Epilogue: 《聖王》の悔恨

Epilogue


「――一命は取り留めました。ですがしばらくは安静にする必要があります」

「そうか。大儀だった。下がってよい」


《聖王》アウグストの命に、治療にあたった神官は深く頭を垂れて部屋を辞していった。


 アウグストは寝台に目を戻した。

 横たわり、安らかな寝息をたてるヘレミアスの姿があった。


 ――迂闊だった。


 若き王は己の判断を悔いた。

《闇月の乙女》との会合など、許すべきではなかった。

 いくらヘレミアスが慈悲深く寛容な男であっても、相手はそうではないのだ。


 護衛についた騎士ヴァレンティアも負傷し、自身をひどく責めて処罰を望んでいる。

 だが、危険とわかっていたはずなのに彼らの行動を許可したのは他ならぬ自分だった。


 もっと熟考していれば、引き止めておけば、とアウグストは後悔せずにはいられなかった。

 浅はかだった。油断していたのだ。

 この目で見ておきながら、《闇月の乙女》という存在を見誤った。


『……これで、誓約、成立だよね』


 潤んだ目と乱れた息の合間からこぼれた、震える声。

 あの姿に、アウグストは声を失った。


《夜魔王》さえ凌駕する破壊の権化、闇の女神の化身――それなのに、ひどく傷ついた少女のような顔をしていた。

 ――あれさえも、偽りだったのか。


『――退いて。もう、行って……お願い』


 深い闇を思わせる目。だがそこに禍々しさや邪悪さは見いだせなかった。

 こちらに対する攻撃の意思は一切見せなかった。

 うかがい知れぬ理由で、戦いを厭っているようにさえ見えた。


 だが杯は相手を邪悪なものとして拒絶し、罰した。

 それに抗うすべなく傷を負った《闇月の乙女》に哀れみすら感じた。

 あのときでさえ、《闇月の乙女》は攻撃の意思を見せなかった。


 あるいは――《陽光の聖女》と《闇月の乙女》が同じ外見をしているからなのか。


 光の女神リデルと闇の女神ヘルディンは対にして双子の神であるように、《陽光の聖女》と《闇月の乙女》も造形自体は同じだ。

 しかし存在が対極であるために、などとは欠片も思わない。


 それなのに、なぜ。


 ――なぜ、


《陽光の聖女》とはただ顔の造形が同じだけの、まったく別の存在であるというのに。


(なぜ、あんな目で私を見た――)


 記憶の中の、呆然とこちらを見上げる女に問いかける。

 それは《闇月の乙女》であり、もっとも忌むべき敵、何をもっても排除せねばならぬ悪だった。

 己の油断がヘレミアスたちを傷つけた。二度と繰り返してはならない。

 王の過ちは、護るべき同族を危険にさらすことになる――。


 なのに、《闇月の乙女》を憎悪する気持ちがわいてこない。


 そのことに愕然とした。ヘレミアスたちを傷つけられたことへの怒りはあった。

 だがそれは同時に、なぜという困惑を伴った。


 ヘレミアスを騙し深い傷を負わせた女と、記憶の中の女と結びつかない。

 休戦を申し出たほどの者がなぜ突然欺き、殺傷行為に及んだのか。

 自分の身を傷つけてまで《光滴の杯》を飲み、一切の戦闘を避けた女が、なぜ――。


『アウグスト! 待って……っ!!』

 

 泣き叫ぶような、あの声が耳から離れない。

 あの深い夜のような目が、自分を呼び求める声が。




(お前は、誰だ……?)

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【書籍版】太陽と月の聖女 ~乙女ゲームの真ラスボスになって全滅の危機です~ 永野水貴/カドカワBOOKS公式 @kadokawabooks

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