第19話 これから……

 人の好さそうな通行人を捕まえては聞き込みをして、頭を下げては走り出す。

 繰り返し繰り返しそうしていくと、ようやく彼女を見つけた。


 ぽつんと駅前のベンチに腰掛けるナツを見つけ、ほっと胸を撫でおろす。

 

「よかった……見つけた」


 息苦しさを堪え声を絞り出すと。


「ゆき、ひと?」


 彼女は、今にも泣きだしてしまいそうな顔をあげた。


「ああ……ふぅ……一緒に、帰るか?」




 流れで、二人並んで帰ることになったのだが。


「…………」

「…………」


 お互いに話すことも無く、俺達の間にはただただ沈黙が続いている。

 だが、会話がない現状を、俺は不思議と気まずくは感じていなかった。

 これはきっと、ナツがこれまで口を開く度に悪態を吐いていたせいだろう。


 気まずい筈の沈黙。

 一声も発しない彼女を見て、俺はしおらしいとさえ思っていた。

 まあ、らしくないのも確かなのだが。


 どうしたもんかと考えながら、手持無沙汰の手をポケットに突っ込む。

 すると、玄関先で拾ったナツのメモが出て来た。


「ナツ」


 メモを返そうと思い、彼女の名を呼ぶ。

 だが。


「あへっ?」


 不意を衝かれたらしく、ナツは声をひっくり返った声で応えた。


「な、なによっ」

「いや、これ。一応返しておこうと思って」

「?」


 拾ったメモを手渡すと、彼女は「あぁ」とこぼして受け取る。

 その後、彼女はメモを買い物かごへと乱暴にしまい。


「おつかい……うまくできなかった」


 暗い声で、ぽつりとつぶやいた。


「……なんというか、誰にでも失敗はあるって。ましてやはじめてのおつかいだし、それにまだこっちの土地勘もないんだ。誰だって慣れてない場所なら迷子くらいなるだろ?」


「あたしはそれじゃいやなのっ!」


 フォローのつもりで口にした言葉だったが、逆効果だったようだ。

 ナツはぷいっと顔を背けてしまう。

 でも。


「だって……おつかいも一人でできないんじゃ、とてもじゃないけど一人で生きていけないじゃない」


 取りつく島が、まったくない訳ではないようだった。


「一人で生きていくって……どういうことだ?」

「わかんないの?」


 責めるような視線が向けられる。

 心当たりがない訳じゃなかったが……。


「俺の嫁にならず、一人で自立して生きていくつもりってことかな?」

「当り前じゃない」


 どうやら、正解したようだ。

 そんなに嫌かとショックを受ける反面、彼女からしてみれば仕方ないことだと理解もできる。

 しかし、なんにせよどこかで急いているような彼女の行動や考えを、俺は危ういと思った。


「……なあ、ナツ。君は、正直すごいと思うよ」

「なによ、急に。お世辞ならいらないわ」

「いや、お世辞と言うかなんというか……一応の年長者からのアドバイスというか……叱る前にまず褒めておこうとか、そういう浅はかな魂胆です」

「叱る? あんたが、あたしを?」


 「叱るって程のことでもないんだけどね」と前置いて、俺は考えを言葉にしていく。


「ナツは俺のお嫁さんになんてならなくてもいい。それに、俺を嫌ったままでもいい」

「……そんなの、言われなくてもそのつもりよ。誰が嫁になって、好きになってやるもんですか」

「ああ。それでいい。けど、今、この状況で俺を絶対に頼らないって考えはやめてくれ」


 噛みついてくるかと思ったが、意外にもナツは素直に聴いてくれていた。

 と、思ったのだが。


「……今の私じゃ生きていくのは不可能だから、この世界での生き方を学ぶまでは自分を利用しろって言いたいの?」


 ずいぶんとひねくれた捉え方をされた気がする。


「いやいや! なんでそうなる! 心配してるんだって」


 取り繕うように口を衝いて出た言葉だったが――。


「な、なにが心配よっ」


 彼女は首が折れるのではと心配になるくらいに素早く俺から目線を反らした。 


「お、同じよっ。あたしのこと見下してるんだわっ。こども扱いしないでよね! 人間、失敗を繰り返せば一人でもなんとかなるんだから」

「それは、そうかもしれないけど」


 ここで、次の言葉が続かないあたり、俺はダメなんだと思う。

 せっかく転生したんだから、もうちょっとうまく振る舞えないものか。

 と、自身の行動に落ち込んでみたりしたのだが。


「……でも」


 不意の彼女の言葉で――。


「心配をかけるなんてこどもっぽいこと……もうしないように、するから」


 まあ、二度目の人生もこんな感じでいいかもしれない。

 そんな風に思った。


「ひとまず、しばらくお世話になるからその……まだ言ってなかったから……これから、よろしくね」




 死後、転生する際に俺はガチャで嫁を引いた。

 けど、せっかくの二度目の人生だ。

 誰と嫁になるかなんて、早々に決めるものじゃないだろう。


 少なくとも、俺も彼女も今すぐどうこうなることなんて望んじゃないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ツンデレ嫁の初期好感度が最低なのは仕様です! 奈名瀬 @nanase-tomoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ