第十六章

第十六章

雪の中、明美が一人で道を歩いている。

道の端に、深さ数センチの小さな川があった。

明美は、その川の近くに行った。

川は、雪の季節なので時折氷を交えながら、ゆっくり流れてくる。

明美は、その中に右手を入れた。まるであざ笑うかのように、冷たかった。

明美「僕も、まんどころに飛び込めたらなあ、、、。」

声「今なんといった?」

ギョッとして後ろを振り返ると、杉三がいた。

杉三「今、なんといったんだ?」

明美「いえ、何でもありませんよ。」

杉三「違うだろ、ちゃんと、声が聞こえたよ。」

明美「聞いても仕方ないでしょう?」

杉三「答えを得るまでは動けないのが僕の性分なのでねえ。それにしても、なかなか二枚目じゃない。どっかの国で、とても綺麗な王がいて、あまりにもきれいすぎて、みんなが戦う気をなくすから、狐のような面をかぶって、戦場に出た、という音楽があったぞ。それにそっくりだ。」

明美「そっくりって、根拠があったわけではないでしょう?」

杉三「あるんじゃないの?そういう音楽が残っているし、その王のポーズをとった舞も残っている。まあこれは、日本の話で、ここの人たちには直接関連はないけどね。それより、答えを早く出してくれ。」

明美「ああ、どこか外国から来た方ですか。」

杉三「そうそう、名前は、影山杉三。」

明美「影山杉三。長い名前ですね。」

杉三「うん、硬いから、杉ちゃんと呼んでくれ。出会った人全部には、そうやって呼んでもらうようにしているんだ。どうも、杉三と呼ばれるのは苦手なんだ。それよりも答えは?」

明美「そうですか。自己紹介までしてくれたから、答えを出しますよ。かいつまんでいえばこういう事です。あまりにも仕事が大変になったので、もう、疲れてしまって、まんどころに飛び込んでしまおうかと考えていました。」

杉三「へえ。大変なんだね。でも、簡単に命を落としてはいけないぜ。ましてや、命ってのは、誰かに与えられたわけでもないし、勝手に作られたわけでもない、実に神聖な存在だ。それを、放棄してしまうというのは、キリスト教ではないが、非常にいけないことだと思っている。」

明美「ですよね、、、。理想論ではそうなりますが、実際は、生きているのなんて嫌だと言いますか、消えてしまいたいと思うほうが多いですよ。」

杉三「そんなこと言うなよ。そうしたら、君は、目時の罠に引っかかり、焼却炉行きかもしれないよ。きっと君の家族は、そんな発言をしたら、嘆き悲しむだろう。そして、何とかしてくれって、君を目時に連れていくかもしれない。そうしたら、目時の思うつぼだ。目時の本来の目的は、君たちを救済するなんてのは建前で、本当は、ここを自分たちの居住地にするためのテロを起こすことだって、あおいさんがそう言ってた。」

明美「そうですか。外国の方に、そうやって、目時の話をされてしまうとは、目時も、ずいぶん悪行を繰り返していることが知られてしまっているのでしょうね。僕は、目時の幹部なんです。階級は正大師です。」

杉三「あれ、目時は、女ばかりで、男は幹部に昇格することはできないとあおいさんは言っていたよ。」

明美「一人だけ、男性を雇うことにしたんじゃないですか、会長は。」

杉三「なんか理由でもあるの?」

明美「わかりません。ちなみに、僕と同時に入会した男性のほとんどは、過労死したり、僕死したりして、皆ごみ焼き場に行きましたよ。」

杉三「へえ、それは余計に訳ありだ。」

明美「まあ、そうなんでしょうね。そのわけは知らないけど、会長にはよくしてもらえて、幹部まで上がることはできました。あなたが先ほど口にした、あおいさんの毒殺未遂にも加担したんですよ。附子を出せと命じたのは、会長でしたけど、それを混入したお茶を出したのは、僕だったので。」

杉三「なるほど。やっぱり目時のテロの一つだったわけね。しかし、君は、今さっき、生きているのは嫌だと発言した。目時の会長の寵愛を受け、幹部まで昇格した人が、そういう発言するのかなあ?」

明美「そうですねえ。信じてもらえなくて、当然ですよ。きっと、あなたにとっては快い存在ではないでしょうからね。ここでのことは忘れて、安全なところへ帰ったほうが良いのではないですか?外国の方であれば、逃げることも可能ですよ。」

杉三「いや、そんなことはしないね。出会った人は大事にしたいからね。」

明美「そのうち、目時帝国ができる可能性もありますし、そうなったら、歩けない方をはじめとした障害のある方は、全員焼却炉行きとかになってしまうかもしれませんよ。それでは嫌でしょうから。」

杉三「目時帝国?」

明美「はい。会長はそうしようともくろんでおります。」

杉三「やっぱり、あおいさんのいうことは本当なんだね。ただのサークルが主権国家を目指すなんて、絶対あり得ないよ!恐ろしいな。」

明美「はい、きっとそうすると思いますよ。僕は、会長のやり方には賛同できませんし、目時帝国を建国するのも望んではおりません。だけど、このままでは、それに加担しなければ身を立てていくことはできないでしょう。ですから、、、もう嫌になって、まんどころに飛び込みたいなあとふと思ってしまいました。」

杉三「やった!それを聞いてすごくうれしがる人がいるぞ!ちょっとね、僕らのところへ来てくれないかな?」

明美「ああ、お仕えしている主君でもいるんですか。」

杉三「うん。主君というより友達なんだ。だから、ぜひ来てほしい。ちなみに、君の名前なんて言うの?」

明美「はい、明美と申します。明るいに美しいと書いて。」

杉三「文字は読めないから、言わなくていい。じゃあ、あおいさんの屋敷に来てくれ!」

と、車いすを動かして移動し始めてしまう。明美もそのあとについていく。

しばらく歩いて、あおいの屋敷に到着する。

中では、縁側でかぴばらが笛を吹いていて、半纏にくるまったてんがそれを聞いていた。

てん「ずいぶんうまくなりましたね。」

かぴばら「あ、ありがとうございます。そ、それにしても杉ちゃん遅いですね。」

てん「そうですね。そのうち帰ってくるんじゃないですか。杉ちゃんは、家の中にこもっているのは嫌いな人だから、ああして外へ出たくなる癖がありますから。」

かぴばら「さ、寒さには弱いのに?」

てん「ええ、それが善悪どちらにも作用してしまうのが彼の長所でもありますよ。」

軽くせき込むが、すぐに元に戻って、首をふる。

声「何が長所だって?」

てん「噂をすれば帰ってきますね。遅かったですね、今日は。」

声「お邪魔します。」

かぴばら「あ、あれ、誰かお客さんかな。」

雪をかぶって、杉三が入ってくる。

杉三「おい、てん、喜べよ。君が望んでいた、目時からの脱退者をついに連れてきた!しかも、かなりの高名な人物らしいんだ。」

明美「てん?てん、、、あ、あ、ああ、どうしよう!」

杉三「どうしようじゃないよ。せっかくここまで来たんだから、逃げようなんて思うなよ。」

てんも、明美が誰なのか、わかったらしく、厳しい顔になった。

明美は急いでてんの前に正座して、深々と座礼した。

明美「も、申し訳ありません!橘でありながら、同じ橘の皆さんを、追い詰めるような真似をして、、、。」

てん「顔を上げて!」

明美が顔を上げると、頬に平手打ちが飛んだ。

杉三「ちょっとやりすぎじゃないか!君が確かに、大事な人を亡くした原因の一つなのかもしれないが、、、。」

明美「いいえ、かまいません!だって、住民の皆さんを、恐怖に陥れてしまったのですから!本当にいくら謝っても許しては下さらないでしょうし、磔でも、斬首でも、車折でも、まだ足りないでしょう!それくらいひどいことを、平気で今までやってきたのですから、もう車折でもなんでもしてください!」

杉三「あのねえ、僕らの車輪を引っ張るのはリャマであって、車折のできる動物はいないんだよ。あんなおとなしい動物が、車折のできるとはとても思えないけど?」

かぴばら「ゆ、ゆるしてあげてくれますか?わ、悪い方ではないと思います。い、一生懸命謝っているじゃないですか。」

てん「ええ、確かに車折の刑は、わたくしの何代も前に執行されなくなっております。」

杉三「そうだよ!あんな残虐な刑罰はやめてくれ。聞いただけで寒気がする。それより、この人は、目時の脱退者だ。きっと目時壊滅にあたって、貴重な人材になるに違いない。それを車折にしてしまうのは、もったいなさすぎる!」

てん「わかりました。極刑は致しません。」

明美「す、すみません!ありがとうございます!」

杉三「いったい、君は、目時で何をやってきたんだよ。」

明美「ええ、会長の補助的なものをやっていました。」

杉三「で、本当に、あおいさんの予言したとおり、目時帝国建国をもくろんでいるのだろうか?」

明美「ええ、、、。たぶんそうだと思います。」

てん「わたくしが、知っている限りでは、本当に小規模な団体だったのですけれども、なぜそこまで成長できたのでしょうね。」

明美「会長が、親御さんたちから、お礼ばかりを言われていて、おごってしまったからじゃないかと思います。」

杉三「そうだねえ。女の君主というのはそうなりやすいよね。特に、何か良くされると、舞い上がってしまうのが女だからなあ。それに変な風に解釈することも多いし、、、。それに弱いことを理由に、男を倒せという風潮もあるし。確かに子供を持てるということは、すごいことかもしれないが、それは、武器にしてはいけないよね。」

かぴばら「し、しかしですよ。ぼ、僕思うのですが、なぜ、彼が目時会で生き残ることができたのでしょうか。だ、だって、あおい様の話では、焼却炉に運ばれていく死体のほとんどが男性であると聞きましたよ。」

杉三「きっと、彼の容姿のせいだと思う。」

かぴばら「よ、容姿?」

杉三「うん。鏡を出してみてみろよ。そのくらいの二枚目じゃ、誰でも目を引く顔だよ。日本では間違いなく、映画で俳優になれる。」

明美「違いますよ。そんな単純な理由で、会長が登用したとは思えません。」

てん「いえ、それしか理由はありませんね。目時の会長は、もともと配偶者から暴力があって、目時を設置したと聞いたことがありますよ。ただ、被害はなくなっても、頭の中で無意識に自分を守ろうと考えるのが人間ですから、配偶者とは全く違う容姿である方を、そばに置いておきたい気持ちは生じると思います。」

杉三「てんは、目時と会話したことあるの?」

てん「ええ、元服して間もないころ、元服の祝いだと言って、会長がわたくしの下へ、やってきたことがありました。元服式には出席していなかったことを先代が咎めますと、男は都合をつけて女を支配していると熱弁をふるって帰っていきました。」

明美「祝いの品として、何かおいていきましたか?会長は。」

てん「ええ、天南星の果実でしたけど?桐の箱に入って。」

杉三「やだ!有毒野菜じゃん!あれは絶対に口にしてはいけないよ!」

てん「そうですよね。当時、わたくしも天南星は有害であるとはすでに知っていましたので、先代に頼んで焼却してもらいました。」

明美「そのころから、目時帝国をもくろんでいたのでしょうか。天南星を祝いとして差し出すなんて、本当に死を望んでいるとしか言いようがありません。だって、天南星は、基本的に雌雄が異なっていますが、栄養状態によって、雄にも雌にもなるんですよ。」

てん「そうですね。しかし、皮肉な結果ですね。それほど男性を嫌っていた人物が、二枚目を雇うとは。おかげさまで、彼女の弱点がはっきりしました。ありがとう。」

明美「お礼なんてとんでもございません!本来なら、車折になってもおかしくないはずだったのですから!」

杉三「頼むから、車折という言葉はやめてくれ!それよりも、僕らが、目時を壊滅させるために、協力してくれないかな?」

明美「はい。こんな使えない人間でもよろしければ、何でもしますので!」

てん「ええ、では、お願いがございます。直ちに目時に戻り、主君に仕える職務を続けてください。」

杉三「おい、何を言っているんだ?」

てん「ええ、しばらくは忠実な部下を演じて、彼女を安心させておきながら、油断したところで謀反を起こす形にしたいのです。」

杉三「なるほど。そういう事ね。」

明美「それなら、どうしても伝えておきたい事があるのですが、これを、話してしまったら、もっとひどい刑罰が待っているのかもしれませんが、、、。」

杉三「隠し事は許さないぞ。もう、友達なんだから。」

明美「ええ、会長は、鉄をもう一度作らせようと考えております!きっと、それで、より強力な武器を開発するのではないでしょうか。」

かぴばら「て、鉄!鉄は、制作しても、所持していても、どこかからいただいたとしても捕縛の対象になりますよ!そ、そう取り決めましたよね!」

明美「ご、ごめんなさい。どうしても止められなくて、、、。」

杉三「僕たちのいう、核兵器が、こちらでは鉄なんだね。」

てん「いいえ、できなかったことを悔いても仕方ないのは、よくわかります。」

かぴばら「し、しかし、おかしいですね。鉄に関する書物はすべて回収して、焼却処分したはずですけど?」

明美「ええ、障害のある人物は意外に高尚な本を所持していることもあります。ですから、回収に出せなかったという家庭もあるでしょう。実際に僕が、障碍者が死亡した後に、書物の買取を行った際、平民でありながら、医学や、毒物の本が大量に出て驚いたことは数多くありました。障害のある人は、そういうものを読むのに、悪びれる気持ちは少ないようで、その中に鉄に関する記述がまだ残っていたのです!会長は、それを勝手に自分の物として、鉄は消滅してはいないことを知ったのだと思います!」

杉三「うん、確かに古本屋に、ものすごい高尚な、専門的な本が置いてあって、普通の本屋さんに行くよりよっぽど早いと聞いたことがあった。それと一緒かな。」

明美「ええ、一度買い取ったものは、内容を審査して焼却していましたが、会長はためになる本だからと言って、役に立ちそうなものは、すべて自身で所持していました。その中から自分に都合のいいように解釈して、理由を求めると、書物に書いてあると言いふらしていました。」

杉三「カルト集団の代表がやりそうなこった!とにかく一日も早く、目時を壊滅させなきゃいけないな。」

てん「ええ、そのために、製鉄をもう一度させるべきだと思います。製鉄そのもののやり方については、わたくしもなんとなく覚えていますので。」

杉三「鉄なんか作ってどうするの!」

てん「勿論、それは偽装です。目的は、住民の救出です。とにかく、目時の最大の武器は住民たちの支持率の高さです。それなら、わたくしたちも、同じもので勝負するしかないでしょう。わたくしたちも事業を行い、それで住民を引き付けて、支持者を獲得する。わたくしたちは、軍隊を所持していないので、武力では勝てないと思います。」

杉三「なるほど!そういう事なら慶紀さんたちも協力してくれるよね!」

明美「ええ。救出した方々に、一緒に戦ってもらうように要請すれば、もしかしたら対等にやれるかもしれません。」

杉三「幸い、この屋敷は、広すぎるほど広いので、その一部をお借りして、製鉄所も作れるかもしれないね。すぐ招集だ!やってみよう!」

明美「でも、身分がばれたら、誰も寄り付かなくなるのという心配もありますが。それに、住民の信用も得られなくなるのでは?」

杉三「ああそうか!確かにその素材と、青海波の文様ではばれるな。それに、その髪型も。いかにも橘の伝統的なものだし。」

明美「でも、伝統をやめるというのは、ものすごい恥でしょう。橘の伝統では、髪を一つに束ねて耳を隠さないのが、常識になっていますが、それをとってしまうということは、ものすごく、」

てん「いいえ、こればかりは、身分を隠すほうが良いと思うので、髪をほどいてもかまいません。」

声「反物ならありますよ。」

振り向くと、慶紀に背負われて、あおいが近くまで来ていた。他の女性たちも全員、連れ立っていた。

秀子「杉ちゃんの声が、部屋まで丸聞こえだったのよ。ひろし君が、ぜひ協力しようといいだして。」

とし子「いてもたってもいられなかったのよ。私たちの、強い味方だって!」

慶紀「私たちが、何とかしなければなりませんよ。どうして、来訪を教えてくれなかったのですか?」

杉三「ああ、ごめんごめん!ついねつが入ってしまった。じゃあ、大急ぎで縫うから、できるだけ粗末に見える反物をかしてくださいませ!」

てん「では、わたくしもそうしましょう。」

と、髪を縛っていた紐をほどく。赤紫色の長い巻き毛が、耳を隠す。

杉三「なんだか、てんじゃないみたいだな。」

てん「いいえ、いつでも、わたくしたちは橘です!」

明美「では、僕は、一度目時に戻り、鉄の事を報告してきますので!本当に、許していただいて、ありがとうございました!」

杉三「頼んだぜ、明美ちゃん!」

明美「はい!」


数日後、橘族の村。みわも、少し回復して、会議に復活できるようになった。

ビーバーたちが会議をしていると、みわが血相を変えて入ってきた。

ビーバー「どうしたんですか?そんなに慌てて。」

みわ「ええ。不安なことがありまして、、、。」

蘭「なんでしょうか?」

みわ「はい、ただいまくもの動きを調べてみましたところ、明日あたりに、ものすごい大雪が降る可能性があるのです。」

水穂「吹雪くということでしょうか。」

みわ「ええ。確実にそうですね。もしかしたら、雪の重みで倒壊する家屋も出る可能性もあります。私が、予知の魔法を利用して、調べてみたのですが、なんとも、この国全体的にではなくて、この地域だけ、直接的に、集中して降るらしいのです。」

懍「そうですか、では、北方ではもっとすごいのでしょうか?」

みわ「いえ、北方では、雪雲は到来しないようなのです。なので、大雪になるのは、この地域だけではないかと。」

水穂「日本の降り方に近くなってきたんですね。」

みわ「それは私にはわかりませんが、これから、苦労することが増えると思います。」

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