フレンズ
「お母さん、私ね、生まれ変わったら、アライグマになりたい。」
娘は、ずっとそう言って、病気と闘っていました。
アライグマが大好きだった娘。絵を描いたり、アライグマが出てくるアニメを見たり。インターネットで検索した海外の面白いアライグマの動画を探したり。
私の娘は、でも、うっすらと、やがてそんなことをすることもできなくなると、気づいていたのでしょう。
原因不明の自己免疫性神経疾患。
そのうち、手を動かすこともできなくなる。そうしたら、私は、娘に代わって、アライグマの動画を探すことになる。
そんな日も近いのかもしれないと思いつつ、日中の数時間は勤め先の研究所で、業務をこなしていく。そんな日々を送っていました。
「でも、どうしてそんなにアライグマが好きになったの?」
「うーん。言われてみると、きっかけは分からないわね…。」
ある日、お昼休憩を一緒にしていた研究員の同僚が、そんな質問をしてきた。
病気になる前から、元々動物は好きだったが、アライグマが特にお気に入りになったのは、いつの頃だったろう。
「元々、動物は好きだったのよ。でも、あんなにアライグマ、アライグマって言い始めたのは、なんでなのかしらね。」
「ふうん。子供って、何かきっかけがあって、何かにハマるものだと思うけど。アライグマを実際見たりはしたの?」
「うーん。動物園に行ったけど、アライグマが気に入ってたわけじゃなかったなぁ。」
「アニメか何か見たとか。」
「アライグマが出るアニメなんて、あんまないと思うんだけどね。」
「そうなのね…うーん。」
「そんなに理由が気になるの?」
「あ…いや…ほら、今やってる実験が、認知心理学的なアプローチもし始めてて。」
「それで、ウチの子のことが?」
「何かに興味を持つ、ってことを、本能的な行動と、もう少し高度な認識論と絡めて考えるのって、成長中の子供のビヘイビア《振る舞い》が一番わかりやすいかなーって。」
「そっか。でも、あんまり参考にならなかったね。」
「ううん。理由もなく、特定の対象に夢中になる、ってこともあるんだなぁ、って。」
「なら、良かった。」
「もし、後天的に獲得した認識以外の要因で、何かを認識して、それに継続的な強い関心を抱くってことが、そもそもあまねく生物には起こり得るのなら、それは、何のためなんだろうってのも、気になるけどね。」
「ウチの子が、『あまねく生物』って言われるの、なんかやだ。」
「あ、ゴメンゴメン。」
研究員の同僚は、見た目も一緒にご飯食べてる時の振る舞いも、ごくごく普通の「女子」だ。だけど、扱ってるテーマが複合領域のぶっ飛んだもので、時々会話のレベルが高くなりすぎて、ご飯の味がわからなくなる。それ以外は、気のいい友達なのですけどね。
まだ、その頃は、そんな悠長な日々を、送っておりました。
しかし、娘の病状は日に日に、緩徐に、でも、確実に、進んでいくのでした。
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