《銀のピエロと漂う》


思い出した。俺・・・かつて死にたかったんだ。

高校の校舎から見える、蔦の絡まるペントハウスがある9階立てのビル。いつも恋い焦がれるように見つめていた屋上にあの日、遂に登り・・・たかがビル風なんぞに怖気づいて結局、家に帰ってきて・・・家が、無かった。全焼だった。両親を一度に失った。

『僕は、生きてて良かったと思うよ。少なくとも今は僕の役に立ってくれそうだから』

トワ。お前だな。

『ああ、クロロフォルムの幻覚状態のおかげであんたと話しやすくなったし。・・・へぇ、あんたも結構トラウマ少年なんだ。道理で僕にも夕夢にもシンクロしやすいワケだ』

勝手に読むな!

『読むも何もここじゃ記憶がそこら中に散らばってるし。ふーん、17歳っていったらもう義務教育終わってるじゃん。残念ながら素行に問題があって独立できる状態と認められず、大量の遺産の管理も兼ねて、父親の友人で弁護士の資格もある輝谷小吾郎に引き取られた。そして5年前、文字通り新世界に足を踏み入れたってわけだ』

自己紹介がいらないのはいいが、知られたくないことまで読みやがって。

隣にポケットに手を突っ込んだ、銀色のシャツに裾を絞った黒サテンのパンツの少年が、俺の精神世界を見上げてる。銀色の帽子ですっかり包んだ髪、鼻筋の通った、切れ長の瞳の、白塗りの横顔。

『初めまして、ってのも今更ですね』

なるほど、夕夢の超能力のタネはお前か。

『あの位の芸当ができると、夕夢も、お世話になってる伯父さんにそこそこ恩返しができるし、自分の身を守れるからね』

超能力者なのは、夕夢じゃなくてお前なのか? お前は夕夢が妄想で作り出して・・・あの人形に宿らせた・・・何て言うか、幻の魂っていうわけじゃないのか?

『違う。僕は夕夢に会う前からずっとこの人形の魂として中にいた。夕夢の手元に渡ることも、運命で決まっていたんだ。夕夢を守るために』

夢世界の中のトワは大人びて14、5歳くらいの少年に見える。

『僕は、ずっとトワだったんだ。永遠のトワ、トワ・エ・モワ(あなたとわたし)のトワ、トワイライトのトワ。僕はその時代その時代の持ち主にいつもトワと名付けられたんだ。そして、夕夢の双子の兄の名も、透和(とうわ)だった』

お前、何者なんだ? トワは悲し気にうつむいて首を横に振った。"ワカラナイ"彼の心の痛みがストレートに俺の心にも刺さる。

俺にさっき話し掛けたのは何故なんだ?

『今回の誘拐事件では、僕には夕夢を守り切る自信が無い。僕は自ら動くことは出来ない。自分の周りの人間の心に干渉することと、多少の念力で物を動かせるだけだ。だから僕の補助をして夕夢を助けて欲しいんだ』

成程。それで、ギャラは?

『・・・・・』

だよなぁ、人形に金は無理だろ? 金じゃなくてもいいぜ。たださ、その超能力で今後俺の探偵の仕事に協力してくれる、とか。

『・・・そうじゃなくて・・・僕を』

トワは苦し気に言う。

『僕を夕夢から引き離して。今後どんなことからもあんたを守るから』

何ぃ?! 信じられない発言に驚く間もなく、

『ちょい待ち! 輝谷蜜子はあんたの知り合い?』

・・・マイ・ハニーだ。

『・・・近くにいる。丁度いい、手伝ってもらおう』

いきなり黒塗りベンツの後部席のパワーウィンドウが当たり前のように開いた。強烈な土砂降りが吹き込んでくる。

「何だ何だ、誰がボタンを押したんだ」

俺たちを囲む黒子達が揉めている間に

「いやーん、現ちゃんやんか、久しぶり!」

車窓越し、甘いあの声が!

「ミツコ! オー、マイ・ハニー!」

半分寝ぼけた状態で体はぐにゃぐにゃだが、まぶたはやっと半分開いた。メット越しでも俺には解る。赤い髪、黒いラバー素材のボンデージっぽいビスチェに、ブラックジーンズで、ハーレー・ダビッドソンにまたがるミツコ。さすが!

俺は隣で眠ってる夕夢とトワを視線で差して何とか事情を伝えてみた。

「OK、助けたるわ」

ウィンクの後、荷台に座っていた若い男に

「後よろしく」

と言い捨て座席から飛び上がる。荷台の青年が入れ代わってハーレーを止めた。それだけの間にベンツの後部席の車窓に飛びつき、運転手の首を羽交い締めにし、抵抗を制しブレーキをかける。中の黒子を引き摺り出し

「中国拳法習っといて正解やったわぁ」

と、水溜りに顔をぶち込んだ。微かに意識が残っている一人の胸ぐらを掴むと、

「黒幕は誰や? 言わな利き腕パーにするで」

「・・・カニ・・・」

哀れな黒子は超解りやすいコードネームを残して意識を失った。

俺たち2人(と1体)は蜜子ともう一人の青年に車内から引き摺り出された。

「マイ・ハニー蜜子、今回のキミの役は一体何なんだ?」

「『上海帰りのリールー』っていうの。中国で作られたアンドロイドの美女役」

相変わらずぶっ飛んでることよのぅ・・・と感心していると、隣に立った青年が震える声で言った。

「夕夢・・・夕夢だろう? トワって人形抱いた夕夢って子が生放送でTVに出てるっていうから間違いないと思って追いかけて来たのに」

クロロフォルムが相当効いてるのか、夕夢はなかなか目覚めない。その顔を見下ろし、夕夢をそのまま大人にしたような顔の青年が琥珀色の瞳から涙を流し、少女の体を揺する。

「どういうことなんだ。俺たち、双子で、俺だけ里子に出されて、やっと会えたら何でお前だけ、こんな小さな女の子の姿してんだよ」

「・・・半月前にカツアゲされとったのを助けて臨時の付き人に雇っとるんや。風間頭和(かざま とうわ)いう東京モンで、妹探して徘徊してたらしいわ」

蜜子が感動的な、しかし謎だらけの再会を解説してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る