第8話「治療院の女性宿舎(お風呂もあるよ)」
グレンダリア治療院ではそこで働くものが住む宿舎が完備されており、主に家が遠方にある人などが利用しているのだが、自宅から通えるものであっても申請すれば誰でも入居することが可能である。
例に挙げると中級治癒術士のティナなどが、地元の人でありながら諸事情でずっと女性宿舎に身を置いており、更に言えば彼女は入居年数が長いことから宿舎長にも任命されている。
つまり基本的には希望によって入居の是非が選択できるのだが、アーヴィスのような研修者や採用されたばかりの若手は治療院に慣れるために当面の間の宿舎生活が義務付けられており、その彼女の宿舎デビューがこの日から始まった。
『アーヴィス!研修者であっても俺からの特例なら自宅から通うことも出来るんだぞ?な、そうしないか?宿舎生活は面倒な規則も多いし良い事なんて何もないっ』
今まで同じ家で過ごしてきたアーヴィスと離れ離れになるのが嫌で堪らないジルは、初日の業務終了間際にまで駄々を捏ねていたが、新しい宿舎の後輩が出来たとルンルン気分になっているティナがそれを無視して早々に彼女を宿舎へ連れて帰っていた。
「どう?アーヴィス、ここが今日から貴女が住まう場所よ」
建物を前にして視界に広がるのは真っ白でとても綺麗な集合住居。少し離れた場所にある男性宿舎とは比べ物にならないほど、外観や内装、施設内設備からしてそれは雲泥の差だ。
「すごい立派」
「以前は男性宿舎みたいに古びた建物だったらしいですけど、何故か私の入居の際に全面改装が行われてみたいですのよ」
何故かしら?と首を傾げてみせたティナだったが、とにかく中を案内しますわ、とアーヴィスと共に宿舎のなかへ入っていく。
「あっ、もしかしてアナタが噂の英雄の隠し子?」
玄関先のロビーでは既に顔見知りになっていた女性セーバーなどもいたが、別のチームだったり非番だったものも多く、小柄で愛らしい姿のアーヴィスは色々な人に声を掛けられる。
特に彼女は保護者の知名度によって治療院に派遣される前からジルの隠し子や秘蔵っ子、愛弟子といったような噂が絶えなかった。
彼女は声を掛けられる度にペコリペコリと会釈するが、中には『かわいー!妹にしたいー』などとウリウリされることもしばしばあって、ちょっと疲れ気味なご様子だ。
「ごめんなさいね、挨拶するのも大変だったでしょう?みんな悪気はないんだけど……」
取り敢えず彼女を自室へ案内して一息つけるティナとアーヴィス。
「大丈夫、みんなと仲良くなりたいから」
彼女のフルフルと首を振る健気さがまた愛らしい。
「そう、良かった!私は隣の部屋だから何か困ったことがあったら遠慮なく言って下さいね!何と言っても私は宿舎長さんだからっ」
「うん、お願い」
ペコリと頭を下げる姿に堪らなくなったティナはつい頬を寄せてしまう。
「ああっ、もうっ、本当に可愛いんだからぁ」
「でも、ウリウリはだめ」
両手を精一杯伸ばして顔を引き離そうとするアーヴィスは子供扱いされるのがとても嫌だった。
「えっと、これから晩御飯にしましょうか?歓迎会は他の人たちが段取りしてくれていて別の日にやるみたいだから、今日は普通に食堂へ行きましょう。それとも先にお風呂に行く?」
「お風呂……大きい?」
「多分大きいと思いますよ。アーヴィスが今まで使っていたお風呂に比べたらですけど……じゃあ、先にお風呂に案内しましょうか」
ティナの物言いからすると、自分がそれまでに住んでいたところの浴場は更に大きく豪華だったのだろう。
さっそく持ってきた鞄から着替えを出しては宿舎の浴場へと足を運ぶ。
「……すごい、おっきい」
10人以上が一度に入れる規模の浴場にアーヴィスはパチクリと目を輝かせており、表情こそ乏しくも石で作られた獅子の口から流れ続けるお湯を手でパシャパシャしているところから、はしゃいでいるのは間違いない。
「普通の家では湯に浸かることなんてないし、殆どのところは掛け湯だけだからな。オレのように風呂場目当てでこの宿舎に居座る人も多いんだ。はしゃいでもいいけど泳ぐなよっ新人」
先にお湯へ浸かっていたボーイッシュな女性がアーヴィスに釘を刺す。
「この人はハイプリーストのデイジー、本当ならこの人が宿舎長になるはずだったのに私に押し付けた張本人ですわ」
名乗らなかった彼女に代わってティナが自己紹介をした。
「そういったのはオレのガラじゃなくてね。ティナの方が上手くやってるみたいだし、結果オーライだったじゃないか。ってなわけで、これからよろしくな新人―――じゃなくて、アーヴィスだったっけ」
こうして少し熱めのお湯の中で体を並べた彼女らだったが、目を閉じてリラックスしている2人に比べアーヴィスの視線はティナの一部に釘付けだった。
「どうしたんですか?アーヴィス私の胸ばっかり見て……」
「むぅ……このお風呂みたいにティナのもおっきいから」
「そんなに見ないでくださいっ、恥ずかしいじゃないですか」
アーヴィスは自分の胸に手を当てては続けてボソッと呟やいた。
「私のは、ぺたんこ。だからジルはいつも子ども扱いするのかもしれない?」
「そっか、アーヴィスはジルに子ども扱いされるのが嫌だったんですわね」
「はっはっはー、オレも男と変わらんくらいの大きさだけど子供扱いはされないな。胸のデカさは関係ないさ、気にすんな、気にすんな」
自分のことを例にあげたデイジーが豪快に笑ってながらフォローするが、アーヴィスの悩みが解決されるわけではない。
「早く大人になりたい」
彼女の切実な願いの真意がどのような理由によってなのかは定かではないが、両隣の先輩たちにはそこはかとなくアーヴィスの憂いを理解しているようだった。
「大丈夫よアーヴィス、貴女は立派な大人よ。今日も冒険者を治癒していたじゃないですか、私がアーヴィスくらいの年の頃は本当に何もできなかったんですから」
「そうさ、ティナの言う通りだ。あの英雄もアーヴィスのことを認めているだろうよ」
「ええ。どっちかと言えば今日のジルのほうが子供っぽいくらいでしたよ」
2人に褒めちぎられたアーヴィスはなにか照れ臭くなって顔まで湯に浸からせてブクブクとさせていた。
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