第十九章

第十九章

会議場近くの寝所。

蘭「僕らはいつまでこんな生活なんだろう、確かに、うまいものは出るが、本当に食べたなあと言う気はしないよね。」

確かに蘭たちは、毎日米のご飯に、魚等を乗せた豪華な食事を与えられていた。

懍「どうも味が濃すぎるというか、確かに食べる気にはなりませんね。」

水穂「むうっとするよな。僕が口にできるのは米だけしかない。」

蘭「そうだよなあ。お前もかわいそうだな。どうも、贅沢な生活というのは、歩けないから馴染めないよね。」

懍「やはり昔の質素な方が、僕らには合ってますよね。それは確かです。多分これ、贅沢を味わせて油断をさせようというか、従わせようと言う作戦でしょうけど、僕らは虚弱であったり、歩行不能であるわけですから、簡単には落ちませんよ。」

水穂「他にどういわれようと、できないわけですから、それを無理矢理変えることはできないですよ。」

と、女中が入ってくる。手には酒ビンをもっている。

女中「失礼いたします。会長から差し入れたお酒です。」

蘭「要らないよ酒なんか。こんなときにもらっても、仕方ないや。」

女中「でも、北方で作られたお酒は美味しいそうですよ。」

懍「度数はいくつですか?」

女中「度数?」

懍「ええ、アルコールの。」

女中「それはわかりません。」

水穂「それなら尚更要らないですよ。度数くらいしらないと、どのくらい酔うかわかりませんから。得体の知れない酒であれば、一気にアルコール中毒の可能性もあるわけでしょ。」

女中「でも、少しは、気分がよくなるのとはちがいますか?」

懍「そうなれば、アルコール依存症の近道です。」

水穂「遠慮しておきます。」

蘭「そういうわけなので。」

女中「はい。」

すごすご引っ込んでいく。


数分後。

声「失礼いたします。」

蘭「なんだよ。」

ふすまがいきなりあいて、千鶴子と眞砂子がやってくる。

蘭「なんですか?会長には、用はないと思うんですけどね。」

千鶴子「用がなければ来ませんよ!」

懍「そうですか。じゃあ、手近にどうぞ。」

眞砂子「皆さんは、会長の歓迎を何も快く思わないのですか?」

蘭「歓迎というか、余計なことですよ。素直に喜ぼうとは到底思えませんね。」

千鶴子「高級な料理を出しても、お酒を出しても、喜んでいただけないのなら、何を出したら喜んでいただけるのかしら?」

蘭「余分なことをやめていただけたら、かな。」

千鶴子「まあ、そんなに私がした歓迎は嫌なのですか!」

蘭「当り前でしょうが。だって、これ以上贅沢は望みませんよ。」

千鶴子「いやですわ。どうして男性と言いますのは、私たちの苦労も何も知らないで、こうして自分の好き勝手を主張し続けるものなのでしょうか。」

懍「どうしてそう、性別の違いを口にするのでしょう。僕たちは、男性であるというだけで、まるで悪人であると定義されているような口ぶりですね。」

眞砂子「事実、そうだからです。自身が社会的に有利なのをいいことに、自分たちの権力を主張して、不条理を女性に押し付け、暴力と性欲で従わせようとするものでしょう。会長も、私も、そういう被害を受けてきたんです!まったく誰から生まれてきたのか、これっぽっちも謝罪の言葉を口にしないんですよね!」

懍「そうですかね、そうとも限りませんよ。」

眞砂子「そんな弁明はいりません!私たちが、皆さんのせいで、どれだけ傷ついてきたのか、考えてみてください。まったく、人間を製造して、育ててきたのは、女性でしょう。それなのに平気で、私たち女性を従わせて、必要があれば、力で押し付ける。あるいは、私たちの体を商品に仕立て上げ、平気で金を稼ぐ。そして、子供を産んだとしても、それをもっていってしまうでしょう。女は、皆さんの道具ではありません。それをしっかりと頭の中に入れてもらいたいものですよ。それに、女性を所持しておくことを、平気で自慢の種にして、そうされている私たちが、いかにして自由を奪われるか、考え直してもらいたいものですわ。私たち女性が、こうして、社会的に活動していくのがなぜいけないのか、本当に考え直していただきたいものですよ!」

懍「なるほど。目時会の結成理由が、なんとなくわかりました。でも、例外のないルールはないもので、性欲どころか、それすら持てないものもいるんですよね。」

そういって懍は白髪交じりの長い髪から、尖った長い耳を見せた。

千鶴子「それが何だっていうんです?」

懍「ご存じないのですか。マルファンの人間には子孫は残せません。僕は亡き妻との間に息子を設けましたが、僕よりもさらにひどい奇形になり、結局元服する前に亡くなりましたよ。ですから、子供なんて初めから作らないほうがいい。そのほうがかえって楽であるという者もいるんですよね。ここでは、そのような医療技術はないと思いますけど、このような耳や手の形は、一度発生すると、必ず子供に現れる。そうなったら責任がかかるわけだし、何よりも僕が体験したより、ひどい目に合わせるわけですから、かえってかわいそうすぎます。そういうわけで、子孫を残せない人間も少なからずいますよ。」

水穂「僕も、体のことで、妻にさんざんな目に合わせられましたから、二度と成婚というものはできないなと実感しております。まあ、力で抑えるということは何もできないでしょうね。それよりも、厄介者というか、不用品と定義されることのほうが多いですよ。僕も、教授も、蘭も。」

蘭「ええ、確かに僕も歩けませんからね。歩けないのと結ばれるというケースは、日本人では極めて少ないですからね。よほど包容力がないと。」

水穂「その理由は、僕たちが、女性というか家族を養う力がないからですね。ご覧の通り、欠陥者ですから。欠陥者であれば、どうしても、できないことはそのままですもの。変えるということはできないですもの。もし、健康な人であれば、環境や置かれた境遇に合わせて変わっていくこともできるでしょうが、僕らの持っている欠陥というものは、変えることなどできないわけですから、どうしても順応できない環境というものも、必ず出るんですよね。それが、贅沢という環境なんです。皆、事情を知っているから、危険な旅に出ることは先ずできないですよね。そうすれば、他人に迷惑をかけることになりますし。だって、人間が生活していくうえで一番の克服すべき点は、いかにして他人に迷惑をかけないで過ごせるかでしょう。それが、できないとあらかじめ答えが知らされているようなものですから、僕らは、このような贅沢は、受け入れられませんね!」

眞砂子「まったく!会長がこうしてもてなしたのに、それを拒否するとは、どういう神経をしているのかしら。」

懍「つまり、欠陥のせいで、簡単には従わせられない者もいるということなのです。」

眞砂子「それって逆に、女性として尽くしているのに、それを無視して、力で抑えようとしているのと、同じなのではありませんの?」

蘭「力関係と、欠陥は違います。それに、力で女性を抑えることは僕たちにはできません。」

眞砂子「そうかしら。じゃあ、これはどうかしら?私たちのところに相談に来た女性の一例ですけれども、彼女の夫は、子供をとても深く愛していたのだそうですけれども、事故にあって、歩けなくなってしまったそうなんです。それで、そのせいで仕事ができなくなって、家族に当たり散らすようになって、結局、私たちのもとへ預からせ、ゴミ焼き場に送るしか、解決方法も見つかりませんでしたのよ。欠陥を持ったせいで、そうやって、途端に悪い人間になった男性も数多いじゃないですか。そういうものへの対処はどうしたらいいのかしら?私たちの考えでは、ゴミ焼き場に送るしか、方法はないと思いますが?」

懍「確かにそうかもしれませんね。一時的にはそうなる可能性もあるでしょう。しかし、そうなっても、ゴミ置き場にやるという処置は間違いだと思いますよ。だって、一応人間でもあるわけですし。更生施設に送るというのはよい案なのかもしれませんが、更生したら、またもとの所へ戻すべきでしょう。」

眞砂子「私たちの勝ちよ!」

蘭「勝ち?」

眞砂子「ほら、やっぱり、あなたたちは大事なところを見落としています。いいですか、悪い人間になった夫のせいで、女性たちと子供たちがどれだけ被害を受けたのか、皆さんは少しも言及しませんでしたね!それのせいで、どれくらい彼女たちは苦しんだのでしょうか!それを、考えれば、戻ってくるなんて、より恐怖を与えるだけでしょう!それなら、二度とそのような被害を出させないために、また、彼女たちに恐怖を与えた罰を与えるために、殺したほうがいいのは、いうまでもないじゃありませんか!いいですか、加害者を擁護する必要などどこにもありませんのよ!その根源はやっぱり、男性のほうが、女性より優れているという、間違った思い込みから発生しているんです!加害男性を殺す以外どうすれば解決できるんです!永久に彼女と子供たちを、恐怖から解放させてやることはできませんよ!」

蘭「はあ、えーと、そうですか。」

懍「そうなれば、僕たちは、そうせざるを得ませんね。確かにそうかもしれないですからね。まあ、そうなると、僕たちみたいなのは、一生たちあがることはできないということになりますね。」

眞砂子「そうなんです!だから、私たちの命には従っていただきたい!そうやって、おかしな理論を口走っている暇があったら、さっさと私たちに従うほうが、よほど楽な生活が得られるのではないでしょうか!」

蘭「僕らも、またはちさんと同じようになるのか?もしかして。」

懍「そういうことですね。彼女たちが政権を取ったようなものですから、そういうことになるんでしょうね。」

蘭「教授、それはないでしょう!」

懍「いや、郷に入っては郷に従えです。いくら説得しても通じない事例は、いくらでもあります。僕らがいくら弁明しても、状況はますます混乱するだけで、彼女たちに通じるどころか、世論すら悪化する可能性もありますよ。それだったら、政治犯として、磔にでもかかったほうがいい。そうですね、会長。」

蘭「しかし、僕らは歩けないので、直立できませんね。」

懍「まあ、彼女たちのやり方は、また違うでしょうからね。」

蘭「も、もしかして、車折?」

懍「どうでしょう。やり方は、彼女たちのものがあるでしょうし、もっとすごい刑罰を備えているかもしれませんよ。」

千鶴子「ええ、そういうことです。さすが、学問に秀でているかたですわね。そこだけは、私も、見直そうと思います。」

懍「なるほど、車折よりも、もっと重大な刑罰を持っているのですか。例えば、宦官として登用するとか。」

千鶴子「いえ、そこまでは致しません。私たちの、側近として来てもらいます。つまり、私たちに、住民の皆さんが従っていただけるように、私たちの命を伝える役になってもらうのです!」

懍「ああなるほど。そういうやり方をするわけですか。」

蘭「詰まることろの、見せしめか。」

千鶴子「ええ!きっと皆さんは、善良な意識とのはざまでひどく苦しむことになるのではないかしら!かえって、そうしたほうが、車折よりも、重大な刑罰になることになりましょう!」

蘭「洗脳というわけね。」

懍「意識を変えるということは、確かに非常に苦しいことでもありますからね。使者となれば、住民からの反発もじかに受けることになりますので、確かに苦しいと思います。」

蘭「とうとう、そうなったか。」

懍「仕方ありませんね。僕たちは事実上の敗北です。いずれにしても、車折とか、宮刑に処されるよりはましでしょう。そう解釈したほうがいい。」

蘭「教授、教授はそういう、順応においては達人ですね。」

懍「ええ、途上国に鉄を広めるには、そうしなければならないときもあったんです。大学の、数人の学生を引き連れて、発展途上国の部族の村を訪れたときに、野蛮人とか、侵入者として捕縛されたことは、何回もありましたしね。まだ鉄文化のない部族は、外部からの侵入を、非常に恐れていますから。そこに鉄をもたらすには、こちらが変わらない限りできないということは、本当によくあるんですよ。」

蘭「そうですか。ある意味すごいよ!僕にはとてもできない。」

眞砂子「じゃあ、皆さん、こちらにいらしてください。できないなら、素直に従うと言いなさい!」

懍「わかりました、じゃあ行きましょうか。」

蘭「はい。完璧に負けました、、、。」

千鶴子「その、巻き毛の人は残りなさい。」

蘭「は?どういうことだ。巻き毛って誰のことだ。」

懍「見てみればわかるでしょうが。巻き毛と言えば、僕らは全く違うでしょう。」

水穂「僕のことですか?」

蘭「な、なるほど。で、でも、水穂だけ残して何に使うつもりなんだ?」

懍「さあ、何でしょう。あんまり、根掘り葉掘り聞くと、磔台へまた一歩近づきますよ。」

蘭「そうか、ごめんなさい。」

眞砂子「会長、三人ともとらえてしまったほうが良いのではありませんか?そのほうが、私たちにとっては、安全だと思いますよ。」

千鶴子「いいえ、彼等は、体所どこかに欠損があるわけですから、ほかの者に比べて、何か悪事をしでかす可能性は低いでしょう。それに、彼等は能力の高い者ですから、もしかしたら、私たちにとって有利なことでも発明してしまうかもしれないわよ。」

眞砂子「会長は時々そうやって油断する!」

千鶴子「私は油断なんてしないわよ!」

蘭「まあ、どうでもいいや、好きにしてくれ!もうやけくそだ。」

懍「蘭さん、やけくそになってはなりません。」

千鶴子「では眞砂子、この二人の始末をお願いね。で、その巻き毛の人は、私と一緒にここへ残って。」

水穂「はい、わかりました。では、まいりますので。」

蘭「水穂、くれぐれも、危ない目にあうなよ!」

水穂「蘭と青柳教授もね。」

眞砂子「じゃあ、歩けない二人とも、こちらへ来なさい!」

二人、眞砂子のあとを渋々ついていく。


部屋には、千鶴子、水穂だけが残る。

千鶴子「ずいぶん、お綺麗なのね。あなた、なんていう名前なの?」

水穂「僕ですか。姓は磯野で、名は水穂ですよ。」

千鶴子「まあ、ここでは、名前だけで当り前だと思っていたけど?そう名乗るのなら、どこかの外国から見えたの?」

水穂「はい、日本から来ました。」

千鶴子「へえ、聞いたことのない国家だわ。日本ではそんなに綺麗な人が多いのかしら?」

水穂「いや、そうとも言い切れないですよ。むしろ稀なんじゃないですかね。」

千鶴子「それでは、いろんな女性たちから声がかかるんでしょうね。」

水穂「確かにそういうことはありましたが、僕も欠陥者の一人なのであって、いくら端麗であっても、寄り付く人はおりません。」

千鶴子「そうなの?その逆のような気もするけど?」

水穂「どういうことですか。」

千鶴子「だって書物や演劇では、端麗なほうが、幸せを掴めるという結末は多いわ。」

水穂「まあ、女性はそうなってますが、僕らはそうなることはありませんね。確かに、グリム童話などでは、そのために幸せをつかむ女性の主人公は多いですけどね。」

千鶴子「ほらやっぱりそうなってる。」

水穂「それは童話の話でしょ。それより、僕だけを残したのはなぜです?」

千鶴子「理由なんてないわ。ただ、役員に欠員が出たから、補充しようと思っただけよ。」

水穂「それだけなんですか?」

千鶴子「ええ、それだけの事よ。」

水穂「先ほど、教授が言ったように、宦官として使うとか。」

千鶴子「そんなことないわよ。宦官なんて使ったら、男性らしさがみんななくなるでしょ。」

水穂「そ、そうですか。まあ、使っていただければ、それだけでありがたいことでもありますし。何でもやりますよ。」

千鶴子「ええ、よろしく頼むわよ!」

水穂「はい。」


一方、北方にある、あおいの屋敷。

しんぺい「いやいや、これにはびっくりです。ただの印刷屋である私の失敗談が、ここまで皆さんに共感していただいたとは。」

明美「そうですね。僕も、ここまで人気が出るとは思いませんでした。貸本屋に宣伝してもらいましたけど、借りたい人が多すぎて、貸本屋からは苦情が続出する有様ですしね。」

杉三「もう、貸本屋を通さなくてもいいんじゃない。」

慶紀「いえいえ、杉三さん、ここでは書物を購入できるほど経済力がある人は、なかなかいませんよ。」

しんぺい「はい、貸本屋から、借りたい人が多すぎるので、もう少しあの本を印刷してもらえないかという、問い合わせが殺到しております。」

杉三「つまり、それだけ目時会の被害は大きかったということだな。やっぱり、ほしい人はいっぱいいたんだよ。」

慶紀「それを読みたいとさせる、ひろしさんの文学性も評価されたのでしょう。」

ひろし「いえいえ、滅相もございません!僕にそのような文才は全くありませんよ!」

慶紀「ひろしさん、自分を卑下しすぎてはなりません。すでに、これほどの注文が殺到したわけですから、もう少し、自分に自信を持ちなさい。そうしないと、かえって損をすることになります。」

ひろし「あ、ああ、すみません!」

しんぺい「そうですよ。私でしたら、ただの印刷屋なんですから、ああいう印象的な文章は書けません。」

ひろし「しんぺいさんも同じことばかり言ってる。ただの印刷屋としても、僕が読本にしたくなるほど、辛い人生だったわけですから、それがなければ、僕は書けませんよ。」

杉三「まあ、読本の製作は大成功だったわけね。」

明美「ええ、これで、住民の考えも変わってくれたらいいですね。」

てん「そうですね、でも一冊だけでは、まだ十分とは言えないと思います。それ、」

と、続く言葉の代わりに咳が出る。

杉三「おい、大丈夫か?向こうで休んできたら?」

てん「いえ、何でもありません。せめて、しんぺいさんのほかにも、目時に騙されて辛い思いをしている人が現れて、本を出してくれるといいのですけど。」

杉三「今度は、あとがきにてんが署名でもしてくれるともっといいことになると思うんだけどなあ。」

てんは、二、三度咳をして、

てん「そうですね。わたくしも、協力できたらと思います。」

明美「じゃあ、僕が、だれか探してきましょうか。僕の事業所の利用者さんたちに聞けば、もしかしたらいるかもしれませんよ。ひろしさんには、少し負担をかけてしまうかもしれないけど、お礼はちゃんとしますから。」

杉三「よし、やってみようぜ!でも、明美ちゃん。」

明美「何ですか?」

杉三「毎日定期的にここへ来てくれるのは良いが、主人に呼び出されたりしないの?」

明美「ああ、会長にですか?」

杉三「そう。」

明美「最近はないですね。まあ、普通に悪行を繰り返しているのではないですか。僕としても、会長に呼ばれると、本当に疲れるので、呼ばれないほうがかえって楽でいいです。」

慶紀「そうですか。でも、それが何か重大な変化の兆しなのかもしれませんね。」




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