第6話「ようこそ、毒払いチームへ」


 翌日、治療院へ出勤したジルの悲壮振りは胃もたれ二日酔いだった前日のそれとは比較にならない程の酷さだった。


 仕事前にすれ違いざまその姿を見たローデンはすぐさまジルの元へ駆け寄る。


「おい、待てよジル!どうしたんだ一体?」


 肩を落とし、顔を伏せ、生気がまるで感じられないジルの肩に手を置いたローデンは彼の歩みを止めた。


「……なんでもない」


「それが、なんでもないって顔か!何があったんだ?」


「……」


「ちょっと来い」



 ローデンは沈黙を保つ彼の腕を引っ張って休憩所へ連れ込んだ。


「何があったかは知らんが、きっと話せば楽になる。俺に教えてくれ」


「いや……大丈夫だ」


 そう言って腕を掴んだ手を払ってその場を去ろうとするジルに、ローデンは改めて彼の正面に立ち今度は両肩へ手を置いて揺さぶる。


「いいから聞け!聞くんだジル!そんな状態で負傷者を治癒したら必ずミスをする。ミスをすればそいつが命を落とすかもしれない。だから俺はそんな今のお前を放置してはおけないんだ」


 絶望的なまでのコンディションのジルを戦友であり親友でもあるローデンは決して見過ごすことは出来ず、恐らくは立場が逆であってもキャストが入れ替わっただけの同じシーンが発生するだろうことは疑う余地もない。


 長い間、戦場を共にしたことが彼らをそうさせた。


「今の俺は……そんなに酷い状態に見えるのか……」


「ああ、瀕死の体へ猛毒を受けたような時の方がまだマシに思えるほどさ」


「……聞いて、くれるか」


「言ってくれ」


 ジルは休憩所の長椅子に腰を落とすと、ポツリポツリと昨晩と今朝の事を話し出した。


「―――昨日の夜、思い直すように言ったんだが、目が覚めたらもうアーヴィスは居なかった」


「……そうか、そんなことがあったのか」


「俺はどこで間違ったのだろう、何を間違ったのだろうか?」


 くしゃりと顔を歪めてそう呟くジルはまるで懺悔のように感じられる。


「お前は何も間違っていないさ。アーヴィスは決してお前のことが嫌になって出て行ったわけじゃない。エーデ村は魔王軍との長い戦いの間で子供へ早期独立を促す風習が生まれたていたんだ。だからあの子は自分が守られているだけの存在じゃなく、ジルと隣同士で歩む道を自然と選んだのだろうよ」


「そう……なのか、なぁ」


「お前にはまだ15、6の子供に見えるかも知れんが、アーヴィスはもう立派な大人だ。認めてやれ、そうすればそのうちひょっこり顔をみせるさ、大丈夫だ」


「ああ、……もっと早くそうしてやれればよかった。いや、そうすべきだった」


「よく話してくれたな、ジル」


「ローデン、お前が居てくれなかったら俺はもっと自分を追い込んでいたかもしれん」


 そんな弱音を吐くジルの頭にそっと手を当てて、ローデンは提案をする。


「お前は少し休んだ方が良い。エベンスがまた話があるらしく会議室にチームの皆を集めているらしいから、その後に奴へ頼もう。休暇が貰えるよう俺も一緒に進言してやる」


「……恩に着る」


 重い腰を上げたジルは、そのままローデンと共に会議室へと足を運んだ。




 昨日と同じくして、2人が入室した時には既に他の面々は集まっており、更に言えば今日はセーバーや事務を含めたチーム全員がその場に介していた。


 そして、集合したのを見計らったかのようにエベンスがやってきた。


「諸君らおはよう……ん?ジル、珍しく意気消沈しているな。悪いものでも食べたのか?まあいい、今日はとても良い知らせがある。これを聞けばそんなお前もヤル気がでるだろう」


 エベンスの口振りからすると本日の用件はいつもの愚痴ではない様子だったが、恐らくはその言葉もジルの耳には届いていない。


「では聞いてくれ。日々多忙を極めるこのチームからずっとプリーストの増員を懇願されていたが、予算の都合上新たな人員を確保することが叶わなかった。しかし喜べ、研修者としてではあるが、本日付けで治癒術士協会から実に優秀な若手術士が派遣されたのだ。これで諸君らの負担も一気に緩和されるに違いない」


 ジルとは反対にニコニコと笑顔を絶やさないままエベンスは言葉を続ける。


「それでは紹介しよう!」


 エベンスが開けたままの扉越しに手招きすると、待機していた一人の術士が姿を現す。


 それを見たジルの驚愕の顔はまさに狐につままれたといったものだっただろう。



 驚きの余り言葉がでない、放心状態。


 それでも時は流れを止めず進んで行く。



「――――――アーヴィス・ウルネリアくんだ」


「なっ、な、なッ―――」


「な?……どうしたジル?そんな珍妙な顔をして」


 隣に立つローデンがあからさまにもわざとらしくジルへ声を掛けた。


「やはり悪いものでも食べたんだろう。ローデン気にせず話を続けよう。彼女は本院の規定に基づいて研修期間はこの治療院の宿舎へ入って貰わなければならない。そこでエ―――ティナ様、そちらでの生活も含め宿舎長として彼女の世話係をお願いしたく存じます」


「もちろんですわ、よろしくお願いしますねアーヴィス」


「おっ、お、おッ―――」


「お?……本当にどうしたのかしら?ジル、そんな面白い顔をして」


 前に居たヘルミナも振り向いてジルをからかう。


「だから悪いものでも食べたのだろうさ。ヘルミナ気にせず話を進めよう。研修プログラムにはセーバーとしての職務訓練も含まれているから、そこはモルト、是非キミに頼みたい」


「よろこんで。何かわからないことがあったら何時でも自分に聞いて欲しいアーヴィス」


「後は、治癒術に関しての彼女の指導担当だが……適任者が放心状態なのでまた後日―――」


「おっ、お、お、おお、おッ―――お前ら!知ってたのか!?このことを知ってたんだなッ!!」


 そこでようやく彼とアーヴィスを除いた全員が吹き出し、エベンスはしてやったりの顔で両手を体の前に広げた。


「はっはー、諸君ら、賭けは私の勝ちのようだな。負けた者は今すぐ銀貨をこちらに。紛うこと無き彼の心此処に非ずは疑うべくもない」


 負けによる落胆の声と共に飛び交う銀貨を器用に掴みとるエベンスとローデン。


「悪いなジル、これで一昨日の奢りの分を優に取り返せた」


 同僚の治癒術士ならともかくとして、セーバーの女の子ですらジルへのからかいをやめない。


「銀貨は惜しいですけど、英雄ジルの貴重なシーンを見ることが出来たのでむしろ安かったくらいです♪『俺はどこで間違ったのだろうか?』……思い出しただけで私、泣いちゃいそうっ」


「おい!見てたのか!そんなところまで見てたんだな!?お前らはッ!……一体、首謀者は誰なんだっ?」


「彼女よ」


 ヘルミナが手のひらを向けた先には、無表情のままずっと佇んでいた少女がいた。


「……アーヴィス」


「ごめんなさい。でも……こうでもしないと、ジルは絶対に認めてくれないと思ったから」


「と、言う事らしい。ジル、アーヴィスはまだ安心できていないようだ」


 ローデンに続いてヘルミナが彼女をフォローする。


「ジル、貴方とアーヴィスの為にみんな決まり文句を言わず待っているのよ。……御覧なさい」


 気がつけば部屋の中はシンと静まっており、全員の視線はジルへと向けられている。


「わかったよ……くそっ、チクショウ、クソッタレ!」


 半ばヤケクソになり開き直ろうとするジルだったが、それでも、後に続く彼の言葉は決して見繕って並べられたものでなく、心の底より込められた本心そのものだった。



「ようこそアーヴィス、チームアンチドート毒払いへ。俺たちは君のことを心より大歓迎しよう」


 

 ジルの言葉と共に拍手喝采で迎えられたアーヴィスの顔には、10年前から一度も見ることのなかった笑みが浮かべられていた。

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