第2話「毒払いの治癒術士たち 後編」
ジルが3番室に駆け込むと、寝台に横たわる冒険者を挟んで少し長い黒髪の長身男のローデンと、その彼より少し背の低い容姿端麗な女性のヘルミナが、共に自分の顔に手を当て悩み込んでいた。
「悪いな、ジル」
ローデンはジルの入室にそう答えただけで、2人の視線はずっと冒険者に向けられている。
「構わないさ。それよりこの冒険者は一時間も前に運ばれていたはずだが、まだアタリが付いていないのか?」
「青系統でそれらしいところは一通り試したのだけれど、一向に効果がみられないのよ」
下唇を噛むヘルミナ。
「元冒険者にして屈指の
ローデンは魔王討伐後に直接ジルが自分の勤めるこのチームへスカウトした人材で、冒険者時代のパーティーは別だったものの、
ヘルミナにおいてはこのグレンダリアの治療院で毒払い専門のチームが発足されたことを聞きつけ、彼女の地元アルンデールでも同様な治療院を自身で立ち上げたいと、運営方式を学ぶことも兼ねて数年前からこのチームに参加している。
共に冒険者時代は名を知らぬものがいないほどの、有名な治癒術士であり、治癒術能力は勿論のこと魔物との戦闘経験も折り紙つきだった。
「街はずれで力尽き倒れていたらしいが……せめて同行者がいたら手掛かりくらい掴めるのだが」
ローデンは長い前髪を托しあげて、そう呟く。
「ソロだったのか」
「仲間が全滅したのか、元々ソロだったのかはわからんが、どちらにしろ何の毒なのかのヒントになるような手掛かりはない」
「主な症状は呼吸困難、意識低下、異常なまでの体力消耗、断続的にヒールを掛けていないといつ絶命してもおかしくない状態よ」
「砂サソリの可能性は?」
「麻痺症状が出ていないわ」
「ゴブリンゾンビ」
「ブルーキュアは殆ど試している」
「そう言ってたな。では西方面でデビルフィッシュ」
「衣服に濡れた形跡はないし、あの即効性の毒は服が渇くほど時間が経過していたら既に手遅れよ」
ジルとヘルミナが続ける一問一答にローデンが割り込む。
「遅延性に絞るなら、グランドバードはどうだ」
「発熱はあるのか?」
ローデンの新たな所見にジルはグランドバードが有する毒の特徴の有無を問う。
「いや……極めて平温を維持している」
「まさに、お手上げだな」
ジルは深いため息をつきながら、周囲に見渡すと机の上に広げられた冒険者の道具袋の中身が目に映った。
「ん……あれ?この珍しい色をした石はなんだ?」
「ただの石ころじゃないのか」
一見普通の石に見えるそれは角度を変えてみると僅かに虹色に光っていた。
「ああ、それは魔法耐性が強い防具を作るのに必要なレインボーストーンね。確か主な発掘場所はガルネ山―――」
ヘルミナが思い出しながらそう言いかけると、瞬時に3人は同時にお互いを指さした。
「「「ブラッドオーク!!」」」
ローデンは冒険者の足先を強く押し、その皮膚が赤黒く変色したことを確認する。
「ビンゴだ。ヒールを掛ける前に確認すべきだった」
「熱が出ず、麻痺症状がみられない時点で思い当たるべきだったわ。冒険者時代ならすぐにピンときてたはずなのに、焼きが回ったとはまさにこのことね」
ヘルミナの自虐にジルがフォローする。
「まだ、そんな年でもないじゃないか」
「まだとは失礼ね、年齢的には全然よ。でも冒険者時代は常に過酷だったから、精神的にはどうかしら」
「お互い地獄を見て来たからな……、お前たちはヒールと余分なキュアで魔力が消耗しているだろう?今からの解毒は俺がやる、魔石を取ってくれ」
「助かるわ」
治癒術は術者の魔力に加えて、使用する術式に応じた魔石が必要だった。
棚から少し大きめな赤い魔石を取り出したヘルミナからそれを手渡されたジルは、手の平を冒険者の体の上に掲げ、小さな声でブツブツを詠唱を始めた。
「―――――――
見るからに苦しそうだった冒険者はボゥとした淡く赤い光に包まれると、みるみるうちに緩和されていった。
「この魔石ももう駄目だな、ストックも少ないことだし追加を頼んでおくとするか」
ジルは輝きが減少した魔石を見て、そう呟く。
「またエベンスにどやされるぞ、ここのところ魔石の消費やらが尋常じゃないからな」
ローデンの言ったことは、魔石や治癒に必要なものは全体的にとても高価なものであり、それの追加購入は治療院の運営存続に深く関わることを指している。
そして、王国が運営するこの治療院は事務的な事を国の役人あるエベンスが一括して担っており、ここのところ多いジルたちに注文に彼は度々機嫌を損ねていた。
「それが奴の仕事だ、失った命は金じゃ買えん。だから救える命に金を惜しんではいけないんだ……っと、後のヒールは他の初級者たちに任せるとするか、経験を積んで早く上級者になって貰わないと困るからな」
「いい心掛けね」
「お前らもそろそろ仕事上がりだろう?魔術士の治癒に奮闘している姫をチラッと覗いてから、その後3人で呑みにいくのってのはどうだ?」
「ナイスな提案だ。ここの所、嫁の作る飯にも飽きてきたところだった。ではティナの状況を当てた奴は2人に奢られるということで」
「ノッた!私はあの子が魔石の種類がわからずに泣きっ面になっているのに賭けるわ」
「なら俺は術式を間違えて続けた結果、魔力が足りなくなったってのに賭けるさ。もちろんジルは成功にBETするに決まっているよな?」
ジルは大げさに肩をすくませて、ローデンに上手く乗せれていた。
「仕方がない、俺は姫がこのチームに入って来た時の指導者だからな。大穴ながら大成功を祈ろう」
セーバーに代わりの初級治癒術者を呼ばせた彼らは、笑いながら肩に手を掛け合って3号室を後にした。
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