【TWINKLE NIGHT・・・白い奇跡が舞い降りる】
・・・自分のくしゃみで目が覚めた。
星が降ってる。満天の星空から、白い星がとめどなく舞い降りて来る。僕は、雪の上に仰向けに転がってた。・・・あ、星と思ったのは粉雪だったんだ。でも。満天の星空から雪が落ちて来るなんて。あぁ、これは、あやの・・・奇跡だ!
小学校の校庭。赤煉瓦の建物も白に埋もれている。時計塔が見える。午後11時。
「約束・・・美術館・・・行かなくちゃ」
のろのろと起き上がる。5kmも離れた墓地公園に忘れて来たはずの自転車が、校門の前に横倒しにして置いてある。起こそうとして屈むと、胸元から、懐中時計が滑り落ちた。・・・午後2時半をさしてる。秒針もちゃんと生きている。僕は時間を超えて飛ばされたのだ。 ・・・あぁ、やはり間違いない。あやの目的は、自分の過去ではない。
すべて知ってて「僕に」それを探させることが目的なんだ。
海沿いの公園の中にある、その美術館は、建物自体が一つのオブジェのようだ。白と水色とレモン色の、マッチ箱を重ねたような愛らしい形。星降る夜の中、その建物は、あやにふさわしい城だ。
入り口の重い扉を、かじかんだ手で押す。2階まで吹き抜けになっている。玄関中央ホールは、天井が全面ガラスになっていて、星明りが昼間のようにフロア中を照らしている。
入口の向かいの壁に絵がかかっている。月が、スポットライトのようにその絵を照らしてる。こんな絵、いつもここにかかっていたっけ?
『街の魂』
作者は"マルク・シャガール"。大昔の絵描きさんらしい。重い鉛色の街を背景に、画家が宗教画を誇らしげにキャンバスに描いている。しかしそこに重なるように俯くもう一つの彼の顔は、深い絶望に満ちた表情で、画面下方の、恐らく・・・戦争で失った美しい恋人の、天使のようなウェディングドレス姿を見つめている。
この絵が、つまり最後のヒントって訳だ。
「あや、この中に隠れてるんだろ? 出ておいで」
「やっぱり、あたしの見込み通りだったな。名探偵さん」
大きな中央ホールに響く、あやの声。同時に、絵の中の白いドレスの女性の姿が、キラキラと輝き出す。・・・真っ白なドレスのあや。まるで出窓の窓枠に腰掛けるかのように、大きな額に座っている。
「あや、きみ、この『街の魂』 ・・・彩鳥市の"精"なんだね?」
「・・・うん。あたしの名前、鳥居彩香(とりい あやか)。元はといえば、『彩鳥市』の初代市長なの。名前だけ、だけどね」
彩、小さく舌を出して笑う。
「この街の創始者は、あたしのおじいちゃまなんだ。昔、あたしが生まれた国で戦争が起こってね、家の近くに大きな爆弾が落ちて、パパとママは死んでしまって、あたしだけが生き残ったの。それから半年もかかって、パパの故郷のこの街に届けられて、おじいちゃまに引き取られたの。怖くて、不安で、寂しくて、朝も昼も夜もただ泣くことしかできなかったあたしに、おじいちゃまは約束してくれたの。この街を、争いのない、みんなが幸福に生きられる、夢の国にしようって。・・・そして生まれたばかりのこの街に、あたしの名前を着けたのよ」
あどけない顔に不釣り合いな、大人びた彩の笑顔。
「だけど・・・パパとママを殺した爆弾は空気中に猛毒も撒き散らしていたの。あたしの体にもその毒が潜んでいた。ここに着いてふた月も経たず、あたしの体は毒でいっぱいになって、死んでしまったの。そのときあたし、まだ十歳になったばかりだった・・・」
あっさりと、そう言う。死を経験した者が死を語るのはこういう物なのか。冷静な、総てを許している笑顔。
悲しいね。何も知らない子供のまま、この世のすべてを許してしまうなんて。うつくしすぎて、かなしい。
「あたしを愛してくれたみんなの祈りの中、あたしは、あたしと同じ名前のこの街の魂になったの。この街の風、光、動物、植物、石、水・・・すべての中に溶け込んで。・・・そして、この街はあたしの夢見たユートピアそのものになったのよ。でもねあたしが一番欲しかったのは、この街で生きるあたし自身なの・・・。もう、見ているだけではいられない。一人でいい。たった一人でいいから、あたしの存在に気付いて欲しかった・・・そうして、ある日、いつからかこの街にいた、歌好きの超能力少年を見付けたの」
彩はそう言って俯く。頬にさぁっと赤みがさす。
「このひとなら、あたしの願いをかなえてくれるかもしれない。始めはそう思って・・・でもいつの間にか、ただあなたを見ていたくて、ずっと見つめていた。街の守り神としてのあたしではなく、ひとりの女の子として、あなたに気づいて欲しくて、ずっとチャンスをうかがってたの。そういう、あたしの片思いが、今朝、あのとき、あの歌に共鳴しちゃったの。・・・ごめんね。頼哉さんを試すようなことばかりしちゃって・・・。でも、あなたがあたしのためにここまで来てくれて、とてもうれしい」
いたずらな天使の、涙混じりの笑顔。あれだけ振り回されたのに、彼女に対して、ちっとも怒っていない自分に気付く。今の話を聞いたから、というよりも・・・彼女との"追いかけっこ"を僕は結構楽しんでいたのかも知れないから。
「いいんだ。きみに頼まれたからじゃなく、僕が、きみを、知りたかったんだから」
僕は正直にそう言って笑った。彩はほほ笑んで額縁から飛び降りた。僕に右手を差し出した。温かな手。握り返すと柔らかな感触がある。美しい奇跡が、また起きている。彼女の体にも、僕の体にも。
「見せてあげる。あたしが見つめ続けてきた、空からの眺めを。どんなにこの街が美しいか」
ばさばさっ 彩の背中に大きな翼が開く。虹色の鱗粉がきらめく。
彩の手に引き上げられ、床から足が浮き上がる。二人で、天井のガラスを擦り抜けて、大空へ。
『見上げてごらん 夜の星を
小さな星の 小さな光が
ささやかな幸せを歌ってる
手をつなごう僕と おいかけよう夢を
二人なら苦しくなんかないさ
見上げてごらん 夜の星を
僕らのように名もない星が
ささやかな幸せを祈ってる』『見上げてごらん 夜の星を』
僕は、彩の翼に包まれて空からこの街を見た。生命の光溢れるこの街の美しい夜景。それを取り巻く黒い黒い荒野も、見てしまった。
涙が、出た。・・・止まらなくなった。ちいちゃな彩のたった一人の夢が、今やこの星中を覆いつくしてしまった猛毒から、この街だけを守り続けていたのだ。何十年も何百年も。
彩が、耳もとでささやく。
「頼哉さん、忘れないでね。この光景を。あたしがいつも、ここから、この街を見守っていることを。そうしたら、あたし、これから一人でも寂しくない」
涙で詰まりそうになる喉をもっともっと大きく開いて、僕は歌った。歌わずにはいられなかった。こんなに深い、大きな愛を歌うには、きっと永遠という時間が必要。この星で今まで死んでいった総ての魂の愛が必要。僕の歌は広がるだろうか・・・彩の愛のようにこの街中の空を包めるだろうか。喉が裂けたっていい。歌い続けたい。
彩、きみの悲しみを半分、これからは僕に分けて下さい。きみを二度と一人ぼっちにはしない。・・・そう、誓います。
地上の星座・・・彩鳥市のひとところに、光の粒が集まっている。すばる星団のようだね。海沿いの公園に、人々がキャンドルを手に集まってきているのだ。地上に近付いていくほどに、人々が僕達を見上げてほほ笑んでいる顔が、キャンドルの柔らかな火に照らし出されて見えて来る。
「ねぇ、彩・・・みんな、きみを知ってた。初対面なのに、きみの姿を知ってた。きみをわかってた。・・・それは、この街の人達が、みんなこの街を心から愛してるからだよ。触れることは出来なくても、きみはみんなを愛することができる。きみの愛がこの美しい街を彩ってきたんだよ。・・・きみは、この街の子だよ」
昼間、街角で彩に笑いかけた人達の姿が見える。子供達が彩の名を叫びながら、両手を振っている。
「僕は、きみの愛を歌にして、街じゅうに伝えることができるよ。だから、また地上においでよ。今度は僕が呼び出してあげるから」
彩は、僕の耳元で、黙ってうなずいた。そして、小さくちいさく、ありがとう、と囁いた。
・・・砂場の大きな鉄棒に、大きな、2mはありそうな額が立てかけてある。彩鳥市初代市長"鳥居彩香"の肖像画。
鳥居家の階段室に代々引き継がれてきたこの絵を、鳥居市長は、少年時代から初恋のように見つめ続けていたのだ。
鳥居市長が、今までに見たことのない優しい笑顔で両手を差し上げている。涙顔の彩の
幻影が、そっとそこに舞い降りる。まるで市長の腕に受け止められるように。
丘の上の時計塔が、午前零時の鐘を打つ。
星の光と、雪の光、彩鳥市全住民の拍手と涙と笑顔に包まれ、僕は、彩のために歌った。彩を彩鳥市市民として迎える歌を。
「ひとつのいのちに愛が灯るように
ひとつの街に歌が生まれました
それは世界の新しい目覚めです
おはよう そしてHAPPY BIRTHDAY」
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