第二十章

第二十章

千鶴子「こちらへ来てくださらない?」

水穂「はあ、何でしょう。」

千鶴子「いいから。」

水穂「はい、、、。」

二人、立ち上がって、廊下を移動する。二人が廊下を歩いても、誰かとすれ違うことはなかった。

やがて、会議場を出て、小さな六角形の建物の前に出た。いわゆる、法隆寺の夢殿に似たような形であった。

千鶴子「入って。」

と、正面にあった戸を開ける。

水穂「いいんですか?それにこの建物、、、。」

千鶴子「いやねえ、私が、こんな小さな建物で寝起きしているから、おかしいとおもったの?」

水穂「はい、正直に言えば。」

千鶴子「ああ、もっと豪勢な贅沢な暮らしをしていると思ったんでしょうね。でも、これは私の原点だと思っているから、取り壊しはしないで移築させたのよ。」

水穂「原点、ですか?」

千鶴子「ええ。誰かに見られたら怪しまれるわ。中に入って頂戴。」

水穂「はい。」

とりあえず、中に入ると、千鶴子はすぐに戸を閉めた。

中は、本当に小さな部屋で、机が一つと、一つの桐たんすが置いてあるだけだった。

その正面に、金で作られた、小さな如意輪観音像(いわゆる考え事をしているポーズをとっている観音像)と、金でできた位牌が置かれていて、菊の花を大量に乗せた献花台があり、ろうそくと、紫色の線香もあった。これが、部屋中に強い香りを充満させていた。

それにしても、こんな粗末な建物に、このような立派な観音像があるのは、ずいぶんアンバランスな物であった。位牌に書かれた法名の最後の文字に、尼の文字があったから、女性を祀ったものであるとはすぐにわかったが、それにしても丁重すぎるような気がした。

千鶴子「紹介するわ。」

水穂「はい。」

千鶴子「私の、母なの。」

水穂「お母様?」

千鶴子「そうなのよ。亡くなったときは、誰も葬儀に参列してくれなかったから、せめて娘の私だけでも後をしのいであげたいなと思って、こうしているの。こんなところを見せるなんて、今まで誰にもしたことはなかったけれど、あなたには特別よ。」

水穂「そうなんですか、、、。如意輪様って、どのようにして人を教化しようか悩んでいるポーズでしょう。それをなぜ、本尊としてあげたのです?」

千鶴子「ええ。娘の私が、母の事を、助けてあげたかったけど、どうしてもできなかったから、ふさわしいと思って作らせたの。」

水穂「そうですか。つまり、娘さんとして、どうやってお母様を助けようかと考えているという想いを置き換えたわけですか。」

千鶴子「よくわかるわね。あなたって人は。綺麗な人だけでなく、仏法にも関心があるなんて。きっと、そういう人じゃ、他の人とどこか違うかもしれないわね。」

水穂「まあ、聞いてみないとわかりませんけどね。」

千鶴子「そうよね。じゃあ、お話ししましょうか。あなたみたいな人だったら、きっと、こういう事を話しても、反発はしないわよね、きっと。まあ、座って頂戴。」

と言って、一枚の座布団を出す。

水穂「はい。」

指示されたとおりにそこへ座る。千鶴子もすぐ近くに座った。

千鶴子「私は、もともと、政治家階級ではなかったの。ただの、商売人だったのよ。それも、酒商売のね。母が、酒商売をやっていてね。兄弟はなかった。」

水穂「そうなんですか。僕らの世界で言うと、スナックみたいなものですかね。」

千鶴子「父は、普通の工場で働いていた労働者だった。だから、そんなに向学心を持ってた人ではなくて。母が、私を学校へ行かせるために、ずいぶん苦労して説得したみたい。結局、学校には行ったんだけど、父はよく、学校なんて平仮名さえかければそれでいいんだって怒鳴ってて、母が、それ以上に必要なことがあるんだって、よく怒鳴り返してたわ。」

水穂「なるほど。階級に伴う、考え方の違いですか。」

千鶴子「まあ、そうよね。確かに、ただの労働者階級から、優秀な人間が出るはずがないとは、どこの家でも思うわよね。まあ、でも、私は自慢じゃないけど、それなりに成績が取れたから、母は、それに期待してたみたい。」

水穂「ああ、確かにありますよね。トンビが鷹を産むということはまずないですからね。それに固執してしまえば、お父様のような考えを持つ人が多いでしょう。それに、階級が低い人は、それをうんと強調した教育や、家庭環境で育つから、結局、子供に能力があったとしても、信じてもらえないという例は多いですよ。日本では、そういう階級の中から、天才的な能力を持つ子供が出ると、階級が高い家に芸養子としてもらわれるとか、事例はあったようですが、今はそういう子供はサバン症候群とか、いわゆる障碍者として認識されることだってあります。」

千鶴子「そうしてもらったほうがかえって楽よ。私みたいな残酷な運命をたどるのであればね。」

水穂「かえって楽?」

千鶴子「ええ。そうだと思うわ。いずれにしても父は、ただの労働者階級の人間が試験で満点をとるということはまずないと信じ切っていたから、私が、いい成績を取ってもほめてくれることはなかったし、それどころか、そのような勉強をさせるよりも、どうやって金儲けをさせるかを教えろと主張して、よく母と言い争いになってたの。それが毎日だから。たまったものではないわ。でも、そういう毎日だったのよね。」

水穂「そうですか。それでは、思春期になって、家出したり、何かしたりしたでしょう。」

千鶴子「いいえ、しなかった。本当はそうしたかったわ。でも、そうはさせなかった。」

水穂「どういうことですか?」

千鶴子「私は、学校を卒業して、母の酒商売を手伝ってた。私が手伝うようになってからは、それなりのお客さんも入るようになってね、従業員さんも雇って、店は少し大きくなったの。でも、それが軌道に乗り始めた時に、父が、理由は知らないんだけど、勤めていた工場を退職してね。」

水穂「倒産でもしたんですか?」

千鶴子「まあ、それを阻止するために人減らしをするつもりだったみたい。でも、いきなりやめろというのは難しいようで、何かこじつけをしての解雇だったみたいね。それからなのよ。私たちの地獄の日々が始まったのは。」

水穂「ああ、なんとなくわかります。」

千鶴子「ええ、わかってくれる?それから父は奉公口をさんざん探したけど何も見つからなくてね。それで母に当たり散らすようになった。時には、顔中あざだらけになるまで殴った。その声が毎日聞こえてきて、もう、さんざんだったわ。」

水穂「確かにそうだと思います。」

千鶴子「そのうちね、私を高学歴にさせたお前は間違いだっていうようになってね、もう、私のせいにされるなんて、生きた心地もしなかったわ!きっと、私と母が順調に商売をしていたのに、自分は会社を辞めさせられたから、嫉妬していたのでしょう。それのせいで、私まで餌食になったわ。私も、木刀で血が出るまで殴られた。でも、不思議なもので法律というのは、それでも、親から逃げることは認められなかったのよね。あなたは知らないかもしれないけど、松野の法律では、それが当たり前だったのよ。」

水穂「ああ、離婚がみとめられないのですね。日本でもキリスト教ではそうなってますね。」

千鶴子「ええ。だから私、何とかして父を殺せないかって考えて、毒草とか、劇薬の研究をしたのよ。鳥兜とか、天南星とか一生懸命調べてね、あたかも自然死したように装えないかと、毒草の効果を書物にまとめたりした。でも、それが母に見つかってしまって。」

水穂「で、どうしたのですか?」

千鶴子「母は、すごく怒ったわ。いくらひどい人であってもお父さんはお父さんだから、こんなことするもんじゃないって。私は、お母さんのためだって、主張したけど、結局私がまとめたものは、すべて焼却されてしまったわ。でもね、その数か月後、父は中風で倒れてね、歩けなくなったのよ。これで、少しは反省してくれるかなって思ったけど、大間違いだったわね。」

水穂「ああ、余計に負担が?」

千鶴子「ええ、母が、一日中寝たきりの父を世話してね。床ずれができるからって、定期的に向きを変えさせたりした。私は、誰か手伝い人でも呼んだらどうかと提案したんだけど、ただの労働者階級にはそうすることはできやしない。それに、父が会社を辞めたことから、従業員さんもみんないなくなってしまって、結局私と母の商売に戻っていたから、母は、日中は家事をして、夕方から夜は酒商売、終わったらまた戻ってきて父の世話をしてという生活だったの。私には、とても真似できなかったわよ。私は、父の体に触ることだってできなかったんだから。でも、母は本当にそれをよくやってのけたわ。ある意味、英雄よりも英雄なんじゃないかしら。私ときたら、それを、何とかしてやろうと思ってしまって、また劇薬の研究に没頭してた。全くダメな娘かもしれないけど、当時は、母を救うには殺すしかないと本気で思っていたから、そればかり考えてた。」

水穂「そうですか。」

千鶴子「そうなのよ。だけどね、母はそれを許すことはなかったの。それどころか、そんな風にして救ってもらいたくはないと余計に叱られて、私はとうとう、北方に働きに行くという形で家を出た。でも事実上の勘当ね。」

水穂「で、北方へ出て何をしたんです?」

千鶴子「とりあえず、同じ酒商売をしているところへ雇ってもらったんだけど、遊郭にも通じていてね。そこでも、働いて、体を売る商売もやった。幸い、散茶女郎まで昇格したんだけどね、遊郭が取り潰しにされて、結局失職せざるを得なかったわ。」

水穂「ああ、太夫、格子に次ぐ、三位ですか。」

千鶴子「よく知っているわね。」

水穂「そうなると、比較的能力は高かったと言えますね。そこまで昇格することができるのは、容姿だけではできませんよね。」

千鶴子「まあ、そういう事になるのかしらね。そこで、私は男性に対して憎しみを持ったのよ。だって、母は、父がいなかったら、もっとやりたいことだってできたと思うし、私だって、もっといい暮らしを提供したいと思ったし。私は、散茶として勤めが終わったら、母にお礼とお詫びをするために帰ろうと思ったのに。でも、まつぞうとてんのせいで、それをやらせてくれる職場さえもなくしたのよ!この憎しみを、誰に言えばよかったのよ!ふざけるんじゃないわよ!」

そういって千鶴子は座っていた座布団をバシンとたたいた。

千鶴子「仕方なく、私は、実家へ戻るしかなかった。でも、待っていたのは、父も母もすでに死んでいるという事実しかなかった、、、。私は、こっそり菩提寺に行き、母の遺骨を持ち去り、一緒に入っていた父の遺骨をこなごなに砕いて川に捨てた。それが、私ができた、父への、唯一の復讐だと思ったわ。そして、これからは、女性が二度とこのような目に合わない社会をつくることが急務だと決意したわ。幸い、遊郭の仲間に、似たような境遇の人が何人かいたから、集団をつくることはそう難しいことでもなかったし、散茶まで上がっていたから、それなりについてきてくれる若い女性も何人かいたのよね。」

水穂「ごめんなさい。」

千鶴子「え?」

水穂「ごめんなさい。」

千鶴子「今、なんといったの?」

水穂「ごめんなさい。それだけ傷ついて生きてきていたとは知りもしなかったので。確かに、そこまでひどいことされたのなら、誰だって傷つくでしょう。それを、僕たち男性がしでかしたというのなら、僕も謝罪をしなければならないでしょうし、喜んで磔台に立ちますよ。あなたは、きっと、そうしなければ、ご自身の憎しみを晴らすことはできないはずですよ。人が死ぬということは、悲しいことでもありますけれども、一部の人にとっては喜びでもあることは、僕もよく知っています。逆にそうしなければ、救われない人もいることも知っていますし、自ら死を選ぶことでしか救いの道がなかった人物もたくさん知っています。ですから、あなたが、そうしたいのなら、善良な住民ではなく、この僕を代表としてくれればいいのです。きっと、あなたは、そうすることによって、半迦思惟から脱出できるのではないですか。男性だけではなく、欠陥者に対しても憎しみを持つようになったのは、欠陥があるにも関わらず、裕福な生活が可能だからだ。あなたが、それを解消して、新たな人生を得るためには、誰かを磔台に乗せ、勝利することに他ならないでしょう。そうしなければ、統治者となることはまずできない。統治者は、散茶女郎とはまた違うんですからね。」

千鶴子「どうして、わかるんですか。」

水穂「はい、僕もそういう事をしでかした一人だから。」

千鶴子「私、、、。」

水穂「人間、大方そういう見方しかできないですよ。ある意味、そうなるんじゃないですか、極限に落ちた人間であれば。でも、逆にそういう人が社会を変えたケースもありますからね。」

千鶴子「やっと、わかってもらえたのかしら。今まで、誰に言っても正しくないとしか言ってもらえなくて、よりつらい思いをするだけだった、、、。」

水穂「まあ、そうですよね。倫理的に言ったら、悪事の一つになりますからね。でも、そう思わざるを得ないほど、辛い思いをしたのを、何とかして一人で解決しようとしても、できないのが人間という物だと思いますけどね。」

千鶴子「じゃあ、私のしたことは、間違いではなかったのかしら。ああするしか、思いつかなかったわ。」

水穂「間違いとか正しいとか無理やり区分してしまうのではなく、あの時はそうするしかなかったと、ご自身を許してあげたらどうですか?」

千鶴子「許す、、、の?」

水穂「そうですよ。人間誰しも、完全な善にも悪にもなれはしませんよ。人間とはそういうものですから、それを認めてあげるのも、一つの手段だと思いますよ。」

千鶴子「そうだったのね、、、。」

床に突っ伏して泣きだす。

水穂「泣きたかったら泣けばいいです。それがかえって、楽にさせてくれることもあります。大事なのは、それをした後のことで。」

千鶴子「水穂さん。」

水穂「はい。」

千鶴子「ありがとう。」

声「会長、どこに行ったんですか。早くしないと、お夕食の時間が、、、。」

水穂「眞砂子さんです。」

千鶴子「今行きます!一緒に来て。」

水穂「でも、食べられないものの方がはるかに多いから、遠慮しますよ。」

千鶴子「だったら、それをすべて紙に書いて、料理の者に渡すわ。」

水穂「そうですけど、調味料とか。」

千鶴子「それもすべて書けばいいのよ。少なくとも、寿司くらいは食べられるでしょう。」

水穂「寿司はかっぱ巻きだけです。」

千鶴子「わかったわ。必ずかっぱ巻きを作らせるから、一緒に来て!」

水穂「はあ、そうですか、、、。」

千鶴子「だからお願い、きて!」

水穂「はい、わかりました。」

千鶴子「よかったわ。」

と立ち上がって、戸を開ける。水穂も立ち上がって二人は連れ立って外へ出る。


その日から、千鶴子はどこに行くにも水穂を付き人として連れて行った。職務的なことだけではなく、気晴らしに二人だけで散歩に出たこともある。


数日後。

その日は、北方の支部を視察する日だった。

勿論、会長として、支部に行くことは当たり前だったが、千鶴子は眞砂子の猛反対を押し切って、水穂を付き人として北方に連れて行った。

北方支部の建物につくと、玄関前で待っていたのは、明美だ。今となっては、水穂のほうが、明美よりもはるかに端麗であった。

明美「どうもです、会長。」

最敬礼したが、千鶴子はまるで返答しなかった。千鶴子の隣にいた水穂が、代わりに敬礼した。

明美「誰ですか、この人は。」

千鶴子「付き人の水穂さん。」

その顔はどうも明美の癪に障った。

明美「会長、まず、目時に男性を入会させるには、僕の時もそうだったけど、誰かの家で奉公しなければだめなのでは?」

千鶴子「そんなことは関係ないわ。」

明美「でも、僕だって、会長に接見される前は、普通に奉公していましたよ。それを省いていきなり会長のそばに行くことは許されないでしょう。」

千鶴子「いいえ、能力がある方だから、こうして付き添ってもらっているのよ。」

明美「目時の鉄則として決定したのは会長でしょう。それを自ら破るような真似はしないでくださいよ。」

千鶴子「まあいいわ。それより明美、今日は何の用?」

明美「会長が、長く南方に行っている間、僕たちはわずかばかりの鉄の制作に成功いたしました。」

水穂「て、鉄?」

明美「はい。と言っても、単に砂鉄をとかして、その塊を持ってきただけですけど。」

水穂「ど、どうやって?」

明美「ええ、単に砂鉄と木炭を混ぜ込んだものに、自然の風を送り込んで燃焼させただけです。これですよ。」

そう言って、持っていた風呂敷包みをほどいた。確かに、黒い塊が入っていたが、いわゆるよく知られている鉄の塊ではない。

水穂「これは鉄の塊ではありませんね。これは、砂鉄をとかした時に発生する鉱滓、つまりのろですね。だから、鉄としては何も使い物にはなりませんね。」

明美「つまり、鉄は得られなかったと?」

水穂「はい。そうなりますね。特に、自然風ですと、風量が少なすぎて、必要な鉄は本当にわずかしか得られないですよね。」

明美「そうですか、、、。」

千鶴子「では、本当に必要な鉄を得るにはどうしたらいいの?」

水穂「それは僕も知りません。青柳教授なら、もっと詳しく知っていると思いますが、鉄というものは、何しろ、非常に面倒なやり方をしないと得られない金属ですし、鉄づくりそのものについても、ずく押しとけら押しと二つ流派を知らないと、理解できないらしいので。」

千鶴子「明美!これではなく、使える鉄という物を得られるようになるまでは、戻ってこなくてよろしいわ!」

明美「わかりました。会長。会長も、少し感情的になってきたのではないでしょうか。」

千鶴子「余分なことをいう物ではないわよ!」

明美「はい、、、。」

すごすごと引っ込んでいく明美。

水穂「会長、いいのですか?失敗したとしても、ああいういい方はやめたほうがいいかと。」

千鶴子「いいえ、そんなものは関係ないのよ。視察に行きましょう。」

あおいの屋敷

慶紀「そうですか。これは失敗でしたか。」

明美「すみません、鉄の製造ができれば、もう少し会長が、こちらを見るかと思ったんですが。」

秀子「まあ、あの会長を落とすことは簡単じゃないわよ。」

淑子「じゃあ、どうしたらいいのかしらね。」

とし子「私は、思うけど、一番弱いところを突くしかないんじゃない。」

明美「でも、会長が、一人の人物を付き人として連れてきていて。」

杉三「付き人?」

明美「ええ、僕よりずっと綺麗な人で。」

杉三「もしかして、水穂さんだな!」

明美「知り合いなんですか?」

杉三「古くからの友達だよ!」

明美「そうなんですか!会長は彼をずいぶんかわいがっている様子でしたね。なんか、片時も離したくないというか、そんな感じでした。実は僕が正大師になったときも、そうだったんです。本来、そこにつくはずだったのは、眞砂子さんでしたけど、会長は、それを無理やり変更してしまったりしましたから、、、。」

杉三「なるほど。そここそ、会長の一番弱いところかもしれないね。」

明美「しかし、あそこまで綺麗な人を、会長もよく見つけてきたものです。正直僕の地位を盗られてしまったようで、少しばかり悔しいですね。」

杉三「まるで、楊貴妃に主人を盗られた梅妃みたいだな。安心しな。決して悪い人ではないからね、そこは保証するよ。その美形で、会長を狂わせてくれるのに成功するよ。そうしたら、謀反を起こすきっかけができるでしょう。」


その一方で、目時会に息子や娘を奪われてしまった親たちの体験記は、急ピッチで執筆されていた。

とも子は、一生懸命ひろしが発言する言葉を書きとっていた。その作業をてんとかぴばらは、同じ部屋で監督していた。

てん「すごいですね。ひろしさんは、目が不自由でなかったら、と思わずにはいられません。」

かぴばら「そ、そうですけど、不自由になったからこそ、表現力が磨かれたのだと考えたほうがいいですよ。」

てん「かぴばらさんも、活版印刷をどこでひらめいたのです?」

かぴばら「い、いや。わ、わかりません。い、印刷屋さんの話を聞いてひらめいたのでしょうか。」

てん「皆さん、すごいことができますね。わたくしは、もう不要になったのかなという気がいたします。」

かぴばら「な、なにを、考えているのですか?」

てん「いいえ、もう、血統でなくても後継者を得られる時代になったということですよ。」

かぴばら「は、はあ、えーと、そうですか。」

てん「ええ、そういう事です。」

てんは笑って髪をなでた。

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