第9話「グレンダリア治療院の本院」


 グレンダリア治療院は元々毒払いに特化した治癒を行うチームや組織を持っておらず、新設されたチームアンチドート毒払いが身を置いている建物は本院の隣に増設されていた。


 尚、元々あった本院の建物には今まで通り、毒以外の魔物から受けた傷の治癒や、日常生活においての怪我や病気などを治癒しており、その規模はチームアンチドートを遥かに上回る。


 この日、アーヴィスは研修プログラムを前倒しして実習を兼ねた本院への見学に来ていた。


「―――で、アンタの保護者であり指導者の英雄さんがひとり暮らしの寂しさに耐え切れず昨日の夜に呑み過ぎて潰れ、今日は使い物にならないから、此処へやってきたということかい?」


 本院にいくつか存在しているひとつの治癒チームのリーダーである中級治癒術士ハイ・プリーストのデイジーはエベンスからの言付けを再度アーヴィスに確認していた。


「うん、ジルはダメダメだった」


「はっはっはー、英雄の面目が丸つぶれだな!よし分かった、見学させてやってくれと頼まれたが、名目は実習なんだから、コキ使わせてもらうよ。オレのモットーは知識や技術は体で覚えろだからな」


 ちなみに、チームアンチドートと違い本院の上級治癒術士マスター・プリーストはまず現場で治癒を行うことは珍しく、大半は年寄りのお偉いさんで個別に与えられている執務室にて主に事務的な役割を担っていた。


 逆に言えば、ジルたちのような若い上級治癒術士が冒険者を辞めて治療院で働くこと自体が稀なのである。


「それと、オレのチームの奴らにも敬称は使わなくていいからな。ジルがアンチドートを立ち上げた時に言っていた『治癒チームに上下関係は無い、全員が仲間であって同士だ』に感銘を受けたのさ」


 立場を意識すれば、ミスが起こった時に相互指摘しにくくなる。その結果、行動に制限が掛かり上の者は問題に気付かず、下の者は自己責任を放棄してしまう。


 ジルが最初に掲げたチームの絶対条件だった。

 

 それはかつて冒険者時代に培ったものであり、実際に冒険者パーティーたちでも師弟関係も含めて上下関係が無く、パーティー内での立場が同一の信頼関係豊かな者たちの方が実力以上の成果を出していた。



 アーヴィスが来てから暫くはセーバーやデイジーと他愛もない会話をしていたが、時間がたつと忙しくなり重症者もしばしば運ばれてくることもあった。


「こちらの男性の戦士はウォーウルフに腕を噛みちぎられて皮膚の皮一枚で繋がっている状態です!」


「ふむ、これはやっかいだ」


 セーバーに運ばれて来た冒険者の状態をみてデイジーは、すぐに治癒をせず少し考え込んだ後に棚にあった短剣を手に取る。


「すまんな、冒険者。……ちょっと痛むぞ」


 するとデイジーは彼の腕と腕先を辛うじて繋いでいる皮膚に目掛けて短剣を振り下ろした。


「デイジー!一体何をっ……きゃあっ」


 それを見たセーバーは慌ててデイジーの奇行を止めに入ろうとしたが、その瞬時の出来事に対応が間に合わず、気がついた時には既に冒険者の腕は完全に分断されており、彼女の悲鳴が室内に響く。


「そうか、ミアはこういう無骨な治癒は初めてか」


「治癒って……せっかく腕が繋がったままの状態で必死にここまで……」


 ミアと呼ばれたセーバーは、腕を固定して仲間に担がれながらこの治療院まで来た彼らの過酷な苦労を感じずにはいられなかった。


「ヒールによる人体の再生能力は僅かなものだ。ここまで喰い千切られていたら、このままヒールを掛けたとしてもどうにもならん」


「では……この方の腕は……もう、戦士としては……」


 腕を無くした戦士は冒険者としての終わりを意味していた。人一倍情に厚く思いやりをもつミアにとってはとても辛く、それは人としては大切な感情だったとしてもセーバーとしては不向きな資質かもしれない。


「だから腕を切った。ミア、急いでもう一人誰か治癒術士プリーストを呼んで―――」


 そう言いかけたデイジーだったが、ふと冒険者に目を戻すとアーヴィスが切断された腕に手を当てているのを見て言葉を止める。


「アーヴィス、オレが今から何をしようとしているのかわかるのか?」


 コクリと頷くアーヴィス。


「私が治癒術士になりたいと言った時から、ジルは私に色々教えてくれた。それに……」


「アーヴィスはエーデ村出身だったな、嫌でもこんな光景は幾度も見ている……か」


 アーヴィスの2度目の頷きにはどこか力強さがあった。


「よし!なら、そっちは任せた。最年少治癒術士と担ぎ上げられたその稀有な才能が協会の過大評価で無い事を祈ろう」


 デイジーは腕、そしてアーヴィスは腕先の傷口に手のひらを掲げ詠唱を始ると、すこしづつその両面から肉体組織が徐々に再生されていく。


「ほう、流石だな。しかし初級治癒術士ではいつまでも魔力が持たんだろう。ここまでいけばオレのほうで繋げられるから無理せんでいいぞ」


 デイジーは彼女なりのフォローであったのだが、それがどこか子供扱いに感じたアーヴィスは更に片方の手を重ねるとヒールの強度を高め、僅か数分のうちに完全にその腕はピタリと接合された。


「なるほど、英雄が入れ込むほどの才能の持ち主というわけか。正直に驚いたよ、それにその負けん気も嫌いじゃない」


 流石に魔力を使い果たしたアーヴィスは額から汗を滴らせていた。


「ジルは私をいつも子ども扱いする。出来ると言ってもなんでも余りやらせてくれない」


 それまでは何が起こっているのかわからずにポーと眺めていたミアがアーヴィスの言葉を聞いてハッと気を取り戻し口を開いた。


「当たり前ですよ!!アーヴィスはまだ駆け出しです。それなのに無理して背伸びして失敗なんてしたら、この冒険者の方の体にもアーヴィスの心とっても取り返しのつかない傷を負うことになるんですよ。それを英雄ジルは仰っているのだと思います!!」


 ミアの気迫に一瞬ビクッと体を震わせるアーヴィスだったが、それに対してデイジーは動じずに反論する。


「ミアの言うことは間違いじゃないさ。そういうのも大切かもしれん。しかしな、治癒術士になるということはそういうことだ。リスクを負ってでもより高きを目指さなければならない、そうでなければいずれ後悔することになる。一番辛いことは治癒して助けられないことではなく、

 

 それは、経験を重ねてきたプリーストなら誰でも、頂点に上り詰めたマスター・プリーストであっても幾度も苦しんだことであった。

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