第4話「セーバーの役割」
ジルは近隣の村から馬車などで続々と運び込まれる負傷者たちを治療院の玄関で重症度合から選別を行っていた。
「この女の子は2番に運べ!そこの男は3番、その隣の奴はまだ大丈夫だ、待機室に!毒の種類が容易に確定できる者は4番のティナの所へ」
「お父さん、お父さん!誰か僕のお父さんを助けて!」
玄関先に並んで待機している負傷者たちが大方捌けた頃に、瀕死の状態の中年男性へしがみつきながら泣き叫んで助けを呼ぶ少年がジルの目に映った。
「その子の父親は俺がここで見る、モルト手伝ってくれ」
「わかりました!!」
荷台に横たわる中年の負傷者に対してジルとセーバーのモルトは両側から腕を差し込んで、ジルの合図により寝台車へと一気に抱え移した。
「モルトはどう思う?この噛み痕を見た感じはデッドバッドあたりかと思うが……」
幸いにも負傷を免れた現地の人も同行していたが、余りにも魔物の種類と数が多く聞き取り調査を行っても完全には有毒種を把握しきれていない様子だった。
「そうですね、いい所を突いていると思います。でもこの牙痕の深さから言えばキングスバッドの可能性が大きいかもしれません。どっちにしてもヒールで傷口が塞がっていなかったのが幸いでしたよ」
「お父さん、お父ぢゃん、死んじゃいやぁ」
「少しの間、この子を頼む」
ジルに頼まれたモルトはコクリと頷いて、父親の服の袖を掴んで離さないその小さな拳にそっと自分の手を添えて少年を引き離した。
「なぁ坊主、お前の親父さんは凄く運がいいぞ。何故ならこの人はあの有名な英雄ジルだからだ、絶対に助かる」
「ほんとう?……あの魔王を倒したジル様……なの?」
「そうさっ、俺は嘘をつかない。坊主の名前は?」
「……ドビー」
「じゃあドビー。でもな、英雄ジルもたくさんの仲間の助けがあって魔王を倒せたんだ。それの同じように親父さんを救うためにもドビーの助けが要る、どんな魔物が襲って来たか覚えているかい?」
「えっと、うーんと……まっくろで、これくらいっ、こーんな大きくて、鳥のようなつばさが生えててっ」
小さな腕を目一杯伸ばしながら懸命に説明するドビーをみてモルトは確信する。
「ドビーよくやった、これでお前も俺たちの立派な仲間だ。―――ジルッ、やはりキングスバッドで間違いなさそうです!」
「ああ、そのようだな。
既に彼の所見を信じていたジルは、真っ先にその魔物の解毒に対応した治癒術式を施していた。
「さあ、この後も続々とやってくるはずだ!皆、気合を入れて掛かろう!」
ジルの掛け声で職員の志気が上がり、朝方から始まった負傷者への治療は夕刻前まで続いたものの、この治療院における死者は奇跡的にもゼロをカウントした。
「今日はかなりのお手柄だったな、モルト」
働き尽くだったジルもようやく手が空いたようで、先に休憩室にて一息つけていたモルトへ自分で淹れた甘い飲み物を手渡した。
「あっ、これはありがとうございます」
感謝の言葉と共にカップを受け取った彼だったが、それを口に含むのには少々時間を要した。
その理由はセーバーの仕事が治癒術士の補助者として終始あちこちと動き回らなくてはならず、平時においても体力的な負担の大きさは相当なものであり、特に今日のような大忙しの日は体力の限界により動けなくなるセーバーも多い為、その同僚の分の仕事も彼が一手に引き受けていたからだ。
「ところでお前の冒険者時代は確か戦士だったと記憶するが、どうして治療院で働こうと思ったのかまだ聞いていなかったな」
「まあ自分が言うのもなんですが、戦士としての資質もそれほど悪くなかったみたいですけど、魔物とはいえ毎日が生き物を切り殺していた日々でしたから……少しは命を助ける仕事もしてみたくなりまして、魔王討伐を機に、と」
「ここのセーバーの募集を受けてみたわけか」
「ええ、そうです」
モルトはそう頷くとコップに半分ほど残っていた飲み物を一気に飲み干した。
「お前を採用したエベンスも人を見る目はあるらしい。もしモルトがいなかったらと思うとゾッとする」
「そう言っていただけると働き甲斐があるというものです。それはそうと、最初の方にここへ運ばれて来たあの中年男性の息子を覚えています?」
「ああ、確かドビーとか言ってたっけか?」
「そうです。その子のことなんですが、ドビーが後で自分のところにやってきまして、『大きくなったら僕もここで働きたい』なんて言ったんですよ」
「ほう、それでお前はなんて答えたんだ」
「それは……その、治療院で働くならプリーストを目指した方が良いと」
「そうか。で、それに対してあの子はなんと言ったんだ?」
「それなんですが……生意気にもセーバーの方が格好良いだなんて抜かしやがりまして」
照れくさくなったモルトは少し捻た言い方をする。
「そうだろうよ、俺たちはチーム全体で負傷者を治療しているんだ。貧弱な術者ばかりいても仕事にならんし、実際には負傷者やその仲間、身内へ密に接する時間が多いセーバーの方が輝いて見えるもんさ」
「ジルは乗せるのが上手いですね。こうなったらドビーがここへやってくるまではこのセーバーの仕事を続けて、それであの子をバシバシ扱いてやりますか」
「いい意気込みだ。俺もお前を見習ってそろそろ魔力が尽きかけているだろう仲間のフォローに入るとするかな」
ジルはそう言うと、両肘に手を当てて一気に立ち上がる。
「自分も行きますよ」
「タフだな」
「こう見えても、元戦士ですから」
モルトはジルに背中をパンと叩かれると、2人は連れ添って休憩所を後にした。
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