《それ行け、いざ行け!デビュー戦や!》


鳥羽市は大阪府から奈良県を通り抜けた三重県の、豊富な魚介類や風光明媚なリゾート地で全国的に人気の伊勢湾を囲む箇所にある。なんば駅から近鉄特急で直行し鳥羽駅で降りて少し歩くと船着場があり、パールドリームアイランドへの送迎遊覧船がある。

多分面が割れている俺は福三輪田に丸眼鏡、休日のオヤジが着るようなシャツにバミューダ、夕夢は病院で借りた薄手のガウンを着せ、マスクをかけ、いかにも病院から外出許可をもらって束の間の幸せな休日を過ごす親子に変装し、船に乗り込んだ。


遊園地に潜り込み、あちこちに出没するピエロに変装することにした。

更衣室に残ってたピエロの衣装を無断拝借したが、ただ一枚残っていたのが銀色。トワとペアルックじゃん。しかし、なーんてお茶目な俺。こんな衣装までカンペキに着こなしてしまう。

関係者以外立ち入り禁止区域のドアに耳をくっつけてみる。聞こえる聞こえる、ばっちり。

「あの人形さえあんたたちに渡せば、夕夢のことはもう放っといてくれるんだな」

後(のち)に、透和は夕夢に寄り添うように枕元に置かれたたかが人形に、自分でも奇妙に思う嫉妬を当時感じたことを告白した。そんな時、病室に見舞いに現れた桜宮社長に、トワ人形を盗み出すよう吹き込まれたのだ。

「この島の南船着き場にパール・プリンセズ号いう船がつながれとるわ。昔は世界中を回っとった立派な客船やった。今は記念館として半永久展示されとるけど、すぐ出航モードに切り替えれる。今から海外へだって航行可能や。シンガポールに着いたらトワをウチの別荘に隠し、誰にも渡せへんようにしたる。そこであんたの仕事も見つけたるわ」

「約束が違うじゃないか! やっと妹を見つけたのに。夕夢との再会が、これで、もう・・・」

「アホやなぁ。あんたは若いんや。ウチの会社で。兄妹二人きりでも一生幸せに暮らせる位の金なんてガッポリ儲けさしたる。そしたら嬢ちゃんをすぐに迎えに行けばええ」

「妹の、あの成長の止まってしまった病気も治せるんですか?」

「あんた、知らんのか? 不老のひみつはあの嬢ちゃんの体やのうて、トワの超能力にあるんやて。・・・せやけどウチはな。永遠の日なんてどうでもええ。トワに帰ってきて欲しい。それだけや」

女社長の気持ちは夕夢の気持ちと同じだ(想像したくないが)。でも今、女性の美の為に働くことに生きがいを持ち、ただの人形のコレクターと化した元少女に、今のトワは必要は無いのだ。


しばらくピエロの扮装で大道芸をしながら島内を周り、奴らを見張った。横浜時代、野毛によく大道芸人が集まるのが、子供心に楽しみで、時々子供好きな芸人に棍棒や玉乗りなど仕込んでもらったのがここで役に立つとは。

夕陽が落ちた頃、トワを大事そうに抱えた桜宮社長は透和、数人の黒子を従え、黒塗りベンツで船着場に向かった。俺は一輪車でさり気なくそれを追い越した。


「さぁウチの永遠の宝物、鳥羽(トワ)と出航や!」

甲板でカニおばはんが拳を振り上げたところで。

「ちょっと待った!」

俺は奴らをマストのてっぺんから見降ろして叫んだ。

『わざわざマストの上に立たなくても』

遠くカニおばはんの腕から、トワの呆れ声がテレパシーで届く。うるせー。これがスーパーヒーローのお約束なんだよ!

「混迷の時代にニューヒーロー現る、名探偵、万松寺現太郎、ここに見参!」

俺はたまたま腰に刺さっていたフェンシングの剣(大道芸用だろう)を夜空に向け立てた。

「穢れなき星々よ。我は問う。我は、戦うべきか否か」

『ああ、もう下らん口上はそこまでにしてさっさとやってくれ』

バリバリ!雨雲もないのに落ちてきた雷が俺の剣を直撃した。モロ避雷針じゃん。ヤバい、俺、死んじまう。

しかし、俺は無事だった。右手が痺れてる。それは・・・その痺れは全身を走り抜け熱くする。体の底から湧き上がり、漲ってくる、パワー。

「月神の許しは降りた。きさま達をを成敗する」

マストからノリでつい飛び降りてしまった。甲板に無事着地。ほとんどGを感じない。これがトワの与えた力か。

「よう、ド素人探偵の坊ちゃん。ウチの精鋭軍団と並んだらまるで黒子とグレ子やなぁ」

「せめてシルバー仮面と呼べ!」

と、いうのも無理があるのだけども。

「トワを返せ」

「いやや!ウチの『鳥羽』や。大事な宝物や」f

「あんたには幼い日の宝物でも、もうトワの居場所はあんたの手の中じゃないんだよ」

フェンシングの剣を無意識に投げると、カニ女の腕のトワの服の袖を剣が貫き、ブーメランのように俺の手にトワが戻ってきた。

(間違いない。俺はトワに動かされてる)

「出航や!早よ船出せ。岸から離れるんや!」

その時。

「トワ!現太郎!」

2段下のデッキで夕夢が手摺りにすがり、震えながらこちらを見上げている。まだ急成長が続いているらしく、着せられてたパジャマが小さくなり、俺の着替える前のシャツをズボンをとりあえず着せておいたが、ダブダブとはいえ身長は中学生でも通じそうだ。

俺は慌てて夕夢のいるデッキ目指して走り降りる。透和が、夕夢に気づいて甲板の手摺りにすがりつく。

「夕夢・・・無事で良かった」

「来ないで!」

夕夢がかすれる声で叫んだ。

「あなたなんかお兄ちゃんじゃない!私が必要としてるのはトワだけ。私達を引き離してあんなカニ女に渡す人なんて、お兄ちゃんじゃない!」

それを聞いた瞬間、トワは夕夢の目の前、デッキから俺の手を滑り、海に落ちていった。

「いやーーーっ! トワァァァ!」

俺も慌てて海に飛び込む。振り向きざまにこう叫び。

「透和!操舵室はお前のすぐ後ろだ。船を戻せ。今のお前ならできる!」

そう、トワの超能力がそこまで届くなら。

俺は海に深く沈んでいく銀色の小さな影を追って潜っていった。

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