第十七章

第十七章

その日の夜から、急に冷たい北風が吹いてきて、みわの言った通り、まるで台風のような大雪となった。

会議場に併設された寝所で、蘭たちは寝起きしていたが、睡眠まで妨げになるほど、風の音はひどかった。そのため、蘭たちは、一晩中起きていなければならなかった。

蘭「すごい風だなあ。」

水穂「まあな、ロシアとか、そういうところに行けば、あり得る風なのかもしれないが。」

蘭「でも、ここまでの大風と、大雪が降るなんて、めったにないことじゃないのか。」

水穂「そうだな。たぶん、この地域では前代未聞なのかもしれない。屋根がつぶれるとか、そういうことがなければいいけれど、、、。それに、作物の被害も出るんじゃないかな。」

懍「僕はそれよりも、何か重大な事件につながってしまわないかが心配ですね。」

水穂「なんかわかる気がしますよ。日本でもそういう事件はありましたよね。今でこそないかもしれませんが、江戸時代にはよくあったので。」

蘭「たとえば?」

水穂「大塩焼けとか。」

蘭「どうかなあ。ここの人たちはそのようなことを起こすことはないと思うけど?」

懍「わかりませんよ蘭さん。まあ確かに日本ほど武力はないのかもしれないけど、既に僕たちが呼び出されてから、ここもかなり変わりましたし、まんどころの事件と言い、もしかしたら、何かが勃発する可能性はありますね。」

蘭「でも、武器を持つことは禁じられているわけですし、」

懍「どうですかね。人間はいざという時になると、与えられている以上のものを持ってしまうことは、歴史的な事件でもよくあるでしょう。」

水穂「それに、平和的に使っている道具だって、見方を変えれば武器になるというものもいろいろあるじゃないですか。」

蘭「まあそうだろうね。それでも、ここは、日本とは違うからね。だって、こっちに来て農民反乱があったわけでもないしねえ。」

水穂「少し、平和ボケしすぎたな。」

懍「そうですね。まあ、酷いことにならないといいのですが。」


翌日。

会議場に参列する蘭たち。

蘭「すごいことになっている!まるで真っ白だぜ。」

会議場のある建物にも雪が積もり、屋根からは、巨大なつららが垂れ下がっている。

水穂「僕たちが、想像していた以上かもしれないね。」

会議室に行くと、ビーバーとみわがすでに来ていた。

蘭「おはようございます。」

ビーバー「おはようございます。いや、昨日はすごかったですね。おかげさまで一晩眠れませんでしたよ。」

水穂「僕たちもそうでした。」

懍「ええ、住民の皆さんは、どうしているのでしょうね。」

みわ「見に行ったほうがいいんじゃありませんか?」

ビーバー「そうですね。もしかしたら、雪のせいで、何か被害が出たかもしれないですしね。」

懍「なるべく早く視察に行きましょう。」

すると、女中たちがバタバタと走ってやってくる。

女中「すみません!すみません!」

蘭「ど、どうしたのですか?」

女中「はい、村の南方から火が出ております!」

蘭「えっ、どういうことだ!」

女中「見てください!」

と、彼女たちについていって、会議場の玄関先へ移動する。この時は、雪のことなど忘れていた。

玄関から外へ出てみると、確かに煙が、高塔のように上がっているのが見えた。一瞬、全員、あぜんとしてしまった。

懍「現場へ行ってみたほうが良いのではないでしょうか。」

ビーバー「いや、ここまで燃え方がひどかったら、もう消しようがないのではないでしょうか。」

蘭「そう考えるの?」

ビーバー「ええ。しかも、皆さんは歩行不能なのですから、、、。」

蘭「そうか、そうなっちゃうか。」

懍「しかし、これは偶然ではありませんね、おそらく昨日の大雪と関連があると思いますよ。」

水穂「いわゆる、土一揆でしょうか。」

蘭「まさかここで!」

懍「いや、そういうことだと思います。」

別の女中が、廊下から、血相を変えて走ってきた。

女中「大変です大変です!村の南方で、自治会長の家に、住民が飛び込んで、使えている女中さんたちを殺害したそうです!」

水穂「打ちこわしですね。」

懍「僕たちは残りますが、現場にいったほうがいいとおもいますよ。」

ビーバー「わかりました。すぐに行きましょう。」

蘭「ここも、いよいよそういうことが、起こるようになったのか。」

急いで玄関から出ていくビーバーと女中たちを眺めながら、蘭が一言そうつぶやいたが、だれも返事はしなかった。

ビーバーたちが会議場を出て行って、数時間後、煙の塔は少しづつ背丈を低くしていき、だんだん小さくなって、次第に消えていった。

蘭「すごいことになったな。」

懍「ある意味、世の中が変わっていくきっかけになりますよ。こういうことは。」

水穂「ええ、悪化していかないでもらいたいものですけど、、、。」

外では、住民たちの怒鳴り声も聞こえてくるようになった。そのうちにそれはだんだんに会議場に近づいてきた。たぶん首謀者が怒鳴っているのだろう。

懍「僕たちは、邪魔になるかもしれません。奥に引っ込んでいたほうがいいでしょう。」

三人は、会議場から、寝所へ戻っていった。その途中でも、部屋に入っても誰も何も言わなかった。


それから、何時間がたったかわからないが、太陽が傾き始めてきて、山に沈み始めたころ、三人の寝所に、ビーバーがやって来た。ひどく疲れた、あるいは重大なショックを隠せない顔をしている。

ビーバー「一応、首謀者を捕まえることには成功しましたよ。しかしですね、」

水穂「ああ、やっぱり大塩焼けですか。」

ビーバー「しかし、このようなことが勃発したのは、おそらく、この村では初めてなんじゃないですかね。もしかして、松野の間ではよくあったのかもしれないですが。なんとも、自治会長の女中部屋に火をつけて、住み込みで働いていた女中が、すべて焼死したという物でしたから。最も、首謀者は、すぐに見つかりましたが。」

懍「具体的に、首謀者は、どのような人物であったのか、教えていただけますでしょうか。」

ビーバー「それが、普段通りに、工場で働いている住民だったのですよ。特に、階級が高かったとか、政治関係の者であったということではありません。確かに乱を起こすことはこれまでもよくありましたが、それらは、階級の高い者の力を借りるか、政治関係者が関与するなどしないと、実現できませんでしたからね。一般の住民がこうして、何かするという事例は、非常に珍しいというか、前代未聞ですよ。」

蘭「犠牲者の数は?」

ビーバー「これまでに運び出されただけで、10人はいるんじゃないですか。」

蘭「で、どういう形で、女中部屋に火をつけたのです?」

ビーバー「はい、まだ取り調べが終わっていないのですが、女中たちの懐紙に火をつけて、そこから延焼させたようですね。」

水穂「ビーバーさん、落ち込まないでくださいよ。そうなった人物をどうのこうのするよりも、二度とこのようなことをしないように、何かするほうが先ですよ。」


同じころ、数人の役人が、乱を起こした首謀者をいわゆる「取り調べ」していたが、その中にはなぜか、みわが参加していた。

役人「またはち、なぜまたこのようなことを起こしたか、理由をしっかり言ってみろ。」

またはちと呼ばれた若い男は、憎々しげに役人やみわたちを見て、

またはち「当り前じゃないですか。このままでは、僕たち、だれにも相手にされないまま、ゴミみたいな扱いを受けることになりますし。」

そういうまたはちは、髪が巻き毛で、耳を隠していなかったから、橘であった。

またはち「だって、僕たちは、工場で長年働いてきましたが、工場なんてただ、紙をつくって、それをお役人さんたちに届ければそれで終わりでしょ。それで年を取るまで、おんなじことをされて、年を取れば、家族から役に立たない存在となる。それでは、生まれてきた意味がないじゃありませんか。それだったら、皆さんの役に立つような生きかたをしたいですよ。」

役人「しかし、誰かの役に立つのなら、大変な人を助ければいいじゃないか。それがなぜ、村に火をつけたり、自治会長の家を破壊したりしたんだ!」

またはち「ええ、だって、僕らを工場へ送り出して、正しい生き方だと教えたのは自治会長です。それなのに、今までの雪で、野菜すら取れなくて、こちらでは非常に困っているというのに、自治会長は、女中を囲ってぜいたくに暮らしていて、それではあまりにも不公平だとおもったんです。だから、女中さんたちを全員亡き者にし、一人で生きていくことがいかに難しいかわからせようとおもったのです。だって、自治会長の家には食べ物が沢山あって、なぜ僕らはその日の野菜も取れないのに、会長に野菜を差し出せと命じられるのですか?」

役人「それは、自治会長が、住民がよい生活ができるように働いてくれているからだ。そのために、お前たちは野菜を作るとか、工場で働くとか、そういう暮らしができるのではないか。」

またはち「そうですかねえ。」

役人「そうですかとはなんだ!」

またはち「だって、この大雪で、既によい生活なんて一つもなくなりましたよ。うちの貯蔵庫にある野菜も、全部食べつくしてしまいました。それさえも、自治会長のものになるなんて、果たしてそんな制度は、住民の為だと思いますか?自治会長が勝手に野菜を食べているだけでしょう?もし、本当に住民の為に働いてくれているのであれば、大雪の対策を取ってくれるのではないでしょうか?」

みわは、このまたはちのことばを、てんが聞いたら、泣いて謝るだろうなと思った。

またはち「それなのに、自治会長は、対策すら立ててくれないで、いつもの生活を続けている。又は、続けることができる。こんな不平等、許せるはずもありませんよ。」

役人「だったら、意見書を書いて、目安箱に入れればいいだろう。」

またはち「平仮名しか書けない人間に、意見書を書かせるのであれば、信用しないということを態度で示すために、こうして直接乗り込んだほうがいいのではありませんか?」

役人「もういい!ビーバー様に伝えて、極刑を申しつけてもらう。覚悟しておくように!」

またはち「はい。でも、僕を車折にしたとしても、ほかの人の生活が変わるわけじゃないのです。きっと、マネする人が出ると思いますよ。」

役人「そうなったら、捕縛されるしか道はないことを覚えておけ。」

またはち「ええ。お役人さんも、捕縛して、車折にしても、そっちが変わらなければ、同様の犯罪が出るのを忘れないでね!」

そういうまたはちは、犯罪者らしくなく、きちんとしていて、何か勝利したような雰囲気さえ持っていた。

みわ「あなた、殺された、女中さんたちのことは考えなかったの?」

またはち「ええ。だって、一人にさせなきゃ、自治会長に僕たちの苦労なんてわからせることはできませんよ。だって、十人も女中を囲って、贅沢三昧な生活を送って、これだけの大雪が降って、さらに僕らが酷い生活を強いられるのは目に見えているじゃないですか。そんなこと、到底許せるものではありませんよ!」

みわ「でも、彼女たちには、彼女たちの家族がいて、もしかしたら子供たちもいて、その子たちも、母親がいなかったら、」

またはち「そうですねえ。でも、自治会長を目覚めさせるには、そうするしか方法はありませんでしたよ。さっきの、役人さんが言ってましたけどね、目安箱に投函すればいいと言いましたけど、目安箱に投函することだって、経済的にちゃんとしないとできないことぐらい、皆さんも知ってるでしょうに。だって、生きていくにはまず食べものに困るでしょ?悪いけど、それさえままならない状態で、どうして文字なんか学びに行くことができますか!それができないとしたら、どうやって、意見を出すことができますか?」

これには、みわも反論することができなかった。

その後も取り調べは続いたが、またはちは全く反省するどころか、被害者に謝罪するようなそぶりもなく、ただ、自分たちの生活が困窮していること、それなのに、自治会長が、贅沢三昧を繰り返しているので、自分たちの苦労をわからせるためにやったと高らかに述べるだけであった。


またはちは、犠牲者への謝罪が全く出ないことで、磔に処されることが決定した。

その晴れた日、村のはずれで、磔が行われることになった。

住民たちは、十人の女中を放火して殺害したこの凶悪犯罪者を一目見たいと、死刑場に集まった。

人垣の中には、水穂、蘭、懍も混ざっていた。

しばらくして、罪人であるまたはちが、役人に連れられて現れると、群衆はどよめいた。

蘭「あれが、またはちか。なんか、少しも悪びれたところがないな。」

水穂「反省してないのかな。」

懍「そうですね。きっと勝利だと思っているのかもしれませんね。」

役人「おい、のれ!」

またはち「はい。」

素直に十文字型の磔柱に設けられた台に乗ると、役人たちは、またはちの両手と両足を磔柱に縛り付けた。

ビーバーがまたはちの前に立つと、またはちは、これまでよりさらに強い憎しみの顔を見せて、その顔に全く嘘はないと感じさせた。

ビーバー「またはち。」

またはち「はい。」

ビーバー「死ぬ前に、何か言っておきたいことでもあれば、言ってみ給え。」

またはち「はい、辞世の句を歌わせてください。」

ビーバー「許可する。」

またはちは、深く息を吸い込み、こう歌いだした。

またはち「天地の、別れしときゆ、、、。」

誰かの有名な句を模倣したようだが、その次からは内容が全く違っていた。

またはち「この世には、上中下あり

     上のもの、その名を使い

     食べ物も、その名で奪い

     金銀に、囲まれ暮らし

     目の色も、黄色くなりて

     誰により、その生活を

     得られたか、真実を知らず

     金色に、染まりし目では

     何もかも、黄色のみ見え

     中の者、下の者たち

     苦しむを、見ることできず

     一生を、終えていくのみ、、、。」

懍「長歌ですね。山部赤人の書き方をまねている。」

水穂「しかし、彼の出身階級で、長歌を朗々と歌う技術はあるのでしょうか。ビーバーさんの話によると、彼は学校にはいけなかったそうですよ。」

蘭「そうですね。そこまで貧しいのに、よく歌えるな。しかも、曲としても綺麗だし、歌声も見事だ。」

またはち「このごとく、黄色い目を持ち

     欲と色、のみに手を出し

     下の階、見ることできぬ

     者どもに、何がわからむ、何もわからず、」

懍「ここまで来たら、反歌ですね。長歌の結論として、反歌を歌うのですが、そこだけ有名になった例もありますので。」

その時、ビーバーが少しまたはちから顔をそらす。

同時に二人の槍を持った二人の死刑執行人が、

死刑執行人「せえの!」

と声を出して、またはちの体に槍を貫通させた。それ以降、またはちの声を聞くことはなくなった。

蘭「辞世の句、最後まで聞いてみたかったな、、、。」

水穂「ええ、悪い人ではなかったと思います。」

懍「そうですね。」

ビーバーも、決して事件解決を喜ぶ顔ではなかったし、見ていた住民たちも、彼の歌に感動してしまったようで、女性では涙を流した者もいた。その後、住民たちは、それぞれの自宅に帰っていったが、皆、悲しそうに沈んでいた。

すべての住民たちが解散していくと、ビーバーと、懍、蘭、水穂、数人の役人たちが残った。

役人「このまま、三日間放置して、」

ビーバー「そうですね、、、。非常に残念なことをしてしまったと後悔しています。もしかして、どこかに登用したら、よい人材になってくれたかもしれなかった。」

水穂「僕もそう思います。」

懍「ええ、罪人とは言えますが、しっかりと、償いをさせれば、また可能性があった人物だったかもしれませんね。」

蘭「ある意味では、宦官的存在なのかもしれませんね。」

ビーバー「ええ、なので、しきたり通りの、放置して穴に捨てるという行為は、やめることにしましょうか。どうでしょう。」

水穂「ええ、僕もそうしたほうがいいと思いますね。そのほうが、彼も浮かばれると思います。」

ビーバー「よし、おろしてやれ。体も拭いてやろう。」

役人たちは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに、実行した。遺体は、両脇腹から肩までを槍で刺したため、全身血だらけであったことはもちろんであったが、一部の内臓もはみ出していた。役人の中には、吐き気を催した者もいる。役人の一人が、布で即席の担架を作り、遺体を、会議場の近くまで運んでいった。

水穂「まるで、多田嘉助みたいだな。罪人とは言え、やったことは確かにひどいかもしれないが、決して悪い人ではなかった。」

懍「一見すると、悪そうに見えますが、裏を返せば、すごいことをしたのかもしれませんね。ある意味、義民ですよ。僕らの日本でもよくいたじゃないですか。」

蘭「もしかしたら、何かキーポイントになってくれるかもな。」

そのころ。

目時会では、新しい会合が設置された。提出された書類によると、事実的な経営者は、正大師、つまり明美であった。事業内容としては、鉄の製造と書かれていた。システムとしては、全寮制で、会員は、集落から離れて、会合の中の建物に住み込みで働くことを義務化されていた。理由としては、鉄という物は、不眠不休で作業をしないと製造できないので、通所制では、作業を継続できないから、ということが挙げられていた。

会員は、男女どちらでも入会は可能だが、男性の割合がやや高いとも書かれていた。会員の民族系統はなんでもよい、とにかくやる気さえあればだれでもいい、などの文句も書かれていた。


あおいの屋敷。明美が、風呂敷包みを抱えて、来訪してきた。彼は、奥の間にいって、すぐにふすまを開けた。

杉三「明美ちゃんどうしたの?」

明美「杉ちゃんのいう通り、印刷屋に頼んでビラを作ってもらいました。これです。」

そう言って彼は、風呂敷包みを置いた。ほどくと、大量の紙が出てきた。

杉三「印刷屋なんてあるんだ。」

明美「ええ。ここでの印刷は、ただ、石板に書いた原稿に墨を塗り、それを紙に転写するという単純なものですが。」

確かに、紙はすべて黒で、白く文字が浮き上がるという形で、いわゆる芋板を逆にしたようなものになっていた。

慶紀「しかし、よく協力してくれた印刷屋があったものですね。」

明美「ええ。子供さんを目時会にとられたというご主人に協力してもらいました。お願いしたら、すぐにやってくれましたよ。」

かぴばら「あ、な、なるほど。」

ひろし「なんでも裏を返せば、善にもなるんですね。」

杉三「そうだなあ。僕らの村では、石板に書くか、紙に書いて、それを書き写すしかなかったもんなあ。」

慶紀「じゃあ、これをですね、会員さんの親御さんたちに配布するわけですが、紙ですから、石板と違ってすぐに捨てられてしまうという問題も生じますね。」

杉三「でも、すぐに作り直すことだってできることが、印刷のいいところじゃないのか。基にする石板さえとっておけば。」

明美「それに、口伝えだけで広めるよりも、紙であれば長く置いておけるという利点もありますし。」

ビラの文面は、てんの筆跡であった。この組織の中で、最も字がうまいのはてんであるという結論に達したため、てんが石板に「原稿」を書き、明美が印刷を依頼して、ビラができたのである。

かぴばら「ぼ、僕、思うのですが。」

杉三「なに!」

かぴばら「こ、このように、文書をいちいち石板に書き、それに墨を塗って、紙に移していたのでは、原稿がたまりすぎて置き場がなくなります。そ、そうじゃなくて、印鑑みたいに文字を一つ一つ作り、それを、組み合わせて印刷したほうが、原稿はたまらないで済みますよ。」

杉三「ああ、活版印刷ね。」

慶紀「しかし、かぴばらさん、すべての漢字を印鑑にしていたら、気が遠くなってしまいますよ。漢字は、膨大なものがあるでしょうに。」

かぴばら「じゃ、じゃあ、平仮名だけに限定したらどうでしょう?ひ、平仮名は五十しかありませんし、それに、橘のほとんどが、読める文字と言ったら、平仮名だけですよ。」

杉三「それはいい!つまり、全部族の共通する文字は平仮名になるわけね。そうしたら確かに、伝えることも速くなるしね。よし、やってみようぜ!」

明美「印刷屋さんに、版を作っていただけるように、頼んでみます。女性の皆さんは、ビラを配る作業してください。」

全員「はい!」


奥の間では、てんが、あおいと何か話していた。

あおい「あの、杉三さんという方はすごいですな。印刷業まで、手を出すなんて。」

てん「まあ、どこからともなく発想が現れるのが杉ちゃんなんですよね。」

あおい「そうですね。この地域では、印刷業と言われると、あまり人が寄り付かないのですよ。」

てん「どうしてなのですか?」

あおい「ええ、目時は、印刷物では誰の心にも響かないということで、印刷をあまり奨励しなかったので。」

てん「そういうところでは、意外に原始的なんですね。」

あおい「そうですね。もちろん、人に会うことも大切ですが、印刷物は、簡単に入手できて、しかも保持しておけるという点では優れていると言えるでしょう。」

てん「ええ、もしかしたら、目時に押さえつけられた、印刷業が隆盛することもできるかもしれませんね。」














     

     



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