《コード・ネームは『カニ』?》
カニ顔女社長所蔵のマーガレットの妹人形、エリザベスのありかは拍子抜けするほどあっさり探し当てることができた。
マーガレットは桜宮社長の祖母が友人から譲り受けたもので、妹エリザベスを所有している友人の所在は、輸入業者が保存している製作者のリストから割り出せた。製作者はメジャーではないが個性が強く、作品数が少ないので有名で、手懸かりを得るのは簡単だった。
ただその子孫の所在はフランス!ということで茶屋ディレクターは「まぁ番組的には盛り上がるしね」と渋々渡仏費を捻り出してくれた。(初の海外旅行!)俺の南仏での大げさな捜索の様子をビデオに納め、エリザベスを借り出すことに成功し、無事帰国した。
梅雨が明けた青空の下、新調したロメオ・ジリで大威張りで胸を張って、スタジオ入りすると腰の高さから声を掛けられた。
「共演よろしくお願い致します、万松寺さん」
あの通天閣下で出会った少女、長崎夕夢。改めて観察すると、内巻きにとかしつけた黒髪、夢見がちというより理知的な琥珀の瞳。薄桃色のサテンのワンピースを着こなす姿は、見た目、両家のお嬢様。妙に気になるのは彼女が大事に抱えたピエロ人形トワ。ふっくらとした頬、珊瑚色の唇は小さな子供がモデルと思われるが、その瞳・・・水色の瞳ににらまれたような気がして、ぞくりとする。
「万松寺さん、企画書ちゃんと読んでないでしょ? この番組私との対決って知ってた?」
対決って何の?
「爆笑名物探偵 VS 超能力少女」
そこまでコケにされた企画だったとは・・・。
「お前、超能力者なのか?」
「予知夢・・・みたいなものかな。まぁ見てて」
すまし顔で夕夢は俺を追い越していった。
番組はまず桜宮女社長と、防犯ガラスに守られたマーガレット人形の紹介から始まった。
「桜宮社長と言えば、真珠を配合した自然派化粧品『レイナ・ペルラ』が大ブームになっていらっしゃいますが、実はビスク・ドールのコレクターでもいらっしゃるうということで」
「はい、ウチ、幼いころに宝物にしていた人形を事情があって失いまして、その子から
『永遠の美』とは何たるかを教わった、それが現在の化粧品事業のルーツですわ」
「・・・本日は貴重なコレクションを御一体お持ちいただいたとのことですが」
「はい、実はこのお人形にはとある物語がありまして、ウチの祖母からお伽噺のようにこの姉妹人形のエピソードを聞いて育ちまして」
続いて俺と夕夢の紹介があった。
「シュウマイの美味しい横浜育ち、輝谷調査事務所から参りました万松寺です」
俺はお笑いキャラで売る方向でキメた。
夕夢はトワをぎゅっと抱いたままだ。数年前、交通事故で両親を亡くし、「以来、この子がいないと不安なんです」と震える声でうつむく。神戸の伯父に引き取られているが、紛失物や行方不明者の居所を当てたりするようになり、近所で評判の霊感少女らしい。
「夕夢ちゃんはこのエリザベスちゃんの居場所についてどんな夢を見たの?」
「・・・ずーっと昔、女の子二人お庭で泣いてるの。指切りして片方の子が二つのお人形の片方をもう一人にあげるの」
番組は俺の国内外での調査を面白おかしく紹介し、夕夢の夢を実証する形で進行してく。
栗毛に赤い靴の人形をしっかりと抱き、泣き腫らした目で異国へ旅立つ少女の姿。軍国主義に染まりゆく日本、ブロンド碧眼の人形をブリキ箱に詰めて泣きながら庭に埋める少女の姿。オーバーラップする俺の調査映像。
ところが話がどうもおかしい。栗毛のエリザベスが太平洋戦争に巻き込まれ行方不明になったという。・・・嘘だ。エリザベスは警備室の金庫の何重もの扉の中についさっきしまうのをこの目で確認したばかりだ。
「この番組の視聴者の皆さまの中には、万松寺探偵と夕夢ちゃんの間に番組を盛り上げる為の打ち合わせがあったとお疑いの方もおいででしょう。そこで、この追い詰められた捜査状況を今、ここで夕夢さんを催眠術にかけて生中継で打破していただきましょう!」
夕夢は抵抗なく立ち上がり、カーテンに囲まれた小さな個室の寝台に横たえられる。
「ちょっと待てよ。催眠術ってのはやり過ぎなんじゃないのか」
人工的な仮眠状態で予知夢を引き出すなんて不自然なやり口、何か引っ掛かる。
『ダイジョウブ』
突然、心の中で声が響く。夕夢か? ・・・違う。彼女が抱えてる人形のアイスブルーの視線だ。
「エリザベスは・・・この近くに戻ってきてるわ。西の方角・・・神戸・・・北野の方へ」
瞼を閉じたまま、虚ろな声で話し始める夕夢。
早速レポーターが来るまでスタジオを出発。夕夢の誘導に従って、北野の異人館街の一角にたどり着く。或る洋館の居間で、清楚なお嬢様が、栗毛のエリザベスを抱いている。
「実はエリザベスは戦争の激化を逃れて持ち主の実家に戻って来ていたんです」
「なるほど、そこまでは名探偵さんも見抜けなかったわけですね」
これが「ヤラセ」ってやつか。エリザベスは持ち主の子孫の手で放送時間内にスタジオに届けられ、涙のご対面となった。俺は観客一同の嘲笑に頭を掻きながら、夕夢の様子をうかがったが、夕夢の様子をうかがったが、夕夢は催眠を解かれたばかりにも関わらず満面の笑顔でトワを強く抱き締めた。
放送終了後、さすがの俺も自分が緊張してたことに気づき、セットの裏で肩をボキボキやってると、
「まさかあれで勝負に負けたなんてしょげてないですよね、やっぱり」
夕夢お嬢様が生意気な顔の人形とともに現れた。
「あったりまえでしょ。あんなヤラセ」
そこに顔の3倍の大きさの扇子で扇風機並みの風を起こしながらカニ顔女社長が登場した。
「いやー、兄ちゃんも嬢ちゃんもご苦労はんでしたな。おかげさんでエリザベス購入の交渉もついたし、お礼も出演料に割り増ししてがっぽりさせていただきまっせ。・・・ところで嬢ちゃん、そのピエロの人形やけど」
突然、夕夢が身を固くする。
「名前はトワちゃんゆーらしいけど、昔から付いとったんかい?」
「いいえ、私が付けました。私が小さい時に亡くなった兄の名前です」
「ほー」
平家ガニ顔をトワに近づけ、ニッと笑って
「これは幻の逸品やな。大事にしぃや」
とトワの銀の帽子を撫で立ち去る。夕夢は胃酸過多のような作り笑顔で見送った。
『お願い』
その時、俺の胸に声が響いた。
『今から夕夢と僕から離れないで、絶対に』
声の主は・・・ヤツだ。思った瞬間、大道具の隙間から、昔ながらの黒子が数人飛び出した。俺は夕夢、トワと共に黒塗りのベンツに押し込まれる。ひどい雨、とだけは頬を叩く水滴で解った。口に甘い匂いのハンカチを押し付けられ、・・・後は、お決まりのフェイド・アウト。
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