【BOY MEETS GIRL・・・永遠に続く物語】


「焼きたての甘い夢は 少しだけ焦げた匂い

昼下りの風に乗り 窓を抜け流れてゆくよ

『午前一〇時 午後三時』~song by 遊佐未森~」


お気に入りの歌を口ずさみ、朝の街を自転車で走り抜けている。空気が新鮮で、酸素も水分も多くて、僕は今、この街で一番幸せな住人なのかも、なんて思う。

今日はやっぱり風が強烈に冷たいなぁ。空気が澄んでいるし、こういう日の夜は、星の光が鋭く、きれいになる。

でも、一番理想的な聖星節は、昼のうちに街中に雪が積もって、真っ白になって、夜は満天の星空になるっていうパターン。そこから雪が降ったら、もう言うことなし、なんだけど・・・雪か星、どちらかしか無理だよねぇ。

・・・毎朝、パンの配達が全部終わるのはちょうど日の出の時間。海がお陽様の光でいっぱいになってる頃に、港沿いの公園へと寄り道をする。配達箱の底に残ったパンくずを、スズメ達の朝食に届けるのも、僕の毎朝の仕事。

ティティ、テュテュティ

公園通りに入ると、待ちかねていた小鳥達が、僕の自転車を取り囲むように追いかけて来る。

「おはよう、おはよう、スズメさんたち」

ラララ、ライヤ、オハヨウ

「おはよう、みんなおいで、おいで、ごはんだよぉーぅ」

公園の真ん中に自転車を止めて。箱の中のパンくずを両手いっぱいにつかむと、空中に投げ上げる。羽毛のように広がる白い破片に、何十羽もの小鳥達が群がる。

サドルに両肘ついて、アスファルトの上の小鳥達の、行儀良い朝食風景(絶対取り合いしないんだよね)に見とれてる。この子たちのこういうときの顔、見るの好き。すごく幸せそう。だからこの朝の仕事好き。

あ、そうだ。天気予報聞いてみよう。僕は、澄んだ冷たい空気を大きく吸い込んで、ささやくように歌い始めた。

『星姫たちのごきげんいかが?

彼女たちのおしゃべり

ちょっと盗み聞きさせて

宴のドレスの準備はいかが?

今宵の夜空の夢は何色でしょう?』

スズメたちのうちの一羽がちょこんと顔を上げる。僕の歌に続けてチチチとさえずる。

『星姫たちのおしゃべりは

今宵の奇跡の噂でもちきりよ

火星姫様が恋をしたの

彼女のときめきとためいきで

街が虹の色に彩られるわ』

・・・むむ、これは、天気予報の歌じゃないぞ。奇跡が、起こる?しかも、恋の奇跡だって!ああ、何だか僕までどきどきしてきた。すてきな夜になる予感。

『ねぇ約束よ 歌を聞かせて

色彩都市の歌鳥ライヤのLOVE SONGをね』

「OK 約束だもんね いつもの」

天気予報には、いつも歌をお返ししている。天気予報が特技の彼女は、実は最近秘密の片思いをしているのだ。彼女の溜息のようなさえずりからこぼれた、ひとつのフレーズをモチーフに、ひそかに作っていた歌を披露することにした。

『想いが揺れながら 小さな花になる

こころが急ぐから 小さな鳥になる

きれいな きれいな 歌になりたい

あなたにあいたくて 青い夜風になる

あなたをまもるため 優しい月になる

大きな 大きな 愛になりたい』


おや?・・・また温かい風が来た。南風・・・僕を取り巻くように、甘いつむじ風になって舞い上がる。スズメ達、驚いて飛び去る。何か、変。見上げれば、お陽様の光が眩しい。眩しさとホコリで僕は大きなくしゃみをしてしまう。

「・・・お・・・は・・・よ・・・水臣、頼哉さん」

あ、誰かが僕を呼んでる。慌てて目を開く。僕の方にお陽様色の光の束がサラ、と掛かる。え・・・?

これは長い髪の毛先だよな。そう思って顔を上げると。

・・・目の前に、小さな女の子が立っている。いや、浮かんでいる。いやいや、地面から高さ約1mの辺りに見えない床があって、そこに立っている。・・・うん、そういう感じ。体を「く」の字に折って、ちょこんと首を傾げ、僕を見下ろしている。ちょっと赤みがかった亜麻色の長い長い髪が、僕の頬に掛かる。

「はじめまして。あたし"あや"と言います」

ふっくらとした、真っ赤な頬がにっこりほほ笑む。僕もつい、つられて頬が緩んでしまう。

「おはよう。あやちゃん。僕は"らいや"です」

何気なく挨拶しただけなのに、彼女はエメラルド色の目を大きく見開く。両手を翼のように軽くはばたかせながら、

「驚いてないの?」

って聞く。・・・宙を自在に歩き回るひとってのは、まぁ・・・珍しいけど。

「うん・・・妖精とか天使の存在は信じてるから」

「あたし、幽霊よ」

少女は眉間にしわを寄せて、少し厳しい目で笑う。あどけない鼻先に一瞬、物凄く長い時の流れが翳りになって過ぎった感じがした。

「似たようなものだよ」

あぁ僕は、よっぽど緊張感のない、にこにこ顔をしているんだろうな。だって、一目見て、この子のこと、とても好きだなって思ったんだ。綿菓子のような、ちっちゃな、陽だまりのような女の子。ずーっと、生まれる前から知ってるようで。・・・この世の中にたった一つの掛け替えのない宝物のようで。

「変な人ね。・・・でも、あなたならやっぱりあたしのお願いかなえてくれそう」

クスクス笑いながらそう言う。空中に透明な椅子が浮かんでるみたいに、あやはひょこんと腰を下ろして、瑠璃色のビロードのスカートの膝に、頬杖をつく。

「あたしの生前のことを調べて欲しいの。さっきの天気予報みたいに。・・・あたし、生前の記憶が無いの。あやっていう名前以外覚えてないのよ」

「んー、僕は霊媒師とかじゃないんだけど」

「あら、似たようなものよ。あたしがこの姿を手に入れたのは今あなたが歌った歌とあたしの願いが共鳴したせいでしょ?ねー、歌の魔術師さん」

「僕はただの歌好きな子供だよ」

「うそうそ、あたし、空からずっと見えたのよ。時々、花や水の精を呼び出して、子供達を喜ばせてたでしょ? それに、ナゴノーラ広場のクスの樹先生は、あなたのともだちまだものね・・・。あなたは歌で、言葉ないものの心に触れることができる、一種の超能力少年。風の笛や、木々の葉擦れの歌とか、動物たちの鳴き声を歌で通訳するの。五年前、大雨を予知して市民を安全なところに避難させ、しかも津波を歌で鎮めてしまった。以来、市長さんからも何かと頼りにされているのよね」

得意げに、あやはまくしたてる。うん・・・そりゃそうなんだけど。僕は今までも幽霊なんて呼び出した経験は無いよ。もしそれが本当なら、ぼくんちの近所の公園墓地はとっくに幽霊だらけになっちゃってる筈だよ。家では朝から晩まで歌ってばかりだもの。・・・僕は困ったなぁと思いながら尋ねた。

「でも、何のために生前のことを知りたいの?」

それまでの転がる鈴のようなあやの言葉のリズムが、止まる。

「・・・天国の門が・・・くぐれないの・・・心残りがあるせいで。自分がなぜ死んだのか、どんな人達に囲まれて生きていたのか・・・愛されていたのか・・・悲しみの中にいたのかもわからない。だからどこにも行けないの」

あや、泣き笑いの表情。うーん、女の子の涙には弱い。

「・・・例えば、今夜、星空から雪を降らせてくれたらね。お願い聞いてあげようか」

あやの表情、ぱっと明るくなる。

「約束よ。タイムリミットは午前0時、美術館で待ってるから」

そう言って、いきなり顔を近付けてくる。びっくりして思わずぎゅっと目をつぶった。・・・あれ?・・・目を開くとあやの姿は消えていた。微かに、肩の辺りを光の束が擦り抜けるのが見えて。唇に甘いイチゴの香りがほんのりと残って。

「ああ、あのこ本当に幽霊なんだなあ」

その事実を口に出して言ってみたら、何だかキューッと胸が痛くなった。

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