り。歴史的ないさかいはみな、他人のことがうらやましいという気持ちから始まるからね。」

かぴばら「た、確かにそうかもしれませんね。で、首領の、むら様は、どこに、いるんですか?」

男性「うん、この集落の一番端に住んでいる。」

かぴばら「へ、へえ!中心部じゃないんだ!」

男性「どこが悪いのだ?」

かぴばら「あ、ああ、すみません!」

男性「いいんだよ。」

かぴばら「へ?」

思わず拍子抜けしてしまう。

又歩いていくと、集落の中に入っていく。みわがちょっとしり込みしてしまうが、杉三は平気だった。住宅の前を通りかかると、機を織っている音がしたり、何か料理をしたりしている音がする。

かぴばら「み、みんな、玄関の戸が、空きっぱなしなんですか。」

男性「そうだよ。そうしなければ、互いに協力し合うことはむりだろう。それに、仕事は公開しないと。陰で何かおかしなことをしないように。」

みわ「男性も女性も同じ仕事をするのですか?」

男性「そうだよ。ただ、女がイノシシを取ることはまずないけど。」

杉三「へえ、なんで?」

男性「危ないじゃないか。それよりももっと大事なことをやってもらわないといけないから、女性をイノシシとたたかわせるのは、いけないことになっている。」

杉三「あ、なるほど、そういうことね。確かにその大事なことはできないね、女性でないとね。」

かぴばら「し、しかし、皆さんを含めて、なんでみな、白装束なんでしょうね。」

確かにそのとおりである。引率する男性たちも、集落の中ですれ違う女性たちも、みな白い着物しか身に着けていない。帯にも、履いている足袋や草履にも、一切色はついていなかった。

杉三「確かにそうだね。しろって、結構汚れやすい色だと思うけどね。それに、みんな好きな色とか、柄とか必ずあるんじゃないの?それって人によって違うと思うんだけどな。」

男性「いやいや、みんなおなじものにしておかないと、違うものを持っている人が出たら、それだけで争いごとが起こる原因になるじゃないか。」

かぴばら「す、すごい、徹底的だ!」

杉三「じゃあ、ご飯も違う料理を作っちゃいけないの?」

男性「もちろん。特別な事情がない限り、作れる料理の内容は決まっている。そのほうが、もめることもなければ、健康にも悪い影響が出ない。」

杉三「ああ、なるほどねえ!まさしく、トマス・モアの世界だぜ!それが本当になったような生活だ。そんなんで、よく毎日やっていけるのが、不思議で仕方ないくらいだ!」

全員、一番はずれにある小さな建物にたどり着く。確かに、ほかの住宅と、大きさも形も色もまったく変わらない。

男性「入れ!」

杉三「はい。」

幸い、玄関の戸は開きっぱなしであり、たたく必要もなかった。

男性「むら様、橘から二人と、どこから来たのかわからない不思議な男が、謁見したいと言って、北方からやってきました。どうでしょう、一度彼の言うことを聞いてみましょうか?」

杉三「ちゃんと名前で呼んでくれ。僕の名前は影山杉三。杉ちゃんと呼んでくれればいいから、杉ちゃんと。」

男性「何だ、名前があるのか。」

杉三「当り前だい。馬鹿だって名前はあるさ。木の股から生まれてきたとでも思ったのか?」

男性「その、口の軽さと、明るい態度に似合わない名前だな。」

杉三「そうだね。それは僕もそう思うよ。だから杉ちゃんと呼んでくれればそれでいいの。」

みわ「杉ちゃん、あんまりしゃべるとお咎めが出ちゃうわよ。」

暫くすると、家の中から足音がして、むらが杉三たちの前に現れた。

杉三「あ、どうも!今日は!僕は、影山杉三と言います。商売はただのバカ。天下一のダメな男です。この二人は、親友のかぴばらさんと、みわさんです。今日は、大事なお願いをしに、こっちまで来させてもらいました。」

むら「嘆願書を出されても、こちらでは通りませんよ。」

杉三「いいえ、僕は文字が書けません。ですから、嘆願書をもってはいないよ。必要なことは全部、口で言うよ。」

むら「聞きましょう。」

杉三「はい、では、時間がないんで、直ちに言わせてもらう。今、橘では目時帝国の支配下に置かれ、善良極まりないひと、純粋な人が大量に虐殺され、ゴミ焼き場に送られている。それに、来る途中でも遭遇したけれど、本来なら年を取ってから悟るべきことを、一番若いときに押し付けられて、生きる気持ちをなくし、変な桃のにおいに負けて、まんどころ大瀧に飛び込んでしまう若者が後を絶たない。それを止めるにはやっぱり、目時帝国を壊滅する必要がある。だから、そのために手を貸してほしいの!お願いできませんか!」

と、むらにむかって最敬礼する。

みわ「私からもお願いします!もう、私たちの手だてでは、全くかなわないのです!」

かぴばら「ぼ、僕からも、この通り、お願いします!ほ、本来であれば、僕も、ゴミ焼き場に送られるべき人材なんです!」

二人は手錠をはめられたままの手を床に着いて座礼する。

男性「だったら、ゴミ焼き場に行かないように対策をとることはできなかったのかい?」

杉三「いや、それを言ってはおしまいだ。この、かぴばらさんを例にとれば、吃音は治らないとよくわかるじゃないか。」

男性「つまり、吃音であるからというだけで、ゴミ置き場に置かれてしまうと?」

かぴばら「は、はい。そ、そういうことです。た、他人に迷惑をかけて自分では何もできない人間は、そうなってしまうんです。」

男性「迷惑をかけるって、だれでも迷惑はかける。」

かぴばら「そ、そうなんですけど、迷惑のかけ方が違うというのです。な、何でも謝罪をすれば解決できるわけじゃないけど、そ、それをしても、解決できない、つ、つまり改善できなかったら、やっぱり、磔台に乗ることになる。」

男性「なるほど。でも、謝罪をしても解決できないことはたくさんあるぞ。」

杉三「いや、そうじゃなくて、目時帝国の方針では、迷惑をかけている本人ではなく、掛けられている家族のほうが大切で、彼等を救うには、本人を直ちに殺してしまうしかないんだ!だけど、そうやって虐殺を進めていったら、どうなるか。考えてみてもわかるだろ?」

男性「しかし、迷惑をかけないで生きていける人も確かに存在すると思うのだが?」

杉三「そうだね。でもさ、そういう人ってほんの一握りではないのかな。そうやって理想的な人生を得られる人って、果たして何人いるだろうか。大体の子は、落ちこぼれて陰極へ回るほうが多い。それが自分の中でうまく納得できればいいけれど、中にはそのせいで自分のことを全否定されたように見えて、二度と立ち上がれなくなる子もいるんだよね。そうなると、その辛さをすべて親のせいにするしかできなくなってしまうんだ。それで、家族に、恨みつらみの態度をとるしかできない子もいるんだよ。それにおびえた家族たちは、とても平和な生活をすることはできない。それを取り戻すには、その子を殺すしかない。それが目時帝国の主張だ。でもさ、二度と立ち上がれなかった子の中には、ある分野に天才的な才能があったり、自分だけではなく、他人の心も読み取れる子も多くいて、かえって迷惑をかけない子よりすごいこともあるんだよね。だから、目時帝国に従って生きれば、それを全部奪うことになるよね。迷惑をかけないで生きるというのはね、一見すると、素晴らしい人生なのかもしれないが、本当につまらなくて、味気ないことになるんだよ。だって、生きていく楽しみが何もなくなるだろ?僕は、みんな同じであることこそ幸せだというのは、確かにそうかもしれないとは思うが、個人が生きる楽しみという物は人それぞれであってよいと思うんだ。逆を言えば、人に迷惑をかけることこそ、一番心を打つことにつながるかもしれないと思うんだよ。だから、そういうことをする人を、虐殺するのは、やっぱりおかしい。そう思わないかな?」

むら「ええ。確かに殺人を肯定するのはいけないかとは思いますが、皆さんは、一つだけ、間違いをしたと思いますよ。」

杉三「間違い?」

むら「今の話を聞いていて、皆さんはある失敗をしているように思いました。それのせいで、目時が台頭したのも不思議はないのではないかと思いました。」

杉三「失敗って何だよ。」

むら「ええ。教えましょうか?皆さんは、国を保持していく計画性がなかったのですよ。ただ、前だけを向いて、これからよくなることだけを信じ切って、無計画に人口を増やして、産業を発展させていった。いいですか、まず統治という物は、先を見据える能力が大切です。つまり、結果としてどうなるのかを、よいところだけではなく、悪いところもしっかり考えてから行動する。悪いことをおこさないために、しっかりと計画をたててから、法として施行すべきだったのです。今回、確かに社会に不適当な子供が出たということは、確かに悲劇的なものだったかもしれないけれど、それは、皆さんが、いかに無計画に生きてきたのかという結果だとおもうのですよね。そうやって、世の中に対応できない子供が出て、子供が親のせいにしかできなくて、結句として、その子を抹殺するしかないというのは、人口をむやみに増加させ過ぎただけのことです。どの子にも、必ず良いことが得られるように、人口の調整を義務付け、よい教育が受けられるようにさせておくべきだったのです。それが皆さんの失敗ですよ。」

杉三「へえ、じゃあ、君たちの間で、僕みたいな歩けない人間が生まれたらどうなるんだろうね。」

むら「私たちは、それも心得ています。彼らには確かにイノシシを獲ってくることはできないかもしれませんが、イノシシを獲ってくる道具を作らせたり、女性であれば布を織らせるなどの役目を与えることにより、彼らが満足に暮らしていけるように工夫しています。そして、彼らのような子を二度と作らせないように、後悔させないように、そのような人間には成婚を禁じています。」

杉三「それも寂しいなあ。」

男性「仕方ないじゃないですか。あなたも歩けないから、よくわかると思うけど、子供には、辛い思いをさせたくないというのは、親としてだれでも思うわけですから、それを阻止するために、障害者の成婚を禁じているとはそういうことです。」

みわ「では、子供も持てないと?」

むら「そうですよ。考えてみればわかることでしょう。そのような親に育てられて、子供が健全に育った例はどこにもございませんよね。逆に、不良と化してしまい、先ほど杉三さんが述べた、家で暴れるような子になってしまう。だから、障害者に子育てなどできるわけがないし、生まれた子供が哀れな目に会わないためにも、彼等は、そのような立場にとどめておくのが一番だと思うのです。ですから、目時さんのお話はある意味合理的というか、皆さんの失敗から生じた結果でしょう。」

杉三「なるほど。でも、てんの話では、君たちは目時の制度に不満があると言っていたけれどね。君たちの先祖は、昔松野が侵入してきたときに、それまでの元服式での大事な道具としていたバビルサを全滅させられて、非常に困ったそうじゃないか。そのかわりに、与えられたのがイノシシでしょ。それで、今は目時が、そのイノシシをジャンジャン盗ってしまっているので、相当困っているんじゃないのか。」

男性たちは顔を見合わせる。

男性「うちの祖父が若いころは、バビルサの牙を取ることで、死への恐怖を克服したことになると言っていた。」

杉三「やっぱりそうか!自らの死を見つめる動物と闘って、自分に打ち勝つ意味があるんだな。」

むら「よく知っていますね。その言葉。」

杉三「ええ、実物は動物園でしか見たことはないけどね。でも、本当は、イノシシよりも、バビルサを使いたいよね。」

男性「もちろんだ。バビルサのほうがもっと荒っぽい動物だったからな。」

男性「むらさまも、確かバビルサは使えなかったのでしたよね。」

男性「そのイノシシも、目時に取られてしまうのは、確かに困りますよ。俺たちの伝統がみんなダメになってしまうわけですからね。やっぱり、桜に生まれてきた以上、元服式は誰でもやりたいですよ、男なら。」

杉三「ほら!今は国家的な失敗を論じているときじゃないんだよ。君たちも、大事な道具が盗られたらどうするの!それをされたら、生活を全部変えなければならないんでしょう?そうなったら、やっぱりつらい毎日が待ってるさ。それを何とか止めるためにも、目時帝国に味方なんかしないで、協力してください!」

むら「そうなんですけどね、、、。」

杉三「そうなんですけどなんだ!」

むら「私たちも、一度、目時さんの会長とお会いしてみましたが、何をいっても糠に釘の状態で、ほとんど聞き入れてはくれませんでした。イノシシを畑を荒らすとして駆除してしまうので、こちらのほうにイノシシが現れなくなり、元服するための道具がなくなってしまうのも確かです。それは、やめていただきたいと、私は会長に申し入れたのですが。」

みわ「すでに、会ったんですか、、、。」

むら「ええ、会長にお会いしましたよ。」

かぴばら「ぬ、糠に釘なら、確かにやる気をなくしますよね。」

むら「そうですよ。多数派が少数派の生活に従うなんておかしなことだと一蹴されてしまいました。」

杉三「そうですか。では、何かしら目時への不満はあるということですか。」

むら「そうかもしれません。彼女の主張することも、理解できる部分もあるのですが、私たちの伝統を盗ってしまうというところは理解できません。きっと、彼女もさほど悪人ではなく、平和を望んでいるのかとも思いますが、ある意味そのために、あまりにも自己中心的すぎるというか、そんな気がするのです。」

杉三「悪人は、いつまでたっても悪人のままなんだから、やっつけてやるのは、当り前なんじゃないのかなあ。」

むら「そうですね。確かにそのくらいの気持ちになったこともありますけど、私たちの力ではどうすることもできない。私たちは、既に、人数も少なすぎる。計画的に国家運営をしていたのはよいけれど、それでは追いつかないし、誰かに対峙できないこともわかります。ですから、もう、イノシシを狩る文化も、次の世代にはなくなると確信していますよ。」

杉三「だから言っただろ!トマス・モアの世界は絶対あり得ないし、それを求めて生きてると、そうやってろくなことがないの!僕らも、目時帝国にさんざんいい迷惑を掛けられてきた。ここで団結して、一緒に壊滅させてもいいんじゃない!ねえ頼む!僕らも同じように被害者なんだから、ここで一緒に協力してください!」

杉三は、深々と頭を下げた。

みわ「お願いします!」

かぴばら「ぼ、僕からもお願いします!」

二人とも、手鎖のまま、座礼した。

暫く、この建物は水を打ったように静かだった。


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