プリースト ~毒払いの英雄たち~

あさかん

1章

第1話「毒払いの治癒術士たち 前編」

「冒険者男性、魔術士、発熱、意識混濁、微小の痙攣、間もなくこちらへ運ばれてきます!!同行者の付き添いアリ!!」 


 魔王が討伐されても魔物そのもの壊滅したわけではなく、人々は常にその存在に脅かされていた。


 そして、魔物の脅威の主たるは襲われた際に受ける毒にこそあり、このグレンダリア王国が運営する治療院の一角もその毒払いに日々奮闘している。


「わかった!2番室に直接運び込んでくれ」


 回復や解毒の治癒術を専門とするプリーストと呼ばれる治癒術士のジルは、補助要員セーバーの職員へそう指示した。




「なるほど、これはかなり厄介な状態だな」


 ジルは毒に侵された魔術士を見て、パーティーメンバーである付き添いの女剣士に話しかける。


「ダリ平原のキラービー殺人蜂に刺されたので、青の2号ブルーキュア・ザイを掛けたのですが、何度行っても余り効果がなくて……」


「解毒の治癒術を行ったのは?」


「私です。メイン職は剣士でありますが、治癒術士プリーストも兼任していますので」


「仲間を殺したくなければ、兼業職は辞めろ」


「……」


 女剣士はジルのその言葉に何も返せなかった。


「少し言葉が過ぎると思います、ジル」


 しかし、代わりに食って掛かったジルの補佐を務めている金髪の若い女の治癒術士。


「ティナ、俺はコイツらの為に言っているんだ」


「ジルにそれを言う資格はないかと」


 彼女の言葉はジルもかつての冒険者時代は剣士と治癒術士の二刀流デュアル・ジョブだったという経緯を指している。


「俺にはそうしなければいけない理由があった。決して好きで自分からそうなったんじゃない!」


「それなら彼女にも何らかの事情があるかもしれないじゃないですか」


「本当に口の減らない姫さんだな、困ったもんだ」


「私は姫じゃありませんって何度も言っているじゃないですか!」


「どこをどう見ても、グレンダリアの第2王女じゃねえか」


「顔や容姿が似ている人くらい世界に3人程度は存在するんですっ」


 女剣士へのフォローから始まった売り言葉に買い言葉は関係ない話題にまで発展し、その間は治療が放置されたままだった。


「……あの、すみません、私は何を言われてもいいですので、この人を、仲間のグライスを早く助けて下さい」


 痺れを切らした女剣士は堪らず2人に直訴する。


「あ……ああ。そうだ、そうだった、すまない」


「ああっ、私としたことが……本当に申し訳ありません」


 ジルとティナは我に返り、今にも天に召されてしまいそうな魔術師に目を戻す。


「見た感じキラービーの毒はある程度治癒されているな」


「えっ?いえ、しかしっ、ならグライスはキラービー以外の毒に侵されているということですか?」


 ジルの所見に女剣騎士は驚きの顔を隠せない。


「ああ、そうだ間違いない」


「しかし、今日はキラービー以外に毒を持つ魔物と戦闘はしていません」


「本当にそうか?ダリ平原以外には何処へ寄った?」


「町から出てからシャリの泉を抜けてダリ平原へ向かいましたので、その途中で魔物が生息する場所と言えば、イドの沼地くらいしか―――」


 彼女の発言の途中でジルはパチンと指を鳴らした。


「それだ!あの沼地にはリザードマンが生息しているだろう?」


「ええ、幾度か戦闘もありましたが、リザードマンは毒を持たないはずでは……」


「よく思い出せ、そのリザードマンの中に皮膚へ黒い濁点があるヤツがいなかったか?」


 女剣騎士は僅かに天井へ視線を移し、脳内の記憶を辿らせる。


「あっ、確かに!仲間の戦士から『少し変わったリザードマンがいるから気を付けろ』と、言われたような気がします」


「そいつは2年くらい前から出始めた亜種だ。基本的に無毒種のリザードマンの中で唯一の有毒種である上に、その毒は遅延性があるから気付くのが難しいんだが……」

 

 ジルは細い棒のようなもので寝台に横たわるグライスの腕と指先を順に強く押しながら言葉を続けた。


「見てみろ、腕を押したら反応があるのに、指先を押しても反応がない。この毒は四肢の先っぽに麻痺が出るのが特徴なんだ。ギルドに配布される冒険者情報の新種魔物覧をこまめにチェックしていたらわかることなんだがな」


「……言葉もありません」


「まあそれはいいとして、ええと、アンタは……」


「フレイアと申します」


「ではフレイア、この毒払いに有効なのは緑の17号だから覚えておけ。ちなみに術式名はちゃんと言えるか?」


 女剣騎士のフレイアは苦虫を噛み潰したような顔で小さく首を振る。


「……普段使わない治癒術は一覧表を見てみませんと。しかもその辺りはまだ習得すら……」


「それじゃあ、ティナ。代わりに言ってみろ」


グリーンキュア・ゼヒア・アデラス緑の17号です」


「正解だ」


「これでも中級職ハイ・プリーストですので」


「OK、それでは治療を始めよう」


 その時だった。大きな音と共に部屋の戸が開かれ、治療所のセーバー補助要員の一人が慌てて入って来た。


「ジル!ローデンが至急3番室に来て欲しいとのことです!」


「わかった、すぐ行くから待っていろと伝えてくれ」


 急いで術式の詠唱に入ろうとジルだったが、それをティナに制止される。


「ここは私にまかせて、そちらに行ってあげてください」


 その言葉を受けて、ジルは一度チラと扉の方に目を向けてからティナの肩をポンと叩いた。


「ああ、頼む。任せたぞティナ、術後に急変があったらすぐに教えてくれ」


 そう言うと、ジルは部屋の出口へ駆けだしたが、扉の前でその身を翻らせ大きく腕を伸ばしてフレイアに指を差した。


「フレイア、キラービーの毒も青の7号ブルーキュア・ディダの方が効果が大きい。これも覚えておいた方が良い。あと、最初の一言は俺の言い過ぎだった、すまない」


「いえっ、そんなことっ―――こちらこそ感謝に堪えません!ジル殿ッ!」


 ジルは最後に一言付け加えて、部屋から出て行った。



「ここでは誰が誰にでも様とか殿とかはつけちゃいけないルールなんだよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る