第十五章

第十五章

会議場。

女中「すみません、また来ましたよ。あの人たち。」

蘭「また来たの、本当にしつこいな。」

水穂「追い出したほうが良いのでは?」

ビーバー「とりあえず、彼女たちの主張を聞くため、通しましょう。」

女中「わかりました。」

数分後。

声「お通ししていただきましてありがとうございます。もう、この中には、入らせてもらうことはできないのではないかと、思っておりました。本当にうれしいです。」

と、感激した声がして、千鶴子、眞砂子、明美が入ってくる。

千鶴子「どうも、お世話になります。」

懍「今度は何を持ってきたのですか?」

千鶴子「ええ、私たちが書き下ろしました、問題がある子供への接し方について、著した書物を寄贈したいと思いまして、持ってまいりました。」

水穂「覚醒剤の次は、人間のマニュアル化ですか。」

眞砂子「いいえ、そのような目的ではございません。私たちは、精神障害のあるものを減少させようと努力して、このような書物を著したのでございます。だって、この社会、そういう事を著した書物は、どこにも存在しませんもの。それでは作るしかないじゃありませんか。そういう障害があるもののために、一番被害を受けているのは誰なのか。それを皆さんは考えておりません。私たちはその救済のためにやっているわけですから、私たちの活動を、そのような言い方で例えないでもらいたいです。」

水穂「しかし、皆さんの話を聞いていますと、例えば、薬を制作するにしても、病気の本人が苦しくて、それをやわらげてやるのが本来の目的であると思うのですが、そうではなくて、ただ、そういう人を、思い通りに動かせるようにするために制作しているような気がしてなりませんね。」

眞砂子「ええ、事実そうでしょう!私たちが、一番ほしいものは安泰な生活です。精神障害のあるものと言いますのは、例えていえば、それを一瞬で奪う、疫病神のようなものです。それを、なるべく作らないこと、もし、作ってしまったら、厳重な制度で更生させること。これ以外に、障碍者の家族が、安泰を得られる方法はありませんでしょうに。しかし、口で伝えるだけでは、どうしてもその通りに動くことはできませんよね。そのために、私たちは、紙に書いて、書物という形で伝授する方法を選びました。そのどこが悪いというのですか。」

懍「僕たちは悪いとは申してはおりません。僕も、出身国では更生事業に携わったこともあります。しかしですね、障碍者を疫病神と言うのは、どうかと思いますよ。彼らは、好きでそうなったわけではないのだし、きっと世の中の不条理を体験してそうなったのだと思いますから。意外にそういう人は、僕たちが知らない世界を知っているということもあり得ますからね。それを、自分たちの都合のいいように動かさせるようにするのは、僕たちの言葉で言えば、マインドコントロールということにもなるのではないでしょうか。」

千鶴子「そうしないでどうするんです!でないと、障碍者の家族を、いつまでたっても救済することはできませんよ!」

懍「まあ、怒鳴らないでください。女性は、すぐに感情で動いてしまうと言いますが、皆さんもそうなのですから、少し、考え直す機会を設けたほうが良いですよ。」

千鶴子「いいえ、そのような偏見こそ、女性を潰す最大の敵です!そういう男性のほうが偉いのだという優越感のせいで、私たちがどれだけ被害を受けているのか、考えていただきたいものですわ!」

懍「そういう倫理観は確かに武器にもなりますが、それが暴走してしまうと重大なテロを起こす可能性もありますね。どこの世界でも、どちらか片方が優勢というのではなく、双方が均等に活躍できる場を設けたほうが、うまくいくと思いますよ。なぜなら、どちらも一長一短あり、それらを生かしていくことが、社会というものですからね。」

水穂「なんだか、以前僕たちがここに来ていた時に存在していた、女帝の寧々と、変わらない主張をしているように見えますね。」

眞砂子「お二方、お話をそらさないでくださいませ。それよりも、精神障害のあるものを、処理するためのこの書物、受け取っていただけないでしょうか?」

懍「無理ですね。その言葉を使う事こそ非常に危険です。」

千鶴子「危険?なぜそう思うのです?」

懍「ええ、確かに彼らに社会性を教え込んでいくことは大事だと思いますよ。しかし、彼らの、特性を全く無視して、ただ、身分の高いものに従わせるだけが、彼らを更生させる方法とは考えられません。それよりも、彼らがその特性をいかに生かすか、に持っていったほうがいいのではないですか。それに、精神障害のあるものの中には、ある特定の分野に至っては、僕たちよりもはるかにすごい能力を発揮するものだっているんですよ。それすら打ち消してしまうのは、ある意味人権侵害ともいえると思います。」

眞砂子「まあ!そういう事を言っているからこそ、いつまでも彼らの家族は助からないことをご存知ないのですか。それなのに、私たちと同じ事業をしているなんて、信じられませんね!」

水穂「皆さんは、家族の庇護には力を入れているようですが、本人の事にはからっきし触れておりませんね。ご家族は確かに大切ですが、大事なことは、本人が家族の後も生きていくということも忘れてはなりません。仮に、更生に成功したとしても、あなた方のようなやり方では、彼らは、ただ劣等感だけを植え付けられて、一生自分はダメな人間であると自信のないまま、つまらない人生を送るしかできないでしょう。そうなると、一部の人間は自分の能力を発揮することができて、幸福な人生を送ることができると思いますが、そうやって劣等感を持たされただけの人間は、一生不幸な人生を送らされて、不平等な社会になっていき、やがてそのような者が、不満を高めて、テロを起こすことだってあるのではないでしょうか。」

千鶴子「いいえ、私たちは、自信というものを精神障碍者に持たせるのは間違いで、それよりも劣等感を持たせ、下僕にさせることのほうが、安泰な社会を作っていくためには不可欠なのだという結論をすでに知っています!と、いうよりも、彼らを殺さずに生かしていくと中央の皆さんが口をそろえていうのであれば、そうしなければ、私たちの身は持ちません!」

蘭「水穂、僕はある意味ではこの主張は正しいのかもしれないとおもったよ。だって、僕のところへ来るお客さんは、社会への怒りというものを持っているが、それはやってはいけないということも知っていて、それでもつらいから、刺青をしたいという人は多かったから。まあ、画像というものは動いて消えるものではなく、永久に止まったままのものであって、それを体に植え付けたいという願望が入れ墨なのだと思うんだけけど、彼らの話では、とんでもないことを常識だと勘違いしていて、そのために苦しんでいるというケースもあるんだよね。それだったら、はじめから自分たちはできないと知っているというのは、ある意味、正しいのかもしれないよ。」

水穂「蘭、この人たちに惑わされないほうがいいよ。口はうまいが、裏では何か企んでいるのではないかな。」

千鶴子「そんな余分なお話はやめていただきたいですわ。私たちも、時間には限りがありますから。今日はこの後会議もあります。ビーバー様、この二人、別室へ出していただけないかしら?」

ビーバー「あ、ああ、分かりました。そうしましょう。」

千鶴子「明美!」

明美「はい。」

千鶴子「この二人から、聞くことあったでしょ!」

懍「いいですよ、お相手は。僕たちが退出すればいいことなわけだし。」

水穂「じゃあ、僕らは退出しましょうか。」

明美「いえ、私は、青柳先生に聞きたいことがあるのです。お話を伺ってもよろしいでしょうか。」

懍「お話とは?」

千鶴子「ここでされている時間がありませんわ。別室で行ってください、私たちは、まだ、ビーバー様にお話ししたいこともありますし。」

水穂「ああ、分かりました。そうします。」

懍「こちらへどうぞ。」

二人、会議場を出ていく。明美はそのあとについていく。


隣の部屋に入っていく水穂と懍、そして明美。

明美「お邪魔します。」

軽く敬礼し、中に入る。

水穂「意外に礼儀正しいですね。」

明美「ありがとうございます。」

水穂「端麗な顔されてますね。」

懍「そうですね。僕も認めますよ。水穂さんに負けず劣らず。」

水穂「教授、それはほめ言葉ですか。」

懍「わかりません。それよりも、早く用件をお伝えください。」

明美「はい、わかりました。では、直入に申し上げます。先生は、出身国で、鉄の研究をされていたそうですね。その鉄というものは、どうやって得ることができるのでしょうか。」

懍「ああ、そのことですか。鉄はそのままでは、周りに転がっているものではありませんで、砂鉄とか、鉄鉱石の状態で存在しております。ですから加工ができるようにするために、純粋な鉄に戻す作業が必要になる。そのためには、加熱して一度溶かすということをしなければなりません。もちろん砂鉄をとかすのは、ものすごい高温でやらないと、できませんけど。」

明美「その砂鉄を加熱して、鉄を得るためには、どうしたらいいのでしょうか?」

懍「ええ、地域により様々な製鉄法がありますが、日本で古くからおこなわれていたのは、材木を燃やして、その熱で砂鉄をとかして、鉄を作るというやり方です。それをたたら製鉄と呼んでおります。」

明美「材木を燃やすのですか?」

懍「ええ、正確に言えば、燃料は木炭です。最も、古代には枯れ木などを燃やして鉄を得るという単純な物だったようですが、大量に必要になりますと、それだけでは足りなくなって、燃料を木炭とし、火をより強大なものとするために、鞴というものを使用して、鉄の大量生産を可能にしました。」

明美「では、それさえあれば、逆を言ってしまうと、すぐに鉄というものができてしまうというわけですね。先生、前に一度この地域を訪れた時に、簡素な製鉄を実践させたそうではないですか。もう一度、教えていただくわけにはいきませんでしょうか。」

懍「その通りですが、なぜそれを知っているのです?」

明美「ええ、以前買い取った書物に書いてあったのです。」

懍「買い取った書物ですか?」

明美「はい。私たち目時会では、死亡した者の持っていたもので、不要品となった書物を買い取る事業もしております。時には、高尚な人のものを買い取ることもあり、その中で入手した書物に鉄の記述があったものですから、先生にお伺いしたかったのです。」

懍「ああ、確かにそれをやったことはありましたね。でもですね、その書物にも記述されていると思いますが、この地域では、鞴というものを用意することができないので、たいして良質の鉄が得られたわけではありませんよ。」

水穂「本来のたたら製鉄であれば、天秤鞴という物が不可欠なのですが、それを作る技術がなかったのですよね、教授。ですから、自然風に頼らなければならず、たいした量の鉄が得られたわけでもないですし、得られた鉄も、非常に質が悪く、使い物としては全くダメなものでした。それはそうでしょう。砂鉄は常に高温を維持し続けないと、うまく溶かすことができませんから。そのためには、一定の量の風を送って、火を維持する必要があり、自然の風では、それは無理ですから。」

懍「それに原料である砂鉄も、高級なまさご鉄と呼ばれるものでないと、たたら製鉄には向きません。日本ではそれがよく採取できたから、普及したのであって、この地域でまさご鉄は、取れるかも定かではありませんし。」

明美「そうですか。鉄というのは、それほど、難点の多いものなのですか。」

懍「そうですよ。だから、そう考えると、金のほうが、容易に識別できて、加工しやすい金属ではありますね。強度ははるかに落ちますが。」

水穂「鉄を何に使おうと思ったのですか?」

明美「ええ。北方では、除雪する道具が、金では間に合わないと聞いたので。鉄のほうが、強度が強く、効率も上がるのではないかと。」

水穂「よしたほうがいいですよ。教授が言った通り、鉄は、作るのにも手間はかかりますし、使い方を間違えると、大量破壊兵器にもなりかねませんしね。それに気付かれたら、大戦争が起こる可能性もありますから。除雪のためであれば、青銅で十分だと思います。」

明美「そうですか、、、。すみません、よからぬことを聞いてしまいまして。まさか兵器として使うつもりは毛頭なかったのですけど。」

声「明美!明美!」

声「帰るわよ!」

水穂「もうお帰りですか?」

明美「はい。会長の命令は、絶対的ですからね。目時の間では。」

水穂「へえ、ずいぶん肩身も狭いでしょう。」

明美「ええ、正直に言いますと。」

声「明美!何をしているの!早くしなさいよ!」

懍「玄関までお送りしましょうか?」

明美「いえ、大丈夫です。ひとりで行けます。では、失礼いたします。」

軽く敬礼して、急いで部屋を出て行ってしまう。

水穂「教授、塩をまきましょうか。」

懍「いや、たぶん必要ないと思いますよ。」

水穂「そうですかね。あの容姿には確かに、惑わされる可能性もありますね。特に女性であれば。」

懍「まあね。たぶらかされる者は多いでしょう。」


あおいの屋敷から、少し離れたところに集落があった。その中に、それらの家を押さえつけるようにして、一つの建物が立っていた。

集落を構成している、小さな家の一つから、急にガーンと何かを殴る音と、ガラッと戸が開いて、

声「全く、掃除も何もできないなんてどのような育て方をされているのかね!今回はこの程度で、勘弁してやるが、次にきれいにできなかったら、何が待っているかわかってるわよね!」

と、同時に一人の若い男性が投げ出され、戸がピシャンとしまった。

男性は、何日もご飯を食べていなかったのか、骨と皮ばかりに痩せ、体のいたるところにあざがあった。彼の額は、鮮血が流れていた。

目の前に、筆が一つ落ちていた。男性が思わずそれを拾い上げると、前方から、明美が歩いてきたので、男性は筆を持ったまま土下座した。

明美「すみません、その筆なのですが。」

男性「は、はい、何でしょう。」

明美「それ、私が落としたものです。今、探しに来たのですが。」

男性「も、申し訳ありません!お、お返しします!」

と明美に差し出す。明美はそれを受け取って、

明美「ありがとうございます。書くものがなくて、困っておりました。それよりあなた、頭から血が流れているではありませんか。手ぬぐいか何かで止血しなければ、」

と、彼に自分の持っていた手拭いを手渡した。

男性「こんなもの、受け取れません!それどころか、正大師からお情けをかけられるなんて、虫が良すぎます!」

明美「気にしないでいいですよ。頭の怪我というのは放置したら危ないですよ。早く止血して、包帯か何かしなければ、、、。」

男性「目時会の正大師であれば、私の立場位わかるはずなのに、どうして、そのようなことをおっしゃるのです?」

明美「立場?それよりも、けがを何とかするほうが先ではありませんか。例えば、化膿して、働けなくなったら、大変なことになりますよ。」

男性「いいえ、そうなれば、最高の報酬と、主人に言われたことがありました。これも、更生のための一つの段階と解釈しなければならないでしょう。なので、傷くらい何とかなりますよ!」

明美「何とかなりません。すぐに血を拭いて、包帯をし、化膿止めの薬を飲まなければ、間違いなく、その傷から何かが侵入するでしょう。そうなれば、破傷風にでも感染する可能性もあります。それでは、二度と奉公することもできなくなりますよ。」

男性「いいえ、そういう事は、許されるはずはないですよ。まだ、更生していないのですから。私は、家の中で、家族に暴力をふるってしまった悪人ですから、傷を何とかしろと言われる筋合いはありません!」

明美「しかし、」

男性「いいえ、これ以上話し続けると、掃除のやり直しをしている時間が無くなってしまいます!すみません!戻りますので!」

と、立ち上がって、すぐに家に戻ってしまった。

明美「まって!」

返事の代わりに聞こえてきたのは、主人である女性の怒鳴る声だった。


明美は筆をもって、中心にある建物に戻っていった。建物に入ると、緑色に染まった廊下を歩いて、一階の奥にある部屋に戻った。

眞砂子「遅かったわね。」

明美「すみません、落とし物をしてしまいまして、拾いに戻ったので遅くなりました。」

千鶴子「まあいいわ。それよりも、鉄の製造は、聞き取ることはできた?」

明美「いや、やめたほうがいいと思います。」

眞砂子「何を言っているの!」

明美「ええ、まず材料を入手することが難しいこと、作業に必要な装置が、ここでは存在しないそうなのです。」

千鶴子「何をやっているの!入手が難しいのなら、手に入れるやり方を聞いてくるべきでしょう!」

明美「すみません。それなら、もう一回聞きに行きましょうか。」

眞砂子「いいえ、のこのこ行ったら、目的がばれるに決まってるわ。会長、これは決定的な過失ということになりますね。」

明美「すみません。責任は取ります。」

千鶴子「責任なんてどこでできるの!それよりも、鉄ができるには何が必要なのか、行ってごらんなさい!」

明美「はい、まず、材料にするまさご鉄、道具として、火力を維持する、鞴という物がないと、鉄は得られません!」

眞砂子「逆を言えばそれさえあればできるという事なんですね、会長。」

千鶴子「そうね。それさえあればいいという事ね。では、直ちに実行に移しましょうね。」

明美「待ってください!実行するって、ある意味鉄は危険であるとも聞きましたよ!」

眞砂子「そうよ!そこを狙うのよ!」

明美「そこを狙うって、まさか、、、。」

千鶴子「ええ!当り前じゃないの!邪魔をする者を、つぶすのよ!」

明美「そ、そんなこと聞いておりませんよ!そんなことに鉄を使うなんて、許せるはずがありますか、それに、鉄を作る作業も誰がやるんですか。」

千鶴子「答えは見えているわ。ここには絶えず、新しい会員たちがやってくる。新たに、更生するための修行の一つとして課せばいいのよ!」

明美「ただでさえ、辛辣な修行を課して、今度は鉄を作らせるという、作業まで課すんですか!それに、てん様が定めた規律で、鉄は製造するどころか、所持しているだけでも捕縛の対象になりますよ!そうなったら、この組織もろとも取り潰しです。そうなったら、誠実に活動してきた、会員たちはどうします?」

眞砂子「ええ、あの男こそ、一番の邪魔者だわ!そして、勝つためには、鉄がなければ勝てないことくらいわかるでしょう?」

千鶴子「そうよ!それこそ、私たちが望んできたことじゃない!ここで目時帝国を築くことよ!」

明美「目時帝国って、私たちは、そのような目的で目時会を設置したわけではないでしょうに。」

千鶴子「ええ、最初はそうだったわよね。でも、私は、これ以上哀れな人を救出するためには、そうするしかないと思うようになったのよ!」

明美「救出どころか、そのために住民にひどい修行を課すのなら、善業とは言えません!」

千鶴子「あなた、いつから負け犬になった?あなたが、率先して真っ先に戦ってくれなければ、この目時会も終わりだわ!」

明美「でも、、、。」

千鶴子「いいえ、満場一致で決行よ!」


翌日、暗い気持ちで明美は目時会の本部に向かっていく。道が一つしかないので、昨日通った、あの住宅街の中を通り抜ける。

ふと、あの、額から血を出していたあの男性を思い出す。どうしているのだろう。

と、二人の男が、ある方向へ何かを担いで歩いているのが見える。二人は、明美を見ると、すぐに歩くのをやめて、担いでいるものを一度おろして最敬礼する。

明美「もし、どちらへ行くのですか?」

男「はい、この罪人をゴミ置き場まで運んでいくところです。」

明美「罪人?」

男「ええ、昨日の夕方から、急に食事をとらなくなったと思ったら、あっという間にけいれんを起こし、背骨が曲がって、今朝早く逝きました。」

つまり、この二人は、死体運搬人で、今からごみ焼き場で焼却する遺体を運んでいたのである。この遺体の主が誰なのか、明美はすぐにわかってしまった。

明美は、自分の持っていた金製の首輪をほどいて運搬人にわたした。

明美「これと引き換えに、彼をご家族の下へ戻してやりなさい。これは、お二人が生活するための引き換えにしてかまいませんから、その代り、他言しないように。」

男「そんなことしたって、彼は、家族を殴って恐怖を与えたから、こっちに来たのですよ、戻したらかえって迷惑がられるのではないですか?」

明美「いいえ、そのようなことはないと思います。後悔しているかもしれない。」

男「わ、わかりました。その通りにしますので!」

明美「もし、この仕事が嫌なら、やめてくれてかまいませんよ。適材適所という言葉もあり、他にも、適任者はたくさんいますからね。それよりも、このようなつらい仕事ではなく、お二人の、感性に合った仕事をどこかで探してください。」

男「あ、ありがとうございます!そうしていただけるなら、喜んで届けます!よっしゃ、いこうぜ!」

二人はまた最敬礼して、犠牲者を丁寧に担いで去っていった。明美は、それを複雑な思いで見送った。

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