第十一章

第十一章

庭先

笛を吹いている、かぴばら。

慶紀「よろしい。では、次の一節を、吹いてごらんなさい。」

かぴばら「は、はい。」

杉三「大丈夫かな。次は難しいぞ。」

笛を吹き始めるかぴばら。確かにそのフレーズは難解で、十六部音符の連続するところもあったが、何とか吹いて見せた。

かぴばら「だ、だめでしたでしょうか。」

杉三「安禄山は、だめという言葉は使わなかったよ。」

かぴばら「い、いや、こんな、演奏では、本当にへたくそすぎて、全然だめですよ。」

慶紀「そういうのなら、全曲吹いてもらいましょうか。」

かぴばら「え、で、できるかなあ、、、。」

杉三「いいぞ!やってみろ!てんも、もし起きれたら、聞いてみてやってくれ。」

てん「ええ、言われなくとも聞きますよ。」

と、布団の上に座る。

かぴばら「ほ、本当に、ダメですからね。」

と、笛をもって、曲の初めから吹き始める。はじめはゆっくりであるが、だんだんに早くなり、遂には激情的な、激しいフレーズとなるが、それも何とかして吹いていく。

杉三「なんだか、厳格なる変奏曲みたいな曲だな。」

てん「いえ、最後まで聞きましょう。」

火花を飛び散らすようなコーダを経て曲は終わる。

かぴばら「あ、こ、これではだめですね。も、もう一回練習して、ちゃんと出直してきます!ああああ、ご、ごめんなさい!」

杉三「いや、よくできてるぞ!自信もって!そうだろう、慶紀さん。」

慶紀「そうですね。よくなっていますよ。これだけの短期間で、よく、この大曲を覚えましたね。そこまでできる方はそうはいないんじゃないですか。」

杉三「じゃあ、師範免許とか取れる?」

慶紀「いや、無理ですね。私が、正式な家元を名乗れるような、立場ではないので、、、。」

杉三「なんでだ。」

慶紀「ここでは、戸籍がないと、家元を名乗るどころか、就職すらできないんですよ。」

杉三「てん、お前何とかしてやれない?こいつが、吃音の貧乏たれと、自称することのないように。」

てん「そうですね。これは以前から、ずっと決められていたことですからね。それを破るわけにはいかないでしょう。」

杉三「なんだ。やっぱりだめなのか。」

慶紀「さすがに、伝統を変えることは、てん様にも難しいのではないでしょうか。」

杉三「そうだよなあ、、、。伝統は恐ろしい。」

やり取りを、とし子と、とも子が冷ややかな目で見ている。


一方で、別の部屋では、歌の練習をしている淑子と秀子、ひろし。

松野が、強い地声で歌うのに対し、橘は裏声が多用されるため、その声質が合致しない。

淑子「ひろし君は、なかなかうまいわね。」

秀子「本当だ。やっぱり民族が違うとこうなるんだ。」

淑子「あたしたちでは、汚すぎて、ひろし君の声とは合わないわ。」

秀子「でもどうしたらいいだろう。歌わないといけないし。」

ひろし「理事長を呼んで聞いてみましょうか。」

秀子「そうしようか。」

淑子が、ひろしを引っ張って、部屋を出る。


庭に出ると、かぴばらが、また笛を吹いているところであった。

杉三「どうしたの?お三方。」

秀子「いや、どうしても、私たちと、ひろし君の声質が合致しないから、なんか、歌として成り立たなくて。相談にきたんです。」

杉三「わかったよ。じゃあ、歌ってみな。今ここで。」

ひろし「はい。」

三人そろって、一曲歌ってみる。

杉三「確かに、これではだめだ。同じ節を歌うからダメなんだ。そうじゃなくて、だれかが、高いほうを、もう片っぽは、低いほうを担当するようにすればいい。」

てん「つまり合唱にすればいいと。」

杉三「そうなんだけど、ソプラノがないと、成り立たないよね。主旋律を堂々と歌ってもらわないとね。」

淑子「ソプラノ?」

杉三「そう。女性の高いほうを受け持ってもらう。」

秀子「あたしじゃ務まらないわよ。汚い声だし。」

淑子「私も、高いほうは自信ないわ。」

杉三「うん、二人とも確かに向かないよ。じゃあ、誰かできそうな人物はいないのかな。」

ひろし「とし子さんは?」

杉三「よし、それがいい。二人で一度歌ってみろ。たぶんすごくうまくなる。」

淑子「私、連れてくるわ。」

と、一度、部屋の中に戻っていく。

てん「やっぱり、失敗でしたでしょうかね。この事業。」

杉三「すぐにあきらめるなよ。クロスオーバーというジャンルもある。何とかなるよ。うまくやれば!だから、すぐに弱気になっちゃだめさ!」

淑子「ほら、とし子ちゃん、一回だけでいいから、歌ってみてあげてよ。」

とし子「なんで私がそんなこと!」

淑子「いいから!」

とも子が、ここぞとばかり、彼女をてんたちの前に突き出した。

とし子「とも子!なにすんのよ!」

とも子「なにすんのよじゃなくて、一回やってみなさいよ。」

とし子「あたしなんて、もう、終わったようなものだわ。」

てん「聞きましょう。歌ってみて下さい。」

とし子「てん様に言われたらおしまいだわ。じゃあ、一曲だけ。」

とし子は、両腕を組んで甘く歌い始めた。

てんたちは、真剣にそれを聞いている。

歌い終わると、かぴばらが、思わず拍手した。

杉三「なんだ、いい声してるじゃん。よし。君にソプラノを担当してもらおう。」

とし子「そんなことないわ、これのせいで、何回怒鳴られたかしら。気持ち悪いって。」

てん「いや、使い方を変えれば、すごいものになるという事例は結構ありますよ。」

杉三「まあ、確かに何十年も批判をされてきただろうから、簡単に頭の概念を変えることは難しいだろうが、君は見事なソプラノだ。ここにいる、ひろし君と一緒に歌うと、すごいものになるぜ。」

とし子「まあ、橘のひろしさんと、ですか?私が?」

てん「一度やってみたらどうです?確かに前代未聞の出来事になるのかもしれませんが。」

とし子「じゃあ、ひろし君、歌える?」

ひろし「は、はい。」

杉三「よし、二人そろってやってみて!」

二人、一緒に歌ってみる。不思議なことに、こうすると声質は合致し、見事なデュオに変貌する。

歌い終わると、全員、一瞬ぽかんとしてしまうが、

杉三「いいじゃない!とし子さんはすごいソプラノで、ひろし君は見事なテノールだ。じゃあ、二人は、楽団のメインボーカルになれるね。」

とし子「でも、橘と一緒に歌ったのは初めてよ。」

ひろし「僕もです。」

とし子「本来、違う民族と歌ってしまうことは、いけないことじゃなかったの?確かに、ひろし君とは、声の出し方が近いものがあるから、本当にやりやすかったけど、ひろし君の歌いは、橘の伝統的なやり方でしょう。私は、そうじゃないんだから、やっぱり、サンの伝統的なやり方ができなかったら、意味がないのではないですか?」

杉三「まあ、民族的に、違うということはあるとは思うけど、歌というものは、そういう事も十分あり得るよ。そして、民族も何も関係なく、やっていけるということが素晴らしいんじゃないの?」

てん「つまり、とし子さんは、サンの間では気持ち悪い声であるとされるかもしれませんが、橘であれば、そうではないということになりますね。何を美しいととるのかは、人間それぞれ基準が違うから、民族によって、固定されてしまうのは確かにあると思いますが、そこを取り払えば、本当にすごいものができるのではないかと、わたくしは思いますよ。」

慶紀「言い方を変えれば、とし子さんは、サン族の間にいれば、美しさの基準がずれているので、変人と思われただけであって、他の民族であれば、そうでもないと思われる可能性もある、ということですよね。」

とし子「私が?私は、単に、気持ち悪い声の、ダメな歌い手ですよ!」

杉三「それは、サンの間にいればだけの話なの!ちっともわかっていない。それに、三部族が共存できる世の中になれば、他の部族の歌い方ができるというのは、すごい武器だぞ!」

とし子「そうなのですか?」

慶紀「例えば、こういう見方をすることもできますよ。サン族の方が、橘族の歌唱法を知っているとなれば、橘族の一般的な皆さんは、伝統的な歌唱法をサンでありながら使ってくれるわけですから、すごく、歓迎してくれると思いますけどね。」

杉三「そういうことなの!それが音楽のすごいところさ。民族に関係なくテクニックさえ覚えてしまえば、誰でもできちゃうところだよ!」

とし子「じゃあ、私も、ダメな歌い手と言われないこともできるかしら?」

杉三「できるよ!」

とし子「気持ち悪くて、おかしな発声と言われないこともできるかしら?」

杉三「できるよ!」

とし子「歌いてとして、必要とされることもできるかしら?」

てん「ええ。一度、わたくしたちの下へいらしていただいて、歌っていただきたいくらいですよ。」

と、言い終わって、またせき込む。

杉三「疲れちゃったか。横になったほうがいいか。」

とし子「私、花梨持ってきます!花梨のはちみつ漬けを、水で溶いたの!あれが咳止めによく効くんですよ。」

杉三「花梨?」

淑子「ああ、そういう事なら、私が。」

とし子「いいえ、今回は私にやらせてください!」

慶紀「いいですよ。花梨のはちみつ漬けは、どこにしまってあるか、知ってます?」

とし子「何とかして見つけ出しますよ。貯蔵庫にあるんですよね?」

杉三「ぐずぐずしてないで早くしてくれ。」

とし子「ええ。」

と、すぐ、部屋に走っていく。

なおも、てんがせき込むので、とも子が一枚の半纏を持ってきてくれた。それはてんにとっては大きすぎたが、全身を包むため、そのほうがより暖かかった。

とし子「持ってきました!花梨のはちみつ漬け!」

とし子が戻ってきて、てんに湯呑を渡した。

てんは、数回せき込むと、中身を飲み干した。

とも子「よかった。横になったほうが。」

ひろし「外で話し声がする。」

杉三「へ、どこで?」

ひろし「玄関先、、、。」

かぴばら「ひ、ひろしさんは耳が肥えてますね。や、やっぱり、目が不自由な分、耳がそれを助けているのですね。」

杉三「だけど、こんな寒いときに、誰が話しているのだろうね。」

かぴばら「ぼ、僕、見てきます。」

と、立ち上がって、玄関先にいくが、すぐに血相を変えて戻ってくる。

かぴばら「た、大変です!こ、これはもしかしたら、こ、ここも、」

杉三「どもってないで早く言え!」

かぴばら「つ、つぶれるかもしれないです!」

杉三「つぶれるって、誰が潰すんだよ!潰す人はいないだろ!」

淑子「ああ、また来たんですか、あの人たち。」

杉三「あの人たちって?」

秀子「よく来るのよ。ここでこの事業をするとね、問題を抱えたやつらをこんなところに集めて、うちの評判が落ちるから出て行ってもらいたいっていうおばちゃんたち。」

とも子「まあ、確かに、ここにもともと住んでいた住民の皆さんからは、迷惑なのかもしれないわね。何かにつけて難癖をつけて、立ち退いてくれと言って、聞かないのよね。」

慶紀「わかりました。私が話をつけましょう。」

かぴばら「ぼ、僕も行きます!」

慶紀「いや、吃音者の方は、余計に馬鹿にされるだけですよ。」

かぴばら「そ、そうですけど、ここのほんとの趣旨をわかってもらうために!」

声「ちょっと、あなたたち!」

とし子「ああ、とうとう来ちゃった!」

慶紀「私が、話してきますから、ここでお待ちください。」

玄関先へ向かって行く。


玄関先。五、六人の女性たちが、腕組みをして立っている。

慶紀「なんですか。皆さんに用はないとさんざん申しているはずですが?」

女性「なんですかではありませんよ。先日から、気持ち悪い歌声と、ビービーというきたない音がうるさくてたまらないので、早くやめてもらいたいと思いまして、講義に参りました!」

慶紀「しかしですね。これは必要だから行う事業であって、決して皆さんに弊害を出すことではありませんが。」

女性「弊害を出すことはないって、あなた気は確かですか?本当に、こないだは、利用している人が、大暴れして、大変なことになったりしましたよね。その責任を、あなたって人は、全く守らせようとせずに、むしろ許してくれとしか言いませんでした。どうして、器物破損をしている人を善として、私たちのほうが悪いにしなければならないのか、説明すらしてくれませんでしたね!今度は、うるさい音をたてられているのに、また私たちが、我慢するとおっしゃるのですか!」

慶紀「我慢をするというか、普通にいつも通り暮らしていただければそれでいいのです。ただの下宿屋と同じだと、考えてくれればそれでよいと、私は、お伝えしたはずですけど?」

女性「同じどころじゃありませんよ!下宿屋であれば、入寮者が大暴れしたり、器物破損をしたり、汚い音をビービーと立てられたりはしないでしょう。そういう人たちのためにわたしたちの生活が、犠牲になっていいものかどうか、しっかり考えなおしていただけないでしょうか!」

慶紀「そうですね。確かに、危険因子というものはあると思いますね。でも、そういう事を繰り返して、彼女たちは、結局、まんどころに飛び込むしかなくなるでしょうね。それを食い止めるという事業も必要なのではないですか。」

女性「それだったら、近隣の住民に迷惑をかけないようにしつけるのを最優先させてくれませんか。もともと、彼らは、社会的に言ったら、働いていない脱落者でしょ。私たちの働いて得て、本来家族にもっていってやりたいものをもらって生きている立場でしょ。そのような立場の人たちになんで歌や笛などを教えていく必要があるのです?それをさせるなら、さっさと、社会で働いて、人に迷惑をかけないのが一番正しいのだと、なぜ教えないのですか!」

慶紀「そういう偏見こそ、まんどころに飛び込むものが、減らない理由ですよ。聞きますけど、皆さんの子供さんたちは、まんどころに飛び込まないと自信をもっていえるのですか?」

女性「ええ!うちは大丈夫です!結婚もしているし、工場で働いてもいますし、孫だっています。だから、私たちの子育ては成功したと確信しています。」

慶紀「それこそ、偏見の塊のようなものですよ。」

女性「まんどころに飛び込むなら、そうすればいいんじゃないですか?他人様の子供に、手をかける必要などないでしょう。私たちは、正常な子供を作ることができたのが誇りです。それを自慢にしていけないはずはないでしょう。それに、正常な子供を作れない人には、親切に手なんか差し出す必要はありませんよ。だって、もともとできない人の責任でしょう?それをしっかり知らせておかないで、何がわかるというのですか。躓いて、手を出してやれると教え込んだら、かえって自立するのを妨げるんじゃないかしら!それよりも、世の中は冷たくて、何でも自分でやっていけないと、生きていけないと教え込んでいくのが先決なんじゃないかしら!」

女性「りょうちゃんいいこと言う。あたしたちだって、生きていかなきゃいけないんだったら、子供を守るために、必要なことはやらせたほうがいいわよね。そのほうがよっぽどいい子になりますよ!どうせね、そうやって躓いてくる子は、家庭で甘やかされて、社会で順応されなかったんでしょうよ!そういう子たちを正常に生きてきた私たちが助ける必要なんか毛頭ありませんよ!もう、とにかくですね、社会で落伍者のために、なんで正常に生きてきている人間が犠牲にならなければならないのか、こんな不条理を、私たちが受理するつもりは全くありませんからね!すぐに立ち退いていただきたいわ!」

女性「そうですよ。もし、てん様や、ビーバー様と言った、お偉い方々が、この様を見たら、きっと、私たちのほうに力を貸してくれるんじゃないかしら。ああいう人は、財力さえあれば、動いてくれるでしょう。それに、住民がこれだけ迷惑を被っていると訴えれば、お偉い方々は、まんまと引っかかって、すぐに立ち退きを命じてくれますよ!それもわからないで、まだこの事業を続けるのなら、私たちが訴訟を起こして、皆さんを磔にすることだってできると思いますよ!」

声「そうですか、でも、わたくしがその手に引っかからないとしたら、どうします?」

女性「引っかからないなんてことありませんよ。政治家は、自分の事しか考えないものですから。住民の事なんかじゃなく。第一、てん様のような方は、子供を正常にするための苦労なんか何も知らないんじゃないかしら。だから、財力さえあれば、動かすのなんて、ちょろいもんです。だって何も知らないから!」

声「ええ、確かにわたくしは、そのような苦労は何も知りません。しかし、わたくしは、財力で簡単に動いてしまうようなことはまずありませんよ。その証拠に、わたくし自身も、正常ではなかったのですからね!」

女性「正常ではなかった?って、誰がしゃべったの!今の言葉、、、。」

バタン!とふすまが開く。向こう側には、淑子が立っている。彼女が背負っている、半纏に身を包んだ人物は、

女性「て、てんだ!ど、どうしてここに!」

てん「ええ、こうしてもらわないと、身長が追い付かないので、対等にお話はできませんから、背負って連れてきていただきました。今のお言葉、すべて聞き取らせてもらいました。わたくしを動かすのは、ちょろいものだとおっしゃっていましたけれども、わたくしは、機械ではございませんから!」

女性「ここにいたなら、ちょうどいい。この人たちの、立ち退きを命じてあげてください。そうすれば、ここの人たち、いけないことをしていると、はっきりわかってくれるのではないですか?」

てん「いいえ、わたくしは、そのようなことは致しません。わたくしの立場から言えば、皆さんのほうが、磔にかかるべきです。なぜなら、そのような偏見が、彼女たちを作り出したのだと自覚がないからです!」

女性「驚きましたわ。てん様は、住民のために職務をしているわけではありませんの?」

てん「わたくしは、自身の子を正常に育てることだけに固執する住民のために統治をしているのではございません。皆さんが、そういった固執を持っていることで、同様に働くことができず、わざわざ自身の体を売り、生活資金を得ている住民もおります。皆さんが汚いと思われる仕事を、一生懸命行っている住民もいるのです。そのような住民のおかげで皆さんが高級意識を持てるのだということも忘れないでいただきたい!」

女性「でも、最終的には、自分の子が一番かわいいと思うでしょう?自分の子を、一人前に育てていくことに義務があるでしょう?なんで他人の子を、しかもそんな汚いことをしている家庭の子を、助けなければならないのですか。そんな子を、助ける暇があったら、自分の子をどれだけ優秀にさせて、どれだけ苦労をさせないで幸せにさせてあげるように指導をして言って何が悪いのです?」

てん「いいえ、そのように生きていると、必ずどこかで狙われると思いますよ。人間、喜びを奪われたら、残るものは怒りしかありませんからね。生きていく喜びを奪われた子供は、必ず楽しく生きている子供たちに対して怒りを覚えるでしょう。そして、皆さんの一番大事なものを、襲撃する可能性がありますよ。暴れるというのはそういう事なんです。その襲撃で、一番大切なものが奪われたらどうします?」

女性「なんですか、てん様は、犯罪者をかくまえというのですか。」

てん「そのようなことは申しておりません。わたくしは、その作り手は誰なのかと聞いているのです。そして、ここにいる慶紀様も、その被害者の一人なのであって、それを二度と作らせないためにこの事業を起こしている。この理論こそ、わたくしたちが、一番忘れて来た、大切なものであるのです。」

慶紀「てん様、私の事は、例として挙げないでいただきたい。てん様が考えている以上に、どの種族にも属せないで生きるのは楽ではないのです。」

てん「いいえ、わたくしは、何れ政務に登用させようと考えておりました。」

女性「ああ、こんなものが政治家として登場したんじゃ、松の国も終わりますね。まつぞう様が、どこかでお泣きになっているかもしれませんよ。あの時の、名君はどこに行ってしまったのかしら!」

てん「いえ、わたくしたちにとっては、新しい始まりです。それに、父と、わたくしは、全く同じではございません。」

女性「本当に、てん様も、お体がだめだと聞いていましたが、ここまでダメになっているのでは、話しになりませんね。もう、今日は帰りましょう。私たちの講義を受け付けてくれないのなら、もう、私たちは、この事業所には一切かかわりを持ちませんから。村八分としたとしても、最高権力者が滞在しているのなら、何とかなるわ!」

それぞれため息をついて、建物を出ていく女性たち。

秀子が、玄関に走って、戸をピシャンと閉め、錠前をかけてしまう。

秀子「ああ、よかった。本当に、ああいう人は、他人の文句を言うのは得意なのに、自分の生活となると、途端に手を抜くのはなぜかしら!」

てん「淑子さん、ありがとう。一度床の上におろしてください。」

淑子「はい、わかりました!」

部屋に戻って、淑子はてんを静かに布団の上におろしてやる。

再び、せき込むてん。

杉三「おい、大丈夫か!今の演説でかなり疲れたな。横になったほうがいいよ。」

てんは、咳を止め、着物の袖で口元を拭く。

てん「わたくしから、皆さんにお願いがございます。」

その顔は厳しかった。

全員、彼の周りに集まってくる。

てん「もしかすると、一か八かの賭けになるかもしれませんが、これを実行することができましたら、これ以上望みはございません!」

全員、驚いた顔で、てんの顔を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る