サークル雑語り雑伎団

生來 哲学

好きキャラは遠くから愛でたい

「語らせて頂きたい」

 突然のセンパイの申し出。

 後輩は手にしていた文庫本を閉じ、姿勢を正した。

「どうぞ」

 センパイは笑みを浮かべ、礼を述べた。

「ありがとう」

 かくて語り出す。

「男がとか、女がとか、あるいはオタクがとか一般人はとかおいといて聞いて欲しい。

 好きなキャラを何でもかんでも理想の恋人だと解釈する奴らはなんなんだよっ!

 感情移入の入射角が狭すぎるだろっ!

 強い母親のキャラが好きだって言ったら年上が好みなんだと言われたり、幼児キャラが純粋でかわいいね、て言ったらロリコンとか言われたり、どいつもこいつも極端すぎるっ!

 花や音楽を愛でるように、性欲に関係なく、父性や母性から可愛いね、て思う気持ちは誰だってあるだろうがぁぁぁ!

 そうだろっ! 後輩っ!」

「ですね。分かります」

 感情のないクールな声。しかし、その表情からは出任せではない真摯な共感が伺える。

「例えばだよ。私はFG○でエウリ○アレとアス○リオスが好きなんだよ。

 でもな、そんなことを言ったら『ははぁ、エウ○ュアレみたいな子とえっちしたいのか』みたいな反応する奴多いんだな、これが。

 私の話聞いてた? エウリュ○レとアス○リオスの二人が好きなんだよ。二人の組み合わせが。関係性が。ふれあいが。

 別に自分がアステ○オスに成り代わりたい訳でもないし、かといってアステリオスくんからエウリ○アレを取り上げたい訳でもないの。

 仮にアステリ○スくんからエウ○ュアレを寝取る形になったら舌かんで死ぬわっ!

 あえて言えば私はエ○リュアレとアステ○オスくんが座ってる岩場になりたいわいっ!

 そうだろう後輩っ!」

「まさに」

 目を閉じ、小刻みに噛みしめるよう頷く後輩。

「床や草場になりたいです」

「ありがとう」

 センパイも頷いた。

「けど、こういうことを何度伝えても『口ではそう言っても、やっぱりエウリ○アレとえっちしたいんでしょ』とか言う奴いるの。

 なんなの? 馬鹿なの。懇切丁寧にこっちは教えてあげてるじゃん。

 手を変え品を変え、様々な表現で教えたら今度は返ってくるのが『あー、アステリ○スくんとえっちしたいのか。君は普段男っぽいけどやっぱ――』とかになるわけ。

 ちーがーうでしょっ! エウリ○アレからアステ○オスとりあげたらそれはそれで私は申し訳なさで爆発四散するわいっ!」

 クールな後輩が仏像の如きアルカイックスマイルを浮かべ始める。

「あるいはさ、こないだバー○バリ見たから父バ○フバリとデーヴ○セーナ妃は最高だよね! とか言ったら、勿論『あー、エウリ○アレじゃなくて、ああいう強気な女が好みなのか』とか言う訳。

 だから!

 誰も!

 好きなタイプの話を!

 しとらんだろうがっ!

 第一、偉大な王の側に並び立てるのはデーヴ○セーナ妃しかいないし、デ○ヴァセーナ妃に並び立てる英雄もバー○バリ様しかいねぇよ!

 王国民としてはただただ二人の美男美女を遠くから眺めてるだけで尊さでご飯何杯でもおかわりできるだけだってのっ!

 何でもかんでも下半身と直結させやがって!

 勿論、物語の主人公と自分をオーバーラップさせてストーリーを楽しむやり方もある。

 素敵なヒロインや王子様とのラブロマンスを夢想して物語を消費するのも真っ当な楽しみ方の一つ!

 私だって自分を勇者と思ったり姫様だと思ったりしながら物語を楽しむことあるよっ!

 でも、フィクションてのはそういう一人称的な楽しみ方だけでなく、第三者的というか、こう、舞台を外から眺めたり俯瞰したりして楽しむやり方もあるんだよ!

 なんなのあいつら。何でもかんでも性欲に結びつけるとか。

 野生のフロイト先生かよっ!

 それはエゴだよっ!」

「突然の逆シャア」

 ぽろりと漏らした後輩のツッコミにセンパイはえっ、と言う顔になる。

「ガ○ダムいけるクチなの?」

「嗜む程度に」

「素晴らしい」

 うんうんとセンパイは頷く。

 が、即座に本題に戻る。

「それはそれとして、別の友人なんだけど、ゆるキ○ン△の話題振ったら、そいつも『ははー、つまりこのピンクの子とえっちしたいんだな』とか言いやがってさ。

 あーもー、野生のフロイト先生多すぎない?

 どいつもこいつもうちなる性欲で人生を解釈しようとするのやめろやっ!

 私はなで○んを遠くから眺めとったらそれで満足なんやでっっっ!

 誰とは言わないけど、あの作品のセックスシンボルは別におるんやでっ! 誰とは言わへんけどっ!」

 センパイの主張に後輩はすっ、と無言で手を挙げる。

「はいっ! どうした後輩?」

「なで○この方はともかくし○りんの方はどうなんです?」

 クールな後輩にじっと見つめられてセンパイは思わず言葉を濁した。

「そりゃあ――しまり○とはえっちしたくなる魅力あるよね」

「ありがとうございます」

 後輩は満足げに今日初めての笑みを浮かべ、センパイに話の続きをどうぞと促した。

「……いや、もう大体満足した」

「解決策はないのです?」

 毒気の抜けたようなセンパイに後輩は思わず聞き返す。

「ない」

「ないですか」

「ないよ」

 センパイは遠い目をした。

「ああ、解決策はない。文化が違う。育ってきた環境が違うから。

 こういうのは見れば分かる、なんて話じゃあない。

 特定の主人公のいない群像劇を見せたって、『誰に感情移入すればいいか分からない』と言われるのが関の山だ。

 こういうのはある日突然『気づき』が降りてくるもので、きっかけさえあれば誰にでも『推しカプのイチャイチャしてる床になりたい』という感覚が得られる。

 でも、そのきっかけが何かは本人にすら知り得ない。

 けい○ん!かもしれないしゆるキ○ン△かもしれないしホームズ・ワトソンかもしれないし、信玄・謙信かもしれないし、曹操・関羽かもしれない……それは誰にも分からない」

「例えがどんどんマニアックになってますよ」

「え?」

 むしろ知名度的にメジャーに寄せてたはずだけど? とセンパイ。

 後輩は首を横に振った。残酷な現実である。

「……ともかく、気づきを得られるかは運次第だよ。

 沢山の作品を消費してみないと分からないので人によっては若い頃から『天啓』を受ける人もいれば、何十年経った果てについに気付く人だっている。

 年季の入ったオタクがゲテモノ性癖にも強い人が多いのは長い時間をかけてそういう『天啓』を受けたり性癖開発したりしてるからだろう。

 まあ子供の頃食べられなかったニンジンが大人になって食べられるようになるのも近いところあるだろう」

「それは耐性が出来た、てのもあるのでは?」

「ああ、そうだな。ここら辺は『好み』とは別に『耐性』の話も絡んでくるのでややこしいか。

 なにはともあれ、性癖でも、物事の視点でも、食べ物でも、全部似たようなモノさ。

 『気づき』を得るには数撃ってみないと分からない。あるいは数をこなすウチに『耐性』を得て見えなかった物が見えるようになったりもする。

 でも、だからといって新しい視点の開発の為に『今の自分には何がいいのか分からないものを大量に見せつけられる』なんて、たとえ善意からのものでも拷問だよ」

「人によっては『地雷』の可能性も」

「あるね。『地雷』は『好み』に反転することも多々あるけど、反転するまでが大変。

 『子犬が死ぬ話』は辛くて見れない、て人に何度も何度も多種多様の『子犬死ぬ話』を見せたら、そのうち『子犬死ぬ話は感動できる。大好き』と言い出すようになるかもしれないけど、その途中で吐血して死ぬ可能性もある訳で、それは拷問や洗脳と一緒だよね」

「そして、私達の仮想敵は野生のフロイト先生」

 やや脱線しつつあった話を後輩が引き戻す。

「ああ、何でも性欲解釈してくる性の強者。まったくそんな話でもないのに強引に自己解釈で作品理解をねじ曲げることもある。

 個人的にそれを楽しむ分にはいいが、他人に強要したり、『お前もそうなのだろう!』と決めつけてくることもある。善意からね。

 その暴走は、本人が『気付き』を得られるまで止まらない。場合によっては『気づき』を得ないまま生涯を終える」

「ニンジンが嫌いな子にニンジン入りのハンバーグを気付かぬうちに食べさせるようにはいきませんか」

「それで『気づき』を得る人もいるが、複数の見方のある話を見せても『え?今の話にそういう要素あった? 全く気付かなかったよ』で終わることの方が多い。

 むしろ、『王道の話に変な解釈の仕方混ぜるな』と逆に糾弾される可能性もある」

「……泥沼」

「殴り合いの末に分かり合える不良のように激論を交わして話し合った挙げ句、最終的に正反対のオタクが分かり合える可能性もある。

 けど、毎度毎度全身ボロボロになって立ち上がれなくなるまで殴り合いしてたらコストパフォーマンスが悪すぎる。

 それなら、相手が『気づき』を得るまでこの手の話題に触れないのが一番だ」

 センパイの最終的な結論に後輩はえ? と目を見開く。

「……触れないのが一番、という結論ですが、そういう話の通じない『野生のフロイト先生』相手に推しカプ議論を焚きつけてるのはセンパイの方なんですよね?」

「ぐぉあーっ!」

 後輩の何気ない一言がセンパイを傷つけた。

「いやその、好きな作品について語るにはどうしてもそこを避けて通れないというか、一応これでも相手を選んで語ってるつもりというか、話してみないと相手が『野生のフロイト先生』かどうか分からないし……」

 沈黙が部屋を満たした。

 語るべきことは語り尽くした。

 そう言うことなのだろう。

「……ここまで聞いてくれてありがとう」

 センパイの謝意に後輩は軽く首を横に振る。

「いいってことです」

 後輩はそう言って再び手元の本を開き、読書を再開した。

 それを見てセンパイもスマホを取り出し電子書籍を読み始める。

 しばらくして、センパイは思い出したように言った。

「……帰り、コンビニでアイス一個奢るわ」

「ありがとうございます」




※この話はフィクションです。なので野生のフロイト先生な友人は実在しないはずです。やったね!

※センパイと後輩の性別は不明です。毎回変わるかもしれません。読者のみなさんで自由に当てはめてお楽しみください。

※センパイと後輩の声優も不明です。毎回変わるかもしれません。脳内で好きな声優を当てはめてお楽しみください。

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