《エピローグ~まばゆい君の、素足》


9月半ば、俺は1カ月ぶりに長崎夕夢に呼び出された。待合せ場所は、天保山の巨大観覧車の前。場所に合わせてカジュアルに、ジーンズにTシャツ、リュックなんていでたちでキメてみた。

予測はしていたが、夕夢の身長はあれから15cm程伸びた。ピンクのカットソーに青いフラワープリントの膝丈スカート、あごの長さで揃えた黒髪が夕風にサラサラなびくが、ピエロの人形を抱きしめていた頑なな少女の面影はやはり残っている。

「何か、デートみたいだな」

大人びた彼女の姿に少し照れて言うと夕夢はイヤだぁ、と俺の肩を軽くはたいた。

「兄としばらく神戸の伯父にお世話になります。落ち着いたら、兄妹で今後の事を考えようって」

「兄貴のことは許してやれるのかい?」

「許すよう努力する。それがトワの望みだと思うから。だってお兄ちゃんが私を思ってしたことだもの」

すっくり伸びた手足。素足にサンダル。少し憂いを秘めた横顔。長い睫毛。

トワの魔術で封じられてた夕夢の成長は解放された。・・・でも、それだけでなく、この年頃、少女は急に大人びてくんじゃないかな?

「私知ってるよ。現太郎はトワを失敗して海に落としたんじゃない。あの時トワが言ったの。私の心にさよならって。だから悲しかった。トワがいなくなったことよりも、彼が私に別れを告げたことの方が、ショックだった」

「嫌われたわけじゃ、ないんだよ、きっと」

「解ってる。でも、彼は人形じゃないから。それが彼の生き方だから。その時がいつか来る、その事は知ってたの。ずっと恐れてたの」

強い潮風が、彼女の表情を隠す。

「ひと月泣いた。もう大丈夫。トワを、自由にしてあげる」

そして彼女は吹っ切れた笑顔を見せた。

「私、今日が誕生日。昨日まで10歳だったけど、この観覧車を降りたら18歳になるのよ」

夕夢は観覧車の乗り口への階段を一歩上がって、言った。

「私、本当にトワを愛していたんだと思う、誰に何と言われても」

「俺は、信じるよ」

観覧車に乗り込む彼女に俺は笑顔で手を振った。リュックの中のヤツに話し掛けながら。

「本当にいいのか? 彼女に僕はここにいるって言わなくても」

『いいんだ。もう夕夢には僕は必要ないから』

「彼女、気づいてるみたいな言い方だったな、俺がトワを隠して連れてきてたこと」

そう、トワは無事だったのだ。

船室内で夕夢のいるデッキまで走り続ける間に水に溶ける素材の偽物とすりかえ、衣装のズボンの小道具用の大きなポケットに隠しておいた。そして手が滑ったふりをしてニセトワを海に投げ込んだ。(と、いうより本物トワがあのタイミングでニセトワを俺の手から滑らせたのだけど)そうすることでカニ社長も、夕夢も諦めがつくだろうし。

俺だって、実はカナヅチでトワが着いててくれなきゃ潜れなかった。『探偵なら泳ぎ位覚えろ。もうフォローしないぞ』と、後でしっかりトワに絞られたが。

船からかなり離れた岸でやっと自ら上がり、ポケットの中のトワを見ても、白塗りのメークはまったく落ちなかった。

今ではトワは俺の探偵助手として仕事上欠かせない秘密の相棒となっている。ビスク・ドールを大切そうに飾ってる俺は蜜子に少し気味悪がられてるが・・・。

『今、あんたには僕が必要らしいから』

気持ち悪いこと言うなよ。

『バカ、夕夢とあんたを一緒にするな。たださ、僕は自分の意志で相手を選んでるわけじゃない、何か大きな、空から地上を見ている存在に動かされ、存在すべき場所に存在する、そんな流れの中で生きてる、そう思う』

運命って、やっぱりあるのかなぁ? 何かに動かされるってのはいい気分じゃないけど、今は、そういうのも、悪くない気がするな。

『だから、いつか僕がほかの人に必要とされる時が来るまで、よろしく、現太郎』

はいはい、こちらこそね。相棒。


観覧車から走り降りてきた18歳の夕夢の笑顔を俺は、トワの代わりに軽く手を振って迎えた。


<終り>

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きみだけ、永遠。 琥珀 燦(こはく あき) @kohaku3753

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