第一章
第一章
インターフォンが鳴る。
杉三「きたのかな。どうぞ、あいてますよ。」
声「入るよ、杉ちゃん。」
と、ドアが開いて、水穂と懍が入ってくる。
杉三「きてくれてありがとう。さあ入ってよ。みわさんの困っていることを聞いてあげてよ。」
懍「わかりました。ききましょう。」
杉三「今カレーを食べてもらってる。」
蘭「なんでみんなこういう異世界の人の話を平気で聞いてしまうものだろうか。」
懍「蘭さん、僕たちは、一度松の国へ行っているではありませんか。」
蘭「そうですけど、やたら協力しないほうがいいのではないでしょうか。僕たちが手を出すと、かえってよくないこともあると思うし。」
水穂「蘭、こういう人は、困ったことがなければ、こっちへは来ないよ。」
蘭「そうだよな。」
全員、食堂のテーブルの周りにつく。
みわ「ごちそうさまでした。」
と、軽く一礼し、口の周りを杉三から出されたタオルでふく。
懍「話してみてください。何で困ってるんですか?」
みわ「ええ、前代未聞の事件が起きてしまって、私たちはどうしたらいいのかわからなくなってしまったんです。」
水穂「事件?」
みわ「そうなのです。そうなのです。」
杉三「落ち着いてゆっくりしゃべってくれ。まあ、感極まってしまうのは止むを得ないかもしれないけれど。」
みわ「ええ、申し訳ありません。」
懍「で、その事件の概要は?」
みわ「ええ、松の国の南の端に、まんどころ大瀧という瀧があるのですが。」
杉三「へえ、そんなところがあったんだ。僕らは知らないね。」
水穂「まあ、まだ行った事のない場所だってあるだろうさ。」
みわ「そこから、遺体が10見つかったんです。滝壺のなかから。」
杉三「釣りでもいっておちたのか。」
みわ「ええ、私たちもはじめはそれではないかと思っていました。でも、そうではなかったのです。まだ推測に過ぎないのですが、自ら滝壺に飛び込んでいたらしいのです!」
杉三「集団自殺か!」
水穂「ちょっと待ってください。あなた達のような、発展しない民族として生活してきた方々なら、命をとても大切にするのではないでしょうか。それがどうして、集団自殺などを?」
みわ「ええ、皆さんがきてくれたときの戦争の後で、私たちは、三種族が共存するような社会を目指してきたのですが、それがうまくできなくて、こういう結果になってしまったと。ですから、私たちはどうしたらいいのかわからないのです。」
杉三「で、てんはどうしてる?」
みわ「ええ、遺体が発見された現場を視察に行ったときに、あまりの衝撃でお倒れになって、」
杉三「あいつらしいや。わかった、じゃあ行こう!」
蘭「杉ちゃん、もう結論を出しちゃうの?」
杉三「当り前だ。前代未聞の出来事に、協力しないでどうするの?さあ早く僕らを案内してよ。」
蘭「そうだけど、そんなことに首を突っ込むなんて、僕らの安全も考えなくちゃ。」
水穂「蘭、困っているんだから協力しよう。僕たちの日本でも、似たよう事件はあっただろ。」
蘭「大丈夫かなあ。」
みわ「何かあったら、私が責任を取りますから。お願いします。ぜひ、事件を解決するために、協力してください!」
蘭「そうだけど、、、。」
懍「蘭さん、渋ってはなりませんよ。」
みわ「あの、もう一人のかた、華岡さんは、こちらには、」
蘭「ああ、重大な捜査でこちらには来れないそうです。」
みわ「そうですか、、、。それは残念です。でも、四人だけでも構いません。どうか、私たちを助けてください!お願いします!」
杉三「わかったわかった。今すぐいくから!君の顔を見れば、相当困っていることくらいわかるよ。僕は馬鹿だけど、そういうことはわかるんだ。早くてんにも会わせろよ。それじゃあ、行こう!」
みわ「はい、前回と同じでかまいません。私の後をついて、廊下を歩いてください。」
懍「わかりました。」
水穂「お願いします。」
三人、廊下へ出る。
みわ「じゃあ、皆さん、わたしの後に続いていただければ、、、。」
杉三「わかった!」
みわは、廊下を歩き始める。杉三も、懍も水穂も、そのあとをついていく。
蘭「本当に、こうして異世界の人と協力し合っていいもんだろうか。それに、この事件は本当にあるのかも疑わしい。」
などと考えているうちに、自分の乗っている車いすが勝手に動き出し、廊下のほうへ移動してしまう。
蘭「わあ、なんだ、待ってくれ!」
そのうちに、廊下は芝生となり、またしばらくすると、赤松が大量に生えた林の中にやってくる。
杉三「あ、マツタケ!」
松の近くに、マツタケが大量に生えている。
蘭「ああ、とうとう来ちゃった。」
懍「蘭さん、ここはもう協力しなければなりません。僕たちは、必要だからこうして呼び出されたことを、早く理解しなさい。」
蘭「すみません、青柳教授。」
と、軽く頭を下げる。
みわ「じゃあ、村へ来ていただけますか?」
と、林の中を歩き始める。林の中はきれいに整備された道ができている。
水穂「道を作ったのですか?」
みわ「ええ。ビーバー様が、そうしとおっしゃったものですから。」
水穂「ビーバーさんもよくこっちに来るのですか?こなごな島から。」
みわ「ええ。今は大都督の代わりに、」
杉三「そういうことね。でも、何か起きて卒倒してしまうなんて、てんも政治家らしくない政治家だよね。」
蘭「杉ちゃん、人の悪口はいってはいけないよ。それに、人の言葉をさえぎって、発言してしまうのはよくない。」
杉三「でも、どうなっているか、大体わかったけど。」
蘭「そうでも、人の話はちゃんと聞かなきゃ。」
みわ「さあ、村に着きましたよ。こちらです。」
と、松林から急に開けだ場所へ出る。確かに、竹でできた小さな家が、なん軒か立っていて、小さな水田と畑が並んでいるところは、同じなのだが、どこか違う気がする。
水穂「静かですね。歌声も、笛の音も聞こえてこない。」
懍「喪に服しているのでしょうか。」
みわ「ええ。住人が一気になくなったのですから、皆さん活気をなくしてしまっていて。皆さん、来ましたよ。もう一度日本の方に来てもらいました。具合の良い方は、こちらに来て、ご挨拶して下さい!」
家の中から、住民たちが何人かでてくる。皆、五尺に満たない低身長で、木綿の着物を身に着けているのは、前回と全く変わらない。
住民「来てくれましたか!」
住民「お客さんたちがきてくれると、少しは悲しみもなくなるでしょう。」
住民「どうもありがとうございます。いきなり、若いものが急逝していったので、私たちは困っていたところだったのです!」
水穂「ええ、僕らは、またお手伝いできることがあれば、何でもしますので。」
住民「ええ、ぜひお願いしますよ。」
懍「また、どんな生活を送っているのかも聞かせてくださいね。」
杉三「みわさん、てんに会わせてくれ。てんと話がしたい。」
みわ「わかりました。こちらにいらしてください。」
村の中心部に向かって歩き始める。
村の中心部。いくつか住宅がたっているが、みわはその中で最もちいさい住宅に案内する。
蘭「あれ、かつてはお屋敷だったはずでは?」
みわ「爆撃で諸共に壊れてしまいました。他の住民の住宅を作ることを優先しすぎて、私たちは、こんな粗末なところに住まなければならないのです。」
杉三「あいつらしいや。」
みわは、その住宅の玄関扉を開ける。と、中にサン族の首領である、ビーバーがいる。
杉三「あ、ビーバーさん!」
ビーバー「ああ、きてくれたんですか。」
水穂「どうしてここへ?」
ビーバー「ええ、てん殿の代理として、こちらに滞在しております。」
蘭「そんなにわるいのか。」
水穂「一体、どこがお悪いのでしょうか。また労咳を悪化させてしまったとか?」
ビーバー「それが、本人にもどこが悪いのかわからないというのです。先ほど、鼈の生き血を少し差し上げましたが、それすら全く効果なく。」
杉三「まあ、難しい話は抜きだ。会ってみればわかることだし。僕らをてんの部屋へ連れて行ってください。」
ビーバー「残念ながら、四人そろって入るほど居室は広くありません。誰か代表のものが一人来ていただける形にしていただけませんか?」
杉三「わかりました。僕が代表になります。」
みわ「では、杉三さんだけ、こちらにいらしてください。」
ビーバー「残りの皆さんは、私の部屋に来ていただきましょう。そして、なぜ皆さんを呼び出したのか、詳しく説明しなければ。」
懍「わかりました。では、杉三さん、あんまり長居をしてはいけませんよ。」
杉三「そんなことするもんか。」
みわ「じゃあ、お願いします。」
みわに連れられて、部屋に入っていく杉三。
みわは、ふすまをがらがらと開ける。
みわ「大都督、お体はいかがですか?さんざん探していた方が、今日来てくださいました。杉三さんです。」
布団の上に寝ているのは確かにてんである。しかし、前回会ったときのような、強そうな表情はどこにもない。
杉三「よう!てんじゃないか!またお手伝いがしたくてはるばるやってきた。」
てんが杉三のほうを見る。
てん「杉ちゃん?」
げっそりと痩せている。
杉三「そうだよ。杉ちゃんだよ。よく見て!」
てん「杉ちゃん、、、!」
みるみる涙があふれてきて。
杉三「泣いちゃダメ!泣くよりも、これからどうするのかを考えるほうが先でしょう。」
てん「ごめんなさい。わたくしにはどうしてもできなかったのです。」
みわ「大都督がこうして涙を見せられるのは、杉三さんだけですね。」
杉三「ほんじゃあ、泣きたいだけ泣けばいい。僕は称号も何も気にしない。だって、しょうがないときはしょうがないもん。それしかできないのなら。」
てん「ごめんなさい。」
杉三「ごめんなさいばっかりじゃないよ。なあ、またマツタケ、食べにいかない?」
みわ「でも、今はとにかく、休んでいるべきだと、言われたばかりではありませんか。」
杉三「そうなのね。でも、外へ出るのはいいと思うけどな。」
てん「外へ出ると、皆おこりますよ。わたくしのせいで、一番大事にしてきた人物が亡くなってしまったわけですから。」
杉三「それはてんのせいなの?」
てん「ええ。わたくしが、回覧板を普及させたばっかりに。」
杉三「回覧板、そうか、ここは文字を書く文化じゃなかったんだ。それを、普及させるために僕らが呼び出されたんだものね。それだったら、僕も謝罪をしなきゃいけないということになるのかな。」
てん「杉ちゃんのせいではありませんよ。もともと、文字を求めたのはわたくしですから。」
杉三「まあ、事件の概要はわからないけど、とにかくてんのせいではないよ。それは悪人の仕業だよ。だから、てんが寝込んじゃう必要もないの!」
てん「いいえ、わたくしの責任です。」
と、両手で顔を覆ってすすり泣く。
みわ「ああ、こうなってしまうと、私も止められないのです。もう、大都督が、自分の責任であると、こうして決めつけてしまって。」
杉三「そういう、人間らしいところ、政治家らしくなくて、僕は大好きだ!だから、本人にはつらいのかもしれないが、それがてんの一番の魅力なのかもしれないね。」
てん「わたくしは、わたくしは、政治家として情けなくて仕方ありません。だって、すでに十人のかたが、命を落としたのですから。爆撃で亡くなられたのではなく、自ずから瀧に飛び込んだのは、ここを良い場所とできなかったからでしょう。それは、最高者である、わたくしの責任です!」
杉三「でもさ、でもさ、十人の人が、同じ理由で瀧に飛び込んでしまうだろうかもわからないじゃないか。あんまり自分を責めてはだめだよ!」
てん「いいえ、わたくしは、最高者であるわけですから、誤った判断をしてはならないと、父も厳しく叱っておりました。」
みわ「杉三さん、とりあえずここまでにしていただけますか。あまり刺激を与えてしまうと、かえって悪化させてしまうことになるのかもしれませんから。」
杉三「え、なんで。」
みわ「追求するのは、まだ早いのではないかと。」
杉三「それじゃだめだ。決着がつくまで話をしなくちゃ。」
みわ「ここは押さえてください。」
杉三「だからダメなんだよ!だって、原因をしっかりさせなくちゃ。そうしないと、体に対する対策が取れない!」
みわ「でも、今は無理ではないかと思います。」
杉三「なんで!僕は、てんの役に立ちたくて、話をしているのに。」
みわ「でも、それはある程度、楽になってからのほうがいいじゃないですか。」
杉三「鼈の生き血だって効かなかったんでしょう!」
てん「みわさん、もうおやめください。わたくしは、余計に自分を責めるしか方法がありません。」
杉三「てん、、、。」
てん「お二人がそうしていると、その原因を作ったのもわたくしになりますから。」
杉三「てん、何もかも自分のせいにしないでくれ。これは悪人のせいだと割り切ってくれ。だって、この世界には、機械なんてものはない。文字を書いているのは、機械ではなく、人間なんだよ。」
みわ「私も、何回も同じ言葉を伝えたのですけれども。」
杉三「てん、今の状態を続けていたら、みわさんまでつらい思いをさせてしまうことになるぞ!」
てん「では、どうしたら。」
杉三「だから、自分のせいだとするのをやめるんだ!辛い作業かもしれないけれど、それしかないの!」
てん「杉ちゃん。」
杉三「僕じゃなくて、てんが!」
てん「わ、わかりました、、、。」
と、言うと少しせき込む。
杉三「ああ、体も相当参ってるな。てんが、考えすぎたせいで、体も悲鳴を上げてらあ。」
てん「ごめんなさい。」
杉三「謝ることはないよ。みわさんも、ご苦労様ね。」
みわ「ありがとうございます。」
一方、ビーバーの部屋。
懍「それで、事件の概要というものを話していただけますか?」
ビーバー「ええ。この一か月で、10人の若い男女の遺体が相次いで、ばんどころ大瀧の滝壺で見つかったんです。」
水穂「ええ。そのあらましはみわさんに聞きました。聞きたいのはそうじゃなくて、その事件の原因とかはわかっているのでしょうか?」
ビーバー「いえ、それが全く分かっておりません。回覧板を自由にまわしてよいと制定したのは事実なんですけど。その中に、自殺したいという文字が含まれていて。」
蘭「失礼ですけど、その回覧板というのは何ですか?」
水穂「僕らの回覧板とは少し意味が違うように感じますね。」
ビーバー「ええ、人に見せたくない秘密の文書をこっそり回させることですよ。私たちは、石板と石筆しか筆記具を持ちませんが、一時紙も作っておりました。あの、ぬるはちさんの働きで。」
水穂「そういえばそうでした。」
ビーバー「で、私たちは三種族の共存していくからには、やはり文字というものはある程度は知っておいたほうが良いということにしましてね。」
蘭「へえ、そういう風にしたんですか。なんか意外だな。」
ビーバー「まあ、橘の方は、平仮名かカタカナをかける程度の方がほとんどですが、中にはこっそり別の文字を覚えてしまう橘もいるのですよ。」
水穂「別の?」
ビーバー「ええ。私たちサン族は、文字を持っていますから。いわゆる漢字ですな。」
水穂「漢字ですか。じゃあ、橘の若い人たちは、少し漢字を知っているのですね。」
ビーバー「ええ、平たく言えば、私たちの回覧板は、木の板に漢字を彫刻し、それを紙に写すことで文書を読み取るものです。木の板は、読んだらすぐに次の人に回す。」
懍「回覧板は、誰かの手に戻るものですよね、どこへ戻るのですか?」
ビーバー「ええ、最初に回した人のところへ戻れば終了となります。誰が回覧板をもっていいとかは制限はなく、誰でも回覧板を持てるシステムになっています。」
懍「ああ、なるほど。」
ビーバー「で、その十人目の遺体が発見されたときに、そばにその回覧板が落ちていたんですよ。それを解析してみて、その女性が、自ずから滝壺に飛び込んだとわかったのです。」
懍「残りの九人は?」
ビーバー「ええ、正式に言うと、回覧板が落ちていたのは十人目の女性のときだけだったのですが、てん殿はすっかり落ち込んでしまって。」
懍「それであのようになったのですか。」
ビーバー「ええ。もともと回覧板を回すというのは、サン族の若いものが許されない恋愛などをするときに使う行為なのですけどね。橘族の方々は、平仮名カタカナ程度で満足している方が多いですが、若い人たちはそれでは満足しないのでしょうな。ですから、回覧板というものがはやり始めたのでしょう。」
蘭「なんだ、じゃあ、残りの九人は、もしかしたら自殺ではないのかもしれないということですね。僕らを呼び出す必要もなかったんじゃないの?」
水穂「蘭、そんなことを言ってはいけないよ。だって、ここは人口も本当に少ないんだし、十人という人数は、そういう集落からみると、大量なのかもしれないし。」
懍「なんだか、少し、文明を発展させてしまったのでしょうか。」
ビーバー「そういうことになりますね。」
蘭「なんだか、わけのわからないところに来てしまった。」
水穂「文明を発展させたのはいいけれど、それが変な方向に行ってしまったから、それを修正してほしいというわけですか。」
懍「僕たちの世界でも、よく似た事件はたくさんありますよ。確かに、へんな使い方をする人というのは、どこの世界でもいるでしょうし、理解しようとしないであえて使い方を身に着けないというか、身につけられない人もたくさんいますしね。それが、混在してしまうと、さきほどのような事件も起きてしまうのかもしれません。」
蘭「よくわからないな、僕は。」
水穂「蘭、とりあえず、僕らも協力しよう。」
蘭「協力って何をさ。」
水穂「聞けばわかる。」
懍「僕も、こちらでは、日本のような失敗はしてもらいたくないので、協力します。」
ビーバー「ありがとうございます。本当に、どうもありがとう。」
深々と座礼して、頭を下げる。
蘭「一体、僕らはどうなってしまうんだろうか。」
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