第7話「過保護な英雄」


 今朝の悲壮感はどこ行ったと言わんばかりに、会議が終えた後のジルの行動に対しチームの面々は苦笑すら見せていた。


「いいかアーヴィス、ポイズンスライムの毒は専用術式の中では基本中の基本だから一度やってみるといい。間違っても全然気にしなくていいからなー」


「でもジル、エベンスは魔石の無駄使いは駄目と言ってた。そこにも書いてある」


 治療院の毒払い専門ブロックにある治療室には至る所に『節約』やら『無駄厳禁』などの張り紙が貼られており、治療を受けにきた負傷者はそれを見て度々なんとも言えない気分にされられていた。


「エベンスの言うことや、やることを一々気にしていたらキリがない。プリーストは間違いや無駄を繰り返して成長していくもんさ」


「あの……、僕としてはどうも実験台にされているような気がするんですけど」


 寝台に座る冒険者の弓使いは2人の会話を聞きながら、ビクビクと恐れを感じている。


「あ?ああ、あんたは微毒で軽傷なんだから、失敗しても死にはすまい。……多分な」


「いや、多分て……」


 冒険者の呟きを尻目にアーヴィスは陳列されている各種魔石の中から小さな青く光るものを手に取って彼の右膝へゆっくり近づけていった。


「―――グリーンキュア・ザイ  緑の2号  


 元々軽症だったおかげか、みるみるうちに毒の症状は消え去り、ホッとため息をついた冒険者は『ここにいては、なにかと実験につかわれるかもしれない』そうぼやいて、いそいそと治療室から出て行く。


「おおっ!!よく一発でキメたな!凄いぞアーヴィス、立派なもんだ」


 実際のところはポイズンスライムの解毒に失敗する治癒術士など聞いたことも無いが、それでもアーヴィスの頭を撫で繰り回すジルの喜びようは異常なものがあった。


「ジル……少し鬱陶しい」


 と付け加えたところにアーヴィスの研修者としての遠慮が伺える。


「っと、そろそろセーバー実習の時間だったな。……おい、モルト頼んだぞ!無理はさせるなよ、余り重いものとかも持たせないようになッ」


 少し遠くにいたモルトはカツカツとジルたちの方にやって来て苦言を呈した。


「ジル、お言葉ですがアーヴィスをお荷物にするつもりですか?自分としては、心配しなくても彼女は立派にやれると思います」


「い、いやっ……お荷物だなんてっ、決してそんなことは無いぞぉーアーヴィス」


 モルトの言動を聞いたアーヴィスからジッと見つめられたジルは、彼女の一挙一動にアワアワと落ち着かない様子だ。


「いってらっしゃい、アーヴィス。頑張るのよ」


 頼りない指導者に代わりって、近くで見守っていたヘルミナが彼女へ見送りの声を掛ける。


「それじゃあ行こうか?」


 モルトの言葉にペコリと頷いたアーヴィスはヘルミナへフリフリと手を振りながら彼の後についてその場を離れた。



「全く、初日からこうだとこれから先が思いやられるわ」


 アーヴィスたちが行ってからも暫くその廊下を先を眺めていたジルへ、ヘルミナは大げさに肩をすくませて頭を悩ませていた。


「ヘルミナよ俺はな、一ヶ月前にこのことを知っていれば心の準備も出来ていたはずだ。それがどうだ、それを知らなかったのは俺だけ……心配するなと言う方が無理ってもんじゃないか」


「仮に一年前からわかっていたとしても、結果は変わらないと思うけれど、ね」


 それは、実に的を射た発言だった。





「ジル、すまんが昼過ぎにここへやってくる負傷者のことなんだが……」


 アーヴィスがジルの元を離れてから暫くして昼前のこと、手の空いた時間で書類への記入作業をしていたジルへローデンが話しかける。


「……」


「おい、ジル。まさかまだ拗ねているじゃないだろうな?」


「違うわローデン。彼はアーヴィスが気になって上の空なだけよ。正直、私ももううんざり」


「ほんとだ……この男、負傷者名簿の欄にアーヴィスって書いてやがる」


「……ね。この報告書だと負傷したアーヴィスが、アーヴィスの治癒術によりアーヴィスしたって、全然訳がわからない文面になっているわ」


 実際に酷い状態だが、そのままの酷い言われようも気にならない程に仕事も手につかない様子のジル。


 しかし、先ほどから椅子に座ったままピクリとも動かなかった彼が、バッと瞬時に扉の方へ振り返る。


「奴は俺たちのことは見えないのに、アーヴィスのことは視界に入らなくても察知できるらしい」


 そう言って苦笑するローデン。


「アーヴィス!お疲れさん、どうだった?なんか問題はなかったか?」


 ジルたちが滞在する治療室に入って来たアーヴィスへ、彼から労いの言葉が捲し立てられる。


「実に立派なものでしたよ。彼女はモノ覚えも良いし、この小さな体からは信じられない程の体力もある。プリーストじゃなかったら是非セーバーにスカウトしたいくらいですよ」


 モルトの絶賛に乏しい表情ながらもと自慢げな様子のアーヴィス。


「そうかそうかっ、アーヴィスは流石だな。それより今から昼の休憩だろう?俺と一緒に食堂へ飯を食いにいこう。今日はお前の晴れ舞台の日だ、ここの食堂で悪いが、何でも好きなものを頼むと良い。初めての仕事で疲れただろう?甘いものをたくさん食べるといいぞ」


 アーヴィスはジルの言葉の途中からフルフルとずっと首を振っていた。


「……エレナセーバー仲間たちと食べる約束をしたから」


「へっ?」


「ということでして、一応連絡しておこうかと。じゃあ、アーヴィス行こうか?」


 彼女はコクリと頷いて、再びモルトと共にその場を離れようとするが、数歩進んだところでポカンと口を開いて呆けていたジルに呼び止められる。


「おっ、おい!せっ、せめて金だ。金が必要だろう?それくらいは俺に出させて―――」


 ジルの方へくるりと身を返したアーヴィスはまたフルフルと首を振る。


「……いらない、ここのご飯は報酬から天引きできると聞いたから」


 そう言うと彼女は、またトコトコと部屋から出て行った。



「見事に振られたな」


「英雄の無様な姿、見ていられないわ……全く」



 魔王討伐の英雄であり、今はグレンダリア大治療院で勤めるチームアンチドート毒払いのエースである彼の威厳は、凄まじい速度で転落への一途を辿っていた。

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